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名前のないカフェ

ローベルト・ゼーターラー/著 、浅井晶子/訳

2,255円(税込)

発売日:2026/02/26

  • 書籍

その店には、居場所のない人々が集まった。ささやかなぬくもりを求めて──。

戦争の名残をとどめるウィーンで、孤児院で育った男が開いた小さなカフェ。市場で身を粉にして働く者、盛りをすぎたプロレスラーなどそれぞれ孤独を抱えた人々が、束の間の居場所を求めて集まる。ドイツ語圏のミリオンセラー『ある一生』の著者が描く、働くことと生きることのかすかな輝きが静かな感動を呼ぶ長篇小説。

書誌情報

読み仮名 ナマエノナイカフェ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 Fumie Maejima/Illustration、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-590206-3
C-CODE 0397
ジャンル 文学・評論
定価 2,255円

書評

こんなふうに生きられたなら

松浦弥太郎

 コーヒーを淹れているジーモンという男の背中が、心の奥にずっと残り続けている。人生においてとても大切なことが、その寡黙な佇まいのなかに、滲んでいる。物語は決して単調ではない。読み進めるほどに、心の奥を揺らすものが、次々と立ち現れてくる。ジーモンをはじめ、そこに登場する人々の人生は、それぞれが少しずつ傷を抱えながらも、言葉少なに寄り添い合い、いつの間にか一枚の地図のようなものを描き出している。
 ジーモンは、裏通りにある名前のないカフェの主人である。目立つ看板もなく、ひとつも宣伝もせず、ただ毎日同じ時間に店に入り、グラスを磨き、飲み物の支度を整える。
 そこにやってくるのは決まった人たちで、一癖も二癖もあるような人ばかりだ。毎朝、同じ席に座り、同じ窓を見つめ、同じ一杯を飲む。生きることのたくましさは、決して大きな出来事ではなく、こうしたささやかで敬虔な習慣のなかに宿るものなのだと教えてくれている。
 ジーモンの人柄は、誰に対しても分け隔てなく向き合う、深くやさしいまなざしにあふれている。彼は客とほどよい距離を保ちながら、会話の流れを邪魔することなく、少し離れたところでコーヒーを淹れ続けている。その姿勢は、この場所を「誰のものでもないやすらぎの場所」として守りたいという意志が感じられる。そして、カフェとは、店主のための場所ではなく、訪れる人が自分に戻るための、ささやかな居場所であるべきだという思いが、そこにはある。
 そんな彼のひたむきさは、派手な努力や野心のかたちではなく、淡々とした日々の繰り返しにあらわれている。毎日、同じことを、同じように、しかし決して惰性では行なわず、そこにいる人の人生を決して否定せずに見つめる。店を清潔に保ち、グラスを磨きながら、その日の一杯と向き合う。人生をていねいに生きるとは、せいいっぱいの感謝を表すことなのだと、ジーモンは言葉ではなく、その働き方で示している。
 人との距離の取り方も、この物語の強いテーマになっている。問題を起こす者や酔っ払いも多いが、どんな人物であっても大切に敬い、そこにいることを拒まない。その距離があるからこそ、人はこのカフェで、ようやく自分の本音と向き合いながら人生を歩んでいく。近づきすぎず、離れすぎず、そして尊重する。その愛情溢れた距離感が、このカフェを安息の場所にしている。
 この本を読みながら、何度も「やさしさ」という言葉の意味について考えさせられた。やさしさとは、何かをしてあげることではなく、つねに注意を払い、相手の時間を奪わないことなのかもしれない。
 ジーモンの客への愛し方もまた、ひたむきで誠実だ。彼は相手に干渉したり、コントロールしようとはしない。代わりに、その人がこの店で過ごす居心地をていねいに扱う。何があろうと、いつもと同じ一杯の飲み物をその人のために心を込めて注ぐ。それだけで、十分なのだと彼は知っている。
 愛とは、大きな言葉ではなく、与える時間と気の配り方なのだろう。カフェでの日々は何も起きないようで、いつも何かが起きている。それでも、ジーモンはすべてを受け入れ、ただひたすら見守り、いつもと変わらぬ自分であり続けることを、自分の仕事だと貫いていく。
 物語の終盤、ある事情により、10年続けたカフェを閉める決断をする。店の売上が落ちたわけでも、誰かと争ったわけでもない。ただ「ここでやるべきことを、もう十分にやれた」と彼自身が感じたからだ。出来事に逆らわないことも彼の生き方なのだ。
 この静かな決断は、この物語の核心でもある。多くの人は、店や人間関係がだめになるまで続けるだろう。あるいは、手放すことが怖くて、惰性のなかに留まり続ける。ジーモンはすべてを肯定することを選んだ。終わらせることもまた、ひとつの愛でありやさしさなのだというように。
『名前のないカフェ』は、人が生きるということの美しさを、ありのままに描いている。ジーモンという人物を通して、読む者は、人生を小さく、しかし確かに生きることの意味を考えるに違いない。こんなふうに生きられたなら、それはきっと、とても豊かな人生なのだと。
 強くなくていい。大きくなくていい。うまくやろうとしなくてもいい。まっすぐに人と向き合い、今日という一日をきちんと味わうこと。それだけで、人生は十分に豊かになる。
 一杯のコーヒーのように、ぬくもりをたたえながら、長く余韻の残る物語である。

(まつうら・やたろう エッセイスト)

波 2026年3月号より
単行本刊行時掲載

短評

▼Matsuura Yataro 松浦弥太郎

人はいつも、人を支え、人に支えられている。それは声高な言葉でも、特別な出来事でもない。通りすがりのカフェで、黙って隣に座るひととき、何も言わずに差し出される一杯の飲み物。そうしたささやかな日常が、気づかぬうちに誰かの一日を、そして自分の心をあたためている。それでも人は、最後まで孤独を引き受けて生きていく。誰かと並んで歩いていても、変わりゆく日々を生きる責任だけは、静かに自分の手の中に残す……。その孤独を知っているからこそ、人は他者の痛みにやさしく気づき、そっと手を伸ばすのだ。


▼Der Tagesspiegel ターゲスシュピーゲル紙

著者が愛情をこめて光を当てるのは素朴な人々だ。人生をなんとか渡っていこうと格闘する人々。ローベルト・ゼーターラーは、それぞれの登場人物を生き生きと親しみ深く描き出す。まるでゼーターラー自身が毎日ジーモンのカフェで彼らに会っているかのように。


▼NDR Kultur 北ドイツ放送文化局

ローベルト・ゼーターラーはこの新しい小説においても、人生をその純粋なありかたに還元して描き出すという特別な才能を発揮している。生き延びること、愛、力、そして死についての小説。


▼dpa ドイツ通信社

著者は登場人物たちを感傷抜きで、だが大いなる共感をこめて描き出す。小さな人々について大きな物語を語る匠の技だ。

著者プロフィール

1966年ウィーン生まれ。俳優として数々の舞台や映像作品に出演後、2006年『ビーネとクルト』で作家デビュー。『キオスク』などで好評を博す。2014年刊行の『ある一生』は、ドイツ語圏で100万部を突破。2015年グリンメルズハウゼン賞を受賞。2016年国際ブッカー賞、2017年国際ダブリン文学賞の最終候補に。2018年刊行の『野原』は、「シュピーゲル」誌のベストセラーリスト1位を獲得、ラインガウ文学賞を受賞。名実ともにオーストリアを代表する作家の一人。

浅井晶子

アサイ・ショウコ

1973年大阪府生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程単位認定退学。著書に『ポルトガル限界集落日記』、訳書にローベルト・ゼーターラー『ある一生』『野原』、エマヌエル・ベルクマン『トリック』、イリヤ・トロヤノフ『世界収集家』、パスカル・メルシエ『リスボンへの夜行列車』、ジェニー・エルペンベック『行く、行った、行ってしまった』、シャルロッテ・リンク『罪なくして』、ユーリ・ツェー『メトーデ 健康監視国家』、トーマス・マン『トニオ・クレーガー』など。2021年日本翻訳家協会賞翻訳特別賞を受賞。

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