
写真があってよかった。─森山大道伝─
3,630円(税込)
発売日:2026/06/24
- 書籍
- 電子書籍あり
森山大道の写真を辿ることは戦後写真史を語ることに等しい。待望の初評伝。
独自な作風と徹底的に路上スナップショットにこだわるスタイルで、日本写真を牽引してきた森山大道。世界最高峰のハッセルブラッド国際写真賞を受賞するなど、国際的巨匠となった写真家がいかに誕生し、時には絶望的なスランプと格闘しながら、進化を続けたのか。緻密な調査やインタビューで劇的な生と創造の深淵に迫る。
序章
一 故郷と呼べる場所
二 デザイナーから写真家へ
三 ふたり目の師匠、細江英公
四 三島由紀夫と『薔薇刑』
五 胎児を撮る
六 「ヨコスカ」、ストリートスナップのはじまり
七 にっぽん劇場、寺山修司との出会い
八 何かへの旅
九 『プロヴォーク』──日本写真の青春期
十 写真よさようなら
十一 スランプをくぐり抜けて
十二 ワークショップ寫眞學校
十三 「オリジナルプリント」論争
十四 CAMP、クスリに頼る日々
十五 新規まき直し──『写真時代』のころ
十六 私設ギャラリー「room・801」
十七 前代未聞の写真集『hysteric』
十八 パリ、カルティエ展
十九 未知の島 ハワイへ
終章
参考文献
索引
書誌情報
| 読み仮名 | シャシンガアッテヨカッタモリヤマダイドウデン |
|---|---|
| 装幀 | 小原里美/カバー写真、新潮社装幀室/装幀 |
| 発行形態 | 書籍、電子書籍 |
| 判型 | 四六判変型 |
| 頁数 | 320ページ |
| ISBN | 978-4-10-406702-2 |
| C-CODE | 0095 |
| ジャンル | 文学・評論 |
| 定価 | 3,630円 |
| 電子書籍 価格 | 3,630円 |
| 電子書籍 配信開始日 | 2026/06/24 |
書評
スナップシューターの苛烈な生
森山大道を語ることは、そのまま現代日本写真の青春時代を遡行するに等しい。本書でその時間の旅へと誘うのは、文筆家の大竹昭子だ。旅、都市、写真、文学といった、複数の磁場に関心を示しながら、批評と創作の境界を自在に行き来してきた稀有な書き手である。上智大学の社会学科を出た大竹は、1979年から1981年までのニューヨーク滞在期、執筆活動に入るとともに、自らも一眼レフを手にしてきたという。執筆と撮影は、大竹にとって同時並行の営為であり、映像媒体と言語媒体の表現が、ごく初期から彼女のなかで綯い交ぜになっていたという事実は、後々まで仕事の全体像に大きく影響を与えたのかもしれない。この滞在の記録と成果は、赤々舎から『ニューヨーク1980』(2012年)として世に出ているが、彼女の筆力は、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなどのジャンル性を軽やかに越えてくるのだ。
特に写真に関わる仕事は大竹の重要な活動のひとつで、「芸術新潮」(1993年4月号~1994年5月号)で連載した企画「眼の狩人たちの肖像」では、森山大道も含めて13人もの写真家へ直接取材するにとどまらず、雑誌のバックナンバーにもあたり、彼らの活動の軌跡を調べ上げた。そして持ち前の分析力をもって、とかく強固なイメージで語られがちな写真家たちの内面や自我は、じつは世相や業界の空気などとの関係によって、さまざまに変化しうることを乾いた筆致で描き出した。大竹は今回の執筆にあたり、「私の想像をまじえながら綴って」いるといい、そのせいか本書は評伝でありながら、文章全体からはどこか小説的な緊張感が漂う。ときには芥川龍之介の「藪の中」のように、一つの事案に対する複数の語り手による真実の食い違いも暴き出している。
本書で興味深い点は、世界的存在になる前の森山が克明に描写されていることである。特に十三章の「オリジナルプリント」論争は読ませる。1976年に森山も含めた世代の写真家グループ「ワークショップ」が、「写真売ります」展を資生堂ザ・ギンザで企画し、自らオリジナルプリントを販売した。しかしその商業的な行為に対し、先達を追い落とそうとする立場の北井一夫たちからは、正論めいた批判が噴出した。当時日本では、カメラ雑誌という紙媒体が全国的に影響の及ぶ言語空間となっており、現在のSNSで散見する空中戦さながらの応酬が展開されていた。写真家としての矛盾を突く容赦のない後進たちからの指摘に、ぐずぐずとアポリアに陥ってしまう森山は印象的だった。しかしそれは写真が「版下(原稿)」から「アート」へと、世間の見方を変革させていく、その過渡期における青春の痛みに他ならない。
オリジナルプリントという概念が日本へ波及し始めたのは、1970年代末~1980年代のことだったが、芸術界隈特有の清貧志向も手伝ってか、当時の日本において、写真家による「画商的なやり方」に対するアレルギーはこれほどであったのかと、驚かされる。今では常識的にオリジナルプリントに高い価値を置くことに違和感は生じないが、「ワークショップ」の苦闘は、その受容の重要なプロセスであった。ヴァルター・ベンヤミンが1936年の論考『複製技術時代の芸術』で指摘したように、機械的複製は作品の「アウラ(真正性)」を失わせる本性がある。ところが写真市場が成立して以降、研究者たちはプリントの制作年代とその作家の制作意図への近接性を重視するようになった。
そして1990年代に写真をめぐる環境が劇的な変化を見せる。写真専門ギャラリーが次々と誕生し、東京都写真美術館がオープンし、写真を「作品」として収集・展示し、オリジナルプリントにアカデミックな正当性を与える制度的根拠が整い、この国でも、いよいよ写真表現が現代アートの一側面を担う領域として、完全に認知されたことを印象付けた。そしてファッションブランドのヒステリックグラマーが広報活動の一環として出版した写真集『Daido hysteric no.4』(1993年)で、森山の硬質なモノクロ写真は若者から熱狂的な支持を得る。思えば私もその若者たちの中の一人だったわけである。
大竹が森山を取り上げた理由については、幾つか語られているが、森山が「スナップも撮るのではなく、スナップだけを撮りつづける写真家」であり続けてきたことが大きい。生粋のスナップシューターという在り方は、その自認を手放す時間を意識的に作ろうとしない限り、目に映る全てが対象化してしまうことになるが……これは苦しい。大竹は森山の「撮ることと生きることとが不可分」であるような、苛烈な生き方に惹かれたのではなかったか。
(すわ・あつし 画家)
波 2026年7月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
大竹昭子
オオタケ・アキコ
1950年東京都生まれ。ニューヨークに滞在していた1980年より写真と執筆活動を開始。写真関係の著作に『眼の狩人――戦後写真家たちが描いた軌跡』『ニューヨーク1980』『この写真がすごい』『彼らが写真を手にした切実さを』『迷走写真館へようこそ』。他に須賀敦子関係の三部作、及びそれらを合本し加筆した『須賀敦子の旅路』、小説集『随時見学可』『間取りと妄想』『いつもだれかが見ている』など、著書多数。トークや対談の機会も多く、それを書籍化したシリーズ〈カタリココ文庫〉を個人出版している。

































