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弔いのひ

間宮改衣/著

1,870円(税込)

発売日:2025/12/17

  • 書籍
  • 電子書籍あり

『ここはすべての夜明けまえ』で鮮烈なデビューを飾った作家の「蘇生」作。

ゲームシナリオの仕事が行き詰まり、逃げ場を求めるように応募した小説でデビューしたわたし。その反動で鬱になり苦しむ中で思い出したのは、子供の頃のこと。両親は折り合いが悪く、父は病と闘っていた。その中で生き延びるためにわたしは書き始めたのだった。自身の「夜明け」のため半生を正面から描き切った渾身の跳躍作。

書誌情報

読み仮名 トムライノヒ
装幀 奥見伊代/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 160ページ
ISBN 978-4-10-356611-3
C-CODE 0093
ジャンル 文学・評論
定価 1,870円
電子書籍 価格 1,870円
電子書籍 配信開始日 2025/12/17

書評

ファミリア

大森時生

 家族の話をすることは難しい。なんでこんなに難しいんだろうと思う。たぶん、家族というのは、他者ではあるけど、他者ではないからだ。久しぶりに実家に帰って、父の空咳を耳にする。身体が反応する。自分がまだ10代の頃、嫌で仕方がなかった、あの咳だ。ただ自分も30代になると、その音に、自分の骨の形が少しだけ混ざっている気がする。あの頃の怒りとかやるせなさは、いつの間にか希釈され思い出せない。それでもなんでもない瞬間に蘇ることがある。それはプールでターンをする時だったり、先方に送るメールを推敲している時だったり、脈絡がない。家族というものはその脈絡のなさこそが本質であり、語りにくさの要因なのかもしれない。
『弔いのひ』はそういう作品だ。作者は『ここはすべての夜明けまえ』でデビューした間宮改衣さんの2作目の作品だ。『ここはすべての夜明けまえ』では、永遠の命を手に入れた「わたし」が、彼女の視点から家族について語る。22世紀からおよそ100年間を遡り振り返り、家族の様子を淡々と記録する。ひらがなを多用した「わたし」の語りはどこまでも静謐で、“人間らしさ”がなく、それゆえに痛みの輪郭だけがくっきりと残る。彼女の文章には、感情の起伏がない代わりに、感情が削ぎ落とされたあとの渇きがある。新作『弔いのひ』は、そうではない。僕たち読者と地続きの世界に生きる「わたし」(=織香)の物語だ。小説家である彼女が、末期がんで亡くなった父との日々を、ひとつひとつ掬い上げるように振り返りながら、物語は静かに進む。コロナ禍ということで(それは彼女にとって言い訳のひとつだったのかもしれないが)入院中の父親と直接会うことはなく、メールでのやりとりだ。そもそもこの作品は、鬱を発症した織香が、重い身体を引きずり、編集者との打ち合わせに向かうところから始まる。そしてこの打ち合わせで彼女は私小説を執筆することを決める。それは唐突で期せずして口をついて出たアイデアだった。つまり、この小説は間宮さん自身の私小説であり、主人公の「わたし」の私小説であり、二重に折りたたまれた語りの構造の中で、現実と虚構の境界は、曖昧に感じる。そして、そこには血の滲むような家族への想いの決着を感じる。父の死を「書く」という行為が、喪失の整理ではなく、むしろその混乱の延長線上にあることが、この小説を傑作たらしめているのだ。いわゆる「過去に決着をつけるために書かれた文章」というふうには見えないのだ。逡巡がそのまま文字になっているかのような粘度がある(『ここはすべての夜明けまえ』の対になるような)語りの中に、読んでいる僕は共に沈み込んでいく。著者の間宮さん、織香、そしてそれを読んでいる僕、さまざまなナラティブが三つ編みされて一本の組紐になっていく。
 過去の記憶からは逃げられない。本作ではそれは「一重瞼の子供」として表出するわけだが、その呪縛は普遍的な苦しみだ。自分の話になって恐縮だが、僕がまだ10歳にもなってない時、襖を一枚挟んだ先で母親が泣いていた。夜中のことだ。夜、目を覚ました時、その音を聞いた。それを今でも忘れられない。「家族なんだからさ……」「家族たるもの……」「家族なのに……」的な家父長制に基づいた言説は、今や神話と似たようなもので、遠い世界のものだ。家族は他者である、それが僕の現在の結論だ。それでもふとした瞬間に、あの啜り泣く音を思い出す。先日、妻と蕎麦を食べに行った。人気の蕎麦屋で30分ほどの行列だった。とてもおいしくて「おいしいね」と言い合って食べた。そんな瞬間に、和室で寝ている小さな僕がこっちを見ているのだ。その子は何も言わない。ただ、こちらをじっと見ている。本作の冒頭、織香は母親のことを「わたしの知る限りもっとも底意地の悪く高慢ちきな、あのいやな女」と称する。終盤、その母親と電話で会話をするシーンがある。僕はそこを読んでふいに、自分の母の声を思い出した。なぜだろう、そこで母の声を思い出したことで、和室で寝ているあの子が救われた気がした。
 家族の話をすることは難しい。けれど、この小説の中では、その難しさそのものが、生のかたちとして静かに肯定されている。語れなさを抱えたまま語ること。『弔いのひ』は、その矛盾を、痛みと優しさの混ざった筆圧で記していく。

(おおもり・ときお テレビプロデューサー)

波 2026年1月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

間宮改衣

マミヤ・カイ

1992年、大分県生まれ。2023年、「ここはすべての夜明けまえ」で第十一回ハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞。同作は翌年に単行本化され、第三十七回三島由紀夫賞候補作となる。

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