ちゃぶ台返しの歌舞伎入門
1,320円(税込)
発売日:2017/06/23
- 書籍
「おおっ、こりゃやべえ!」
キテレツなものを見る喜び――。
歌舞伎という古くて新しいエンターテインメントを心底たのしむには、入門書でのお勉強だけじゃ足りません。意味より「かたち」、大嘘にこそ宿るリアル――「演劇鑑賞」ならぬ「芝居見物」の勘どころさえおさえれば、時代をこえた気持ちよさが味わえる! 江戸から遠く離れた現代人のための、目からウロコの歌舞伎の見方。
書誌情報
読み仮名 | チャブダイガエシノカブキニュウモン |
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シリーズ名 | 新潮選書 |
装幀 | 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-603811-2 |
C-CODE | 0374 |
ジャンル | 日本の伝統文化 |
定価 | 1,320円 |
書評
幕見席でのおしゃべりのように
今から28年前、平成元年。歌舞伎座の三階席に著者の矢内さんは座って芝居を見ていた。見続けて今、この本を書かれた。
偶然にも同じ頃、私も三階席、一幕見席に陣取って歌舞伎の世界にどっぷり漬かっていた。
「はじめに」で矢内さんが書いておられるとおりあの頃は若い見物人などほぼ見かけず、私も他の年配のお客さまがたにお菓子やお弁当、チケットなどいろいろいただいた。
建て替え前の歌舞伎座といえばエスカレーターもエレベーターもないアンチバリアフリー。最上階の一幕見席など、登っても登っても辿り着かないトライアスロンなみの難所。願掛けでもできそうなくらい急勾配の階段だった。
ある時、一幕見席のチケットを買おうと列に並んでいたら年配のご婦人に、「悪いけど私の分も席、とっといてくれない? 私アシがいたくて階段のぼんのたいへんなのヨ」と頼まれた。
あいよガッテンと席をとって待っていたものの、幕開けを知らせるブザーが場内に響いても、いっこうにお見えにならない。なにかあったかとハラハラしていたら、お弁当をふたつ手にしてご婦人、悠々と現れて、「私、助六弁当が好きなんだけどね、若い人はパンがいいかなと思って。はい、お駄賃」とサンドウィッチ弁当を私にもくださった。
「若いのに歌舞伎に興味があるなんて珍しいわねぇ」を皮切りに、三階席、幕見席に行けばいつも、見物の大先輩がたからいろんなことを教わった。私が時代的に間に合わず見ることが叶わなかった名優たちの舞台姿や名人芸、歌舞伎筋書きの約束事、基礎知識のあれこれ。ただ面白く、楽しくお話ししていただけだったのに、気づけば歌舞伎を見る際の下地と心構えをつくってもらっていた。
矢内さんもそうだったのかな、肩が凝らない『ちゃぶ台返しの歌舞伎入門』を読みながらそう思った。読みやすいのに浅くなく、歌舞伎を見るときの大事なキモがしっかり入ってくる。
歌舞伎に興味があるかた、歌舞伎を見始めたばかりのかたにもおすすめだけど、私のようにわかってるつもりの歌舞伎ファンにもおすすめします。戦隊モノと歌舞伎の見得を考察したユニークな視点に爆笑したりうなずいたりしながらも発見が多々あり、気がつけば歌舞伎の楽しみ方をアップデートしてもらっていました。
「歌舞伎が好き」というと必ず返ってくる世間の言葉、「高尚」「お芸術」というイメージをひっくり返し、歌舞伎本来の「楽しさ、おもしろさ、美しさ」を伝えるこの本。堅苦しさがすこしも入らぬ、まるで幕見席でのおしゃべりのよう。気がつけばあなたも歌舞伎を好きになっているはず。
ちょっとまって、もしや……これが名人芸?
歌舞伎座の売店にたんと積んでもらって、筋書きと一緒に売ればよいのではないかな。
重版出来! お祈りしております。
(まつだ・なおこ 漫画家)
波 2017年7月号より
著者プロフィール
矢内賢二
ヤナイ・ケンジ
1970年、徳島県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専門は、幕末から明治期の歌舞伎を中心とする日本芸能史・文化史。日本芸術文化振興余(国立劇場)勤務、立正大学准教授などを経て、2017年6月現在、国際基督教大学准教授。『明治キワモノ歌舞伎 空飛ぶ五代目菊五郎』(白水社)でサントリー学芸賞を受賞。他の著書に『明治の歌舞伎と出版メディア』(ペりかん社)、『日本の伝統芸能を楽しむ 歌舞伎』(偕成社)などがある。