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定形外郵便

堀江敏幸/著

1,980円(税込)

発売日:2021/09/28

書誌情報

読み仮名 テイケイガイユウビン
装幀 新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 芸術新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 252ページ
ISBN 978-4-10-447106-5
C-CODE 0095
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 1,980円

活字で美を読む芸術全般をめぐるエッセイ集。

ジャコメッティ、駒井哲郎、モンテーニュ、安東次男、ユルスナール、ピカソ、長谷川四郎、小村雪岱、ルクレール、倉俣史朗……。絵画や彫刻、映画、写真、音楽など芸術全般に造詣の深い人気作家が、そのまなざしで触れ、慈しんだ素晴らしきものたち。「芸術新潮」で好評連載中のコラム7年分を集めた、約3年ぶりとなる待望の単著。

目次
零度の愛について
570285
責任の所在
一度しかない反復
内的な組み合わせ
ミロと電話線
最後の恐竜
てのひらの石膏像
呪縛について
言葉の羽虫を放つ
胃の痛む話
右から六人目のフォートリエ
嗅覚の恐怖政治
まだらな青
汚染に抗うための再読
海に叫んだあとの日々
話し合う夏
幻影の家政学
申し訳ない
記憶の埋設法
起源を見つめる力
茫然自失の教え
開かれた孤島で
体験の角度について
安置すべきもの
観覧車のとなりで
挨拶を禁じること
侯爵夫人の絶望に寄せて
時間割と縄跳び
山羊の謡
用語について煩悶すること
傷つきつつ読みとったもの
近くでなければとらえられないもの
三角定規の使い方
分かちがたく結ばれた友
輪ゴムの教え
二つの恋のメロディ
セメント樽の中の手紙
全集になかったもの
ゲームはすでに終わっている
78651
渇いた朝の把握
ぶんらくぶんらく
夏の家で
作品から思想へ
作品に見つめられること
うごうごする言葉
余白の按分
あの日ブレストは
原原種のゆくえ
アンスニの三姉妹
半世紀ぶりの舟歌
背文字のない本
憎しみの基準
信用に足るもの
知のコンデンスミルク
ミナカワリナシ
統計と検札
観音様の手
思考の水分
浸透圧のこと
森のなかの空き地を求めて
壊れたレンズの功徳
即興演奏に関する覚え書き
君たちが元気なのがとてもうれしい
看板について
すべてが後方になる前に
隠れ身の術
Fの重なり
最低感度⽅向について
アンダンテのつぎに来るもの
モラルの種
破壊の前の沈黙
門を開けさせた人
根元的なところでの同意
ムール貝が伝えるもの
お好み焼きをつくるんです
小学生の手習いのように
適材適所の使い方
犀の角のように
前を向いて静かに萎れていけばいい

書評

中身のわからない“郵便物”

大竹昭子

『定形外郵便』とは風変わりな書名である。これを書いているいまはゲラで読んでいるので、本になった姿はまだ目にしていないが、これまでの著者の著作から想像するに、白地に題字と小さな装画があしらわれているのではないか、もしそうならば本の佇まいそのものが郵便物みたいだな、と思って読みはじめたところ、ほかならぬ内容こそが“定形外郵便物”なのに気がついた。
 まず文章のスタイルが定形の枠組から外れている。随想ふうだったり、掌篇小説ふうだったり、追悼文ふうだったり。テーマも多岐にわたり、著者の専門の仏文関係の作家が多く登場するが、おなじように日本の近代作家もたくさん出てくるし、物書きばかりではなく美術家や写真家の仕事にも触れ、同時に社会の動向にも視線をのばす。さながら形状の異なる郵便物のように封を切るまで中身がわからない。いや、開封してもまだ定かではなく、テーマを了解するのは最後の一行にたどりついたときだったりする。
「ミロと電話線」の一行目はこうだ。「かつて固定電話の回線を引くには、数万単位の権利金なるものを一括で納めねばならなかった」。ああ、たしかにそうだった、と持ち重りのする黒い電話機を思い出しながら読み進むと、下宿の話になる。学生時代、著者は下宿に電話を引いていなくて受けるには大家さんの家の電話を使わせてもらっていた。電話が掛かってくると大家さんの奥さんが敷地を横切り、下宿の二階の部屋まで「お電話ですよ」と知らせにくる。そのときの光景がすぐそばで足音が聞こえるように細かく描写されるが、その話の着地する先はなんと画家のミロなのである。
 不便が高じて二年目についに電話を引くことになり、工事人が来るのを待つのみという状況になったある日、クレーとカンディンスキーとミロを組み合わせた「なんとなく気恥ずかしい感じの展覧会」に立ち寄ったところ、彼は他の二人よりもミロの作品に惹き込まれる。
「瞑想と夢想の相異。瞑想にはまだ思考の翳りがあってどこかで醒めていなければならず、それには一心な集中が必要になる。他方、夢想には全身全霊をあげて思考の一点に向かう厳格さがないかわりに、ゆっくり夢のなかで遊ぶ力と余裕がある」。すなわち、「夢想はクレーにではなくミロの陽光に与えられる言葉だった」と彼は深く感銘し、酩酊状態で帰宅すると、留守中に電話の取り付けの人が来て困っていたと奥さんに告げられ、はっとして書類をたしかめると日付を勘違いしていたのだった。最後の一文は「四畳半に射し込む西陽がミロの太陽さながら赤く燃えて、手続きなるものが夢想とは相容れないことを、無言のまま教えていた」とあり、読者の脳内にもミロのあの濃密な赤色が明滅するのだ。
「仕事机の引き出しが開かなくなった」ではじまる「三角定規の使い方」も意表を突くような展開である。引き出しが開かなくなったのは定規の先端がひっかかっていたからで、解決した後、書きかけの原稿の上に定規をぽいと投げると、「つい数日前に会った人の顔がはっきりと目に浮かんだ」。とはいえ、その顔は現実の人ではない。クラーナハ展で見た神聖ローマ帝国皇帝カール五世の肖像画だったのである。図録を開いて三角定規を顔の左右に当ててみたところ、ぴたりと収まったというくだりには、私もその絵の画像をインターネットで検索して試さずにはいられなくなった。
「なにをどう書こうとしても、いま現在吸っている空気が言葉と言葉の隙間に入り込まないわけはない」(「傷つきつつ読みとったもの」)と著者は書く。そうであるならば、「芸術新潮」の連載をまとめた本書には、まさにその時々に吸い込んだものが染み渡っていることだろう。毎月おなじ頃になるとなにを書こうかと考え、今月の自分がどういう体験をしたか、なにを見聞きしたかを遡ってみる。その時間のなかから醸成された八十数篇は、ユーモラスな空気に満ちたものもあれば、自戒する厳しさがみなぎっているものもあり、社会情勢への懸念を忍ばせているものもある。そんな言葉の波動を感じとりながら、書かれたときの状況を想像してみるのも、『定形外郵便』を開封する愉しみなのだ。
 書名を眺めているうちに、以前、著者の『正弦曲線』を友人に贈ったときのことを思い出した。彼女が真っ先に反応したのがタイトルなのに驚いたが、思えば当然のことで、彼女は長いこと数学の教師をしていたのだ。同じように読書好きの郵便局員が本書を見つけたらどんな顔をするだろうと想像すると、ちょっと愉快である。

(おおたけ・あきこ 作家)
波 2021年10月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

堀江敏幸

ホリエ・トシユキ

1964(昭和39)年、岐阜県生れ。1999(平成11)年『おぱらばん』で三島由紀夫賞、2001年「熊の敷石」で芥川賞、2003年「スタンス・ドット」で川端康成文学賞、2004年同作収録の『雪沼とその周辺』で谷崎潤一郎賞、木山捷平文学賞、2006年『河岸忘日抄』、2010年『正弦曲線』で読売文学賞、2012年『なずな』で伊藤整文学賞、2016年『その姿の消し方』で野間文芸賞、ほか受賞多数。著書に、『郊外へ』『書かれる手』『いつか王子駅で』『めぐらし屋』『バン・マリーへの手紙』『アイロンと朝の詩人 回送電車III』『未見坂』『彼女のいる背表紙』『燃焼のための習作』『音の糸』『曇天記』ほか。

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