美味礼讃
3,080円(税込)
発売日:2017/04/27
- 書籍
- 電子書籍あり
どんなものを食べているか言ってみたまえ。
君がどんな人か言い当ててみせよう。
人生に必要なこと。それは、よく食べ、よく愛し合うこと——。19世紀フランスでベストセラーとなった食のバイブルを、『パリ 旅の雑学ノート』『料理の四面体』の玉村豊男が、原書の魅力が伝わるよう大胆に編集し、新訳。食の話題にとどまらず、恋愛を何よりも大切にするフランス文化のエッセンスが詰まった原文の妙味を解説。
教授のアフォリスム(箴言)
ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン年譜
原書および参考書誌一覧
書誌情報
読み仮名 | ビミライサン |
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装幀 | 19世紀フランス製花リム型丸皿/カバー写真、広瀬達郎(新潮社写真部)/カバー撮影、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | SINRAから生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 432ページ |
ISBN | 978-4-10-507031-1 |
C-CODE | 0098 |
ジャンル | エッセー・随筆、評論・文学研究、クッキング・レシピ |
定価 | 3,080円 |
電子書籍 価格 | 2,464円 |
電子書籍 配信開始日 | 2017/10/06 |
書評
じつは「人間礼讃」だった
あの『美味礼讃』を読む(読み直す)意味を、さてどう捉えるか。
本書を手にするとき、この一点の落としどころを探りたくなるのは当然だろう。私についていえば、二十代のころ岩波文庫の上下巻を手にして以来、再読の機会のないまま本棚のこやしにしてきた。例の「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるか言ってみせよう」を始めとするアフォリズムで片づけてしまったのは、いま思えば、みょうに力みの入った独断的な筆致に目眩ましを食らったせいだった。ようするに、ブリア=サヴァランという人物にうまく付き合い切れなかったのである。
しかし、このたびは玉村豊男の新訳、大胆な割愛や省略などの改変がなされたという。訳者自身、いったん訳し始めると「寸暇を惜しんで作業に没頭」「こんなに夢中になった仕事はひさしぶりだ」。ほう、と膝を乗りだす。その興味を落としどころとして、二度目の『美味礼讃』を開いた。
一八二五年刊行、原題は『味覚の生理学、または超絶的美味学に関する瞑想の数々』。俎上に上げるテーマは、感覚、味覚、美味学、食欲、食物一般、スペシャリテ、渇き、飲みもの、グルマンディーズ、グルマン、食卓の快楽、狩りの中休み、消化、肥満、肥満症の予防と治療、痩せすぎ、断食、消耗、料理の哲学史、レストラン……最初読んだときは、この大風呂敷ぶりが話の拡散を助長している印象を免れなかった。ところが、本書では、ブリア=サヴァランの思考のありかを随所で意識させられる。たとえば、食卓の快楽を定義づけるくだり。「食の快楽」と「食卓の快楽」を区別したうえで、人々がおなじ食卓を囲むことによって人生の機微に通じてゆくと洞察する明快な文脈に、じつは「美味礼讃」は「人間礼讃」だったのだと気づかされ、はっとする。
この新たな理解は、むろん訳者によってもたらされたものだ。ディレッタント人生の総決算として綴られた長大な綴りかたが古典的名著と呼ばれてこんにちまで生き永らえたのは、ブリア=サヴァランが味覚の枠内に留まることをよしとせず、人間の精神性の深みを書き表そうと挑んだからではないのか。その人物にたいする訳者の共感、尊敬、発見、あるいは憧憬の感情こそ、本書の読みやすさ、わかりやすさの源泉に違いない。さらには、融通無碍に挟みこむ所感、注釈、解説にも妙味がある。冒頭アクセルを踏みこんで「性的な感覚の重要性」をブチ上げる本文に対し、フランス人にとっては「性=恋愛」なんですよ、とフォロー。「セックスを恋愛として昇華するための文化的仕掛けを用意してこなかった日本文化の弱点」にも言及する。古代ローマの饗宴を語る項では、フランス語の慣用では「キャベツを植えに行く」は「隠退して自由になる」と解説。いや、勉強になります。それにしても、長たらしいショコラの記述へのツッコミには蒙を啓かれた。
「デザートの時間は、宮廷や貴族による富と権力の表現として発達してきたフランス料理にとって、小麦粉やクリームといった旧来の食材が、砂糖、ショコラ、バニラ……など新大陸からの到来物によってこの上なく豊かに変身するさまを見届けることで、しかもそれらが異国的なコーヒーの香りとともに供されることで、山の頂上から下界を見下ろしながら、ヨーロッパの文明はついに新大陸を含む世界を手中に収めたのだという、大いなる満足感に浸る時間なのである」
時空と文化を超えて、西のブリア=サヴァランと東の玉村豊男の両者が手を組んだマジカルな一冊。四三二ページの大著から食卓のまわりに流れる悦びのあれやこれやが濃厚に立ち昇り、にやにや笑いが止まらないのはなぜだろう。
書棚に埋もれていた書物との思いがけない邂逅。刺さったままの棘がぽろりと抜けたような晴れやかな気分だ。
(ひらまつ・ようこ エッセイスト)
波 2017年5月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
ブリア=サヴァラン
Savarin,Brillat
(1755-1826)ローヌ川近くの裕福な法律家の家に生まれる。ディジョンで法学・化学・医学を学んだ後、故郷で弁護士事務所を開設。1790年フランス革命の勃発とともに代議士となる。革命末期、自分の首に賞金がかけられていることを知り、スイス、オランダを経てアメリカへ亡命、フランス語とバイオリンの教師としてニューヨークなどを渡り歩く。1796年フランスに戻り、1797年司法官の職を得る。その後、死ぬまでパリ控訴裁判所の裁判官を務めた。生涯独身。『美味礼讃』は亡くなる2か月前に出版された。没後、ペール・ラシェーズに埋葬。
玉村豊男
タマムラ・トヨオ
エッセイスト・画家・ワイナリーオーナー。1945年東京生まれ。東京大学フランス文学科卒。1968年パリ大学言語学研究所留学。1972年より文筆業。1983年長野県軽井沢町、1991年同県東部町(現・東御町)に移住して農園を開き、2004年よりヴィラデストワイナリー開業。2007年元箱根に玉村豊男ライフアートミュージアム開館。2014年日本ワイン農業研究所を設立し、アルカンヴィーニュ(ワイナリー)を拠点とする千曲川ワインアカデミーを開講。『パリ 旅の雑学ノート』『料理の四面体』『田園の快楽』『絵を描く日常』『千曲川ワインバレー』『隠居志願』など著書多数。