
地震と噴火は必ず起こる―大変動列島に住むということ―
1,320円(税込)
発売日:2012/08/24
- 書籍
- 電子書籍あり
私たち日本人はなぜ、地球で一番危険な場所に住み続けているのか?
国土の6割を覆う森林、豊富な海洋資源、恵まれた水と温泉――こうした自然の恩恵は、日本が類まれな「危険地帯」にあるからこそなのだ。4枚のプレートがせめぎ合い、全地球で2割の地震と8%の火山が集中する列島。マグマ学者がその仕組みを地球誕生までさかのぼって説明し、明日起きてもおかしくない大災害を警告する。
書誌情報
読み仮名 | ジシントフンカハカナラズオコルダイヘンドウレットウニスムトイウコト |
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シリーズ名 | 新潮選書 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 200ページ |
ISBN | 978-4-10-603715-3 |
C-CODE | 0344 |
ジャンル | 地球科学・エコロジー |
定価 | 1,320円 |
電子書籍 価格 | 1,056円 |
電子書籍 配信開始日 | 2013/02/22 |
書評
マグマ学者が置いた「真実の刃物」
最近の自分の仕事に関係があるので、つい引き合いに出してしまうのだが、約一〇〇年前に民俗学者の柳田國男が書いた『遠野物語』を評して三島由紀夫が述べた言葉を、そのまま本書に贈りたい――「ここには幾多の怖ろしい話が語られている。これ以上はないほど簡潔に、真実の刃物が無造作に抜き身で置かれている」
『遠野物語』は文学としても高く評価されているが、少なくとも表向きは研究用の資料として書かれた。序文にも「要するにこの書は現在の事実なり」と記されている。本書もまた一般向けではあるが、地球科学の先端的な研究に基づく事実だけを述べた本である。むろん、その「事実」は多くの仮説や予測を含んでおり、今後の研究によって変わっていくものではあるが、少なくとも文学的な演出や装飾は施されていない。にもかかわらず、というか、そうであるが故に、なおさら胸に迫ってくるものがあるのだ。
とはいえ単に事実を並べただけでは、当然ながら読者の気持ちを動かすことはできない。柳田のように研ぎすまされた文語体を用いているわけではないが、著者の文章には堅苦しさがなく、適度に遊びはあるものの無駄はなく、すんなり頭に入ってくる。ちょうど昔話を聞かせているような語り口と言おうか――しかし、その「昔」というのは本書の場合、数十億年の過去にまで遡るのだ。
太陽系の誕生から始まって、現在に至るまでの「因縁」を、著者は丹念にひもといている。その行き着く先に、世界でもトップクラスの地震国であり火山国である日本が存在する。そのありようは今後も変わらず、我々は宿命的にその国土と共存していかねばならない。それは逃れようのない「真実の刃物」であり、我々を傷つけもする。
本書によれば一万人以上の死者が想定される巨大地震も、総人口の一割を失うかもしれない超巨大噴火も、目睫(もくしょう)の間(かん)に迫っている。とくに超巨大噴火では、たとえ九割が生き残ったとしても大量の火山灰で都市機能は壊滅し、国土は荒れ果てて、日本という国の存続すら危ぶまれるという。
一方で地震を起こし火山を噴火させる巨大な力は、我々に大きな恵みをもたらしている。温泉は言うにおよばず、多種多様な海の幸、山の幸、きれいな水、うまい酒、そして意外と豊富な鉱物資源に至るまで、いずれも日本の変化に富む地形や地質がもたらした。その日本を形づくったのが、時には我々を脅かす地球の力なのだと著者は説く。
真実の刃物の両側面を、我々は等しく深く知らねばならない。その上で、この国土に住み続ける「覚悟」とともに、少しでも災いを軽減する道を模索すべきだという本書の主張には説得力がある。災害を嘆き恐れるだけなら、火星にでも住むしかない。冷えて死んだ、かの惑星では、もはや地震も噴火も起きないからだ。その意味では至極安全だが、移住を望む人は、ごくわずかであろう。
(ふじさき・しんご 作家)
波 2012年9月号より
担当編集者のひとこと
日本人は、地獄の入り口に立っている
そんなにたびたびではないけれど、海外に出て帰国するたびに、日本食はやっぱり世界一だなと思う。食べ慣れていることを差し引いても、食材の豊富さは世界に冠たるものがある。それには理由があるのだ。例えば明石のタイは、瀬戸内海の地形による「海洋潮汐」のおかげだし、アユもまた、河川の河床勾配のおかげだと、この本を読んで知ることとなる。また、美味い日本酒づくりには欠かせない、鉄分の少ない軟水も、花崗岩が風化した砂質の堆積物によるところが大きいともこの本には書いてある。食ではないけれど、各地にある温泉も、この国の大きな魅力のひとつ。その温泉がある理由はもちろん、火山があるからで、火山帯の集中する東北には名湯が多いのもうなずける。
こうした日本の持つすばらしさを支えているのは、実は地面や海面の下にあるマグマやプレートの運動であり、そうした環境は、億年単位の地球史に強く関係している。
日本列島の「すばらしさ」は、この本では導入部に過ぎない。著者が本当に伝えたいことは、いまこの瞬間でも私たちの足下では「大変動」が続いており、その変動は、地球の中でもわが日本列島の下、あるいはその周辺が最も激しいのである。
はるか昔、地球は微惑星がぶつかり合ってどんどん大きくなることでできていった。衝突により運動エネルギーは熱に変わり、最終的には直径約12,700キロの「炎の球」となり、時間をかけて外側から冷めていったわけである。しかし、43億年経った今も、地球の中心部では創成期の熱が冷めず、そのマグマによる熱がプレートを動かし、地震を起こし、火山を噴火させている。
本書を読むと、日本列島は、信じられないほど「危険な地域」であることが分かる。4つものプレートがせめぎあうのはこの国だけだし、110もの活火山は地球の火山の8パーセントにあたり、地球で起きる地震の2割が私たちの足下で起きている。その数は、M6以上の地震に限っても、120年間に1300回起きたのだ。
では、われわれ日本人はどうすればいいのか? ここから先は、サイエンティストの領域からは離れるが、著者はこう書いて、政治家や日本国民に、肝の据わった「覚悟」と「準備」をうながしている。
「私たち日本人が地獄の入り口に立っていることは確信している。しかもその扉は、もう何時開いてもおかしくはない」。
2012/08/24
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著者プロフィール
巽好幸
タツミ・ヨシユキ
1954年大阪生まれ。マグマ学者・神戸大学大学院理学研究科教授。京都大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科博士後期課程修了。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、独立行政法人海洋研究開発機構プログラムディレクターなどを歴任。沈み込み帯のマグマ成因論への貢献により2003年度日本地質学会賞、2011年度日本火山学会賞受賞。著書に『地球の中心で何が起こっているのか』『いちばんやさしい地球変動の話』『なぜ地球だけに陸と海があるのか』など。