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母親になって後悔してる

オルナ・ドーナト/著 、鹿田昌美/訳

2,200円(税込)

発売日:2022/03/24

  • 書籍
  • 電子書籍あり

子どものことは愛している。それでも――。世界中で大反響を呼んだ一冊。

もし時間を巻き戻せたら、あなたは再び母になることを選びますか? この質問に「ノー」と答えた23人の女性にインタビューし、女性が母親になることで経験する多様な感情を明らかにする。女性は母親になるべきであり、母親は幸せなものであるという社会常識の中で見過ごされてきた切実な想いに丁寧に寄り添った画期的な書。

目次
はじめに
後悔について話すとき、私たちは何について話しているのか
研究について
本書のロードマップ
1章 母になる道筋
社会の指示vs 女性自身の経験
「自然の摂理」または「選択の自由」
流れにまかせて
子どもを持つ隠された理由
意志に反して母になることに同意する
2章 要求の多い母親業
母は、どのように見て、行動し、感じるべきか
「良い母親」と「悪い母親」:彼らは常に「母親像」を追いかけている
母性のアンビバレンス
3章 母になった後悔
誰の母でもない自分になれたら
時間と記憶
後悔:取り消せないことを元に戻したいという願い
後悔と生殖と母性のかけひき
「それはひどい間違いでした」
後悔は母になったことであり、子どもではない
実現の瞬間
母であることのメリットとデメリット
4章 許されない感情を持って生きる
母である経験と後悔の表現
過去の私と今の私
トラウマ的な体験としての母
母性愛の絆と束縛
世話をする義務
母であること:終わらない物語
父親はどこにいる?
消し去る空想
子どもと離れて暮らす
子どもを増やすか否か
5章 でも、子どもたちはどうなる?
母になったことの後悔――沈黙と発言のはざまで
話そうとする・沈黙を保つ
「子どもたちは知っているの?」
後悔について沈黙することで、子どもを守る
知らせることで、子どもを守る
6章 主体としての母
後悔から学ぶ
母親への働きかけ:長所と短所
母であることの満足度:条件だけが問題なのか?
客体オブジェクトから主体サブジェクトへ:人間としての母、関係性としての母性
エピローグ
謝辞
訳者あとがき
原注

書誌情報

読み仮名 ハハオヤニナッテコウカイシテル
装幀 榎本マリコ/装画、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-507271-1
C-CODE 0098
ジャンル ノンフィクション
定価 2,200円
電子書籍 価格 2,200円
電子書籍 配信開始日 2022/03/24

書評

勇気を出して語り出した母たち

柚木麻子

母親や女性を苦しめ、口をつぐませてきたものとは――。欧州で刊行後、深い共感と激しい批判を巻き起こした話題作。

 出産して二日後だろうか。病室に現れた看護師さんに、乳首マッサージ用の馬油を院内の売店で早急に買ってくるように言われた。家族は仕事や体調不良でなかなかお見舞いに来られなかった。今なら誰かに頼むとか、家族が来るまでは馬油なしで乗り切るとか、いくらでも代案を思いつくのだが、その時は頭がぼうっとしていた。私は病室を出て、壁に身体をもたせ、ほとんど感覚のない下半身を引きずりながら、這うようにして下の階にある売店に向かった。足の間から悪露が流れ続けていた。その時のことを今も繰り返し思い出す。まるで貞子のように通路をズルズル歩く顔面蒼白の私を見て、入院患者たちはぎょっとした顔で振り返った。エレベーターが開くなり、私は床に崩れ落ちた。他に乗客がいなかったので、ほとんど寝そべって四角い天井を見上げながら、大変なことになっちゃった、と思った。身体は言うことをきかないし、これからは自己責任で全部一人で決めて自分で動かないと、赤ちゃんが死んじゃう。あの日から、私はいつも気がそぞろだし、頭が正常に働いていない気がする。産後あるあるなのかと思い続けもう五年。私は育児もいい加減な方だし、子どもと過ごすのが苦痛な方でもない。なのに、言いようのない緊張感が常にうっすらくすぶっている。この話をするのはこれが初めてだ。
 本書は自身は子を持つことを望まないと公言するイスラエルの社会学者オルナ・ドーナトが、「母親になって後悔している」二十三人のユダヤ人女性へのインタビューをもとにまとめた論文である。読み終えた時、私が真っ先に感じたのは救いだ。ああ、私と同じようなことを感じている人がこんなにいる。そして勇気を振り絞って、その違和感を声にしようとしている。あのエレベーターの日から続いている恐怖が急に和らいで、視界が変わって見えた。
 本書は刊行されるなり議論を巻き起こし、激しい批判も浴びた。おそらく日本でもこのタイトルを見ただけで「子どもがかわいそう!」「子どもが欲しくてもできない人がいるのに!」と激昂する人が大勢いると思う。女性が平均三人子どもを産むイスラエルではなくとも、母であることにしっくりきていない女性はいてはならない存在なのだ。社会を根底からくつがえしてしまうタブー中のタブーである。しかし、この事実こそが、社会が母親の愛情や無償のケアに頼りきっている証拠ではないか?
 仮名を使ってインタビューに答えている女性たちが、子どもを愛する、頑張り屋の母親であることは興味深い。彼女たちは決して自分の後悔を知られてはなるまい、と常に子どもや家族を慮っている。その証言はこれまでどこでも見たり聞いたりしたことがないものばかりだ。
 子どもが大好きなのに、一生続く母親という重責に押しつぶされそうになっている、「産まないと後悔するよ」という呪いを浴び続けたため自分という人間をまだよく知らないうちに産んでしまった、ずっと続く緊張感で心身が休まる暇がないし、子どもが大人になっても何も変わらない、これが死ぬまで続くと思うと辛い、勇気をもって打ち明けたら異常者扱いされた、子どもが生まれてから何をしていても罪悪感がつきまとう、期待されるスーパーウーマンにはなれない――。私はおおいに共感した。オルナという真摯な聞き手を前に、彼女たちがそれぞれの孤独な部屋からおそるおそる外に出て、自分の言葉を取り戻していく過程は感動的だ。
 とりわけ私が、素晴らしいな、と思ったのが、「あなたを誰よりも愛しているけれど、母という存在に押し込められていることが私には辛い」とそれぞれの言葉で、子どもたちに自身を語ることを試みる女性たちだ。この社会で「母親になった後悔」がまったく語られないからこそ、自分は流されるままに子を産んでしまった。だからリスクを背負ってでも、次世代に共有しようとする。「絶対にあってはならない」はずの彼女たちの声は、この社会の構造の歪みを炙り出す。資本主義社会を邪魔しないために、振り返ることが許されず、歩き続けなければならない抑圧さえもつまびらかにする。私たちがそれぞれの物語を自分の言葉で語ることは、他の誰かを救うこと、ひいては人生のハンドルを握り直すことになるのだという、当たり前のことに気づかせてくれる。そして、勇気を出して語りだした人の声に耳を傾けることもまた、次世代のためによりよい世界を作るために今、必要なことなのだ。
 母になったことをとても幸せに思っている人、またはこれから子どもを欲しいと思っている人、不安に思う人、子を持つ気が最初からない人。そのどれにも当てはまらない感情を持つ人。私はすべての女性に本書を手にとってもらいたいと思う。

(ゆずき・あさこ 作家)
波 2022年4月号より
単行本刊行時掲載

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波 2022年4月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

イスラエルの社会学者・社会活動家。テルアビブ大学で人類学と社会学の修士号、社会学の博士号を取得。2011年、親になる願望を持たないユダヤ系イスラエル人の男女を研究した初の著書『選択をする:イスラエルで子どもがいないこと(Making a Choice:Being Childfree in Israel)』を発表。2冊目となる『母親になって後悔してる』は、2016年に刊行されるとヨーロッパを中心に大きな反響を巻き起こし、世界各国で翻訳された。

鹿田昌美

シカタ・マサミ

国際基督教大学卒。『母親になって後悔してる』(オルナ・ドーナト著、新潮社)、『なぜ男女の賃金に格差があるのか 女性の生き方の経済学』(クラウディア・ゴールディン著、慶應義塾大学出版会)など70冊以上の翻訳を手掛ける。また著書に『「自宅だけ」でここまでできる!「子ども英語」超自習法』(飛鳥新社)がある。

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