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音楽と戦争、幻想と歴史が交錯し、響き合う、17の物語。
名手による待望の初短篇集。

戦時の音楽

レベッカ・マカーイ/著 、藤井光/訳

2,160円(税込)

本の仕様

発売日:2018/06/29

読み仮名 センジノオンガク
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 Yosuke Yamaguchi/イラストレーション、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 318ページ
ISBN 978-4-10-590148-6
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品
定価 2,160円

往年の名ヴァイオリニスト。サーカスの象使い。大学教授になりすますシェフ。時代や運命の不条理に翻弄されつつも何かを生み出そうと苦闘する人々の物語は、作家自身の家族史をも織り込みながら、繫がり合うように広がっていく。ベスト・アメリカン・ショート・ストーリーズに4年連続選出された名手による、驚異に満ちた17篇。

著者プロフィール

レベッカ・マカーイ Makkai,Rebecca

1978年生まれ。言語学者の両親のもと、シカゴ近郊の村で育つ。父親はハンガリー出身、父方の祖母は著名な女優・小説家だった。ワシントン・アンド・リー大学およびミドルベリー大学大学院で学び、2011年長篇The Borrowerでデビュー。2014年発表のThe Hundred-Year Houseは、シカゴ作家協会によって年間最優秀長篇小説賞に選ばれた。2008年から4年連続でベスト・アメリカン・ショート・ストーリーズに作品が選出されている。『戦時の音楽』は待望の初短篇集となる。

藤井光 フジイ・ヒカル

1980年大阪生まれ。同志社大学准教授。訳書にテア・オブレヒト『タイガーズ・ワイフ』、セス・フリード『大いなる不満』、ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』等。著書に『ターミナルから荒れ地へ』等。2017年、アンソニー・ドーア著『すべての見えない光』で日本翻訳大賞受賞。

書評

それぞれの戦争、それぞれの音楽

江南亜美子

「戦時の音楽」という言葉から、どんな旋律を想像するだろう。勇ましくも空虚な軍歌? 甘くノスタルジックな女性ヴォーカルの慰問歌? それともヒットラーが愛したワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」? レベッカ・マカーイは、あくまで音楽を戦争に与するものではなく、支配権力に対抗するささやかな個人の、最後まで不可侵な領域としてとらえているらしい。
 本書には、時代も舞台もトーンもばらばらな17の短編が収録される。マカーイ自身のハンガリー系一族の歴史が紐解かれる三つの連作から、女性大学教師が勘違いから思わぬ糾弾を受ける一編、バッハが現代に生きる「私」のヤマハピアノにタイムスリップしてくる奇想の一編まで、いずれもドラマティックにしてユーモアのきいた作品である。一編を読み終わるごとに深い余韻が残るのが特徴で、登場人物たちの人生が、書かれなかった時間もふくめてつい想像されるという点で、アリス・マンローチェーホフをほうふつさせる作品もある。完璧な短編、と称えたくなるものもある。
 関連がなさそうにみえて、ゆるやかにつながりあうこれらの作品に通奏低音となるのは、戦争の影である。戦争は、先の大戦だけを意味するのではない。難民状態になることや、人種や性的指向を理由とする差別を受けることや、他人に不寛容な時代に強迫観念にさらされることなどもふくまれる。こうした、人々を理不尽におそう厄災としての「戦争」の悲惨さを、解毒したり、乗り越えたり、中和したりするものとして、音楽をはじめとする芸術が力を持つさまをマカーイは描きだすのだ。
 例えば「これ以上ひどい思い」で、収容所帰りのユダヤ系ルーマニア人のバイオリニストであるラデレスクを家に迎え入れたアーロン少年は、九本しかない指から奏でられる曲のなかに、彼の来し方の物語を聴き取り、幻視する。アーロンの父の音楽教師だったラデレスクとピアニストのモルゲンシュターンの美しい二重奏がポグロム(ユダヤ人迫害)の恐怖から一瞬みなの目を逸らせたこと、生き延びるためにひとりの女子学生を見殺しにしたこと、そして収容所で指を切断されたこと……。いまここに美しく響く音楽こそが、ラデレスクが負った残酷な記憶や、芸術家として生きる峻烈な覚悟を、アーロンに伝えるのである。
「惜しまれつつ世を去った人々の博物館」では、ガス漏れでアパートの住人全員が死亡するという事故が起こる。婚約者が元妻の部屋を訪れていて亡くなったと知ったメラニーは、旅行中で難を逃れたホロコーストの生き残りの女性と会話する。彼女はナチス側の青年と結婚し、以来長く生活をともにしてきたという。数奇な運命に翻弄され、二度までも「ガス」から生き延びた夫婦の歴史は、メラニーの耳にピアノ伴奏とソプラノの歌声となって残響し続けるのだ。
 あるいは「ブリーフケース」では、ある男が思想弾圧から逃れて、他人のブリーフケースを盗み去る。シェフでありながらその鞄の持ち主であった大学教授になりすまして幾年ものときを過ごした男は、大学教師の妻と対面し、町のしがないバイオリン弾きが広げたもうひとつのブリーフケースを目にしたことで、偽りに生きた人生やバイオリン弾きだったかもしれない人生に、思いを馳せるのである。〈年月は毛布のように積み重なり、同時に存在する。今年は一八四八年であり、一七八九年であり、一九五六年である。(中略)この街はあらゆる時代におけるあらゆる都市である。ここはカブールである。ドレスデンである。ヨハネスブルクである〉
 つまるところ私たちは、先祖のちょっとした選択や運不運も作用した結果、いまこうして現代に生きている。現代もまた生きやすい環境とはいえないかもしれない。それでも理不尽さに負けじと心に安寧を求め、今日この日を過ごしているのだ。人は何に生かされているのか。問うても答えのない問いを抱えた私たちを、マカーイの視線は優しく包み込むだろう。リアリズムだけでなく、マジックリアリズム的な語りや、断章形式もカヴァーし、語り口の多様さでも、私たちを魅了するマカーイ。作家の美質を存分に味わえる一冊である。

(えなみ・あみこ 書評家)
波 2018年7月号より
単行本刊行時掲載

目次

歌う女たち
これ以上ひどい思い
十一月のストーリー
リトルフォーク奇跡の数年間
別のたぐいの毒(第一の言い伝え)
ブリーフケース
砕け散るピーター・トレリ
赤を背景とした恋人たち
待者(第二の言い伝え)
爆破犯について私たちの知るすべて
絵の海、絵の船
家に迷い込んだ鳥(第三の言い伝え)
陳述
十字架
聖アントニウスよお出ましを
一時停止 一九八四年四月二十日
惜しまれつつ世を去った人々の博物館
訳者あとがき

短評

▼Enami Amiko 江南亜美子
切り落とされた右手の薬指、招かれざる客が飲み干す黒インク、未完成の肖像画、持ち去った他人のブリーフケース……。日常のすぐとなりにあるオブジェから、著者は、ドラマティックで挑発的で、ユーモアのきいた短篇の数々を生み出していく。このとき通奏低音となるのは、戦争である。時代も舞台もばらばらな物語は、人間にとって途轍もない厄災である戦争が、そこここに、いまここにも形を変えて出来していることを、私たちに否応なしに気づかせる。そして、卑小な個人が武器にできるのは、音楽を始めとする芸術なのだということも。

▼Maile Meloy マイリー・メロイ[作家]
これほどの幅広さと深みを持った作品集を読むことはなかなかない。戦争と罪と秘密、そしてロマンス、芸術、リアリティTVをめぐる物語でもある。知的で、笑えて、忘れ難い。

▼Molly Antopol モリー・アントポル[作家]
レベッカ・マカーイは最高の作家である。知的で、精緻で、華麗で、慈愛に満ちている。一篇一篇が短篇の持ちうるあらゆる深みを持ち、胸に刺さる。素晴らしいというだけでは足りない。これは本物である。

▼Boston Globe ボストン・グローブ
すばらしい初短篇集。奇抜さと痛切さ、悲嘆と歓喜が、驚くべき形で融合している。直截なリアリズム作品も、きわめて幻想的な作品もあるが、どれもがウィットと悲しみと知性にあふれている。

▼The New Yorker ニューヨーカー
戦争に引き裂かれた20世紀からリアリティショーのあふれる現在まで、どの短篇も運命に翻弄される人物たちを描いている。それは偶然だろうか? ユーモアを交えながらも、私たちの歴史感覚も狙上に載せられることになる。

▼The Guardian ガーディアン紙
短篇小説は、彼女の特別な才能を発揮するのに理想的な場所である。そこで彼女は、人物を繊細に描き分けるだけでなく、奇妙で魅力的な設定を作り上げることもできるのだ。

▼The Gazette ガゼット紙
ほとんど完璧な本。マカーイの綴る物語には美しさと悲しみ、驚異と驚嘆、罪悪感と無垢があふれている。それぞれの短篇は、完璧な形で響き合っている――人物でもプロットでもなく、主題と技術が一篇一篇を繋いでいるのだ。

訳者あとがき

 本書『戦時の音楽』は、二〇一五年に刊行されたレベッカ・マカーイの初短篇集Music for Wartimeの翻訳である。わずか二ページの掌篇から、三十ページ近い短篇まで、長さも語り口もさまざまな物語が十七篇収められ、マカーイの物語作家としての力量を余すところなく伝えるものとなっている。
 マカーイは一九七八年に生まれ、シカゴの北に位置するレイクブラフで育った。両親はともに言語学者であり、父親のアダム・マカーイは一九五六年のハンガリー動乱の際にアメリカ合衆国に亡命し、後にアメリカ国籍を取得している。父方の祖母イグナーツ・ロージャはハンガリーでは著名な女優・小説家でもあった。学問だけでなく芸術一般を愛する一家に育ったことも手伝い、マカーイは十代の後半から作家の道を志していたという。ヴァージニア州の名門私立大学であるワシントン・アンド・リー大学を卒業後は、ヴァーモント州のミドルベリー大学創作科に進学している。
 本書『戦時の音楽』を刊行するかなり前から、マカーイは注目の短篇作家となっていた。本書にも収録されている「これ以上ひどい思い」「ブリーフケース」「絵の海、絵の船」そして「砕け散るピーター・トレリ」は、二〇〇八年から二〇一一年まで、実に四年連続で「ベスト・アメリカン・ショート・ストーリーズ」に選出され、その間にマカーイは若手作家のなかでも短篇の名手として知名度を上げていくことになる。
 短篇によって創作の腕を磨き、短篇集によってデビューを飾る現代作家は多い。ましてや、マカーイほどの評価を得れば、当然ながら短篇集への期待は高まる。しかし、周囲のそんな思惑とは裏腹に、短篇集はすぐに刊行とはならなかった。短篇集としての出版に十分な本数が出揃ったあとも、一冊の本としての枠組みを見出し、それにしたがって最後のピースを埋めて完成させるまで、マカーイは数年にわたって試行錯誤することになる。
 その間に、マカーイは二冊の長篇小説を刊行している。デビュー作となった第一長篇『借り出し人』(The Borrower、二〇一一、未訳)は、図書館に勤務するロシア系の司書が、よく図書館を利用していた少年との逃避行に身を投じることになる。一方の第二作『百年の館』(The Hundred-Year House、二〇一四、未訳)では、シカゴ郊外でかつては芸術家たちのコミュニティとなっていた古い屋敷にまつわる愛憎劇がじわじわと明らかになる。両作品とも、大らかなユーモア精神とサスペンスめいた展開を楽しませてくれる秀作だと言っていい。
 とはいえ、マカーイの作家としての手腕は、彼女のキャリアにおいて三冊目となる本書『戦時の音楽』において最もよく発揮されている。短篇集全体を貫く主題として最終的に彼女が見出したのは、タイトルが示すように「戦争」と「音楽」だった。冒頭に置かれた「歌う女たち」から、最後を飾る「惜しまれつつ世を去った人々の博物館」まで、そのふたつの主題はさまざまに変奏され、各短篇に織り込まれている。
 戦争という主題は、マカーイの家族史への視線とも深く絡み合っている。短篇集のなかに挟まれる三つの掌篇「別のたぐいの毒」「侍者」「家に迷い込んだ鳥」は、作者自身を思わせる語り手が、みずからの家族史をたどろうとする試みを伝えている。この三つの「言い伝え」は、雑誌「ハーパーズ」に初めて掲載されたときには、作者マカーイの「回想録」、つまりはノンフィクションに分類されていた。それが今度は、一語たりとも修正されることなく、フィクションとして本書に収録されていることになる。戦争とその災厄に、一家の過去はどう関わっているのか、そして今それをたどろうとする語り手は、その過去にどこまで縛られているのか。戦争や、その余波に生きるとはどのようなことなのか。事実と虚構のあいだを行き来するようにして発せられるそれらの問いは、掌篇の前後に置かれた作品にも波及していく。
 そのなかで、生き延びるためにみずからを偽る登場人物たちが、さまざまな形で登場する。戦争という不穏な時代において、彼らは虚構の自己を作り上げ、そうすることでみずからを守ろうとする。短いながらも壮大なスケールを持つ「ブリーフケース」では、そうした「騙り」が宇宙という次元にまで拡張されて語られる。あるいは、「十字架」のように、一見して平穏な日常において何らかの「徴」や意味を見出し、物語を作って生きていこうと試みる人々の姿にも、ささやかではあれ、フィクションによって生き延びようとする行為は見出される。
 そうした芸術活動をめぐる思索が、もうひとつの主題である「音楽」に凝縮されていると言っていい。演奏家、舞台俳優、作曲家、美術家、そしてもちろん小説家など、マカーイの短篇にはさまざまな芸術家たちが登場する。暗い時代に人を芸術に向かわせるものとは何なのか、それは彼らの人生をどう形作っていくのか。登場人物たちはしばしば自問し、もがくことになる。
 通奏低音のように主題を反復しているとはいえ、短篇集全体は驚くほど多面的である。鋭利な切れ味を感じさせる「これ以上ひどい思い」や前述の掌篇から、マジックリアリズム的な出来事がおおらかなユーモアをたたえて語られる「リトルフォーク奇跡の数年間」、あるいは「一時停止」や「爆破犯について私たちの知るすべて」における断片形式まで、マカーイは題材に応じて自在に語り口を変えてみせる。そして、正統派ともいえる三人称の語りが選ばれている場合であっても、語られる人物や出来事との距離の取り方はそれぞれ絶妙に異なっている。そうした語りの手腕と、人の営みに対する透徹した視線があいまって、マカーイの短篇集は、現代的でありながら古典の風格も備えた独特の磁場を作り上げている。
 本書を発表後も、マカーイはシカゴを拠点として休むことなく活動を続けている。ノースウェスタン大学を始めとして創作の授業を担当し、〈ストーリースタジオ〉という一般市民向けの創作の指導プログラムにも名前を連ねている。その勤勉さは創作でも発揮されており、二〇一八年初夏には長篇第三作『信じ続ける人たち』(The Great Believers)の刊行がすでに決定している。一九八〇年代のシカゴの芸術界を襲うエイズという災厄の過去が、二〇一〇年代のパリで暮らす女性の人生に再び浮上する、友情と償いについての物語である。締め切りは絶対に破らないと本人が語っているとおり、この先もマカーイの作品は続々と届けられることになりそうだ。

 本書の謝辞で、マカーイは短篇集の完成にあたって感謝すべき人々を多く挙げている。それと同じく、本書の翻訳にあたっても、僕は多くの人々にお世話になった。
 まずは、僕がシカゴまで訪ねていったときに丸一日付き合ってくれて、個人的な信頼関係を築いてくれたレベッカ・マカーイ本人に感謝を。なかでも、シカゴで彼女が一番好きな場所だと言って案内してくれた、芸術関係のオフィスや教室が集まる建物の雰囲気は忘れがたいものだった。どの部屋も、ふと扉が開いてマカーイ作品の登場人物たちが姿を見せそうな、そんな不思議な空気に包まれていた。
 新潮社の佐々木一彦さんには、短篇集の原書が出る前から僕のマカーイ作品への個人的な思い入れを汲んでいただき、企画から訳文の推敲に至るまで、すべてのプロセスを併走していただいた。この場を借りてお礼申し上げます。
 文芸誌にもマカーイ作品を掲載してもらう機会が複数あったことは、訳者の僕にとっては望外の喜びだった。『文學界』に「ブリーフケース」を掲載してもらったときは、企画から校閲まで、担当の大嶋由美子さんにお世話になった。また、「惜しまれつつ世を去った人々の博物館」は『新潮』に掲載され、そのときは松村正樹さんに担当していただいた。
「ブリーフケース」を初めて読んで以来、僕は毎年のように授業でマカーイの短篇を読んできた。二〇一二年から二〇一八年まで、その偏愛に付き合ってくれた同志社大学英文学科の歴代ゼミ生たちにも感謝したい。なかでも、吉田健人さん(「ブリーフケース」)と恵愛由さん(「一時停止」)は、僕の訳文もチェックして、推敲のアドバイスを与えてくれた。
 最後に、僕の家族に。生き物と自然を愛する娘と、ささやかな日々を分かち合ってくれる妻に、愛と感謝をこめて、本書の翻訳を捧げたい。

 二〇一八年五月 京都にて

藤井 光

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