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兵隊たちの陸軍史

伊藤桂一/著

2,640円(税込)

発売日:2019/04/25

  • 書籍

私たちは、あの戦争を戦った生身の兵士たちのことを知らない――。

巨大な軍隊組織で、ただ一個の兵隊だった祖父や曾祖父たち。入営から除隊まで、彼らはどんな日々を生き、戦ったのか。教練、食事、給与、戦闘行動の実態、知られざる兵隊の感情とは。中国大陸で六年余の軍務を経て、戦後直木賞を受賞した著者が、体験と豊富な資料をまじえ、露悪も虚飾も避けて伝える「戦争と兵隊」の実像。名著復刊。

目次
文庫版まえがき
昭和二十年八月十五日の印象――序に代えて
兵隊の誕生――軍隊はいかに組織されたか
1 軍隊のはじまり
(一)徴兵令の制定
(二)兵役の制度
2 軍隊の成り立ち
(一)軍隊の制度
軍旗と軍人勅諭
(二)動員と復員
動員の行われるとき
平時編制と戦時編制
隊内の動員業務
出陣の前後
兵隊が動員を喜ぶとき
部隊の呼称と兵団文字符
復員の行われるとき
兵営生活の実態――入隊から除隊まで
1 初年兵の生活
(一)兵営生活のうつりかわり
(二)内務班の生活行事
入営時の風景
中隊の構成
中隊長/中隊付将校/准尉/曹長/内務班長/初年兵係上等兵/古兵と戦友
営内における日課
(三)初年兵の第一日目
被服と兵器の授与
軍帽/軍服/外套/作業衣袴/寝具/靴/巻脚絆/靴下/雑品/小銃と擬製弾/帯剣と帯革/水筒/手箱
言語動作の注意
美談の持主
お客さまとしての扱い
消灯ラッパ
(四)初年兵の第二日目以後
目まぐるしい日課
一期の検閲
第一期/第二期/第三期/第四期/第五期/第六期/射撃/野外演習/銃剣術/乗馬教練/号令調整と軍歌演習/秋季演習
(五)一期の検閲後の生活
兵隊の出世コース
幹部候補生/下士官候補者/上等兵候補者
さまざまな職場
分遣など/工務兵/勤務と使役
2 内務生活のさまざま
兵器の手入
整頓
異色の兵隊
特有の技能会
面会日
郵便
員数
休日と外出
衛生検査・休養
俸給と貯金
罰則と営倉
典範令
戦友愛
兵営の食事
軍旗祭
郷土性
私的制裁
二年兵の除隊
満期操典
3 二年兵としての生活
初年兵入営
二年兵の生き方の明暗
仮設敵
満期除隊
兵隊の戦史――兵隊はいかに戦ってきたか
1 台湾の生蕃せいばん討伐
琉球は日清両属と考えられていた?
討伐隊の出発
生蕃討伐に奮戦す
討伐行の教訓
2 西南の役
密使のはじまり・谷村計介
3 日清戦争
軍備の充実
玄武門一番乗り
軍歌になった白神源次郎と木口小平
明治の軍歌
4 台湾征討
征討軍出発
城壁の挺身ていしん攻撃
三角湧の報告使
5 北清事変
義和団の蜂起
各国の軍隊はいかに戦ったか
6 日露戦争
旅順攻撃の辛酸
7 シベリア出兵
チェコの独立運動
田中大隊の全滅とユフタ戦記
8 満州事変
忠勇美談の変質?
単身敵陣に躍り込む/上海戦のラッパ手/名誉回復の殊勲/妻の激励
9 ノモンハン事件
草原の戦い
戦車の鬼門/生命の水に泣く
美談の裏側
大東亜戦争下の戦場生活――極限の場における兵隊の姿
1 駐屯業務
(一)駐屯地の選定と駐屯方式
(二)駐屯生活
東陽村事件
治安工作の盲点――折田方式の奏功
住民との交流
湖南の佳話――なこうど・佐々木但
駐屯地の日常の行事
中隊指揮班/駐屯地の初年兵教育/苦力の雇用/補給
戦場と性
最初の慰安所/兵隊と性/戦場の女たち/性と愛の徒花/売春の美徳
駐屯生活のたのしみ
2 戦闘行動の実態
(一)討伐と作戦
師団と独混
討伐日記――山東半島の実情
中共軍との戦い――その複雑な様相
兵隊の気質と個性
日本一弱かった師団
さまざまな兵隊たち
兵隊の履歴書
兵隊のジンクス
戦闘形態の変遷
大横山の戦闘――敵の隊長は日本軍将校?
聞喜城の死守――壁面の一詩
戦闘行動間のモラル
捕虜の問題
腹背の敵
(二)一番乗りの意識
名誉心と功績
さまざまな一番乗り
娘子関の一番乗り/一番乗りに劣らぬ二番乗り/麗水城一番乗りの裏おもて
一番乗りの功罪
(三)戦場の裏面
兵隊の暴動――館陶事件の真相
秘められた反乱事件――南官村事件
前科者の兵隊
インパール作戦――サンジャックの謎
(四)兵隊――戦場の英雄たち
戦わせることと戦うこと
愚書「戦陣訓」
終戦後の軍隊
あとがき
(付録)主要部隊一覧――日支事変・太平洋戦争
解説 保阪正康

書誌情報

読み仮名 ヘイタイタチノリクグンシ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 434ページ
ISBN 978-4-10-603838-9
C-CODE 0331
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 2,640円

書評

底流にある兵士たちへの慈しみ

笹幸恵

『兵隊たちの陸軍史』は、私にとって「発見の書」と言っていい。自身も従軍経験を持つ伊藤桂一氏は、『悲しき戦記』や『かかる軍人ありき』といった著作で、戦争の実相を通して人間そのものを描いた。
 単に「戦争は悲惨だ」という側面にとどまらない。軍隊生活で生まれ得る一片の喜び、希望、安らぎ、敵味方ではなく、人として不思議と通い合う情……。主役は無機質な記号としての兵士ではなく生身の人間で、そこには常に静かな悲しみが横たわっている。まさに「伊藤文学」の神髄だ。
 そうした彼らの味わい深い人間味に触れつつ、陸軍の制度や内務班の実態、明治時代から始まる戦闘の歴史を詳らかにしているのが『兵隊たちの陸軍史』である。
 過去の戦争で何があったのかを知りたいと思い続けていた私は、十年ほど前に初めて本書を手に取り、急に視界が広がったような感じを覚えた。郷土部隊のそれぞれの特性や兵団文字符(各兵団の秘匿名)、あるいは「部隊」という呼称が使われるのは大隊以上、同じ兵でも一等兵と上等兵では大きな開きがある等、細かいことだが、軍隊や兵士の姿を身近に引き寄せて考えるために必要な知識や理解すべき時代背景がそこに記されていたからだ。本書は「発見の書」であると同時に「救いの書」でもあった。軍隊の内実や用語の微妙なニュアンスなど、経験者にとっては自明であるがゆえに記されなかった情報が満載なのである。
 戦後生まれが持つ固定概念や先入観を大きく揺さぶってくるのも本書の醍醐味だ。たとえば戦争が長期化すればするほど兵士の望郷の念もさぞ強くなると思いがちだが、実際は違う。「兵隊が戦場生活を六年七年とやってくれば、家郷や肉親知己を恋うような甘い感情は消失する」と伊藤氏は書く。
「彼が考えるのは、できるだけいい死場所で、いい死に方をしたい、ということである。その思想に徹することによってのみ、日々を生きる活力が生まれるのである」
 私はこの一文を、何人もの兵士に会って話を聞いていくうち、つくづく思い知らされた。なるほど平和な時代しか知らない人間の、なんと甘ったるい感傷であったことだろう。
 初年兵に対する私的制裁やシゴキも同様だ。その凄まじさを知れば知るほど「初年兵教育=陰惨」というイメージが強くなり、思わず目をそらしたくなる。伊藤氏自身、「鬱滞したエネルギーの発散」「人間性の蹂躪であることはたしか」としつつ、しかし一方でこうも書いている。
「いじめられて鍛え上げられた兵隊は、耐久力があって敏感で、戦場へ出たとき境遇に早く馴れる。ということは、死ぬ率が少なくなるのである。これだけははっきりしている」
 こうなると何が兵士のために良いのか一概には言えなくなってくる。ただ、平和な時代には想像し得ない苛酷なリアリズムが厳然としてあることは確かだ。
 軍隊は人間社会の縮図である。あまりにも複雑で混沌としている。本書はそれを現代の価値観で断罪するのではなく、複雑なまま理解することを私たちに求める。そこに少しも押しつけがましさや堅苦しさを感じないのは、人間に対する深い洞察力と、兵士たちへの慈しみが伊藤氏の文章の底流にあるからだろう。氏はまた、こうも綴っている。
「久しきにわたる戦争、それも悲惨な様相を深めるだけだった戦場生活、それに敗戦、さらに戦後の連合軍管理における生活等、さまざまのきびしい現実にうちのめされ、ここに戦場体験者は、その体験を、語ろうにも語れず、語っても理解されず、またそれをきこうともされない、という相互の断絶のままに、戦場と内地との、それぞれの歴史は乖離してしまった。不可抗力であったとはいえ、民族にとっては不幸である」
 伊藤氏の執筆の動機は、この一文に集約されているように思う。戦場と内地だけではない、今や戦中と戦後の歴史が乖離して久しい。それはやはり私たちの今、そして未来にとって不幸である。
 絶版となっていた『兵隊たちの陸軍史』が、このたび新潮選書で復刊する。戦史を研究する者だけでなく、不条理な死から遠ざけられ、その悲しみを知らない戦後生まれと、戦争の時代を生きた人々の断絶を埋める書として、本書が永く読み継がれていくことを願ってやまない。

(ささ・ゆきえ ジャーナリスト)
波 2019年5月号より

著者プロフィール

伊藤桂一

イトウ・ケイイチ

(1917-2016)1917(大正6)年、三重県生れ。1938(昭和13)年、徴兵により騎兵第15連隊に入営、のち騎兵第41連隊に転属、中国山西省へ。1941年に内地へ帰還するも、1943年に再召集され上海近郊で終戦を迎えた。1962年に「蛍の河」で直木賞を受賞。『かかる軍人ありき』等の戦記文学の他、時代小説にも健筆を揮い、詩人としても活躍。1984年、『静かなノモンハン』で芸術選奨文部大臣賞、吉川英治文学賞を受賞した。2016年没。

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