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美味礼讃

ブリア=サヴァラン/著 、玉村豊男/編訳・解説

3,080円(税込)

発売日:2017/04/27

  • 書籍
  • 電子書籍あり

どんなものを食べているか言ってみたまえ。
君がどんな人か言い当ててみせよう。

人生に必要なこと。それは、よく食べ、よく愛し合うこと——。19世紀フランスでベストセラーとなった食のバイブルを、『パリ 旅の雑学ノート』『料理の四面体』の玉村豊男が、原書の魅力が伝わるよう大胆に編集し、新訳。食の話題にとどまらず、恋愛を何よりも大切にするフランス文化のエッセンスが詰まった原文の妙味を解説。

目次
はじめに
味覚の生理学 第一部
第1章 感覚について
感覚の数とその機能/感覚の働きとその結果/諸感覚の改善/味覚の持つ力/感覚の働きの目的
第2章 味覚について
味覚の定義/味覚のメカニズム/味を感じるということ/味わいについて/味覚に対する嗅覚の影響/味覚の働きの分析/味覚はつぎつぎと印象を受け取る/味覚から生じるさまざまな愉しみ
第3章 美味学について
学問の起源/美味学の誕生/美味学の定義/美味学がかかわるさまざまな事柄/美味学の効用/美味学の政治に及ぼす影響
第4章 食欲について
食欲の定義/逸話/巨大な食欲
第5章 食物一般について
定義/分析的研究/オスマゾーム/食物の成分/植物界/肉料理と魚料理、またはある特別な実例について
第6章 スペシャリテ(食べものあれこれ)
ポトフーとポタージュ/ブイイについて/ヴォライユ(鳥類)について/七面鳥について/七面鳥マニア/ジビエについて/キジのサントアリアンス風/魚類について/ラペルト氏の逸話/ムリアとガルム/哲学的反省/トリュフについて/トリュフのエロチックな効能について/トリュフは消化に悪いか/砂糖について/内地の砂糖/砂糖のさまざまな用途/コーヒーについて/いろいろなコーヒーの淹れかた/コーヒーの効能/ショコラについて/ショコラの効能/おいしいショコラをつくるのは難しい/ショコラの正しいつくりかた
第7章 渇きについて
渇きのいろいろな種類/渇きの原因/実例
第8章 飲みものについて
水/飲料の即効性/強いアルコール飲料
第9章 グルマンディーズについて
定義/グルマンディーズの利点/グルマンディーズの威力/ある可愛いグルマンドの肖像/逸話/女性たちはグルマンドである/グルマンディーズが夫婦間の幸福に与える影響
第10章 グルマンについて
ナポレオン/先天的グルマン/官能的資質/職業によるグルマン/資産家/医者/糾弾/文学者/信心家/シュバリエとアベ
第11章 食卓の快楽について
食卓の快楽の起源/食の快楽と食卓の快楽との違い/結果/宴席の趣向/18世紀と19世紀/スケッチ
第12章 狩りの中休み
女性たちも加わって
第13章 消化について
嚥下/消化作用/消化の影響
第14章 肥満について
肥満症の原因/続き/逸話/肥満症がもたらす不都合
第15章 肥満症の予防と治療
総説/酸の危険/肥満予防ベルト/キナ皮
第16章 痩せすぎについて
痩せかたの種類/痩せすぎがもたらすもの/自然の命ずるところ/美しくなるためのダイエット
第17章 断食について
定義/断食の起源/断食はどんなふうになされたか/弛みはじめた断食の習慣
第18章 消耗について
美味学的治療法/教授が友人に施した手当ての実例
第19章 料理の哲学史
生で食べる/火の発見/焼いて食べる/ギリシャ人の饗宴/古代ローマの饗宴/横臥して食べる習慣/野蛮人の侵入/ルイ14世と15世の時代/ルイ16世/技術上の改良/最後の完成
第20章 レストランについて
レストランの成立/レストランの利点/店内の風景/レストランの弊害/レストラン間の競争/プリ・フィクス(定食)の店/ボーヴィリエ
味覚の生理学 第二部
余録について
ヴァリエテ(余録)
神父さまのオムレツ/マグロ入りオムレツのつくりかた/調理上の注意/肉汁入り炒り卵/お口ゆすぎ/ウナギのご馳走/アスパラガス/ヒラメ/ブレスの肥鶏/小咄/亡命者の食べもの商売/フォンデュについて/フォンデュのつくりかた/ブリア=サヴァラン家の長い朝食
著者ブリア=サヴァランによる跋
教授のアフォリスム(箴言)
ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン年譜
訳者あとがき
原書および参考書誌一覧

書誌情報

読み仮名 ビミライサン
装幀 19世紀フランス製花リム型丸皿/カバー写真、広瀬達郎(新潮社写真部)/カバー撮影、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 SINRAから生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 432ページ
ISBN 978-4-10-507031-1
C-CODE 0098
ジャンル エッセー・随筆、評論・文学研究、クッキング・レシピ
定価 3,080円
電子書籍 価格 2,464円
電子書籍 配信開始日 2017/10/06

書評

じつは「人間礼讃」だった

平松洋子

 あの『美味礼讃』を読む(読み直す)意味を、さてどう捉えるか。
 本書を手にするとき、この一点の落としどころを探りたくなるのは当然だろう。私についていえば、二十代のころ岩波文庫の上下巻を手にして以来、再読の機会のないまま本棚のこやしにしてきた。例の「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるか言ってみせよう」を始めとするアフォリズムで片づけてしまったのは、いま思えば、みょうに力みの入った独断的な筆致に目眩ましを食らったせいだった。ようするに、ブリア=サヴァランという人物にうまく付き合い切れなかったのである。
 しかし、このたびは玉村豊男の新訳、大胆な割愛や省略などの改変がなされたという。訳者自身、いったん訳し始めると「寸暇を惜しんで作業に没頭」「こんなに夢中になった仕事はひさしぶりだ」。ほう、と膝を乗りだす。その興味を落としどころとして、二度目の『美味礼讃』を開いた。
 一八二五年刊行、原題は『味覚の生理学、または超絶的美味学に関する瞑想の数々』。俎上に上げるテーマは、感覚、味覚、美味学、食欲、食物一般、スペシャリテ、渇き、飲みもの、グルマンディーズ、グルマン、食卓の快楽、狩りの中休み、消化、肥満、肥満症の予防と治療、痩せすぎ、断食、消耗、料理の哲学史、レストラン……最初読んだときは、この大風呂敷ぶりが話の拡散を助長している印象を免れなかった。ところが、本書では、ブリア=サヴァランの思考のありかを随所で意識させられる。たとえば、食卓の快楽を定義づけるくだり。「食の快楽」と「食卓の快楽」を区別したうえで、人々がおなじ食卓を囲むことによって人生の機微に通じてゆくと洞察する明快な文脈に、じつは「美味礼讃」は「人間礼讃」だったのだと気づかされ、はっとする。
 この新たな理解は、むろん訳者によってもたらされたものだ。ディレッタント人生の総決算として綴られた長大な綴りかたが古典的名著と呼ばれてこんにちまで生き永らえたのは、ブリア=サヴァランが味覚の枠内に留まることをよしとせず、人間の精神性の深みを書き表そうと挑んだからではないのか。その人物にたいする訳者の共感、尊敬、発見、あるいは憧憬の感情こそ、本書の読みやすさ、わかりやすさの源泉に違いない。さらには、融通無碍に挟みこむ所感、注釈、解説にも妙味がある。冒頭アクセルを踏みこんで「性的な感覚の重要性」をブチ上げる本文に対し、フランス人にとっては「性=恋愛」なんですよ、とフォロー。「セックスを恋愛として昇華するための文化的仕掛けを用意してこなかった日本文化の弱点」にも言及する。古代ローマの饗宴を語る項では、フランス語の慣用では「キャベツを植えに行く」は「隠退して自由になる」と解説。いや、勉強になります。それにしても、長たらしいショコラの記述へのツッコミには蒙を啓かれた。
「デザートの時間は、宮廷や貴族による富と権力の表現として発達してきたフランス料理にとって、小麦粉やクリームといった旧来の食材が、砂糖、ショコラ、バニラ……など新大陸からの到来物によってこの上なく豊かに変身するさまを見届けることで、しかもそれらが異国的なコーヒーの香りとともに供されることで、山の頂上から下界を見下ろしながら、ヨーロッパの文明はついに新大陸を含む世界を手中に収めたのだという、大いなる満足感に浸る時間なのである」
 時空と文化を超えて、西のブリア=サヴァランと東の玉村豊男の両者が手を組んだマジカルな一冊。四三二ページの大著から食卓のまわりに流れる悦びのあれやこれやが濃厚に立ち昇り、にやにや笑いが止まらないのはなぜだろう。
 書棚に埋もれていた書物との思いがけない邂逅。刺さったままの棘がぽろりと抜けたような晴れやかな気分だ。

(ひらまつ・ようこ エッセイスト)
波 2017年5月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

ブリア=サヴァラン

Savarin,Brillat

(1755-1826)ローヌ川近くの裕福な法律家の家に生まれる。ディジョンで法学・化学・医学を学んだ後、故郷で弁護士事務所を開設。1790年フランス革命の勃発とともに代議士となる。革命末期、自分の首に賞金がかけられていることを知り、スイス、オランダを経てアメリカへ亡命、フランス語とバイオリンの教師としてニューヨークなどを渡り歩く。1796年フランスに戻り、1797年司法官の職を得る。その後、死ぬまでパリ控訴裁判所の裁判官を務めた。生涯独身。『美味礼讃』は亡くなる2か月前に出版された。没後、ペール・ラシェーズに埋葬。

玉村豊男

タマムラ・トヨオ

エッセイスト・画家・ワイナリーオーナー。1945年東京生まれ。東京大学フランス文学科卒。1968年パリ大学言語学研究所留学。1972年より文筆業。1983年長野県軽井沢町、1991年同県東部町(現・東御町)に移住して農園を開き、2004年よりヴィラデストワイナリー開業。2007年元箱根に玉村豊男ライフアートミュージアム開館。2014年日本ワイン農業研究所を設立し、アルカンヴィーニュ(ワイナリー)を拠点とする千曲川ワインアカデミーを開講。『パリ 旅の雑学ノート』『料理の四面体』『田園の快楽』『絵を描く日常』『千曲川ワインバレー』『隠居志願』など著書多数。

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