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ひのえうまに生まれて─300年の呪いを解く─

酒井順子/著

1,815円(税込)

発売日:2026/01/15

  • 書籍
  • 電子書籍あり

2026年、新たな丙午イヤーに贈る、日本最大の迷信、その解体新書。

六十年に一度巡ってくる丙午。この年に生まれた女性は「男を食い殺す」と忌み嫌われ、大きな苦しみを味わってきた。自らも丙午生まれの著者が、六十年ずつ時代を遡り、史料・新聞・雑誌・小説・芝居等に残る驚きの丙午エピソードを発掘。この迷信が生き永らえてきた社会的背景を解き明かすと共に、次代の糧ともなる一冊。

目次

第一章 丙午に生まれて
第二章 昭和の丙午 その生き方
第三章 昭和の丙午 その前夜
第四章 昭和の丙午 その結果
第五章 明治の丙午 その結婚
第六章 明治の丙午 その地震と火事
第七章 弘化の丙午 その文明開化
第八章 天明の丙午 その“予感”
第九章 寛文の丙午 その炎
第十章 令和の丙午 その消失

丙午当事者県談 「スケープホース」と「負け犬」
鈴木保奈美×吉川徹×酒井順子

あとがき

書誌情報

読み仮名 ヒノエウマニウマレテサンビャクネンノノロイヲトク
装幀 丹野杏香/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 160ページ
ISBN 978-4-10-398512-9
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆、ノンフィクション
定価 1,815円
電子書籍 価格 1,815円
電子書籍 配信開始日 2026/01/15

インタビュー/対談/エッセイ

ひのえうまに生まれて生きる私たち

吉川徹鈴木保奈美酒井順子

2026年、60年ぶりの丙午イヤー到来! 江戸時代から「丙午生まれの女は男を食い殺す」と言われ、前回、昭和の丙午(1966年)には出生数が前年より約46万人も減少。この根強い迷信は令和も生き続けるのか、それとも──? 丙午生まれの3人が伝説の核心に迫ります!

【丙午伝説とは?】
 十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)と十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)を組み合わせて「甲子」から「癸亥」まで六十の周期で日や年を数える手法の、四十三番目にあたるのが「丙午」。この年に生まれた女性は、夫を殺し、家を滅ぼすといった話が日本では、長い間まことしやかに語られてきた。
 丙午にまつわる俗信が広まる背景には、江戸時代の一人の少女──恋しい男に会いたいあまり、わざと火事を起こして死罪になった八百屋の娘・お七の存在がある。お七の事件は芝居などでドラマチックに演出されて人気を博し、また彼女が丙午の生まれとして描かれたことで、激しい気性を持ち、平穏な暮らしに災いをもたらす丙午女性のイメージが強く印象付けられたとされる。

酒井 お二人は私と同じく1966年、昭和四十一年の丙午生まれ。多くの夫婦がこの年に子どもを産むのを避けた伝説の年に生を享けました。鈴木さんはこれまで丙午を意識して生きてこられましたか?

鈴木 私は幼い頃に母から丙午の話を聞かされました。小学校に上がる頃くらいかな。私の学年だけ人数が少なくて、その時に母が「江戸時代に八百屋お七さんって人がいてね」って話をしてくれました。

酒井 そんなお話まで!

鈴木 なんだか面白い逸話があるのよって感じで、ネガティブな意味合いはなかったと思います。私も「あ、そうなんだ」と思うだけでしたね。あとは受験のときに話題になったくらいでしょうか。

酒井 私などは、丙午はレアだということで、誇らしく思ってもいたのですが、鈴木さんはどういった感覚で丙午を背負っていらしたのでしょう。

鈴木 私もどちらかというと誇らしく思っていました(笑)。丙午って、自分が努力をせずに承認欲求が満たされるツールなんですよね。ただ丙午の年に生まれたというだけで、周りの人から「へー、そうなんだ!」って驚かれますから。面白いアイテムだなという感覚です。

酒井 丙午のせいで損をした、嫌な思いをしたことってありますか。

鈴木 私は全然ないですね。

酒井 私もないんです。ただ今回の本のために集めた丙午生まれアンケートの中には、結婚相手のお祖母さんに、「あなたが丙午だと知っていたら結婚には反対していた」と言われたという女性の回答もありました。

鈴木 うわ~。ひどい!

「スケープホース」の誕生

酒井 我々の時代でもこんなひどい話があったとは、と思うような回答も結構あったのですが、男性の場合はどうなんでしょうか?

吉川 振っていただいて申し訳ないのですが、やはり丙午って女性のトピックなんですよね。僕たち男性は丙午の生まれだけれど、女性たちの伴走者に過ぎない。本当に隣で黙って見ていただけなんですよ。この存在感のなさが丙午男子。

酒井 でも江戸時代までは、丙午の男性も妻を殺すとか、人生良くないことばかり起こるといった言説がありましたよね。

吉川 そうです。ただそれは「丙午の年は火事や地震が起きる」といった話と同じように、江戸時代の終焉とともにだんだんと消えていきました。丙午というのは、その年に生まれた女性は家に厄難をもたらすからと結婚を避けられたり、丙午の年に出産をしないようにさせる──要は社会から女性に圧力を加える、女性にまつわる現象なんです。

酒井 男女差が著しい現象だったわけですね。

吉川 そうですね。家父長制的な価値観に基づいて、女性は気が強かったり、でしゃばったりしてはいけないよということを、女性たちに言いたかった。だけど全員に言う訳にはいかないので、六十年に一度、百二十分の一の女性たちを攻撃することで、世間に見せしめにしていたわけです。スケープゴートならぬスケープホースですね。

鈴木保奈美

鈴木 そこに八百屋お七のような物語があると信憑性が増して、広くみんなに伝えやすくなるわけですね。

吉川 八百屋お七は美女の設定でしたが、丙午は美人が多いって話聞いたことありますか? 実はこれね、美人じゃないといけないんですよ。

酒井 どういうことですか(笑)。

吉川 なぜかと言うと、かつての日本は、親の言うことを聞いて見合い結婚して、同じ家で添い遂げる、というような伝統的な家族が多かったですよね。しかしそんな伝統を破ってロマンティックラブに走る人たちがいたわけです。そういうことをするのは八百屋お七のように美人な丙午女性だと世間は言いたがった。

鈴木 美人だから、男が引っ掛かる。だから丙午に気をつけろというわけですか。

酒井 スケープホースもいいところですね。「丙午女性は気が強い」という言説も、女性から能動的に行動したり、積極的に発言してはいけないということを知らしめるために広められたのではないかと思うんです。八百屋お七も、恋する相手に会うために自分から行動を起こした結果、処刑されてしまう。

鈴木 女性から行動したら痛い目に遭うよということですよね。

吉川 これは僕の私見ですが、かつての男性たちって自分から行くのはいいけど、女性からグイグイ来られるのはちょっと……っていう人が多かったと思うんです。でも、その反面そういった女性に対して憧れのようなコンプレックスのような、複雑な感情を抱えている男性もいたんです。

酒井 わかる気もします。

吉川 酒井さんが書かれたように、夏目漱石は『虞美人草』という小説の中で、甲野藤尾という丙午の女性をわざわざ登場人物として使っていました。しかし漱石はその女性を物語の結末で酷い目に遭わせてもいますよね。実は当時の男性は、いわゆる丙午的な性質の女性がすごく好きだったんじゃないかって思ってるんです。ちょうど鈴木さんがしばしば演じてこられた女性のように、美人で積極的なところが魅力的だけれど近づいてはいけない……そういった複雑な思いを丙午に意味づけてきた。それがずっと繰り返されてきた現象が丙午なんだと思います。

利用されて、忘れられた

吉川 今から百年前、明治の丙午に生まれた女性たちがちょうど十八歳から十九歳くらいの時期に、「モガ」(モダンガール)が流行っていました。結婚適齢期の女性たちが華やかな洋服を着て銀座なんかを闊歩していた。それを気に食わないと思う社会が、彼女たちに対して「丙午の女とは結婚できない」っていう迫害をしたわけです。女性の社会進出を阻むために丙午が利用された例です。

酒井 モガと同じ時代に出てきた職業婦人というのも、やはり社会に積極的に進出しようとするのが嫌われたのでしょうか。

吉川 今もミソジニーを抱える男性がいるように、女性が自分たち男性と同じような立場にいることが嫌だなと思う人たちが丙午言説の裏側にいたのでしょう。

鈴木 ちっちぇ!

一同 (笑)

吉川 一つ弁解させてもらうと、私たちが二十歳そこそこのときは男女雇用機会均等法が成立して、バブル景気にディスコやクラブが沸いた時代ですよね。女性の社会進出も当たり前になっていました。モガのときと同じです。でも、そんな女性たちを平成の初めには誰も叩かなかった。

酒井 ありがたいことです(笑)。私はまさに男女雇用機会均等法が施行されて四年目に総合職として就職したのですが、誰からも叩かれず、いじめられることはありませんでした。周囲が扱いあぐねていたという面はあったと思いますが。

吉川 「丙午なのに」みたいなことさえ、言われなかったと思うんです。あの時、世間はもう丙午という言葉を忘れていましたよね。

酒井 三十代以上で未婚、子供がいない女性を負け犬と呼んで『負け犬の遠吠え』というエッセイを書いたことがあるのですが、実はそのとき、丙午のことは微塵も思い出しませんでした。丙午だから結婚できないんだ、といったことを書いてもよさそうなものなのに。

吉川徹

吉川 秋篠宮妃紀子さまは我々と同い年ですが、1989年に婚約が発表されたときも、丙午の生まれだなんて話は話題になりませんでした。しかし1966年、皇室の方々が丙午の年に出産するか否かは週刊誌などでかなり取りざたされていました。この二十年の間に日本社会が大きく変わった証拠です。

鈴木 どうしてでしょう。日本社会が干支とかそういうものに興味を失ったからですかね。

吉川 それはあると思います。もう私たちより下の世代は、自分が何どし生まれかさえ分からない人が多いですよね。鈴木さんの本のタイトルに使われている星座、血液型、干支というのが僕らの世代でいうと、自分の性格を考えるときの三大要素でしたよね。星座と血液型は今でも有効ですけど、干支はほとんど使われなくなってしまいました。

本当の主役は親たちだった

鈴木 実は1966年当時のことが知りたくて、先日母に改めて話を聞いてみました。そうしたら当時、祖父は丙午のことをちょっと気にしていたみたいなんです。でも、母と祖母はそれこそ「受験なんかで得をするかもしれないし、別にいいんじゃない」という感覚だった。
 それと母曰く、私が六年生の時の同級生の女の子たちが、みんなものすごく気が強かったらしいんです。それはやっぱりその子たちの母親が、迷信渦巻く丙午の年に子供を産んで育ててきたからじゃないかって。丙午のせいで世間に何か言われたとしても、負けないような強い子に育てたからだろうと。

酒井順子

酒井 親が丙午を気にしなかったから、我々は生まれてきたわけですものね。

鈴木 だから丙午女性に言われる強さって、そういう世間の言説を気にしない強い親のDNAを受け継いでるところにあるのかもしれません。ちょっとした相関性があるんじゃないかなって思うんです。

吉川 親の性格がある程度スクリーニングされた現象ではあると思います。さらに踏み込むと、前年と翌年に生まれた子の親は、丙午を避けているということで、伝統的な言説を重要視していたり、周囲や世間の目を気にする性格の夫婦が多かったとも言えます。丙午って我々が主役の現象だと思いがちですが、実は親世代の問題なんですね。

鈴木 なるほど。丙午だけど、まあいっかと思って産んでくれた親に感謝ですね(笑)。

どうなる? 令和の丙午

酒井 ところで気になるのが2026年、令和の丙午の出生数ですが……。

吉川 同じ丙午でも我々が生まれた時と違うのは、今のカップルや夫婦は避妊がデフォルトで、子供を欲しいと思ったら妊活をする時代だということです。それに子供を増やすため政府が躍起になっていても、毎年出生数は減り続けている。そんな現代で、六十年前と同じようなことが起こせるかっていうと絶対に無理だと思いますね。

鈴木 むしろ逆に、丙午だとしっかりした子が生まれるよっていうポジティブキャンペーンをしたらどうでしょう(笑)。

酒井 いいですね! 昭和四十一年を迎えようとしている頃、マスコミは「来年は丙午!」といったタイトルの記事をたくさん出して人々の気持ちを煽っていましたが、令和になると丙午に対する興味をマスコミもすっかり失っている。 令和の丙午は、出生数がガクッと減ることはなく、今まで通り人口ピラミッドが窄まっていく中の一年ということになりそうですね。

吉川 いや、僕はもしかしたら逆にちょっとずつ増えていくターニングポイントになるんじゃないかと思っているんです。

鈴木 え! それはどうしてですか?

吉川 明治の丙午も昭和ほどではないですが、出生数が減っていますよね。当時は日露戦争の影響で出生数が減っていて、丙午の年がそのちょうど一番少ないポイントだったのですが、丙午の前年に日露戦争が終わったので、丙午で底を打った出生数が翌年から戻っていくんです。今でいうと、コロナ禍の余波で昨年(2024年)出生数が史上最低を叩き出したわけですが、コロナ禍が明けて、若者たちがようやく出会い、結婚し子供を持ち始めている。だから来年は少し戻るんじゃないかなって思います。

鈴木 丙午とは関係なく2020年からの流れで出生数が増えるかもということですね。

酒井 前年から約四十六万人も出生数が減った昭和の丙午って、改めてものすごい現象だったのだなと思います。

吉川 みんなが同じメディアで同じ情報を得ていたから起こり得た奇跡のようなことだったと思います。私たちは奇跡の子なんです。

酒井 そう言われるとちょっと嬉しいです(笑)。

鈴木 この六十年で急激に社会が変わったんですね。

酒井 八百屋お七の時代から、三百年以上変わらなかったのに。明治の丙午に生まれた女性は、結婚できないならと自殺をしてしまった人もいました。結婚しないと女性は生きていけないという時代背景が彼女たちを追い込んだわけですが、今や多様な生き方が認められています。

鈴木 負け犬でもいいじゃんってね。

吉川 酒井さんのおかげでは? 「私が丙午にとどめを刺したのよ」って言っていいんですよ。

鈴木 酒井さんが救ってくれたんです。

酒井 え? あ、ありがとうございます(笑)。女性でも男性でも、気が強くても弱くても、同じように生きていくことができる世の中になってほしいですよね。

『ひのえうまに生まれて─300年の呪いを解く─』収録の鼎談より再構成しました。

(すずき・ほなみ)
(きっかわ・とおる)
(さかい・じゅんこ)

波 2026年1月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

酒井順子

サカイ・ジュンコ

1966年東京生まれ。高校時代より雑誌「オリーブ」に寄稿し、大学卒業後、広告会社勤務を経てエッセイ執筆に専念。日本の女の生き方・考え方をテーマに据え、2003年に刊行した『負け犬の遠吠え』はベストセラーとなり、講談社エッセイ賞・婦人公論文芸賞を受賞。30代以上・未婚・子のいない女性を指す「負け犬」は流行語にもなった。古典作品にまつわる著書も数多く、『枕草子』の現代語訳も手がけている。他の著書に『枕草子REMIX』『地震と独身』『源氏姉妹』『百年の女 『婦人公論』が見た大正、昭和、平成』『家族終了』『センス・オブ・シェイム 恥の感覚』『ガラスの50代』『処女の道程』『うまれることば、しぬことば』『日本エッセイ小史 人はなぜエッセイを書くのか』『消費される階級』『松本清張の女たち』など多数。

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