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謎とき『悪霊』

亀山郁夫/著

1,870円(税込)

発売日:2012/08/24

  • 書籍
  • 電子書籍あり

新訳の著者が全く新たな解釈で挑む、ドストエフスキー最後にして最大の封印!

現代において「救い」はあり得るか? 究極の「悪」とは何か? そして、「神」の正体とは?……。「スタヴローギンの告白」3つの異稿を読み解くことで、これまで語られることのなかった、人間性の本質を問う試みが見えてくる。『罪と罰』『カラマーゾフ』『白痴』の「謎とき」シリーズから20年、亀山版「謎とき」の登場!

  • 受賞
    第64回 読売文学賞 研究・翻訳賞
目次
はじめに
伝記1 ドレスデンの日々
1 ネチャーエフ事件/2 革命の嵐/3 最後のルーレット――「告白」の誕生
第一部 謎
I 『悪霊』はこうして生まれた
 1 混沌のなかで――「偉大な罪びとの生涯」
 2 「創作ノート」の中の『悪霊』1――一八七〇年夏
 3 「創作ノート」の中の『悪霊』2――語り手の問題

II 「わたしは彼を魂の中から……」
 1 スイスの《悪霊》たち
 2 光源、ペトラシェフスキー事件
 3 スタヴローギンとはだれか

III 「序文」に何が書かれているか
 1 時代の気分
 2 ヴェルホヴェンスキー氏の過去
 3 ルソーの影
 4 永遠のコキュ
 5 ハリー王子の青春

IV 運命的な一日
 1 ワルワーラ夫人の悪意
 2 マリヤの「出現」
 3 「獣」たちの帰郷
 4 「殴打」の意味するもの
伝記2 帰国
第二部 1 無関心な「神々」の陰謀
I 「夜」を解読する
 1 フィリッポフの家
 2 「人神哲学」――神をめぐる問い1
 3 ロシア・メシヤ主義――神をめぐる問い2

II 「夜」のマリヤ
 1 マリヤ・レビャートキナの謎
 2 想像妊娠

III 僭称者
 1 屈辱
 2 ナイフの隠喩
 3 偽ドミートリー伝説
 4 悪魔

IV 「悪鬼」たちの陰謀
 1 ピョートル・ヴェルホヴェンスキーの手法
 2 シガリョーフシチナ、「革命」の未来
 3 失語症
    2 告白
I 挑戦 「告白」分析(1)
 1 「告白」以前
 2 四つの罪
 3 マゾヒズムの共有

II 恐怖 「告白」分析(2)
 1 凌辱
 2 事後の恐怖
 3 黙過 マトリョーシャの死
 4 世界遍歴
 5 夢のなかの黄金時代

III 対決 「告白」分析(3)
 1 「告白」の多層性
 2 三つの異稿を比較する――疑問
伝記3 検閲
1 検閲との戦い/2 決断
第三部 バッカナール
I 「祭り」を解読する1
 1 民衆的起源、仮面劇へ
 2 カーニバルの現出
 3 イグナート・レビャートキン 道化の運命

II 「祭り」を解読する2
 1 カルマジーノフの正体
 2 ヴェルホヴェンスキー氏と「第三の男」
 3 舞踏会と火事

III 愛と黙過
 1 スクヴォレーシニキで何が起こったのか
 2 時よ、とどまれ
 3 魅入られた女たち
 4 魅入られた男たち

IV 光明の原理
 1 甦る民衆
 2 ヴェルホヴェンスキー氏の旅立ち

V 黙示録としての『悪霊』
 1 黙示録イメージ
 2 「告白」と「遺言」の間
 3 最後の手紙、または「寛大さ」ということ
 4 スタヴローギンの犯罪
 5 「悪魔つき」のロシア
伝記4 『悪霊』後
1 単行本化の試み/2 皇太子に捧げる/3 小説と現実/4 『悪霊』批判/5 批判に答える
あとがき
主要参考文献一覧

書誌情報

読み仮名 ナゾトキアクリョウ
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 448ページ
ISBN 978-4-10-603713-9
C-CODE 0398
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 1,870円
電子書籍 価格 1,496円
電子書籍 配信開始日 2013/02/22

書評

波 2012年9月号より 「謎とき」だけに留まらぬ、文学の戦慄

中村文則

ドストエフスキーは、小説の登場人物の名や地名だけでなく、一見何気ないシーンの細部などにも、様々な暗号ともいうべき「仕掛け」をほどこす作家として知られている。
「仕掛け」を解いていくと全く別の意味や、二枚舌であったドストエフスキーの隠された真意とも思える事柄が立ち上がってくる。でもそれを知るにはロシア語だけでなく、ロシア土着の神々や民話、当時の政治・文化背景などに相当詳しくなければならず、日本語翻訳を読む一般読者の我々にわかるはずもなかった。新潮選書から出版された一連の「謎とき」シリーズはそのような我々にドストエフスキー作品の真の姿を暴き出してくれた名シリーズであり、僕も随分と参考にし、楽しませてもらったものだった。
そして遂に亀山郁夫氏による『悪霊』の「謎とき」が登場した。同シリーズをある意味で継承するにあたって、これほど適任の人物はいないだろう。
ドストエフスキーが残した「創作ノート」など膨大な資料に精通した著者がここに現すのは、作品が生まれる前の混沌から完成された『悪霊』へと溢れ出す、渦のようなダイナミズムである。
スタヴローギンが登場した日を巡る謎、マリヤと「水の精」「マーフカ」伝承との繋がり、「スクヴォレーシニキ」に隠された真実、各登場人物の名に込められた意味、『ファウスト』との関連、子殺しの背景にある民話の存在など、読者にとって新しい事柄を現してくれる。
『悪霊』における登場人物達の多くが(ロシアから離れ、根無し草であるのを表現するため)正確なロシア語を使えない設定となっているのは有名であるが、著者はここにもまた新たな光を当てる。当時の革命家達の多くが卓越したロシア語使いであったこと、そして何より、ドストエフスキー自身がロシア語使いとして逸脱し、文体のニュートラル性から遠い地点にいた事実である。ドストエフスキーが自著に登場する「根無し草」達を見つめる眼差しには、これまで考えられていた解釈以上の混沌があったことが明らかにされていく。
そしてこの著作は、「謎とき」だけに留まらない。
スタヴローギンの暗黒に、著者は丁寧に、時に大胆に寄り添っていく。
「スタヴローギンの精神がすでに一つのサイクルを閉じていることが明らかになる。なぜなら、人間の感情はもはやそこから先には進みようがなく、永遠に堂々巡りを強いられるからである。憐れみと情欲が一つとなって輪が閉じられる」
この文章の、純然たる文学の戦慄。実に見事である。
章の間に「伝記」が挟まれる構成もありがたい。当時のドストエフスキーやアンナ夫人の姿が、面前に浮かび上がってくるようだ。

(なかむら・ふみのり 作家)

担当編集者のひとこと

謎とき『悪霊』

ストーリーの奥に秘められた、「人間性の本質を問うテーマ」とは?『謎とき『罪と罰』』『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』『謎とき『白痴』』……江川卓さんによる一連のドストエフスキーの名作「謎とき」シリーズが刊行されたのは、今から20年ほど前のこと。三作品とも未だに売れ行きの衰えることなく、「新潮選書」の定番となっています。そして今回、江川さんの衣鉢を継ぎ、新たな「謎とき」シリーズが登場することとなりました。最後に残された作品は、ドストエフスキー最大の問題作『悪霊』です。
 著者は、『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』の新訳で話題の亀山郁夫さん。ドストエフスキーの新訳を次々手がける亀山さんですが、『悪霊』は数あるドストエフスキー作品の中でも特に思い入れの深い作品なのだといいます。はじめて手にしたのが二十歳過ぎ、大学の卒論でもテーマとして描き、以来ずっと“常に意識下で対話し続けてきた存在”だったのだとか。いわばその集大成を、本書に著してくださいました。
 ドストエフスキーの作品には、とにかく謎がたくさん仕掛けられています。登場人物たちの名前や地名はもちろん、時には日付や、何気ないシーンの細部なども、全体像にかかわる重大なメッセージの「暗号」となっていたりするのです。ただし、それらの謎を解くには、ロシア語だけでなく、ロシア土着の民話や当時の政治・世相状況などを知らなければならず、日本語訳を読むだけではなかなか分かりにくいものでした。きっとこの『謎とき『悪霊』』を読んでいただければ、表層的なストーリー展開の奥にドストエフスキーが秘めた「人間性の本質を問うテーマ」が見えてくるはずです。

2016/04/27

著者プロフィール

亀山郁夫

カメヤマ・イクオ

1949(昭和24)年栃木県生れ。名古屋外国語大学長。東京外国語大学ロシア語学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。2002(平成14)年『磔のロシア』で大佛次郎賞、2007年新訳『カラマーゾフの兄弟』で毎日出版文化賞特別賞、2013年『謎とき『悪霊』』で読売文学賞研究・翻訳賞受賞。そのほか、著書に『「カラマーゾフの兄弟」続編を空想する』、『ドストエフスキー『悪霊』の衝撃』、『甦るフレーブニコフ』、『ドストエフスキー 共苦する力』など、訳書に『罪と罰』、『悪霊』、『地下室の記録』などがある。

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