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静かなブームの理由とは? 日本人の深層に生きる自然信仰を解き放つ。

修験道という生き方

宮城泰年/著 、田中利典/著 、内山節/著

1,296円(税込)

本の仕様

発売日:2019/03/29

読み仮名 シュゲンドウトイウイキカタ 
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 220ページ
ISBN 978-4-10-603837-2
C-CODE 0314
ジャンル 宗教
定価 1,296円

修験道に目を向ける人が増えている。彼らはなぜ山に惹きつけられるのか。修験者として山中を歩くと何が見えてくるのか。そもそも日本の信仰は自然とどう関わってきたのか。日本仏教の源流とは――。修験を代表する実践者であり理論家でもある二人の高僧と「里の思想家」内山節が、日本古来の山岳信仰の歴史と現在を語り尽くす。

著者プロフィール

宮城泰年 ミヤギ・タイネン

聖護院門跡門主。京都仏教会常務理事、神仏霊場会会長。1931年、京都府生まれ。龍谷大学卒業後、新聞社に勤務、後に聖護院に奉職。2007年、門主に就任。著書に『動じない心』(講談社)など。

田中利典 タナカ・リテン

京都府綾部市の林南院住職。金峯山寺長臈、種智院大学客員教授。1955年、京都府生まれ。龍谷大学、叡山学院卒。著書に『よく生き、よく死ぬための仏教入門』(扶桑社新書)、『体を使って心をおさめる 修験道入門』(集英社新書)など。

内山節 ウチヤマ・タカシ

哲学者。1950年、東京生まれ。群馬県上野村と東京を往復しながら暮らしている。著書に『「里」という思想』(新潮選書)、『文明の災禍』(新潮新書)、『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(講談社現代新書)、『いのちの場所』(岩波書店)など。

書評

縄文の世から生きる信仰

山折哲雄

 日本列島は七割方は山と森に覆われている。あとの二割が海に囲まれた浜辺だ。だからこの列島に住む人々は海と山のあいだの狭小な土地を拓いて暮してきた。原始古代、狩猟に生きる縄文人は、山と森を主な舞台に山人中心の社会をつくっていたのである。つぎの弥生時代、平地を耕す農業文化が出現し、里山や海辺に権力の集中がすすむ。ここで山の民と里の民の大転換がおこる。山と森は怪異の住む地に変貌し、富を手にした平地民の植民地と化す。
 本書がとりあげる「修験」の歴史は、この変貌と転換の中からつむぎだされた悲劇の物語だ。その苦難の道を生き抜いてきた「山人」たちを浮き彫りにする、さわやかな歴史だ。
 三者鼎談の形をとっているが、内容は濃い。一人は京都聖護院修験の総帥・宮城泰年師、もう一人が吉野金峯山寺きんぷせんじ修験の長臈ちょうろう・田中利典師、中に入ってコーディネイトするのが哲学者・内山節氏という陣立て。もはや西欧型の解釈学や進化論的な神学で日本列島の仏教や神仏信仰を理解するのは限界にきている。その視座のもとに自在な議論がはじまる。
 原始古代以降、山と森を主舞台にした「修験」と「山伏」の伝統は明治になって「神仏判然令」(明治元年)と「修験道廃止令」(同五年)によって解体に追いこまれた。だが行者たちのきびしい山林修行と根強い信者たちの支援と祈りの力によって今日まで生き長らえることができた。近代化の犠牲にさらされはしたが、むろんこの修験道には役行者えんのぎょうじゃを創始者とする千五百年の歴史があった。中国から伝えられた仏教や道教をとり入れ、自然信仰の豊かな遺産がのこされていた。
 その「山岳宗教」の魅力が今日ようやく見直され、山に入って巡り歩く人々が増えはじめている。修験をめぐる記憶や情報が新しい光を帯びて蘇りはじめている。「奥駈け」や「峯入り」に関心を寄せる若者の心を惹きつけるようになった。
 修験道とはいったい何だったのか、それに答えるために本書の序章には、内山氏による概言的な説明が語られている。役行者(役小角えんのおづぬ)についての神話的な生い立ちからはじまり、上から目線の「聖人」伝や「宗祖」論などではない山岳ひじりたちの生態が簡潔に叙述されていく。飛行ひじりと称された役行者とその前に示現した空飛ぶ蔵王権現、呪的な秘術をたたかわすドラマ。山岳登拝者たちの霊験物語、インド起源の仏・菩薩たち、中国道教に発するカミ・ホトケ、それらが新しい形の神仏習合信仰を生みだしていく。目に見えない地下水のような民の活動が一体となって日本列島型の神仏習合パターンを形成していった。そのための重要な酵母の役割をはたしたのが東北モンスーンによって育まれた湿潤風土だったのではないか。それはおそらく山伏たちの山中修行にも甚大な影響を与えたにちがいない。論より証拠、比叡山にはかねて論・湿・寒・貧という修行論題が掲げられていたことが思い出される。宮城泰年さん、田中利典さんの体験語りのなかにもそのような問題意識がにじみ出てくる。まさに修験道的風土のなかに熟成された香りといっていいだろう。
 平安期の「日本霊異記」や「源氏物語」、また中世期の「謡曲」や「説話集」などには、病気直しや悪霊払いの場によく山伏の姿があらわれる。神仏の加護を祈る修験道の霊威が生き生きと語られているのが印象的である。これについては後世の大和ごころの研究者・本居宣長がこんなことをいっている。――病いを直すには、まず神仏のしるしを仰ぎ、その加護を祈ることがもっとも重要なことで、それこそが「もののあわれ」をあらわす。ただちに薬師や薬餌に頼るのは「さかしらごと」である、と。まさに修験道の芯をいいあてている。
 以前、出羽三山を登ったときのことだ。はじめ湯殿山にとりついたとき、行けども行けども森の中だった。山路はつけられていたけれども、まるで地を這うような気分に追いこまれていった。まさに迷路をさまよい歩いているようだった。その迷路をたどっているうちに、自分の意識がこころの内部に向けられていることに気がついた。大袈裟にいえば「自己」とは何かの問いの前に立たされていると思ったのだ。
 ところが日を改めて、つぎに月山に登りはじめたときは登拝の印象がまるで違っていた。思ってもいなかった景観が展開しはじめたからである。山頂近くにたどりついたとき、眼前がにわかに開かれ、眼下に三六〇度に広がる明澄な大空間があらわれた。そこにはまさに「世界」そのものが宇宙的な輝きを放って展開していた。修験道の醍醐味はそんなところにもひそんでいるのではないかと想像されたのである。

(やまおり・てつお 宗教学者)
波 2019年4月号より

目次

まえがき
序章 仏教と修験道
自然信仰と仏教、道教/文献のない信仰/開祖・役行者小角/仏教を受け入れた土着信仰/民衆聖として/釈迦と仏教思想/華厳教学と大乗仏教/空海と中期密教/教団を持たない民衆信仰/近世の修験道/講の誕生
第一章 修験道と公式仏教
教科書にはない仏教史/さまざまだった聖たち/整理しにくい存在/修験道的広がり
第二章 修験者という生き方
普通の人として/修験道と女性たち/奥駈への道程/山伏として生きる/生きることが生み出す猥雑性に寄り添う/歩きこむという修行/仏縁のなかに生きている
第三章 つながりのなかを生きる
風土の記憶/三世救済の思想/すべてはつながっている/山頂は通らない
第四章 生活の中に入り込んだ信仰
ヒマラヤでの護摩行/精神の古層にある普遍/村の修験者たち/山伏と優婆塞信仰/民衆信仰と国家制度/信仰をつくりだしたもの
第五章 教団のない宗教
記録に残らない庶民の信仰/「古修験」と役行者/公式の宗教と民衆の宗教/修験道を支えた風土/江戸期の修験道
第六章 修験道と日本の近代化
神仏判然令と修験道廃止令/権現信仰/檀家のない寺/生き残った大峯信仰/個人の時代へのまなざし
第七章 神仏を失いつつある時代
日本列島に暮らした人たちが帰属してきたもの/祈りが教えてくれるもの/原発問題のとらえ方/詫びることを忘れた社会
第八章 悟りとは何か
本質としてのつながり/仏教と悟り/悟りと菩薩行/記憶のなかでの旅立ち/光に包まれた/わし、死んでましてん
第九章 行足あって智目を知る
最古の信仰、現代の信仰/自力門、他力門/ハレの大切さ
あとがき

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