ホーム > 書籍詳細:ナニカトナニカ

独創的な言葉と、刺戟的なヴィジュアル。撮りおろし写真満載の豪華エッセイ集。

ナニカトナニカ

大竹伸朗/著

3,240円(税込)

本の仕様

発売日:2018/11/30

読み仮名 ナニカトナニカ
装幀 大竹伸朗/写真、小関学/タイトル文字データ作成、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 A5判
頁数 332ページ
ISBN 978-4-10-431004-3
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆、エッセー・随筆
定価 3,240円

ヴェネチア、カッセル、シンガポール、光州、ロンドン――。宇和島を拠点にアートの都を駆け巡り、雑踏の片隅に埋もれた「ナニカ」を網膜に焼き付け、誰も見たことのない「ナニカ」を生み出す圧倒的想像力! その源泉はどこから来るのか? 言葉の軌跡とカメラの視線で、この5年間に駆り立てられた衝動をたどる最新エッセイ。

著者プロフィール

大竹伸朗 オオタケ・シンロウ

画家。1955年東京目黒区生まれ。1974年〜1980年にかけて北海道、英国、香港に滞在、1979年に初作品発表後、東京で制作活動を続ける。1988年、制作拠点を東京から愛媛県宇和島市に移す。2006年、初回顧展「大竹伸朗 全景1955―2006」展(東京都現代美術館)。以降は、東京、香川、ソウル、ロンドン、シンガポールにて個展、光州ビエンナーレ(韓国)、ドクメンタ(カッセル)、ヴェネチア・ビエンナーレ(ヴェネチア)、ヨコハマトリエンナーレ、瀬戸内国際芸術祭はじめ国内外の企画展に参加。1986年、初作品集『《倫敦/香港》1980』(用美社/UCA)刊行後、作品集、著作物、CDを発表。総括的な作品集に『SO:大竹伸朗の仕事1955―91』(UCA)、『大竹伸朗 全景1955―2006』(グラムブックス)等。その他、主なエッセイ集に『見えない音、聴こえない絵』、『ビ』(共に新潮社)、『既にそこにあるもの』、『ネオンと絵具箱』(共にちくま文庫)、絵本に『ジャリおじさん』(福音館書店)がある。2004年より2018年11月現在月刊文芸誌「新潮」にエッセイ「見えない音、聴こえない絵」連載中。

大竹伸朗 | OHTAKE SHINRO - OFFICIAL WEBSITE (外部リンク)

書評

描く、貼る、撮る

大竹昭子

 文章と写真一点を組み合わせた五十三篇のエッセイが入っている。五年にわたって「新潮」に連載されたもので、ひとつひとつが完結しており内容的なつながりはないが、読み進むうちにエネルギーの渦のなかに巻き込まれていくような錯覚に陥った。展覧会やそのための制作など、著者の身辺では常にいろいろなことが起きており、そうした出来事が綴られているようでいて、まったくちがうのだ。外界の事象と自分の身体が接触するポイントに執拗に目が凝らされている。自己観察とも言うべき行為による認識と発見、それがもたらす創作への意思と覚悟。流れる水をすくい上げては落として回る水車のように、シンプルかつ信頼の置ける装置によって創作のエネルギーが維持されているさまが見えてくる。
 重きがおかれるのは意味や理屈ではなく衝動、体のなかから湧き起こる反応である。手の動きによって、さっきまで存在しなかった線がいま目の前に出現していく驚き。子どもが描くことに興奮するのはそのためだが、それと同質の歓びをいまも追いかけている。手元に筆ペンを置いて、その瞬間が来たら深く考えずに描く。心のなかに沈殿しているものをペン先から紙上に「逃がす」のだ。
 中学生のときにレンブラント展を観て魅了され、油絵を描くようになった。その衝動も捨てずに保たれているが、スケッチとはやや異なり、自分のなかにもやもやとあるものを「形」にして取り出し集結させる、深く連続していく行為だ。
 その一方で、自分の外側にあるものに強く引っ張られることがある。それを象徴するのは「貼る」ことだ。ロンドンに暮らしていた二十代、先が視えない人生の不安が路上に落ちている紙クズによって救われ、モノの価値が逆転するのを体験した。それ以来、気になるものを拾ってはノートに貼りつけだす。いまもつづく「スクラップブック」シリーズのはじまりで、その数七十冊に及ぶ。
 巨大な立体作品も手がけるが、その基本になっているのも貼ること、すなわちコラージュで、廃品や用済みのものが貼り重ねられる。「どんなモノにも与えられた場所以外に必ず別の居場所がある」という信念のもと、複数のものに居場所を与えてつないでいくありようは、表現者というより仲介人に近く、自分のなかの形を取り出すときですらその所有者が自分だとはさらさら思っていないような、路上でモノを拾うような手つきなのだ。
「描く」「貼る」のほかにもうひとつ、彼が若いときからずっと続けているものに「撮る」がある。路上を歩いて気になるものにシャッターを切る。あるいは、いつも見ているものがちがって見えた瞬間を逃さずに撮る。本書でいえば一二八頁の桜の写真がそうで、太い幹はどう見ても水道管であり、そこから桜花が噴き出す水のように咲いている。
 スケッチが自分の内側にカメラをむける行為とすれば、写真の場合は外部にカメラがむけられる。方向が逆のようだが、よく考えるとそうではないのである。写真に撮ればいやおうなく記憶の内側に残る。意識しなくてもそうなり、時間がたつとほかの記憶とブレンドされて、もやもやした形を成し、体内から取り出したいという欲求をもたらす。取り出したものははっきりと意識化されるから、路上で似たものに出会うとまた反応して撮ってしまう、というように彼の内界と外界は連鎖し、ループ状につながり、水車のようにまわり続けているのだ。
 論理に頼らず、最終形をイメージすることもせず、内なる声だけを聞きとり進んでいくというのはスリリングだが、保険のない原始的な方法といえる。創作へのエネルギーが突然ぴたりと止むのではないかという自問が繰り返しなされており、それは明日、死んでしまうかもしれないという生命のもつ根源的な不安に近い。
 ここにきてふいに、「どんなモノにも与えられた場所以外に必ず別の居場所がある」という前述の言葉がよみがえってくる。人間はどうなのか、与えられた以外の居場所はあるのか、と問うてみる。いや、人間はモノではなくて生身だから、いまここにしか居場所はない。ということは、モノたちに別の居場所を見つけるという人間だけに許された行為を脇目もふらずに一直線に実践しているのが大竹伸朗なのではないか。そう思うと、彼が一風変わった科学者のようにも見えてくるのだ。

(おおたけ・あきこ 作家)
波 2018年12月号より
単行本刊行時掲載

目次

高架下ビエンナーレ
ヴェネチアの愛
白い線路
エロニガい気配
瀬戸内海とテムズ河
ダダな指先
線の言葉
無と有の間に降る言葉
ロンドンの水たまり
残像の色温度
本当の「今」
尼崎記憶工場
電気絵具
五つの矩形
ロン貼ドン
ロンドン雲、リバプール月
シンガポールの版画工房で
見えないインク
形の尻尾
桜と実家
S先生と絵の根っ子
ゴミ屋敷プロジェクト
濡れる絵の匂い
クレヨン以前 レコード以後
船型と工場
試行錯誤の瓦礫
星港版シンガポール・エディション
船型の気分
現代の絵
カラッポの仕事場
島の廃棄物ゴミガミ
岬の藤棚
五〇ペンスの記憶
暴絵族
時代の目玉
バワリーのゴミ星
内箱と外箱
未来風味の亀
居場所岬
プリンテッド・フューチャー
縁景の雀
刷りもんの轟音
島とジュークボックス
路上のヨソ者
メダカと木炭画
ジオラマ仁義
階級と湿気
世界で一つだけの壁
ビルとアボリジニ
微妙と密度

視音間シネマ
ナニカトナニカ

あとがき
写真クレジット一覧

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