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日本を寿ぐ―九つの講演―

ドナルド・キーン/著

1,595円(税込)

発売日:2021/05/26

書誌情報

読み仮名 ニッポンヲコトホグココノツノコウエン
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 252ページ
ISBN 978-4-10-603865-5
C-CODE 0395
ジャンル 文学・評論
定価 1,595円
電子書籍 価格 1,595円
電子書籍 配信開始日 2021/05/26

日本文化の普遍的な輝きを祝福する。単行本未収録の講演集。

日本人は島国根性ではない、なぜか? アイヌの人びとを尊んだ松浦武四郎とは? 岩倉具視を団長とする米欧使節団は何を見たのか? 明治天皇の覚悟とは? アメリカの小学生はなぜ俳句をつくるのか? 石川啄木の喜び、泉鏡花文学の美しさ……忘れ得ぬ人びとと文化への深い愛惜を語る9編を精選収録。解説:尾崎真理子。

目次
日本文化の国際性
文化の衝突、内なる対立
国際化時代における京都文化の役割
II
松浦武四郎を読んでみて
明治の日本人は世界をどう見ていたか
明治天皇と日本文化
III
日本の短詩型文学の魅力
啄木を語る――啄木の現代性
わが愛する鏡花
解説 尾崎真理子
「日本を寿ぐ」について キーン誠己
解題
人名索引 作品名索引

インタビュー/対談/エッセイ

感動を語り伝えること

キーン誠己

 父がニューヨークの住居を引き払い、完全に東京住まいになった2011年9月以降、私はすべての父の講演に同行した。押し寄せるように講演依頼があり、断ることが受けることより大変だった。2013年には、講演した数が二十四回に及んだが、たぶんこれが最高だろう。九十二歳にしてものにした講演数だ。
 生涯どれほどの講演をしたことだろう。実は今調査中だ。興味深い事実が次々見えてくる。
 初めての講演はケンブリッジ大学で、1952年春、二十九歳だった。五回連続で「日本の文学」について講じたが、毎回十人ほどの聴衆しかなく、日本文学からの転向を真剣に考えるほど落胆した。日本語での初めての講演は、京都大学留学のため来日してから四か月後の1953年(昭和28年)12月14日、京都の同志社大学で「比較文学について」だった。
 生来の話好き、話のうまさ、構成力、ユーモアは回数を重ねる度に磨かれていっただろう。大学の講義においても、父の話がいかに魅力に満ちていたか、教え子たちから今もよく聞かされる。
 講演の聞き手は、父が話し始める前からどんな話が聞けるのか、いつでもどこでも興味津々の様子だった。そして父が話すほどに聞き手はひきこまれていく。ユーモアのタイミングが絶妙で、エピソードは意外性に富んで面白い。父自身、「若いころはお金が欲しくて、講演をしました」と言っていたが、いつの間にか大学の授業と同じように好きになって、頼まれれば喜んで受けるようになったのだろう。そうでなければこれだけの回数はやれないだろうし、講演はいつも嬉しそうだった。講演後のサイン会も、「聞いてくださったお客様と直接会って一言でも話すことが僕は好きです」とよく言っていた。日本文学や日本文化の伝道師を体現することが責任でもあり、最大の楽しみだったと思う。
 最近父の遺した生原稿を調べていると、これは明らかに講演の草稿と思われるものが相当量見つかった。いつのものか分かるものもあるが、ほとんどが不明だ。簡単なメモ程度から、かなり詳しく記述してあるものまで、罫線のない用紙(時には便箋の裏)などに横書きで、鉛筆か万年筆で書かれている。日本語にまじって英語のメモもある。小さい文字で、正確な本字で書かれた肉筆の草稿は、神聖なまでに純粋な情熱や繊細さで、それを見ているだけで父がなにかを語りかけてくるようだ。
 ほんの最近偶然に発見したが、1988年9月に札幌で、「松浦武四郎を読んでみて」と題し講演する際に書いたに違いない草稿と、その参考文献『松浦武四郎紀行集』(上・中・下、冨山房、1975―1977)が今私の手元にある。草稿の筆跡を見ても、また参考文献の傍線や英語のメモを見ても、一回かぎりの講演のためにいかに精魂込めて臨んだかを見て取ることが出来る。
 1974年12月に金沢で「わが愛する鏡花」と題して講演した時の草稿はまだ見つかっていないが、その時に読み込んだことが明らかな『日本近代文学大系7 泉鏡花集』(角川書店、1970)にも、講演で語られた作品には、新聞の切れ端などが付箋がわりに挟まれ、克明に読み込んだ形跡が残されている。
 正確にいつの頃かは分からないが、晩年にはワープロで書いた原稿を読むことも少しずつ増えてきた。読むだけとは言っても、時々原稿から目を離して聞き手に話しかけたり、機知に富んだ軽妙洒脱な話で聴衆の心を捉えることに長けていた。
 最晩年、滑舌が悪くなったことを自ら意識しはじめたとき、父は私を前にして原稿を読む練習をするようになった。「分かりにくいところ、おかしいところがあったら教えてください。直してください」と私に言った。その謙虚さと責任感に頭の下がる思いだった。それを講演の数日前から毎日、時には二度も三度も私を前にして練習した。それだけでも、やっぱり父は並みの人ではないと思った。
 私も専門分野である古浄瑠璃について三十分ほどだが講演することがあった。「お父さん、講演をするとき大事なこと、気をつけることはなんでしょう」と質問した。「それは自分自身が感動したこと、美しいと感じたこと、面白いと思ったことを、その時の気持ちをそのままに情熱をもって相手に伝えることです。そしてもうひとつ大切なことは、ユーモアがあることです」という答えだった。これも父の大切な遺言のひとつになった。

(きーん・せいき ドナルド・キーン記念財団代表理事)
波 2021年6月号より

著者プロフィール

(1922-2019)1922年ニューヨーク生まれ。コロンビア大学卒、同大学教授。1962年、古典ならびに現代日本文学の翻訳による海外への紹介の功績により菊池寛賞。1998年、『日本文学の歴史』全18巻完結等により朝日賞。2002年、『明治天皇』により毎日出版文化賞。そのほか多数の著作により読売文学賞、日本文学大賞、全米批評家協会賞など多くの文学賞を受賞。2008年、文化勲章受章。2012年、日本国籍を取得。2019年、逝去。

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