誰も知らないラファエッロ
1,760円(税込)
発売日:2013/03/29
- 書籍
ルネサンスの「理想美」を描いた早世の天才画家の未だ知られざる貌(かお)とは?
柔和で穏やかな聖母子像、登場人物たちが完全に調和した大壁画。目も綾な色彩の妙と抜群の構成力で、古典主義の範を創り上げ、西洋美術史にレオナルド、ミケランジェロをも凌駕する多大な影響を及ぼした。美丈夫で人柄も良く、万人から愛された天才画家の、意外な前衛性や企業家としての才覚、建築の仕事などにスポットを当てる。
文 堀江敏幸
ラファエッロをめぐる七つの質問
談 石鍋真澄
2 レオナルド・ダ・ヴィンチに会いにいった?
3 ミケランジェロとはライバルだった?
4 パトロンだった二人の教皇は、どんな人たちでしたか?
5 女たらしだったとか?
6 経営者としてのセンスもあったのですか?
7 後世、とくに影響を受けた画家は誰?
シエナ|煌びやかな壁画に残る足跡
フィレンツェ|「奇跡の名画」を観る
ローマ|ヴァチカン宮から穴場まで
ROMA ラファエッロ散歩
ラファエッロの主な作品が観られるところ
書誌情報
読み仮名 | ダレモシラナイラファエッロ |
---|---|
シリーズ名 | とんぼの本 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | B5判変型 |
頁数 | 128ページ |
ISBN | 978-4-10-602242-5 |
C-CODE | 0371 |
ジャンル | 文学賞受賞作家 |
定価 | 1,760円 |
書評
個人的アーカイブ
昨年、立て続けに「ウメサオタダオ展」(日本科学未来館)や、「今和次郎 採集講義展」(パナソニック・汐留ミュージアム)などを見た影響か、個人が膨大な資料を読み込み、フィールドワークを積み上げてできあがった、アーカイブに興味がある。『レオナルド・ダ・ヴィンチ―人体解剖図を読み解く―』は、万能の天才と呼ばれるレオナルドが遺したアーカイブのうち、30歳代後半から60歳代前半に追究したテーマである「解剖学」の手稿に焦点を絞った、ずいぶんマニアックな本である。著者は、レオナルドの知的好奇心について「自分が興味をもつ課題についてはつねに詳細なメモをつけ、謎を解明する具体的な方策を案出し、これを実行して『経験的』に問題を解こうとこころがけた」と言う。本書では、解剖と観察を重ね、足りない部分は当時の資料や想像で補い、紙葉に落とし込んでいくプロセスに触れることができるのが興味深い。
解剖図は優れた科学者としてのレオナルドの成果ではあるが、「彼はいう――人の姿態について説明するときはことばに頼ってはいけない。なぜなら〈君の記述が綿密になればなるほど、読者の頭はかえって混乱してくる(略)〉から。あるいは〈眼にかかわる事柄を耳から入れようなどと思いわずらってはならない〉から」という画家としての矜持を持つとともに、立体ではないことの限界も理解していたと著者は指摘する。アーカイブといえば、公的な施設や仕組みを指すことが多く、いまはインターネットでの自動収集や集合知を利用して、フラットで大規模なアーカイブが作りやすく、利用もしやすくなっている。一方、私たちが接することのできる「個人の」アーカイブは、生の資料自体ではなく、レオナルドにとっての素描のように、適切なメディアを選んで整理され、統合され、構築された手法そのものだ。だからこそ、個人の執念によるアーカイブを、その生が反映されたものとして、愛おしく感じるのだろう。
そのレオナルドを尊敬していたのが、ラファエッロだ。『誰も知らないラファエッロ』では、「古典的な調和の取れた画家」というステレオタイプとは別の側面を明らかにしている。三巨匠として並べられながらも、レオナルド、ミケランジェロに比べると格下として語られがちだ(と、著者自身も認めている)が、イタリア絵画の伝統を総合し、後世の多くの画家にとっての美の規範となったラファエッロの絵画も、またひとつのアーカイブと言えるかもしれない。
(さるた・うたこ 編集者)
波 2013年5月号より
担当編集者のひとこと
誰も知らないラファエッロ
本書のカヴァーを飾るラファエッロの《自画像》は、現在、東京・上野の国立西洋美術館で開催されている「ラファエロ」展のメイン・イメージでもある。ゆるふわウェーブの髪、澄んだ眼差し、柔和な表情。貴公子さながらの恵まれた容貌だけでなく、素直で朗らかな性格の持ち主で、誰もが彼の虜になったという。現代にあっても、会場でこの絵に見入る女性たち(男性も?)のほとんどが甘いため息を漏らしている(ように見える)。そして、その人物同様に、万人をうっとりさせる作品の数々。豊かな色彩、均整の取れた構図、美麗な登場人物たち。後の西洋美術史のメインストリームを決定づけた、まさに「持ってる男」ラファエッロ。しかし、神さまに愛されすぎて37歳で早世。晩年は、アンディ・ウォーホルも顔負けのカンパニー体制でプロデューサーとしての手腕もふるう。作品には、純粋な幸福感を逸脱し、どこか私たちの心をざわつかせる「何か」が宿るようになっていた。
彼がもっと長生きしていたら? そんなことも思い描きながら、読んでいただきたい本です。
2016/04/27
著者プロフィール
石鍋真澄
イシナベ・マスミ
美術史家。成城大学文芸学部教授。イタリア美術、主にバロック美術を研究。1949年埼玉県生れ。東北大学大学院修士課程修了。文学博士。1975-79年、フィレンツェ大学に留学。1982-83年および1988-89年にローマ、2010-11年にフィレンツェで研究。おもな著書に『ベルニー二』『聖母の都市シエナ』『サン・ピエトロが立つかぎり』『ありがとうジョット』『サン・ピエトロ大聖堂』(いずれも吉川弘文館)、『アッシジの聖堂壁画よ、よみがえれ』『ルネサンス美術館』(共に小学館)、『ピエロ・デッラ・フランチェスカ』『フィレンツェの世紀』(共に平凡社)など。
堀江敏幸
ホリエ・トシユキ
1964(昭和39)年、岐阜県生れ。1999(平成11)年『おぱらばん』で三島由紀夫賞、2001年「熊の敷石」で芥川賞、2003年「スタンス・ドット」で川端康成文学賞、2004年同作収録の『雪沼とその周辺』で谷崎潤一郎賞、木山捷平文学賞、2006年『河岸忘日抄』、2010年『正弦曲線』で読売文学賞、2012年『なずな』で伊藤整文学賞、2016年『その姿の消し方』で野間文芸賞、ほか受賞多数。著書に、『郊外へ』『書かれる手』『いつか王子駅で』『めぐらし屋』『バン・マリーへの手紙』『アイロンと朝の詩人 回送電車III』『未見坂』『彼女のいる背表紙』『燃焼のための習作』『音の糸』『曇天記』ほか。