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ハレム―女官と宦官たちの世界―

小笠原弘幸/著

1,815円(税込)

発売日:2022/03/24

書誌情報

読み仮名 ハレムジョカントカンガンタチノセカイ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 298ページ
ISBN 978-4-10-603877-8
C-CODE 0322
ジャンル ノンフィクション
定価 1,815円
電子書籍 価格 1,815円
電子書籍 配信開始日 2022/03/24

「禁じられた空間」で、何が行われていたのか――。

性愛と淫蕩のイメージで語られてきたイスラム世界の後宮・ハレム。奴隷として連れてこられた女官たちは、いかにして愛妾、夫人、母后へと昇りつめたのか。ハレムを支配する黒人宦官と、内廷を管理する白人宦官は、どのように権力を手にしたのか。600年にわたりオスマン帝国を支えたハイスペックな官僚組織の実態を描く。

目次
はじめに
性愛と放埒の場というイメージ/オスマン帝国のハレム/新しいハレム像へ/本書の構成
第一章 ハレム前史――古代よりオスマン帝国初期まで
一 ハレムの起源
ハレムという語/古代地中海世界のハレム
二 イスラム世界におけるハレムの発展
イスラム登場前後/正統カリフ時代/ウマイヤ朝/アッバース朝初期/アッバース朝中期/奴隷身分出身の寵姫たち/イスラム世界における奴隷/トルコ・モンゴル系王朝の登場/トルコ・モンゴル系王朝における王族女性/「アッバース朝型」と「トルコ・モンゴル型」
三 オスマン帝国黎明期のハレム
オスマン集団の登場/オスマン帝国の発展/ブルサとエディルネの宮殿/オスマンの母と寵姫/寵姫ニルフェル/キリスト教諸国の王女たち/トルコ系侯国の王女
第二章 ハレムという空間の生成――トプカプ宮殿の四〇〇年
一 トプカプ宮殿の誕生
生成するハレム/新たな帝都/旧宮殿/旧宮殿の建築/トプカプ宮殿の建設/帝王門と第一の中庭/トプカプ宮殿の三つの空間/外廷
二 初期のハレム――寵姫ヒュッレムのための増築
トプカプ宮殿初期のハレム/最初期のハレム/壮麗王スレイマン一世の時代/寵姫ヒュッレム/ハレムの拡大/セリム二世時代のハレム
三 ハレムの統合と完成――一六世紀後半
ムラト三世の治世/ハレム統合の理由/考え抜かれた空間構造/黒人宦官と女官の区画/母后の区画/スルタンの区画
四 空間の多様化と様式の変容――一七世紀から一九世紀まで
ムラト三世以降のハレムの改築/メフメト四世の時代/ハレムの火災と改修/西洋の意匠の導入
第三章 女官たち
一 女官の登用
ジャーリエたち/女官のリクルート/戦争捕虜と有力者からの献呈/民族と宗教/家族との絆/新しい名前
二 女官の組織
女官の職階/新入り/女中/女中頭/宝物役頭/最高位の女官長/乳母と守役/給金と人数
三 ハレムでの生活
女官の暮らし/散策と小旅行/ショッピング/旅と巡礼/病と治療/宮廷料理所/ハレムの食材/近代におけるハレムの食卓/女官への処罰
四 ハレムを離れた女官たち
ハレムの「卒業」/出廷はいつか/自由人の女性として/結婚/出廷後の生活
第四章 王族たち
一 妻妾――序列化された寵姫
スルタンの妻妾/スルタンの寵愛を得る/愛妾と夫人/夫人との結婚/昇進の条件/スルタンを袖にした寵姫
二 母后――ハレムの最高権力者
スルタンの母/息子の即位を待つ/母后行列/母后の側近たち
三 王子――檻のなかの獅子
獅子たる御子/帝国前半期の王子/兄弟殺し/兄弟殺しの廃止/鳥籠制度/鳥籠で子を生す/王子の教育と師父
四 王女――継承権なき王族
王女たち/女婿/以前の妻を離縁/王女たちの生活/王女の子供たち
第五章 宦官たち
一 イスラム世界における去勢者
宦官の重要性/イスラム法における男性器切除/アッバース朝における宦官/聖地の守護者としての宦官/宦官の施術
二 白人宦官――内廷の実力者
オスマン帝国初期における宦官/白人宦官/白人宦官の去勢手術/白人宦官のキャリア/白人宦官長/帝国最大の白人宦官長/経歴の始まり/宦官となる/トプカプ宮殿での栄達/ガザンフェルの活躍/ヴェネツィアのネットワーク/黒人宦官長の台頭/ガザンフェルの失墜
三 黒人宦官――ハレムにおける陰の支配者
オスマン帝国における黒人宦官/ハレムの拡大と宦官/黒人宦官の職階/黒人宦官長/聖地の警護/宦官たちの斜陽
第六章 内廷の住人たち
一 小姓――帝国を支えるエリート候補生
内廷の人々/内廷という空間/内廷組織/デヴシルメ制と離宮での選抜/大部屋と小部屋/上位の部屋/スルタンの私室/出廷/内廷の変容と終焉
二 小人――陽気な近習
宮廷の異能者/小人の役職/小人の役割/栄達した小人
三 唖者――静謐の担い手
唖者の登用と配属先/手話/近習として/処刑人として
第七章 ハレムと文化
一 音楽と芸能
文化の担い手としてのハレム/イスラムと音楽/オスマン宮廷における芸能/芸能の種類/芸人たちのリクルート/芸能奴隷の価格/女官たちの習いごと/音楽家ウトリー/女官の楽団/女性作曲家たち
二 読書と文芸
書物と読書/詩作の重要性/詩を詠んだ女性たち/散文
三 寄進と建築
宗教寄進と建築/多様な宗教寄進物件/寄進を通じた人的ネットワークの形成/帝都を一変させた新モスク/ダーダネルス海峡の危機/「海の壁」と「砂の城」の建築
第八章 変わりゆくハレム
一 トプカプ宮殿の運命
危機のオスマン帝国/変わるトプカプ宮殿/トプカプ宮殿の新たな役割/トプカプ宮殿のハレムの変容/旧宮殿の終焉
二 新しい宮殿の登場――ドルマバフチェ宮殿とそのハレム
新たな宮殿たち/ベシクタシュ宮殿からドルマバフチェ宮殿へ/ドルマバフチェ宮殿のハレム/ハレムの三つの区画/ドルマバフチェ宮殿のその後
三 ハレムの変容と終焉
宮廷を去りゆく小姓と白人宦官/黒人宦官の凋落/チェルケス系の女官と妻妾たち/開かれる王族たち/第二次立憲政時代と旧ハレムの人々/「民主化」されるハレム/オスマン帝国の滅亡/女官たちの末路/最後の黒人宦官たち
終章 ハレムの歴史的意義
一 ハレムと君主制
世襲君主制とハレム/王位継承を支える官僚組織/特異な組織/ハレムの役割の消失
二 ハレムとイスラム
ハレムはイスラム由来か/イスラム法の規定とハレム/ハレムにおける脱法的な事例/現実主義の重視
あとがき

図版出典一覧
コラム1:アーイシャ――預言者ムハンマド最愛の妻/コラム2:ハイズラーン――ふたりのカリフの母后/コラム3:寵姫ヒュッレム――壮麗王を虜にした女性/コラム4:母后キョセム――帝国でもっとも権勢を誇った女性/コラム5:イスタンブルの奴隷市場/コラム6:オスマン帝国と疫病/コラム7:キラー・カドゥンたち――ハレムに出入りしたユダヤ教徒の女性商人/コラム8:偽王子ナーディル/コラム9:宮廷の同性愛/コラム10:音楽家と女官との恋/コラム11:新しい宮殿たち

書評

漫画にできそうな2タイプのハレムの住人

篠原千絵

 大変興味深く面白かった。

 ハレムに関してこれほどまとまって日本語で読める本は初めてではないだろうか。

 浅学ゆえ日本語しか読めず、日本語で書かれたオスマン帝国史や中東史の本も限られるうえ、その中でハレムに関しての記述はさらに少ない。今まではそれを拾い集めて読んでいたので、これだけのボリュームを一気に読めたのは快感ですらある。

 ハレムの記述は、オスマン帝国で刊行されてきた同時代の書物にもなかなか残っていないと聞く。記録でさえも帷の奥から出すのはタブーだったのか、あるいは、記録を記す能力のある者にとってハレムでの出来事などは記すにも値しない存在だったのか。真相はわからないが、残念なことである。
 限られた文献を拾い読みして想像していたハレムは、さすがに統治者が酒池肉林に溺れる快楽の場……とは思ってはいなかったが(漫画的なデフォルメとしては大変面白いのだが)、では具体的に内部ではどういう暮らしが営まれていたのかについては、漠然とした知識しか得られていなかったので、ついに解答を得たようで本当に興味深く面白かった。
 ハレムは王家の血を継なぐために最適化されたシステムで、そこで生きる者にとっては、ときに非情であったり、また愛憎渦巻く場であったのだろうが、本書は(研究書なのであたりまえだが)冷静に俯瞰しているのが有難い。
 漫画家に創造の余地を残してくださっているのだ。

 女官や宦官たちについての記述も魅力的だが、個人的には特に次の2タイプのハレムの住人に興味を持った。
「王子を産んだスルタンの妻妾は、スルタンが存命のあいだ息子ともどもトプカプ宮殿のハレムで暮らした。しかし夫たるスルタンが死去し、みずからの王子が即位しなかった場合、王子はトプカプ宮殿のハレムに残され、その母のみが旧宮殿に移り住んだ。(中略)息子がいつ即位するかもわからないまま、何年も、場合によっては数十年待った者もいたのである」(143頁)
 スルタンの皇子を産んだ妻妾たちは、その息子が即位するまで長く隠遁生活をおくることになるのだ。むろん即位しなければ、基本的に隠遁したまま生涯を終える。
 もうひとつはスルタンの皇女たちだ。
「結婚後はイスタンブル市内やボスフォラス海峡沿いの海辺の館を与えられ、そこで過ごすことが多かったようだ。(中略)夫が亡くなると、再婚せずに気ままに暮らす王女も少なくなかった」(161頁)
 常に緊張感と共に生きているらしい皇子たちとは対照的な暮らしである。
 どちらもとても魅力的な設定だ。
 前者は内面的な人間ドラマとして単行本10巻くらいの連載。後者はハレムガイド的な明るい読み切りシリーズ漫画などにしたら面白そう、などと妄想をめぐらせながら読了した。

 謎に包まれた芳しい帷の奥に興味のある方にとっても、権力者がみずからの血統を残すためのシステムに興味がある方にとっても、本書は必読の書であると思う。
 ハレムを舞台にした拙作(漫画『夢の雫、黄金の鳥籠』)もすでにコミックスで16巻に達しているが、できれば連載を始める前に本書を読みたかったとしみじみ思う。

(しのはら・ちえ 漫画家)
波 2022年4月号より

著者プロフィール

小笠原弘幸

オガサワラ・ヒロユキ

1974年、北海道生まれ。青山学院大学文学部史学科卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。2013年から九州大学大学院人文科学研究院イスラム文明史学講座准教授。専門はオスマン帝国史およびトルコ共和国史。主な著書に『イスラーム世界における王朝起源論の生成と変容』(刀水書房)、『オスマン帝国』(中公新書、樫山純三賞受賞)、『オスマン帝国英傑列伝』(幻冬舎新書)、編著に『トルコ共和国 国民の創成とその変容』(九州大学出版会)など。

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