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吹雪の白い静寂のなかに消えていった、あの光景。アルプスの山とともに生きた、名もなき男の生涯。

ある一生

ローベルト・ゼーターラー/著 、浅井晶子/訳

1,870円(税込)

本の仕様

発売日:2019/06/27

読み仮名 アルイッショウ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 Ai Noda/イラストレーション、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 154ページ
ISBN 978-4-10-590158-5
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品
定価 1,870円

雪山で遭難したヤギ飼いとの邂逅に導かれるように、20世紀の時代の荒波にもまれながら、誰に知られるともなく生きたある男の生涯。その人生を織りなす、瞬くような忘れがたき時間が、なぜこんなにも胸に迫るのだろう。80万部を超えるベストセラー、英語圏でも絶賛! 現代オーストリア文学の名手が紡ぐ恩寵に満ちた物語。

著者プロフィール

ローベルト・ゼーターラー Seethaler,Robert

1966年ウィーン生まれ。オーストリアの作家・脚本家・俳優。数々の舞台や映像作品に出演後、2006年『蜂とクルト』で作家デビュー。『キオスク』などで好評を博す。『ある一生』は2014年の刊行以来、長らくベストセラーリストにとどまり、ドイツ語圏で80万部を突破、すでに37か国で翻訳が決まっている。2015年グリンメルズハウゼン賞を受賞、2016年ブッカー国際賞、2017年国際ダブリン文学賞のショートリスト入りを果たし、英語圏でも高く評価されている。

浅井晶子 アサイ・ショウコ

1973年大阪府生まれ。京都大学大学院博士課程単位認定退学。訳書にイリヤ・トロヤノフ『世界収集家』、パスカル・メルシエ『リスボンへの夜行列車』、カロリン・エムケ『憎しみに抗って』、トーマス・マン『トニオ・クレーガー』、エマヌエル・ベルクマン『トリック』ほか多数。2003年マックス・ダウテンダイ翻訳賞受賞。

書評

天国へのロープウェイ

池澤夏樹

 普通の男の特異な生涯、というのは矛盾だろうか。
 平凡な男ではなく、普通の男。
『ある一生』の主人公エッガーは正に主人公であって、この小説はほぼ彼の言動の記録に終始する。他の人々は愛する妻のマリーも含めて脇役でしかない。すべては彼の視点から語られる。
 彼はいかなる肩書きも持たない生活者である。八十年近い人生は、「子供時代と、ひとつの戦争と、一度の雪崩を生き延び」た。「家を一軒建て、家畜小屋やライトバンの荷台や、さらにはほんの数日とはいえロシアの木の檻など、無数の場所で眠った」と要約することができる。
 生涯を通じてほぼ一人者だった。養父の暴行によってずっと残った障碍とか、雪崩による若妻との死別とか、八年に亘る捕虜生活とか、災難はいろいろあったけれど、それを越えて彼は生きた。「人を愛した。そして、愛が人をどこへ連れていってくれるのかを垣間見た」というのは回顧の思いとして悪いものではない。
 派手な場面がなかったわけではない。
 精一杯の勇気を奮ってのマリーへの求婚のメッセージ。それを山腹にFUR DICH, MARIE(君に、マリー)と火の文字で綴るなんて、かっこいいの極みではないか。ぼくも京女に惚れたら大文字焼きを恋文に仕立てよう。
 彼がもっぱらとした仕事がロープウェイ建設とその保全というのも、壮大な風景が目に浮かんで素晴らしい。つまりこの小説はアルプスの山々を借景としてうまく取り込んでいる。

 アルプスではロープウェイに乗ったことがある。
 フランスとスイスとイタリアの三国の国境、アルプス山脈の西端にあたるシャモニにフランス側から入った。スキー・リゾートだが宿のある村までの道には雪はなかった。ゲレンデはいくつもあるけれど、それとは別にエギーユ・デュ・ミディという高峰のほぼ頂上まで、二八〇〇メートルを一気に登るロープウェイがある。途中で一度乗り換えるのだが、それにしてもわずか二十分ほどでこれだけの標高差を登ってしまう。まるでエレベーターというのが実感だった。
 高度馴化の余裕はないから当然ながら高山病に似た症状が出る。幼児ほど辛いらしく、青い顔でぐったりした子が親に抱かれているのを見た。下に降りればすぐに治るのだが、それにしてもかわいそうだった。
 ああいうものをエッガーは造っていたのかと、この本を読みながら思い出した。
 イタリアでロープウェイを吊る鋼索にアメリカの軍用機が衝突してたくさんの観光客が死ぬ事故があった一件も思い出す。
 あるいはアイスマンのこと。
 アルプス山中、オーストリアとイタリアの国境あたりで五千三百年前の男の死体が氷河の中から発見された。ミイラと言われるが氷漬けだから水分を保った状態で、身につけた物も揃ったまま。アイスマンと呼ばれることになったこの男は身長一・六五メートルで体重は五十キロ。弓矢や斧などを携えていた。争いのあげく山に逃れたものの敵に追いつかれて殺されたものと見える。肩には矢尻が残り、後頭部には打撲傷の跡があった。
 なぜかぼくにはこのアイスマンが『ある一生』の最初に登場するヤギハネスと重なって見える。シャモニでは氷河に落ちて死んだ男が若い姿のまま、五十年を経て老いた許嫁の前に現れたという話も聞いた。
 どれも普通の男の特異な生涯のように思われる。

 エッガーには一つ、無敵の美質がある。
 自分の境遇を他人と比べないのだ。一人の男として来るものをすべて受け入れ、来なかったものを思わない。もっぱら筋肉労働で生計を立て、自然のすぐ近くで暮らしてそこから叡智を紡ぎ、晩年にはそれを生かして山岳ガイドとして身を立てる。不器用で口下手で誠実なガイド。
 彼が造ったロープウェイはひょっとして天国に通じていたのではないか。

(いけざわ・なつき 作家)
波 2019年7月号より
単行本刊行時掲載

短評

▼Ikezawa Natsuki 池澤夏樹
これは一つの完結した人生の物語であり、主人公は80年の生涯を幸福に終えた、と言ってしまいたい。エッガーというこの男には自分の境遇を他人と比べるという考えがまったくない。いわば生まれついて達観の域に達している。身体にちょっとした障碍があるし、理想の結婚生活は長く続かなかったし、異国に送られて苦労した。彼はそれらを全て受け入れる。アルプスの自然は彼の生きかたを肯定する。エッガーが造ったロープウェイはひょっとして天国に通じているのではないか。

▼Die Welt ヴェルト紙
ひとつの満たされた人生の、繊細で優雅な歌。読んでいると心が凪いでくる。そして感動させられる。

▼Westdeutscher Rundfunk 西ドイツラジオ
ローベルト・ゼーターラーは、多くの言葉を必要としない――ましてや大声を張り上げて語られる言葉など。書かれた内容も方法も非常に静かだが、にもかかわらず大きく響きわたる。自身の魂を喜ばせたい者は、この本を読むべきだ。

▼Frankfurter Allgemeine フランクフルター・アルゲマイネ紙
ひとりの人間がどれだけの重荷に耐えられるものかを、この本は静かに、濃く、美しい言葉で、だが激情を交えずに語る。

▼Deutschlandfunk ドイツ公共ラジオ
ゼーターラーが描くのは地理的に限定されたある地方ではなく、ひとつの魂の風景であるかのようだ。

▼Tageszeitung ターゲスツァイトゥング紙
もう長いあいだなかったほど心を揺さぶる感動的な本を書くことに、ローベルト・ゼーターラーは成功した。

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