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報われざる忠義に殉じた男、大久保彦左衛門――その凜然たる信念を見よ。全三巻堂々の完結!

新 三河物語 下巻

宮城谷昌光/著

1,944円(税込)

本の仕様

発売日:2008/10/22

読み仮名 シンミカワモノガタリ3
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 324ページ
ISBN 978-4-10-400424-9
C-CODE 0093
ジャンル 歴史・時代小説、文学賞受賞作家
定価 1,944円

家康の天下統一は目前となり、大坂城をめぐる最後の戦いを迎える。だが、戦での強さを求められる時代は過去のものとなっていた。あらぬ罪を着せられ改易に追い込まれた大久保一族の哀しみが、闘いに散った兄弟の魂が、彦左衛門の筆に命を吹き込む。家康の興亡とともに生きた彦左衛門が、『三河物語』を記すまでを描く感動の最終巻。

著者プロフィール

宮城谷昌光 ミヤギタニ・マサミツ

1945(昭和20)年、愛知県生れ。早稲田大学第一文学部英文科卒。出版社勤務等を経て1991(平成3)年、『天空の舟』で新田次郎文学賞を、『夏姫春秋』で直木賞を受賞。1993年、『重耳』で芸術選奨文部大臣賞受賞。2000年、司馬遼太郎賞受賞。『晏子』『玉人』『史記の風景』『楽毅』『侠骨記』『沈黙の王』『管仲』『香乱記』『三国志』『古城の風景』『春秋名臣列伝』『楚漢名臣列伝』『風は山河より』『新三河物語』『呉越春秋 湖底の城』等著書多数。

目次

北の天地
神川合戦
小諸の城
小田原へ
天地の声
筆と墨
あとがき

インタビュー/対談/エッセイ

波 2008年11月号より 特集[宮城谷昌光『新 三河物語』完結記念対談]

江夏豊宮城谷昌光

宮城谷 私は中日ファンになってしまいましたが、もとからそうだったわけではありません。昭和二十九年に中日が優勝したとき、西沢道夫という選手がいました。おそらく映画館のニュースで、彼がバットを振るところを見たのです。そのスイングがあまりに綺麗で、その瞬間に中日ファンになりました。野球選手には、人を虜にする瞬間があります。今日は一野球ファンとして、江夏さんにお目にかかれるのを楽しみにしていました。かなりの時代小説通だとうかがっています。
江夏 本は好きです。難しい哲学の本を読むわけではありませんが、本は人生を豊かにしてくれて、引退後の野球人生を拓いてくれました。現役時代は野球の本か新撰組の本しか読みませんでしたが。
宮城谷 新撰組の土方歳三がお好きだとか。
江夏 僕の子どものころは、東映チャンバラ時代劇の黄金期で、片岡千恵蔵や大友柳太郎が大人気でした。僕は月形龍之介が好きでしたが。当時よく観ていた「鞍馬天狗」には、必ず悪役として新撰組が登場するんですよ。その中でも悪の親玉が“鬼の土方歳三”。その土方が、何故か好きでね。
宮城谷 歴史には人生そのものが描かれている、と感じる方もいます。たとえば、漢字学者の白川静さんは、一時奇抜な学説を唱えて学界から白眼視されていたのですが、そういうときに、不遇な孔子と自分の人生を重ね合わせていた、とうかがったことがあります。江夏さんは、子どものころから予感として、土方歳三と同じ人生を歩むと感じていらっしゃったのでは?
江夏 悪に憧れたことはありましたが、自分が悪の道を歩くというイメージはなかったです(笑)。

姓名に秘められた運命

宮城谷 私は古代の文字について多少学びましたので地名や姓に関して意識的になりました。人の姓名を見ると「この人の人生はこうなる」と想像してみるときがあります。そこで、江夏さんとお話しできるということで、いろいろ調べてきました。まず、江夏さんのご兄弟には、「雄」という漢字がつきますね(編集部注 長兄・房雄氏、次兄・雄二氏)。ところが、江夏さんは「豊」。これは何故だろうと考えました。「雄」も「豊」も「さかん」という意味を持つので、そこは共通しています。ところで、江夏さんは、三十代でお酒をやめられましたよね。実はこのことが江夏さんの人生に非常に深い意味を持っているのです。
江夏 緊張してきました。確かに、僕以外の家族は、みんな大酒飲みです。
宮城谷 「豊」という字の下は豆です。これは、食物の豆、ではなく、食器の意味です。その上の「曲」は穀物のキビを表します。「豊」は、穀物が盛られている器という意味です。つまり、食物の器であって、酒器、お酒のための器ではない、ということなのです。さらに、古代中国に豊侯という君主がいたのですが、彼はお酒の飲みすぎで国を滅ぼしたという伝説がある。だから、お酒をおやめになったのは、本当に大正解。それでもう、江夏さんは滅ばない。このことを発見し、自分で勝手に感動しました(笑)。
江夏 考えたこともありませんでした……。そもそも、「江夏」というのは中国の姓だと聞いたことがあります。
宮城谷 はい、それももちろん調べました。荊(けい)州に江夏(こうか)郡がありました。「えなつぐん」とルビをふっていた人もいますけど(笑)。それは置いておいて、薩摩藩に、江夏という姓で有名な人が二人います。海音寺潮五郎さんの『西郷隆盛』を読んだ人は、この名前を知っているはずです。薩摩藩の、島津斉彬(なりあきら)の一番の側近だった江夏十郎という人がいました。もう一人は、江夏仲左衛門という示現流の剣士で、かなりの使い手だったらしいです。江夏さんのお母様が薩摩のご出身であるということは、この二人のどちらかの血筋を引いていらっしゃる可能性がありますね。
江夏 おふくろが鹿児島から大阪に来たときに、読みづらいということで「えなつ」に変えたと聞いたことがあります。
宮城谷 ちなみに大阪、摂津の国には「榎津(えなつ)」という姓があります。それとちがうのであれば、江夏さんは薩摩隼人だ。土方を潰す側ですね(笑)。

「見切る」ということ

宮城谷 昔、江夏さんが「探偵!ナイトスクープ」という関西のテレビ番組で、ひとりの主婦にピッチングのコーチをなさっていたのを拝見したことがあります。その教え方の上手いことといったら……。
江夏 よくご存知ですね。「えらい変わったことやらされるなぁ」とは思いました。でも、主婦の方がヘンな癖がついていない分、教えやすかったですよ(笑)。一番大事なのは、やっぱり、目を切らない、目を離さないことですね。相手を見て投げる。キャッチ・ボールからそういう癖をつけておかなきゃいけません。でも、プロの世界までいくと、結局のところセンスですよ、野球は。ピッチャーでもバッターでも。松坂大輔選手は、何をやらせても上手い。相手を見る目の高さ、というのかな。これは教えても限度があると思います。
宮城谷 野球の解説も、江夏さんのレベルまでいかないと、聞いていて、おもしろくない。私は驚かない解説者が嫌いで(笑)。驚かないというのは、人間が努力してどこまで到達できるか、という限界を知らないからです。だから誉めてあげられない。宮本武蔵が言う「見切る」というのは、どういうことかというと、たとえば平均台があるとして、地面においておけば誰でも渡れる。でも、どんどん高くしていって、渡ることができる限界を考えてみる。その限界が分かる人は「見切れる」。だから、それ以上の高さで渡ることができる人に対して、驚きが生まれるわけです。多分、江夏さんはそれがおできになる。
江夏 確かに、評論家の仕事で、けなすことだったら誰でもできます。だから、誉めてあげる、フォローしてあげる、というのがとても大切なことだと思っています。三振した選手に「馬鹿だなあ」というのは簡単ですが、何故三振したのか、漠然と三振したのか、それとも、狙い球を自分で絞っていって、その裏をかかれて三振したのか、そこを「見切る」のが僕らの仕事ですね。

グラウンドは戦場

宮城谷 時代小説を書いているので、人が戦うという場面を描くことが多い。たたかう、ということは、お互いに負けないつもりで戦うということで、それが端的に表れるスポーツは、野球しかないと思います。サッカーはあまり好きではないのでね(笑)。チームというか、集団で戦いながら、個人でも戦っている。相手を倒すということと、自軍に勝ちをもたらすということが同義で、何を考えてどうやって動くと勝ちに繋がって行くのか――方法論としてはいろいろあると思うし、必勝の法則はもちろんないけれど、でも、野球を見ていると「勝負の分かれ目」や「勝負の流れ」が見えるときがあります。そういう流れを作っていける、その流れにチームを乗せていける監督が、いい監督なのではないでしょうか。選手に十の力があるとして、それを八でも引き出すことができて、その八の力を出した選手たちが一丸となったら、ものすごい力になりますよ。ところが、監督によっては、せっかく十持っている力を五しか引き出せない人もいたり……どうしてそういうことになるのか、考えるのがとても面白いです。江夏さんは、最初の藤本定義さんから始まって、村山実さん、金田正泰さん、野村克也さん、大沢啓二さんと、さまざまな方をご存知ですが、監督業に魅力を感じたことはありませんか。
江夏 うーん、大変だとは思いますね。今の選手は優等生が多いですが、僕が入った頃は、村山実とか吉田義男とか、一癖も二癖もあるようなおっさんばっかりで、それを束ねて戦っていくというのは、大変な仕事だと思いました。でも、やりがいはあるでしょうね。
宮城谷 愚痴らない監督って、少ないですよね。
江夏 ノムさん(野村克也氏)とか、昔の阪神のクマさん(後藤次男氏)とかね、あだ名が「ぼやき」でした。ああいう人たちは、ぼやいているときは機嫌が良くて、ぼやかないときほど怖い(笑)。そのあたりを理解してしまえば平気です。
宮城谷 例えば、古葉竹識監督の采配は、本当に細かくて、テレビで観ていても、勉強になりました。江夏さんの出ていた日本シリーズも含めて、点差が開いているときほど油断しない人でしたね。昔の中日ではあり得ないことです(笑)。
江夏 あの人は勝負に厳しい人でした。川上哲治さんもそう。ひどかったのは、僕が通風の発作でもう歩けないとき。「豊、今日入ってくれよ。ベンチにおるだけでええから」と言ってたのに、試合が始まって六回には僕を探している(笑)。「ブルペン行け」って。そのときはもう、ブルペンまで歩くのがほんとうに辛かった。そんな試合が三試合ぐらいあったかな。ひどい人でしたが、選手のことはすべて見てましたよ。自分の目で確かめながら、隅々までね。

究極の名将

宮城谷 選手と信頼関係を築ける監督と、それができない監督がいます。勝ち負けはともかく、いい試合ができる監督。そういう監督は“名将”と呼べるのでしょうか。
江夏 いや、監督は勝ちが全てです。勝負の世界は、キレイごとではなく、勝たないとダメですよ。勝てば、その監督の嫌な部分も消えていき、いいことばかりが残る。これが勝負の世界、特にプロ野球の世界の鉄則です。負けてしまうと、なんでもないような、心の中で燻っていたことが大火事になりかねない。例えば、阪神時代の野村監督。サッチーであんなに叩かれたのは、勝てていなかったからですよ。まあ、実際余計なおばはんですけどね(笑)。ヤクルト時代は勝ってたから、サッチーが前に出ても誰も文句を言わなかった。勝てば官軍。それがプロです。
宮城谷 戦国時代と同じです。いくさで勝てない将軍に誰がついて行くか、ということですね。勝てなければ兵士は将を信用しません。
江夏 その時代は、兵士が大将を選ぶことができたのでしょうか。
宮城谷 中国は、完全にそういう制度でした。日本の場合は、譜代というものがあって、嫌でも決められた将に仕えなくてはいけなかったのですが、中国は将軍に認定された人であったら、兵士がついていきたい人を選ぶことができた。大勢の兵が一人の将軍に集まってしまうこともあったようです。
江夏 それが、今のプロ野球で言えばFAですね。いいか悪いかは別問題ですが、選手が監督を選ぶ時代になっているのかもしれません。
宮城谷 監督も将軍も同じですよ。一番人気のある将軍はどういう人かというと、功を誇らない人です。「自分が勝った」と言わず、「お前たちが勝ってくれた」と言ってくれる人です。
江夏 それだったら、野村克也なんて、あっという間に下克上ですよ(笑)。負けりゃ選手の責任で、勝ったら「オレが上手いから」。昔からそうです。

凡将が学ぶべきは…

宮城谷 新撰組で言うと、局長はやっぱり近藤勇でなければいけません。土方では、ダメです。近藤はちょっと抜けたところがあるし、細かいことを言わずに組をまとめていく人格的な力があったような気がします。切れ過ぎないというか。
江夏 でも、新撰組なんて、わずか五年じゃないですか(笑)。あの時代だから活躍できたんだと思います。
宮城谷 そうですね。譜代の藩でなされていなかった、武士の精神の問い直し、ということを新撰組がやった。
江夏 見廻組もありましたが、発達しなかったんですよね。
宮城谷 私は、本名を誠一というのですが、新撰組が「誠」の旗を立てているのが、嫌で嫌で仕方がなかった(笑)。いかにもでしょう。それで「昌光」にしたのですが、新撰組が「誠」という字をどこから選んできたのか、気になって調べました。私の考えるところでは、『中庸』が初めて「誠」という字を際立たせた書物で、たしか「誠者天之道也、誠之者人之道也」(誠は天の道なり、之を誠にするは人の道なり)と書いてあったと思います。江戸時代において「まこと」という意で使う字は、「信」でした。『里見八犬伝』の「信」です。でも、新撰組はそれを拒否して、「誠」を使った。改革の意思の表れだったのではないかと思っています。そうでなくては、あの字を選ぶはずがない。
江夏 僕はやっぱり、維新という時代が好きですね。生まれとか環境にかかわらず、人生を拓くことができた。男が一番、瞬間的に燃えることができた時代だと思います。それが魅力ですね。
宮城谷 今のプロ野球を維新時の幕府に喩えたら、メジャー・リーグのような黒船がやってきて、FAも盛んで、なんとかしないと百年後はなくなってしまう可能性もありますね。
江夏 それでも、誰も「攘夷、攘夷」って言わないんだよね(笑)。
宮城谷 確かに。
江夏 外国も魅力的だけど、やっぱり七十年の歴史を持つ日本のプロ野球を大切にして欲しい、という気持ちはあります。新コミッショナーの加藤良三さんが、「アメリカ野球と対等に」と発言されていますが、そういう気持ちがあるんだったら、行動で示して欲しい。
宮城谷 行動のない将に、兵はついていきません。将たらんと志す人はそのあたりを、歴史小説を読んで勉強していただきたいですね(笑)。

(えなつ・ゆたか 野球評論家)
(みやぎたに・まさみつ 作家)

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