ハレム―女官と宦官たちの世界―
1,815円(税込)
発売日:2022/03/24
- 書籍
- 電子書籍あり
「禁じられた空間」で、何が行われていたのか――。
性愛と淫蕩のイメージで語られてきたイスラム世界の後宮・ハレム。奴隷として連れてこられた女官たちは、いかにして愛妾、夫人、母后へと昇りつめたのか。ハレムを支配する黒人宦官と、内廷を管理する白人宦官は、どのように権力を手にしたのか。600年にわたりオスマン帝国を支えたハイスペックな官僚組織の実態を描く。
注
図版出典一覧
書誌情報
読み仮名 | ハレムジョカントカンガンタチノセカイ |
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シリーズ名 | 新潮選書 |
装幀 | 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 304ページ |
ISBN | 978-4-10-603877-8 |
C-CODE | 0322 |
ジャンル | ノンフィクション |
定価 | 1,815円 |
電子書籍 価格 | 1,815円 |
電子書籍 配信開始日 | 2022/03/24 |
書評
漫画にできそうな2タイプのハレムの住人
大変興味深く面白かった。
ハレムに関してこれほどまとまって日本語で読める本は初めてではないだろうか。
浅学ゆえ日本語しか読めず、日本語で書かれたオスマン帝国史や中東史の本も限られるうえ、その中でハレムに関しての記述はさらに少ない。今まではそれを拾い集めて読んでいたので、これだけのボリュームを一気に読めたのは快感ですらある。
ハレムの記述は、オスマン帝国で刊行されてきた同時代の書物にもなかなか残っていないと聞く。記録でさえも帷の奥から出すのはタブーだったのか、あるいは、記録を記す能力のある者にとってハレムでの出来事などは記すにも値しない存在だったのか。真相はわからないが、残念なことである。
限られた文献を拾い読みして想像していたハレムは、さすがに統治者が酒池肉林に溺れる快楽の場……とは思ってはいなかったが(漫画的なデフォルメとしては大変面白いのだが)、では具体的に内部ではどういう暮らしが営まれていたのかについては、漠然とした知識しか得られていなかったので、ついに解答を得たようで本当に興味深く面白かった。
ハレムは王家の血を継なぐために最適化されたシステムで、そこで生きる者にとっては、ときに非情であったり、また愛憎渦巻く場であったのだろうが、本書は(研究書なのであたりまえだが)冷静に俯瞰しているのが有難い。
漫画家に創造の余地を残してくださっているのだ。
女官や宦官たちについての記述も魅力的だが、個人的には特に次の2タイプのハレムの住人に興味を持った。
「王子を産んだスルタンの妻妾は、スルタンが存命のあいだ息子ともどもトプカプ宮殿のハレムで暮らした。しかし夫たるスルタンが死去し、みずからの王子が即位しなかった場合、王子はトプカプ宮殿のハレムに残され、その母のみが旧宮殿に移り住んだ。(中略)息子がいつ即位するかもわからないまま、何年も、場合によっては数十年待った者もいたのである」(143頁)
スルタンの皇子を産んだ妻妾たちは、その息子が即位するまで長く隠遁生活をおくることになるのだ。むろん即位しなければ、基本的に隠遁したまま生涯を終える。
もうひとつはスルタンの皇女たちだ。
「結婚後はイスタンブル市内やボスフォラス海峡沿いの海辺の館を与えられ、そこで過ごすことが多かったようだ。(中略)夫が亡くなると、再婚せずに気ままに暮らす王女も少なくなかった」(161頁)
常に緊張感と共に生きているらしい皇子たちとは対照的な暮らしである。
どちらもとても魅力的な設定だ。
前者は内面的な人間ドラマとして単行本10巻くらいの連載。後者はハレムガイド的な明るい読み切りシリーズ漫画などにしたら面白そう、などと妄想をめぐらせながら読了した。
謎に包まれた芳しい帷の奥に興味のある方にとっても、権力者がみずからの血統を残すためのシステムに興味がある方にとっても、本書は必読の書であると思う。
ハレムを舞台にした拙作(漫画『夢の雫、黄金の鳥籠』)もすでにコミックスで16巻に達しているが、できれば連載を始める前に本書を読みたかったとしみじみ思う。
(しのはら・ちえ 漫画家)
波 2022年4月号より
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著者プロフィール
小笠原弘幸
オガサワラ・ヒロユキ
1974年、北海道生まれ。青山学院大学文学部史学科卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。2013年から九州大学大学院人文科学研究院イスラム文明史学講座准教授。専門はオスマン帝国史およびトルコ共和国史。主な著書に『イスラーム世界における王朝起源論の生成と変容』(刀水書房)、『オスマン帝国』(中公新書、樫山純三賞受賞)、『オスマン帝国英傑列伝』(幻冬舎新書)、編著に『トルコ共和国 国民の創成とその変容』(九州大学出版会)など。