異常殺人―科学捜査官が追い詰めたシリアルキラーたち―
2,860円(税込)
発売日:2024/01/17
- 書籍
- 電子書籍あり
撲殺、顔面銃撃、隠された遺体、18年におよぶ少女監禁――。執念の「未解決事件」捜査実録。
不気味で凄惨な犯行現場に臨場し続ける科学捜査官は、密かに「最凶の連続強姦殺人鬼」を追っていた。10数人が殺害され、50人以上が凌辱された未解決事件。「犯人はまだ生きている」。40年間、警察を出し抜いてきたサディストをどう炙り出せるか。DNA解析の最新技術や犯罪捜査の複雑な力学も明かす驚愕のドキュメント。
書誌情報
読み仮名 | イジョウサツジンカガクソウサカンガオイツメタシリアルキラータチ |
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装幀 | Getty Images/カバー写真、Paul Holes/カバー・表紙地図、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 368ページ |
ISBN | 978-4-10-507391-6 |
C-CODE | 0095 |
ジャンル | 事件・犯罪 |
定価 | 2,860円 |
電子書籍 価格 | 2,860円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/01/17 |
書評
執念の捜査官の顔と、繊細な心を持つ男性の顔
アメリカにはコールド・ケース(未解決事件)を専門に扱う番組やポッドキャスト(インターネットラジオ)が多数存在する。そのジャンルの人気の高さが窺えるが、なにより驚くのは、未解決事件に関するコンテンツを熱心に視聴する人々の多くは、何万人も存在すると推定される素人探偵、あるいはインターネット探偵と呼ばれる民間人ボランティアであり、日々、未解決事件の犯人を追跡しているという事実だ。彼らはインターネット上の掲示板に集結し、活発に情報交換を行い、日夜、独自の調査を繰り広げている。発生する殺人事件の三分の一が未解決となるアメリカで、犯人を追跡するのは法執行機関の捜査官だけではない。警察OBや未解決事件専門ライター、そしてインターネット探偵といった人々の地道な努力によって、過去の多くの未解決事件が解決へと導かれているのである。
そんな民間人ボランティアの間で人気の元科学捜査官であり、未解決事件専門家が、本書を記したポール・ホールズである。彼を一躍有名にしたのは、「黄金州の殺人鬼(The Golden State Killer)」と呼ばれる凶悪犯ジョセフ・ジェイムズ・ディアンジェロの逮捕にDNA情報を用いることで寄与した実績だった。1970年代から1980年代にかけて、カリフォルニア州を恐怖に陥れた連続殺人鬼ディアンジェロは、明らかになっているだけで十三人を殺害、五十人以上をレイプし、百件以上の強盗に関わったとされる。多くの証拠を残しながらも、その行方は三十年以上も判明せず、一連の事件は迷宮入りしたと判断され、多くの被害者たちを酷いトラウマで長年にわたって苦しめ続けていた。世間から忘れ去られたこの事件を掘り起こし、捜査し続けたのがホールズだったのだ。ディアンジェロ逮捕の大ニュースは全米を揺るがし、ホールズが一躍、スター捜査官として有名となるきっかけとなった。ディアンジェロ逮捕の少し前に、保安官事務所を退職し、未解決事件専門家となったホールズは、数多くの未解決事件専門テレビ番組やポッドキャストに出演し続け、講演会で全米を飛び回っている。民間人となった今もなお事件捜査に関わり、八面六臂の活躍を続けている。
本書の魅力は、実際に起きた事件における科学捜査の詳細が記されている点にある。科学捜査を題材としたテレビドラマは長年にわたって多くのファンを惹きつけてやまないが、凶悪な未解決事件を追い続けた元捜査官によって綴られた書は、そう多くはない。科学捜査に興味があるなら、多くの情報を得ることができるだろう。また、凄惨な事件現場の描写や、実際に発生した事件の内容は、あまりにもリアルで恐ろしく、背筋が凍るほどだ。特に、生まれながらのサディストと呼ばれた黄金州の殺人鬼の犯行内容は、あまりに凶悪で、一度読めば記憶からなかなか消し去ることができない。それでも、窓や玄関の鍵を必ず確認するという習慣を読み手に定着させる程度の影響力はある。冷静沈着に、淡々と綴るホールズの捜査官としての強靱さを体感できる。
しかしホールズの魅力は、犯人をとことん追いつめる執念の捜査官の顔と、傷つきやすく、繊細な心を持つ一人の男性の顔が同居するところにある。無数のハエが覆う腐乱死体や、血液が大量に飛び散る凄惨な事件現場にも怯まず、表情ひとつ変えずに分析を行うホールズが、一方で、家に戻ればパニック発作に苦しみ、悪夢に苛まれるのだ。事件に没頭するあまり家庭を壊し、孤独に生きることを選んだはずなのに、ふとしたきっかけで恋に落ちた女性に救いを求めてしまう。そんなホールズの一面も、本書の魅力のひとつだ。
ホールズの繊細さをよく表しているのが、彼が「相棒」と呼び、数年にわたって情報交換を続けてきたノンフィクションライターの故ミシェル・マクナマラについて記した章だろう。マクナマラはホールズと同じく、黄金州の殺人鬼事件にこだわり、何年もかけてその犯人を追い続けていた。同じ犯人を追った二人は、ジャーナリストと現役の科学捜査官として出会ったのだ。しかしマクナマラは、犯人逮捕を目撃することなく不慮の事故でこの世を去った。ホールズは多くのページを割いて、彼女の思い出と喪失の痛みを綴っている。黄金州の殺人鬼逮捕という目標に向かって、ひたむきなまでに突き進んでいた二人の結束の固さが伝わってくる。マクナマラの死後に出版され、彼女の遺作となった『黄金州の殺人鬼――凶悪犯を追いつめた執念の捜査録』(亜紀書房)に記された、彼女のホールズへの感謝と敬愛の念に応えるかのような筆致から、ホールズの抱える痛みが伝わってくる。
ホールズがインターネット探偵たちに絶大な人気を誇っている理由は、彼が優秀な捜査官だという事実だけではない。ソーシャル・メディアを駆使するホールズは、セルフブランディングまで巧みだ。妻を、子どもを、そしてペットの大型犬を愛するホールズは、ファンとの交流にも気さくに応じる、新しいタイプのスター捜査官なのだ。
(むらい・りこ 翻訳家/エッセイスト)
波 2024年2月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
ポール・ホールズ
Holes,Paul
カリフォルニア州ベイエリアに位置するコントラコスタ郡保安官事務所と地方検事局に27年間勤務。科学捜査と事件現場捜査の両方の経験を持ち、キャリアを通じて未解決事件と連続凶悪事件を専門とする。地方検事局在職中に、FBIとサクラメント郡地方検事局とタッグを組んで革新的な捜査技術を応用、アメリカ史上最大の被害を出した連続強姦殺人犯「黄金州の殺人鬼」の正体を突き止めた。逮捕以来、数々のテレビ番組に出演。また退職後も、世間の注目を集める難事件において現場の捜査官たちの相談役を務めるほか、未解決事件の被害者家族の支援を続けている。
ロビン・ギャビー・フィッシャー
Fisher,Robin Gaby
濱野大道
ハマノ・ヒロミチ
翻訳家。ロンドン大学・東洋アフリカ学院(SOAS)卒業、同大学院修了。訳書にレビツキー&ジブラット『民主主義の死に方』、ケイン『AI監獄ウイグル』(新潮社)、ロイド・パリー『黒い迷宮』『津波の霊たち』(早川書房)、グラッドウェル『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』(光文社)などがある。