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Ifの総て

島田雅彦/著

2,310円(税込)

発売日:2026/04/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

歴史にIfはないのか。「ありえた歴史」への時間旅行者・花村薫の大冒険!

画期的生成AI技術・カオス・ジェネレーターを駆使して、花村薫は時空を超える。航空機墜落事故、日米安保条約、真珠湾攻撃の闇から見えてきた驚くべき真実とは? 亡国の権力者から反逆者まで、CIAから未来人まで跋扈する「メタ現実」を花村はサバイブできるのか? 島田ワールド全開のエンターテインメント超野心作!

目次

0 悲しい仮定法
1 オルタナヒストリー
2 メタ現実
3 カオス・ジェネレーター
4 未生以前への旅
5 不沈空母
6 死ぬことすらできないのは誰のせい?
7 売国の使徒たち
8 我々は民主主義者だ
9 国境を越える門閥
10 神の本当の残酷さを思い知れ
11 歴史家は未来を変える夢を見る
12 神国が属国に?
13 歴史は頑固親父か?
14 二〇四一年から来た野次馬
15 みんな歴史に閉じ込められている
16 未来に希望があるとは限らない
17 残酷な未来のテーゼ
18 ウィー・アー・プロテスタンツ!

書誌情報

読み仮名 イフノスベテ
装幀 The cover photo was generated by Adobe Firefly.、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 304ページ
ISBN 978-4-10-362211-6
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 2,310円
電子書籍 価格 2,310円
電子書籍 配信開始日 2026/04/22

書評

「軽い現実」と「重い現実」

内田樹

 歴史学者は起きた出来事については説明してくれるが「起きてもよかった出来事はなぜ起きなかったのか」については説明してくれない。歴史家だって本業で忙しいから、そんな酔狂には付き合ってくれないのだ。でも、「起きてもよかった出来事はなぜ起きなかったのか」という問いは歴史の思いがけない深みと奥行を時に開示する。
 私の個人的な問いの一つは「663年の白村江の戦いで日本・百済連合軍が唐・新羅連合軍に大敗した後、なぜ唐は日本列島に侵攻してこなかったのか」というものである。唐は当時東アジア最大の帝国であり、唐に朝貢していなかったのは日本だけだった。唐の侵攻に備えて、天智天皇は防人の制を整え、水城を築き、都を近江大津京に遷した。でも、唐は攻めてこなかった。理由は不明。起きなかったことだから誰も「なぜ」と問わない。でも、「なんか変だ」と私は思う。そう言っても誰も相手にしてくれない。そう思っていじけていたら島田雅彦さんが僕と同じことを考えているのをこの本で知った。

「あり得た歴史の可能性を気ままに語ればいい。国家の主権が私たちにあるのと同じように、歴史解釈もまた私たちの手に委ねられるべきなのである。また、言論や表現の自由には歴史を書き換える自由も当然、含まれている。」

 島田さんは小津安二郎の「秋刀魚の味」の名場面(笠智衆の元駆逐艦艦長と加東大介の元水兵の対話)を引く。加東大介は「もし日本が勝ってたら、あたしたちどうなってたでしょうね」というSF的想定を口にする。庶民の想像力は限界があるので、彼にはニューヨークで金髪女に三味線を弾かせて都都逸を歌わせるくらいのことしか思いつかない。けれども、この種の想像力を行使することは思いがけなく重要である。というのも、この台詞が明らかにするのは、兵士たちは、勝った後に自分たちが米国をどう統治するかについて、米国女を性的に収奪する程度の未来像しか持っていなかったということをあらわにするからである。そのような無能な支配者の下に米国市民は長くは屈服していないだろう。いずれ対日「レジスタンス」によって日本は北米から駆逐され、属国化程度では済まないような桁外れの処罰を受けて息絶えていたかも知れない。
「あり得た歴史」について想像をめぐらせることはしばしば歴史のプレイヤーたちの隠された本質を露呈させる。島田さんの着想に私は同意の一票を投じる。「あり得た歴史」についての歴史研究があり得ない以上、それはフィクションとして書かれるしかない。本書はそういうフィクションである。
 タイムトラベルが可能になった日本の話。「過去に遡り、異なる選択をしていたら、(…)今とは別の現実が出現していたかもしれない」と考える男が主人公である。ただ、そこで結像する「今とは別の現実」はシステムが計算して造形した脳内の仮想に過ぎない。
 主人公花村薫が行うタイムトラベルは、天才エンジニア霧生善郎が開発した生成AI「カオス・ジェネレーター」に「精査した情報を打ち込むと、あり得たかもしれないもう一つの現実が再現される」という仕組みである。彼はこの「もしかしたらあり得た現実」をレポートすることで、眼の前の現実が、たまたまそうであるにすぎない偶有的なものにすぎないことをクライアントに教えて、歴史の固定的な見方を揺り動かすことを生業としている。ある時は航空機墜落事故の真相を探り、ある時は国会議員テロの裏面を探索し、ある時は日本を米国の属国として差し出した保守政党の領袖に翻意を迫り、ついには真珠湾攻撃を阻止して、日本を悲惨な敗戦から救おうとまでする。でも、何をしても日本の未来はさっぱり明るくなりそうもない。最後には未来にタイムトラベルしてこのろくでもない現実を変える手立てを見出そうとするのだが、果たして……という話である。
 現実には「軽い現実」と「重い現実」がある。千年前からある現実と昨日生まれた現実では同じ現実でも重さが違う。でも、自称「リアリスト」たちはこの区別を軽んじる傾向がある。そのことに私はつねづね不満だったが、島田さん考案のタイムトラベルは眼の前の現実の「軽重」の考量を可能にしてくれる。私たちに必要な知的態度は、ただ現実を直視することではない。その現実にほんとうに現実である資格があるのかを問うことである。

(うちだ・たつる 思想家・武道家)

波 2026年6月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

島田雅彦

シマダ・マサヒコ

1961年3月13日東京都生まれ。東京外国語大学外国語学部ロシア語学科卒業。法政大学国際文化学部教授。1983年、大学在学中に「優しいサヨクのための嬉遊曲」を発表し注目される。主な著書に『夢遊王国のための音楽』(野間文芸新人賞)、『彼岸先生』(泉鏡花文学賞)、『退廃姉妹』(伊藤整文学賞)、『カオスの娘 シャーマン探偵ナルコ』(芸術選奨文部科学大臣賞)、『虚人の星』(毎日出版文化賞)、『君が異端だった頃』(読売文学賞)、『小説作法XYZ』、『スノードロップ』、『パンとサーカス』、『時々、慈父になる。』、『大転生時代』等。戯曲、オペラ台本、漫画原作、詩集、随筆、対談集など著書多数。

島田雅彦 オフィシャルサイト (外部リンク)

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