
私のせいではありません
1,870円(税込)
発売日:2026/02/26
- 書籍
- 電子書籍あり
あなたは何度騙される? 各話にどんでん返しが待ち受ける驚嘆連作ミステリ。
美大の同級生だった陽向、瑠璃、未緒、乙羽。四人展を開催するくらい仲が良かったが、卒業後に現れた男の存在が関係を歪ませる。久しぶりの再会の場となった瑠璃の結婚式で明かされた、六年前に大学で起きた事件の真相とその罪とは。ギャラリーストーカー、セクハラ、アカハラなど、美術業界の闇とタブーを炙り出す衝撃作。
第一話 六年前の赤い扉
第二話 純白の誓いのあとで
第三話 瑠璃色のプレゼント
第四話 瞳を緑色に染めて
第五話 暗い海に射す青は
書誌情報
| 読み仮名 | ワタシノセイデハアリマセン |
|---|---|
| 装幀 | Getty Images/写真、新潮社装幀室/装幀 |
| 雑誌から生まれた本 | yom yomから生まれた本 |
| 発行形態 | 書籍、電子書籍 |
| 判型 | 四六判 |
| 頁数 | 224ページ |
| ISBN | 978-4-10-356711-0 |
| C-CODE | 0093 |
| ジャンル | 文芸作品 |
| 定価 | 1,870円 |
| 電子書籍 価格 | 1,870円 |
| 電子書籍 配信開始日 | 2026/02/26 |
書評
無知の罪
なんともムカッ腹の立つタイトルである。
なぜ腹が立つのかといえば、自己保身と責任逃れの言葉だからだ。責任を追及されるリスクを避けるため、責められずに済むように「私のせいではありません」と予防線を張っているわけである。で、だいたい真っ先にそう言うヤツに限って「そいつのせい」だったりする。
だがそれは言い換えれば、「私のせいだと思われるかもしれない」可能性を自覚しているということになる。であればまだマシなのではないか。私のせいどころか、最初から自分には無関係だと思っている人や、そもそも問題が起きていることに気づかない人よりは。
水生大海『私のせいではありません』は、同じ美大で学んだ友人たちやその関係者の視点で綴られる連作である。
第一話は、友人の結婚式の二次会で久しぶりに顔を合わせた三人の学友の場面から始まる。教師になった千奈、アパレルメーカーに入った由紀、そして祖父の介護で仕事を辞めた「私」こと陽向。
近況報告や思い出話の後、話題は学生時代に起きた事件に移る。ある教授の部屋の扉が真っ赤に塗られ、学生や関係者のアリバイを調べても犯人がわからないままだったという一件だ。だが今にして思えば……。
さて、ここからが問題。この一編はパズラーとしてとてもエレガントかつレベルが高い上、意外な騙しも仕掛けられており、ミステリ好きを満足させるはずだ。だが本編の真骨頂は、その騙しを含めた謎が解かれたとき初めて、物語のテーマが浮かび上がるという構造にある。ある事実が判明した上で、それは本当に「私のせいではない」のか、私のせいでなければ誰のせいなのか、直接関わった者以外には本当に何の責任もなかったのかを読者に考えさせることになる。そして「なるほど、それがやりたかったのか」と膝を打つはずだ。
したがって、ネタバレなしで話そうとすると本書の根幹たるそのテーマに触れられないわけで、実にやりにくいのだが仕方ない。
第二話はその結婚式の主役である新婦の身に起きた出来事。第三話は披露宴に列席していた新婦や陽向らの学友の身に起きた事件。第四話は同じく披露宴参加者のある人物が胸に抱く悪意。そして最終話は再び陽向の視点に戻り、学生時代から続いていたある問題に向き合うことになる。
どの編にも、時にははっきりと言葉にして、時には心の中で自分に言い聞かせるように「私のせいじゃない」と主張する人物が登場する。いやあなたのせいでしょと言いたくなる人物もいれば、気持ちはわかる人物もいる。だがここで注目願いたいのは、自己保身や責任転嫁すらしようとしない人々の方だ。
問題が起きているのを知っていながら、何もしなかった人。自分には対処できたのだから他の人もそうであるはずと考える人。自分には無関係だと思っていた人。そもそもそれが問題だとは思いもせず、冗談のネタにしていた人。彼らには本当に罪はないのか。水生大海の筆は、各編にミステリとしての仕掛けや謎解きの醍醐味を仕込みながら、その先に「無知の罪」という真相を容赦無く炙り出していく。それは直接事件に関係した人や出来事に限らない。登場人物が出会った人や日常の風景の中にさりげなく、しかしはっきりと、私たちの生活の至る所に「無知の罪」が存在するのだと暴いてくる。あなたは気づいているか、ちゃんと見えているかと、何度も突きつけてくる。
読者は、最初はミステリの仕掛けや騙しに感心するだろう。だが話が進むにつれ、謎解きの先に浮かび上がる現実に戦慄するはずだ。ここに描かれるのはフィクションの絵空事ではない。今目の前にある現実である。おそらく多くの読者が似た経験を持つであろう現実である。こういうふうにミステリのギミックの中に現実の冷たい刃を潜ませるやり方が、水生大海は本当に上手い。
第一話の冒頭で、陽向は考える。「はじまりはいつだったのだろう」「六年前にあの赤い扉の謎を解いてさえいれば、今、違う景色が見えているかもしれない」
本書に描かれる事件とその波紋に限っていえば、すべてではないにせよ、確かに六年前に起因している。あの時きちんと解決できていれば本書に描かれる数々の悲劇は、もしかしたらなかったかもしれない。あの時動けなかった、気づけなかったという数々の後悔に、登場人物たちがどう向き合うかをどうかじっくり味わっていただきたい。はじまりがいつだったのかはわからないにせよ、気づけたときがはじまりなのだ。
はたして誰のせいなのか。読者の当事者意識を問う一冊である。本書を読み終わってもまだあなたは「私のせいではありません」と言えるだろうか。
(おおや・ひろこ 書評家)
波 2026年4月号より
単行本刊行時掲載
騙し絵(トロンプルイユ)の魅力
見事な騙し絵を鑑賞したような気分になる小説である。
水生大海『私のせいではありません』は「yom yom」に2025年2月から7月にかけて掲載されたものを大幅改稿の上に単行本化した連作ミステリものである。「yom yom」掲載時は「祝宴のトロンプルイユ」という題名だった。『私のせいではありません』を読みながら頭に思い浮かんでいたのは、実は掲載時のタイトルにあったトロンプルイユという言葉である。
トロンプルイユとはフランス語でそのまま訳すと「目だまし」。目の錯覚を利用することで、実際に事物が目の前に存在するかのように見せる絵画などの技法のことだ。つまり本作は読者へ騙しの技法を仕掛けて挑戦するタイプのミステリである、と「yom yom」掲載時には仄めかされていたわけである。こういうミステリは事前情報を入れずに読んだ方が気持ちよく騙されるに違いないだろう。とはいえ、この説明だけでは手に取りづらい方もいると思うので、ここから先はネタばらしをしないように細心の注意を払いながら紹介したい。
第一話「六年前の赤い扉」では、とある結婚式の二次会パーティ会場の様子がまず描かれる。そこでは新婦である天藤瑠璃の美大時代の同級生が集っていた。披露宴には出席せず二次会からやってきた桜沢陽向もその一人だ。二次会は陽向にとって、ちょっとした同窓会のような雰囲気を持つ場になっていた。そのせいか、出席者たちの話題は大学時代に起こった不可解な出来事の回想へと移っていく。それは陽向たちが大学二年生の時に学内で起きたもので、指導教授の一人である柳教授の部屋の扉が赤く塗られていたという、ちょっとした事件だった。柳教授のパワハラ的な厳しい指導への不満から起きた事件ではないか、と目されていたが、結局のところ真相は不明のままになっていたのだ。
かつての仲間が再会し、過去に起きた事件を回想しながら再び謎に向き合う、という物語は青春小説の要素を持つミステリにおける定型の一つである。本作もそうした懐古的な味わいのある、いわゆる“日常の謎”を扱うミステリ連作集なのかな、と最初は思うはずだ。ところが、その予想は早々に裏切られることになる。本作は同窓会のような集いという牧歌的な響きから次第に離れていき、やがて捻じれや歪みを抱えていくことになる。収録された各話はいずれも意外な展開が用意されており、一編ごとに読者を翻弄して振り回した挙句に最終話へと誘っていく。第五話「暗い海に射す青は」で、読者は第一話の冒頭とは全くかけ離れた風景へと連れてこられた感覚になるはずだ。まさか終点がこのような場面で終わるとは、という思いを抱きながら本を閉じることだろう。
これだけでも手の込んだミステリ連作集であることは理解いただけたと思うが、さらにミステリとしての読みどころを知りたいという方に向けて、ネタばらしを避けながらもう少しだけ紹介する。連作集としてまず称揚すべきなのは、読者に宙吊りの気分を味わわせた上で最後に驚きを与える技法が一話ごとにきちんと織り込まれていることだ。宙吊りにする、すなわちサスペンスを醸成させて不安を煽ってから思わぬ一撃を加えるのである。しかもその一撃は意外というか、まるで注意を向けていなかった方角から攻めてくるのだ。なかにはミステリを読み込んでいる人の思考を先回りした上で不意打ちを食らわせるような部分もあり、どこまでも油断のならない物語が連なっている。短編集における水生の代表作の一つに『最後のページをめくるまで』(双葉文庫)という作品がある。これは物語の終幕近くに必ずサプライズを仕込んで読者を揺さぶる短編が揃っているのだが、衝撃的な幕切れをより効果的にするためのサスペンスにも力が込められていた。短い頁数の中で如何に読者を惑わし驚愕させるのかを考え抜く水生の技量が、連作形式である本作でも発揮されているのだ。
ミステリ連作集としてのもう一つの読みどころは、本稿冒頭でも述べた騙し絵的な技法が生む驚きだろう。トロンプルイユを用いた絵画の代表例として、物が浮かび上がっているかのように見せかけるものがある。真正面から見れば立体的な物が存在するように受け取れるが、側面に回ればそれが平面に描かれた絵であることは直ぐに分かる。つまりトロンプルイユがもたらす驚きとは、対象物を見る視点を変えることによって初めて生じるものなのだ。これと同じことが『私のせいではありません』にも当てはまるのである。もっと言えば、その驚きは一度限りではなく一冊の中で幾度か味わうことになるはずだ。これ以上書くと具体的な構造の話へと踏み込んでしまうため、説明はここまでに留めておこう。後は小説に身を委ねて、騙しの技法をとくと味わって欲しい。
(わかばやし・ふみ ミステリ評論家)
波 2026年3月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
水生大海
ミズキ・ヒロミ
三重県生まれ。漫画家を経て2005年、チュンソフト小説大賞(ミステリー/ホラー部門)銅賞受賞。2008年「罪人いずくにか」でばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作を受賞、翌年、『少女たちの羅針盤』と改題しデビュー。2014年「五度目の春のヒヨコ」、2025年「あの日、キャンプ場で」で日本推理作家協会賞(短編部門)候補。『最後のページをめくるまで』『その嘘を、なかったことには』『メゾン美甘食堂』など著書多数。


































