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秘密資金の戦後政党史―米露公文書に刻まれた「依存」の系譜―

名越健郎/著

1,650円(税込)

発売日:2019/12/24

  • 書籍
  • 電子書籍あり

戦後75年、日本の民主主義を歪めた“公然の秘密”を明らかにする!

冷戦下、保革主要政党が米ソから密かに受けてきた違法資金。ハワイでの受け取り、迂回融資、工作員による手渡し……、手練手管を駆使して渡された闇の資金は、イデオロギー対立の狭間で、日本政治に何をもたらしたのか? 綿密な調査によって発掘された一級資料が暴く「政治とカネ」問題史上、最大の暗部。

目次
はじめに
序章 外国の資金援助はなぜ違法か
4政党が非合法活動/占領期の依存体質が影響/政治資金規正法の意味/主要国も外国資金導入を規制/「年五万円」でクビの外相/米国の公文書館/ロシアの公文書館
第1章 米国の自民党秘密工作
1.GHQの「逆コース」
変えられた日本の進路/「岸信介ファイル」の謎/米は「吉田より岸」/左翼勢力台頭を阻止/スパイ・キヨナガ出動
2.『ニューヨーク・タイムズ』報道の衝撃
「自民党支援が日常化」/自社連立政権に反発か/自民党と外務省が隠蔽工作/ソ連の野党資金援助に対抗/情報公開で論争
3.岸・佐藤兄弟のレガシー
岸は最良のリーダー/「アデナウアー方式」とは/「自民党の物量作戦に負けた」/カネをせびる佐藤蔵相/情報と金の交換か/岸の見果てぬ夢/岸から池田に乗り換え/資金要請した幹事長/ライシャワー大使の勇み足
4.資金援助の実態
岸とのパイプ役を特定/「変えられた国」/二つの資金ルート/国務省のスモーキング・ガン/大平正芳がCIA資金を批判/ソ連の援助と桁違い
第2章 民社党誕生の内幕
1.期待された「社会民主主義」
社会党の宿命は分裂/西尾グループと米大使館が接触/健全な野党と労組を/自民離脱を容認した岸/弔い合戦で埋没
2.情報公開の攻防
文書解禁で大論争/腐敗した日本政治/日本外務省、初の対米干渉
3.世界的な選挙干渉
CIAが敗戦国で秘密工作/イタリア総選挙が介入の雛形/岸とアデナウアー/戦後八十一回の選挙干渉/「共産主義の埋葬」も画策/今も続く選挙干渉
第3章 日本共産党とソ連の「内通」
1.日本共産党、百年の興亡
逆風を克服/コミンテルンの威力/「愛される共産党」/ソ連崩壊、「もろ手で歓迎」
2.ソ連共産党の対外資金援助
ソ連共産党の最高機密/コミンフォルムの別働隊/社会主義国に寄生/仏伊共産党が双璧/「クレムリンの長女」がトップに/米国は共産主義前夜?/世界七十三の政党に提供/ゴルバチョフも承認
3.日本共産党に流入したソ連資金
日本共産党に二十五万ドル/党本部建設に使用か/「闇の司祭」が支援認める/袴田里見の暗躍/ナウカ書店融資の疑惑/医療機器、輪転機も要請/「赤旗」記者に便宜供与
4.野坂参三の謎の百年
GHQが監視を強化/中国から二千二百万円/延安で米軍に協力/秘密のモスクワ入り/野坂がKGBに情報提供/書簡で対米協力約束/金日成に一宿一飯/野坂とソ連の内通監視/昭和史最大の謎の人物/社会主義の「宴のあと」
第4章 社会党の向ソ一辺倒
1.社会党の終焉
奇怪な自社連立政権/凋落続く社会党/五〇年代に中国が秘密援助/中国からソ連へ乗り換え
2.なぜソ連に傾斜したか――一九六〇年代
「社会主義への道」を採択/闇の司祭・コワレンコ/日ソ貿易協会に優遇措置/新聞用紙もソ連頼み/漁民釈放からシロクマまで
3.貿易操作で資金援助――一九七〇年代
情報とカネの交換/社共共闘路線に邁進/「尊敬するブレジネフ書記長」/十万ドルの上納金/十万ドルで「二島返還」に/繊維、エビ、イカで優遇を
4.ソ連邦崩壊直前まで癒着
リストに五社/お礼にアジア安保構想を支持/社会主義協会を優遇/北海道知事選にもソ連資金/ミグ25亡命事件の内幕/ミグ事件で貿易利権要請/革命六十周年で記念事業/崩壊直前まで行われた「お抱え旅行」
5.証言から見る資金援助
社会党は全面否定/社会党だけが得点/KGBが社会党工作で年次計画/ソ連資金は派閥に流入?/ミトロヒン文書の告発
終章 民主政治の発育不良
天王山で岸に賭ける/占領メンタリティー/主戦場は欧州/選挙干渉をどう防ぐか
あとがき
関連政治史年表
注釈

書誌情報

読み仮名 ヒミツシキンノセンゴセイトウシベイロコウブンショニキザマレタイゾンノケイフ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 352ページ
ISBN 978-4-10-603850-1
C-CODE 0331
ジャンル 人文・思想・宗教
定価 1,650円
電子書籍 価格 1,650円
電子書籍 配信開始日 2020/01/17

書評

公文書の声に耳を傾ける

牧原出

 冷戦終結による社会主義体制の崩壊の後、旧ソ連では共産党やKGBの文書公開が進んだ。また世界的には、「透明性」を標語とした行政改革によって、情報公開制度が整備され、各国で公文書管理制度も充実していった。日本でも情報公開法が1999年に、公文書管理法が2009年に制定された。その後、民主党政権は、岡田克也外相のイニシアティブで外交文書の公開を積極的に進めた。そうした制度が定着しつつあるからこそ、第二次以降の安倍晋三政権が森友問題・桜を見る会の問題で公文書を改竄・廃棄したことが明らかになると、大きな批判を招き、公文書のあり方が大きな政治問題となったのである。
 本書は、長らくワシントン、モスクワでの駐在経験のある著者が、両国政府や諜報機関の文書を丹念に収集し、とりわけ自民党が結党し、その長期政権が始まった1955年以降の戦後政治の中で、アメリカ・ソ連による自民党、民社党、共産党、社会党への資金提供の過程に迫る力作である。米ソ冷戦が激化する中で、両国の政府が諸外国の政党に秘密裡に資金を提供していたことはすでに広く知られており、日本についてもアメリカから自民党・民社党へ、ソ連から共産党・社会党へそうした資金が送られていたことも明らかになっている。
 だが、多くの論説が、特定の国と特定の政党に絞った議論にとどまっているのに対して、米ソ双方の文書館を渉猟した著者は、戦後の見取り図を総体として描き出そうとしている。そのため、本書から、両国政府がいつ、どのように各党に資金を渡していたかが、浮かび上がってくる。
 そしてまた本書の魅力は、秘密資金の授受をめぐる会談内容を記した公文書の紹介である。それにより、両国政府と資金提供を求める政治家たちの息詰まるやりとりを触知することができるのである。資金を無心する佐藤栄作、川島正次郎、袴田里見、そして党勢が行き詰まり哀願するように振る舞う社会党政治家たちは、オモテのメディアが報ずる姿とは、趣を異にする。様々な政治家の「ウラ」の顔をのぞき見ることができるのだ。
 ただし、著者も認めるように、資料が語る内容には自ずから限界があり、米ソ両国が一定の秘密資金を渡しているということまでは判明するものの、その時期・総額といった全貌が明らかになるというわけにはいかない。やはり、資金の授受という交渉過程に、その時期の政治状況を重ね合わせて読むことで、政治史のひだを読み取ってみることが、本書を読む醍醐味である。
 1955年は戦後の政党史の画期である。分裂した左右両社会党の統一と自由党・民主党の合同による自由民主党の誕生は、いわゆる55年体制の成立をもたらした。さらに、共産党もこの年に、六全協の場で武力闘争路線を放棄し、宮本顕治ら国際派が主導権を握った。その後の戦後政治の基本的な政党間対立の原型が形成されたのである。とはいえ、この時期には、いまだ自民党が長期政権を担うという展望が広く行き渡っていたわけではない。1956・59年の参議院選挙、1958年の衆議院選挙では、どれほど社会党が伸張するかが注目され、自民党の側も必死にこれに対抗しようとした。この対抗関係にこそ、アメリカが自民党への資金提供を積極的に進めた原因がある。1959年の参議院選挙後、社会党から西尾末広派が脱党して翌60年に民社党を結成すると、ここにもアメリカの資金提供が及ぶ。共産党も、新しい体制として出発した1955年は、他の年よりもソ連からの秘密資金の額が一桁多い。
 そして、1960年代の高度経済成長の中で、徐々に共産党がソ連からの自主独立路線へと舵を切る一方で、社会党がソ連に接近した。社会党は、民社党の分裂後党勢が停滞する時期に、ソ連からの秘密資金を積極的に受け入れるのである。
 このように、かつては冷戦構造が国内政治に反映し、秘密資金を受け取ってでも、より多くの議席を確保しようとするという熾烈な政党間対立があった。そして冷戦終結後の今、政治的対立は、市民からの監視のもとでの言論戦に変わった。そのとき過去の負の遺産をどう受け止めるのかが問われる。公文書管理制度の整備が十全とは言いがたい日本は、これからも長い時間をかけて、ポツポツと発見される文書から、過去と向き合っていかなければならない。過去を語る文書が現在の政治の輪郭を作っていく。本書はそうした営みの一つである。

(まきはら・いづる 東京大学先端科学技術研究センター教授)
波 2020年1月号より

著者プロフィール

名越健郎

ナゴシ・ケンロウ

1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。主な著書に、『北方領土はなぜ還ってこないのか』、『北方領土の謎』(以上、海竜社)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)など多数。

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