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日本文学を読む・日本の面影

ドナルド・キーン/著

2,090円(税込)

発売日:2020/02/19

  • 書籍
  • 電子書籍あり

一周忌に業績をしのぶ、復刊+未収録作品!

二葉亭四迷から大江健三郎まで近現代の作家49人の作品を読み込み、文学史的定説とは一線を画した多くの発見と発掘に満ちた名著『日本文学を読む』を復刊。併せて、世界の文化・芸術に通暁した慧眼で『源氏物語』から三島由紀夫まで、日本文学・文化の遺産を熱く語るNHK放送文化賞受賞の名講義『日本の面影』を初収録。

目次
日本文学を読む
二葉亭四迷
尾崎紅葉
幸田露伴
樋口一葉
泉鏡花
森鴎外
田山花袋
国木田独步
正岡子規
島崎藤村
夏目漱石
徳田秋声
正宗白鳥
岩野泡鳴
真山青果
永井荷風
与謝野晶子
石川啄木
北原白秋
高村光太郎
谷崎潤一郎
武者小路実篤
志賀直哉
有島武郎
斎藤茂吉
萩原朔太郎
芥川龍之介
橫光利一
川端康成
葉山嘉樹
宮本百合子
三好達治
中原中也
西脇順三郎
堀辰雄
梶井基次郎
島木健作
武田麟太郎
中島敦
太宰治
高見順
井伏鱒二
火野葦平
大岡昇平
宇野千代
現代の俳句
三島由紀夫
安部公房
開高健
大江健三郎
あとがきにかえて
日本の面影
  日本文学の楽しみ
一 日本と私
二 『徒然草』の世界――日本人の美意識
三 能と中世文学
四 芭蕉と俳句
五 西鶴の面白さ
六 近松と人形浄瑠璃
七 近代の文学1――漱石と鴎外
八 近代の文学2――谷崎と川端
九 近代の文学3――太宰と三島
十 日本人の日記から1――子規と一葉
十一 日本人の日記から2――啄木、荷風、有島武郎
十二 古典と現代――『源氏物語』を中心に
十三 日本文学の特質
解説 キーン誠己
著者名索引

書誌情報

読み仮名 ニホンブンガクヲヨムニホンノオモカゲ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 400ページ
ISBN 978-4-10-603851-8
C-CODE 0395
ジャンル 評論・文学研究
定価 2,090円
電子書籍 価格 2,090円
電子書籍 配信開始日 2020/08/14

書評

父ドナルド・キーンの遺したもの

キーン誠己

 父ドナルド・キーンの最晩年、七年七カ月の歳月、寝食を共にし、私が言うのも妙だが、人並み以上に父と子の関係だったと思う。九十歳を過ぎても体力知力に際立って優れた父と一緒の時間を過ごし、いつか来るべき日は来るだろうと思いつつ、特に最期の半年、覚悟はしつつも、思えば父の死はやはり突然だった。父が、「僕は本を読めなくなったら、書けなくなったら、死んだ方がましです」と言ったことを思い出す。夏に体調を崩し、九月初めに入院したが、死は入院半年後に一度も家に帰ることなくやってきた。読むこと、書くことが命だった父にとって、それができなくなって半年後、九十六歳八カ月で鬼籍にはいった。2019年2月24日朝6時21分だった。
 その七カ月後、私はニューヨークで、父が生まれ育った、私が頼んでもなぜか連れて行ってもらえなかったブルックリンの家と、卒業したジェイムズ・マディソン高校を訪ねた。その時私は胸が熱くなり、思わず嗚咽を漏らし、同行の女性を驚かせてしまった。高校の玄関ロビーには、優れた卒業生を顕彰するパネルがあり、そこに父の写真もあった。卒業生には七人のノーベル賞受賞者がいた。
 父は、「僕は、日本文学研究者です。学者です。教師です。そして日本文学の伝道師です」とよく言っていたが、父の遺した仕事の量や広さ、深さは計り知れない。日本についてだけでなく、基本には欧米の文化芸術や歴史に対する深い知識や理解があったが故に、父の理論や説明は、揺るぎない自信(その自信を決して外に表すことはなかった)から発せられた言葉であり、確かな説得力があった。

写真

『日本文学を読む』は、1971年から1977年にかけて新潮社の雑誌「」に六十七回連載された。父は四十九歳、それは『日本文学史:近世篇』に着手しはじめた頃で、五十四歳まで続いた。「あとがきにかえて」において、「文学者としての眼」という言葉を使っているが、近現代の作家四十九人の作品を読み込み、ひとりひとりを、高い見識と感受性豊かなその「文学者としての眼」によって記している。そこにはドナルド・キーンによる、従来の日本文学研究者とは一線を画する多くの新鮮な発見や発掘がみられる。たとえば、評価の低い詩人の西脇順三郎について、「欧米の詩人に劣らないほど大きな存在だと私は信ずる」と指摘し、「T・S・エリオットよりも国際的であって普遍性もある」と根拠を示して断じている。
 父の本棚にある中央公論社版『日本の文学40:林房雄・武田麟太郎・島木健作』の巻を取り出し、武田麟太郎の小説のページをめくってみた。それは明らかにこの原稿を書くために読んだと思われる。ほとんどすべてのページに傍線と英語のメモが付されていて、克明に読んだことの証しだ。三島由紀夫が解説を書いているが、これも丹念に読んだことがはっきりと見て取れる。そしてこの原稿の最後を、「(武田麟太郎に)もう一度ゆるぎない地位を与えてもいいのではないか」と締めくくっている。
 また父の遺した『日本文学を読む』(1977年11月刊)がやはり本棚にあり、手に取ると一枚の葉書が挟み込まれていた。萩原延壽氏からで、
“『日本文学を読む』、ありがたうございました。さつそく讀みはじめ、おもしろくて中途でやめることができず、とうとう終りまで讀み通しました。なによりも、じつに丹念に日本の文學作品を讀んでおられるのに驚倒しました。(中略)「中原(中也)の詩に一番欠けているものは恐らく『悲劇』そのものであろう」――たとえば、この御指摘は、中原ファンである(いや、あつた?)私には、じつに enlightening でした。”
 とある。このように父の論考を読むことで、読者によってさまざまな啓発や発見があるに違いない。
『日本文学史』というライフワークと並行して、膨大な量の作家の作品を読破し、一回あたり見開き二頁の原稿に、しかも日本語でまとめあげた手腕と能力には“驚倒”してしまう。作家それぞれのエッセンスが見事なまでに凝縮され、実に分かりやすくまとめられた名文であり、入門書としても最適だと思う。この名著が、没後一年を経て復刊されたことを喜びたい。
 なお、『日本文学を読む』の枡目原稿用紙に正確な日本語で書かれた肉筆原稿は、幸い、当時の編集者によって大切に保存され、現在は東京都北区立中央図書館に収蔵されている。

『日本の面影』は、1992年春、教育テレビの「NHK人間大学」における十三回の講義録である。コロンビア大学を定年退官し、約二十五年の歳月を費やした『日本文学史』を書き終えたばかりの頃だった。「源氏物語」、「徒然草」をはじめ、能、浄瑠璃、芭蕉谷崎川端太宰と三島など、独自の慧眼で丁寧に語られている。日本文学、日本文化について特色や歴史を広く俯瞰し、実に読みごたえがあることに驚かされた。
 この放送に先立ち、十三回分の講座テキストが、日本放送出版協会(現在のNHK出版)から発行されている。これは日本放送出版協会の道川文夫氏が、北区の父のマンションに通い、音声録音したものをまとめられたと聞く。父は下書き原稿を用意することもなく、淀みなく語ったという。父の教え子たちから、「先生の授業はなにもご覧にならずになさいました」と聞いているが、まさにその通りだ。父の端倪すべからざる記憶力をここにも見ることができる。
『日本の面影』は、父の遺した多くの仕事の精髄を、自らが語る「ドナルド・キーン入門講座」と言ってよいのではないか。これまでどの単行本にも著作集にも収録されなかったもので、新潮選書に収録されることを、父は心から喜んでいると思う。
 この講義によって、「視聴者に感動を与えた」として、NHK放送文化賞を受けている。日本文学・文化の海外への伝道者としての父の最大の業績とは、実は、日本人自身が、日本文学・文化を再認識し、また誇りに思い、勇気づけられたことではなかっただろうか。

*本稿は『日本文学を読む・日本の面影』「解説」より転載したものです。

(きーん・せいき ドナルド・キーン記念財団代表理事)
波 2020年3月号より

著者プロフィール

ドナルド・キーン

Keene,Donald Lawrence

(1922-2019)ニューヨーク生れ。コロンビア大学名誉教授。日本文学の研究、海外への紹介などの功績によって1962(昭和37)年、菊池寛賞、1983年、山片蟠桃賞、1990(平成2)年、全米文芸評論家賞、1993年、勲二等旭日重光章を受章。2002年、文化功労者に選ばれる。2008年、文化勲章を受章。2012年、日本国籍を取得。『百代の過客』(読売文学賞、日本文学大賞)『日本人の美意識』『日本の作家』『日本文学史(全18巻)』『明治天皇』(毎日出版文化賞)など著書多数。

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