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貧困専業主婦

周燕飛/著

1,320円(税込)

発売日:2019/07/24

  • 書籍
  • 電子書籍あり

憧れだったはずなのに……。この新たな格差はなぜ生まれたのか?

「100グラム58円の豚肉をまとめ買いするために自転車で30分をかける」「月100円の幼稚園のPTA会費を渋る」――勝ち組の象徴とも思われていた専業主婦の8人に1人が貧困に直面している。なぜ彼女らは、自ら働かない道を選択しているのか? 克明な調査をもとに研究者が分析した衝撃のレポート。

目次
まえがき
第1章 ルーツ
「専業主婦」への憧れ/「専業主婦」の由来/性別役割分業文化のルーツ/明治から戦後まで続いた家庭観/典型的家族へのモデルチェンジ/陰の主役/日本的経営の4種目の神器?/「4低1高」の主婦パート/企業にとってのありがたさ
第2章 行き詰り
「専業主婦」モデルが意外にも健在/「幼稚園コース」が今も主流/不都合となった「専業主婦」モデル/「高収入男性の妻ほど専業主婦になる」は昔話/男性世帯主の稼ぐ力が低下/「貧しさの象徴」となった/経済的困窮に喘ぎながらも/〈コラム〉「子育て世帯全国調査」とは
第3章 貧困
貧困専業主婦という「社会現象」/人手不足でも働きに出られない/ケース(1)「家庭内の問題を抱えるため、今は働けない」/ケース(2)「心身ともに健康を害してこぼれ落ちる」/ケース(3)「待機児童で保育園に入所できない」/ケース(4)「3カ月前から生活保護を受けている」/ケース(5)「パート代くらいじゃ保育料で消えてしまう」/ケース(6)「保育園を申し込もうと考えたことはなかった」/不本意なのか、個人の選好なのか
第4章 格差
格差の世代間連鎖/「食」格差――2割は食料不足が常態化/「健康」格差――子どもは6人に1人が病気か障害/「ケア」の格差――貧困・低収入と育児放棄/「教育」格差――「人並みの教育をさせてあげられない」/学校外教育費支出で広がる「教育」格差/公立学校教育の機能不全/年収500万円で明暗が分かれる学校外教育費支出/大都市ほど「教育」格差が厳しい/格差の現状が示唆する子どもたちの厳しい未来
第5章 ズレ
主婦「美」/子どものために/保育所利用の中長期的効果/いずれかの時点で仕事復帰を希望/仕事復帰のタイミング/仕事復帰をめぐる理想と現実/ハイスペックな女性ほど仕事復帰の道が険しい/仕事を辞めたことの後悔/専業主婦は2億円損をする?/「金銭的な損得計算」だけの問題ではない
第6章 幸せ
貧困でも3人に1人はとても「幸せ」/働く女性より専業主婦の方が幸せ/「世帯軸」での幸福観/お金は「幸せ」の決定付けなのか/貧困・低収入でも幸せと感じる理由/「幸せ」は事実か虚像か
第7章 理由
専業主婦になる理由/理由の1位は「子育て」/労働経済学の視点でみると/市場賃金が低いからなのか/家事・育児活動の市場価値が高いからなのか/低収入夫の妻の就業確率/貧困専業主婦の2~3割は「不本意」/4割が「抑うつ傾向あり」/保育所の不足/不本意な専業主婦だけが問題なのか
第8章 罠
「専業主婦」を選べる日本女性は羨ましいか⁉/税制度の「罠」/社会保障制度の「罠」/配偶者手当の「罠」/見えざる「103万円の壁」/意図せずに「専業主婦」コースに誘導/「欠乏の罠」/「貧困なのに専業主婦」は一種の行動面の「失敗」/離婚制度の「罠」/サマリア人のジレンマ
第9章 第三の道
常に賢い選択をするとは限らない/賢く選択することが難しいシチュエーション/第三者による「おせっかい」が必要/行政による「おせっかい」は行き過ぎにならないか/「第三の道」/女性の就業選択を軽く誘導(ナッジ)する/(1)限定合理性/(2)誘惑に弱い人間性/(3)環境に流される心理/敗者復活が難しい雇用社会での就業選択
あとがき
主な参考文献

書誌情報

読み仮名 ヒンコンセンギョウシュフ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 208ページ
ISBN 978-4-10-603844-0
C-CODE 0336
ジャンル 社会学
定価 1,320円
電子書籍 価格 1,320円
電子書籍 配信開始日 2020/01/10

書評

専業主婦の新しい実態

藤田孝典

 本書はいわゆる「専業主婦」と呼ばれる人々の実態を明らかにした画期的なものである。今まで漠然と存在した「専業主婦」という社会通念、固定観念が崩壊することは必至であり、問題提起をおこなった著者に敬意を表したい。
 かつて「専業主婦」は、日本の高度経済成長を支える「陰の主役」であり、仕事に専念する夫の「サイレントパートナー」と言われた。家事、子どもや夫の世話、家族の介護、学校や地域社会の見回り役などを一手に引き受け、夫が仕事に専念できるように努めてきた。
 日本の家庭において専業主婦が主流だったのは昔の話で、以前と比べると共働き世帯が増えている印象を持つ人が多いのではないだろうか。実態としても専業主婦世帯よりも夫婦共働き世帯が多く、その数も逆転している。現在の専業主婦は、夫の収入が高い、少数の裕福な家庭に限られていると見られていた。「あなたはいいわね。夫が高給取りで働かなくてもいいんだから」と。しかし、著者は調査結果から、専業主婦のうち約8人に1人が貧困に陥っており、妻がパートの共働き世帯(貧困率9%)よりも貧困であるというデータを導き出す。前述した「専業主婦=高収入男性の妻」というイメージが崩れた瞬間である。
 本書は、これまでにほとんど調査研究が存在していなかった専業主婦の貧困問題について、2011年から2016年までの「子育て世帯全国調査」をもとに、独自研究を行い、「貧困なのに専業主婦」の疑問点を一つずつ解き明かしている。登場する6名の「貧困専業主婦」のケースから、女性が専業主婦になる理由は、「自己都合型」と「不本意型」の大きく二つに分けられるという。
 自身が抱えるうつ病や子どもの障害、職場環境に適応できず再就職するも継続することが難しいと嘆く主婦。世帯収入は、国の貧困線を大きく下回っているのに、車を所有しているとの理由で生活保護を受けることもできないなど、働きたくても働けない「やむをえない理由」をもつ主婦。
 自分の給料と子どもの保育料とのつり合いがとれないから働かないなど、「貧困なのに専業主婦」をあえて選択した人もいる。働きに出れば、無料もしくは極めて安い保育料で認可保育所を利用できるのに、自らその権利を放棄している貧困・低収入家庭の専業主婦も大勢いる。
「子どものためには家庭に入る方がいい」、「子どもが小さいうちは、経済状況が多少苦しくても、専業主婦でいる方が『子どものため』になる」。そう信じている日本人は今も少なくない。
 筆者は、「専業主婦は経済的に損をする」ことが各研究より明らかにされているものの、それでも日本では専業主婦が支持される理由に、金銭では測定しきれない幸せの尺度があることが見え隠れすると述べている。確かに、幸せは個人の主観に過ぎない。中には、貧困・低収入ながらも高い幸福感を得ている専業主婦もいる。子育てと夫婦関係が比較的良好であると低収入ながらも幸福度が高いというデータもある。ただし、自分が「幸福」と感じているものの、客観的にみるとむしろ「不幸」、相対的貧困とも言える状態にいる貧困専業主婦は少なくない。
 本書では、「貧困専業主婦」を一つの「社会現象」と捉え、「貧困の罠」、「制度的罠(配偶者控除、社会保障制度、配偶者手当など)」が意図せずに専業主婦コースへと誘導する効果があるとしている。働く希望を持つ貧困専業主婦の労働を阻害している「社会的な障壁」が確かに存在し、「貧困なのに専業主婦」というジレンマが解消できない。
 右肩上がりの高度経済成長期に作られた税制度や社会保障制度は、「専業主婦」モデルを補完し、強化するための様々な仕組みとして今も機能している。「高収入男性の妻ほど専業主婦になる」は昔話であるにもかかわらず。
 筆者は、例えば、認可保育所の「お試し利用券」を発給し、「1日あたり○円、○回を上限とする」、「就労体験プログラムへの参加を条件とする」といった制約を設けるなど、女性の就業選択を軽く誘導(NUDGE:ナッジ)すること、つまり、国民に物事を判断させる情報と経験を付与するなど、具体的な解決策も提案している。
 さらに「専業主婦=高収入男性の妻」とは言い切れない現代の日本社会において、貧困専業主婦世帯の子どもは、6人に1人が病気か障害を抱えており、健康格差や教育格差を生み出しているという。この「貧困専業主婦」という可視化した社会現象から、現代の社会保障制度や税制度を見直す必要があるだろう。まずは読者諸氏に「専業主婦」の新しい実態を知ってほしいと思う。

(ふじた・たかのり NPO法人ほっとプラス代表理事・社会福祉士)
波 2019年8月号より

著者プロフィール

周燕飛

シュウ・エンビ

1975年中国生まれ。労働政策研究・研修機構(JILPT)主任研究員。大阪大学国際公共政策博士。専門は労働経済学・社会保障論。主な著書に『非典型化する家族と女性のキャリア』(共著、労働政策研究・研修機構)、『母子世帯のワーク・ライフと経済的自立』(第38回労働関係図書優秀賞、JILPT研究双書)、『子育て世帯の社会保障』(共著、東京大学出版会)等。

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