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ロマネスク美術革命

金沢百枝/著

1,540円(税込)

発売日:2015/08/27

  • 書籍
  • 電子書籍あり

ピカソも脱帽! 古くて新しいロマネスクの美を知っていますか?

11~12世紀のロマネスクこそは、ヨーロッパ美術を大きく変える「革命」だった。宮廷文化から民衆文化への流れのなかで、知識より感情を、写実より形の自由を優先する新たな表現が、各地でいっせいに花ひらく。古代ギリシア・ローマやルネサンスだけがスタンダードではない。モダンアートにも通じる美の多様性を再発見する。

  • 受賞
    第38回 サントリー学芸賞 芸術・文化部門
目次
はじめに――ロマネスクへの旅
図解 ロマネスク聖堂の基礎知識
第一章 かわいい謎 異様な造形
軒下の楽しみ/キリスト教的な見方/非キリスト教的な見方/書物よりも大理石を読み解こう/「葛藤」の情景
第二章 ロマネスク再発見
言葉の起源/ゴシックこそ美の頂点?/「ロマネスク」の曖昧さ/《バイユーのタピスリー》評価の変遷/ピカソの眼、シュルシャンの情熱/中世のセザンヌ
第三章 語りだす柱頭
聖堂建築花ざかり/建築ブームの三要因/古代ローマ的規範からの逸脱/生き物と物語の躍進
第四章 かたちの自由を求めて
聖堂の顔が華やぐ/彫刻の再生/オータンの扉口彫刻を読み解く/イニシャル装飾の遊び方
第五章 海獣たちの変貌
二匹の海獣/ケートスとはなにか?/ヨナの怪物の変身/言葉とかたち、忘却と変化/もう一匹の海獣の謎/古代のドラゴンは大蛇だった/翼と前足/中国の龍が起源なのか/そして新たなかたちが、はばたく
第六章 聖堂をいかにデザインするか
聖域の作り方/キリスト教徒たちの「集会所」/コンスタンティヌス大帝の二つの聖堂/聖堂内部のデザイン/ドラゴンが護る教会/「南」と「北」の出会い/洗礼盤から墓場まで/塔の美と機能
第七章 ロマネスクの作り手たち
中世にもあった作家意識/金とブロンズに名を刻む/写本の作り手の自己イメージ/女性の作り手たち/ギスレベルトゥスは何者か?/石の名匠たち/カベスタニの匠/作り手を讃えて/一人称の春
第八章 世俗化と大量生産の時代へ
ゴシックの誕生/中世の建築技術/分断・世俗化・巨大化/大理石からタイルへ/鉄も本も
終章 ロマネスクの美
いつ、いかにして生まれたか/「枠組み」問題/《バイユーのタピスリー》再見/石の言葉を聴け/ロマネスクを見るということ

図版出典
主要参考文献
あとがき

書誌情報

読み仮名 ロマネスクビジュツカクメイ
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 276ページ
ISBN 978-4-10-603775-7
C-CODE 0370
定価 1,540円
電子書籍 価格 1,232円
電子書籍 配信開始日 2016/02/12

書評

複合的な視点で見る、美の生命性

保坂健二朗

 本書では擬音が大胆に使われているのだが、極めつきは、これ。「かぽかぽかぽ、ぱかんぱかん、かっぽらかっぽらかっぽら」。ロマネスク美術の傑作《バイユーのタピスリー》で幾頭もの馬が描き分けられていることを説明するために金沢が採取した音である。そうした生き生きとした表現から、明らかに金沢が、刺繍画や写本や教会の実物を、その眼その身体で体験しているとわかる。
 これは大変な話だ。ロマネスクの教会は「なんにもないところ」にあるのがほとんど。続くゴシック期の教会が都市部を中心に建設されたのに対して、新しくできた村につくられたケースが多いのである。そんな「新しい教会」を訪れるべく金沢は旅を重ねてきた。イギリス、フランス、スペイン、イタリア、ノルウェー……そうして得たのは、「ロマネスク美術こそヨーロッパの美術の歴史のなかで非常におおきな転換点、ほとんど『革命』的な出来事だったのではないか」という確信。
 これは、もっと長い「旅」をしてきた金沢だからこその確信だとも言える。東京に生れ、インドとイギリスで育ち、東京大学で植物学を専攻し博士号を取得するものの美術史に転向、ロンドンに留学、その後再び東京大学で学術博士(Ph.D)を取得して現在に至る。このような経歴がもたらす複合的な視点から、なにかを絶対視することのないスタンスが生まれ、それゆえに、ゴシックやルネサンスとはまた別の価値観を持つロマネスク美術の本質と意義を見出すことができたのだろう。
 それは、なぜ私たちは人がつくったものに対して生命性を感じることがあるのかという問題につながる。平たく言えば、なぜ人は彫刻や図像を見て、かわいいとか怖いといった根源的な感情を覚えることがあるのかということ。ちなみにそうした感情は、崇高のような大きな量を必要とする感覚とは異なり、ささやかな作品でも成立する。
 その最適な例とも言える写本のイニシャル装飾を金沢はこう分析する。「『枠』の外へはみ出しはしないけれど、『枠』の内にちぢこまってもいない。動的平衡によって保たれる生命活動のように、いきいきとした緊張関係を保つがゆえに命ある形態が生み出される。」(ちょっと理系だ)
 こうしたロマネスク的な美は、大量生産が必要となっていくゴシック期には失われていったと金沢は述べるが、この問題は、今日に生きる私たちにも無縁ではない。たとえば現代美術の世界では、個人コレクターの台頭や美術館の競争化に対応するために一種の量産体制がとられ、その結果、ゴシック的な「崇高」が幅を利かせてしまっている。でもだからこそ、工芸やアール・ブリュットなどのような、手づくりであることを感じとれ、かわいい、怖いと素直に感じとれる作品が注目されてもいるのだ。そんな実は動乱期にある今日に、本書のような革新的な書物が登場したのはなんとも心強い限りである。

(ほさか・けんじろう 東京国立近代美術館主任研究員)
波 2015年9月号より

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担当編集者のひとこと

イヌとウサギと太宰治……

 まずは、この本の帯の写真をご覧ください。
 絵本かアニメから抜け出たようなイヌとウサギ。これが今からおよそ900年も前の彫刻とは。しかも、キリスト教の聖堂に刻まれたものなんです。神聖な館を、こんなとぼけたキャラで飾るなんて前代未聞、これすなわち「美術革命」の一端なのであります。
 というのは、もちろん著者の金沢百枝さんからの受け売り。
 11~12世紀のロマネスク美術には、他にもお茶目な動物や怪物がたくさん登場します。人物像にしても、自由気ままにデフォルメされてたり。ロマネスク美術って素朴で面白いなぁと、これまで私は思っていました。しかしそのほっこりした表現が、実は西洋美術における一大革命だったと金沢さんから教わって、読者より一足先に目を開かれた次第です。
 カラー口絵を含め、掲載図版は百点以上。あなたもきっと、ヨーロッパ美術を見る目が変わりますよ。
 ちなみに、太宰治には「ロマネスク」と題した短篇がありますが、これはロマネスク美術とは無関係。「ロマネスクromanesque」というフランス語は、小説を意味する「ロマンroman」から派生した言葉で、「荒唐無稽」「夢見がち」「気まぐれな」という意味があることも、本書によって知りました。

2016/04/27

著者プロフィール

金沢百枝

カナザワ・モモエ

美術史家。西洋中世美術、主にロマネスク美術を研究。東京都生まれ。インドで育ち、英国で教育を受けた後、東京大学大学院理学系研究科及び総合文化研究科にて博士号取得(理学・学術)。多摩美術大学美術学部芸術学科教授、アートとデザインの人類学研究所員。著書に『ロマネスクの宇宙 ジローナの《天地創造の刺繡布》を読む』(島田謹二記念学藝賞)、『ロマネスク美術革命』(サントリー学芸賞)、共著に『イタリア古寺巡礼 ミラノ→ヴェネツィア』などがある。『工芸青花』でロマネスク美術について連載中。

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