ホーム > 書籍詳細:大久保利通―「知」を結ぶ指導者―

大久保利通―「知」を結ぶ指導者―

瀧井一博/著

2,420円(税込)

発売日:2022/07/27

  • 書籍
  • 電子書籍あり

独裁と排除の仮面を剥ぎ取り、その指導力の源を明らかにする!

旧君を裏切り、親友を見捨てた「冷酷なリアリスト」という評価は正当なのか? 富国強兵と殖産興業に突き進んだ強権的指導者像の裏には、人の才を見出して繋ぎ、地方からの国づくりを目指した、もう一つの素顔が隠されていた。膨大な史料を読み解き、「知の政治家」としての新たなイメージを浮かび上がらせる、大久保論の決定版。

  • 受賞
    第76回 毎日出版文化賞
目次
はじめに 「知の政治家」として
第一章 理の人
I 志士への道
バンカラ気風と読書会/騒乱の時代へ/久光が蒔いた「理の種」/藩の密命を帯びて
II 弛緩する朝幕体制
寺田屋事件/公武合体論、尊王攘夷論、開国論/確執の火種/過熱する京都の尊攘派/朝幕逆転/攘夷の綻び/八月一八日の政変
III 好敵手・慶喜
天下之公議/慶喜という「主役」/開成所と議政所/松平春嶽のラジカル「二院制」/西郷が見た長州征討/勝海舟の「共和政治」/幕滅亡之表
IV 連携する薩長――「共和」の国へ
面白キ芝居/慶応元年の「赤い糸」/条約勅許/衆議と公議/薩長同盟(密約)の成立/長州再征の阻止/「共和」政体へ/四侯会議
Ⅴ 倒幕、そして王政復古
薩土盟約/玉を奪われては致し方無し/秘中之御話/奉還か、倒幕か/討幕の見合わせ沙汰書/王政復古というクーデタ/二段階のシナリオ構想/維新の一週間/破壊と創造/武力倒幕の覚悟
第二章 建てる人
I 東京遷都――一君万民の国造りへ
共和革命としての維新/王政復古の対外宣言/遷都論に込めた天皇観/かの地をもって「東京」と定める/東京城入城のメッセージ/日本国民を創り出す企て
II 廃藩置県
「大体」と「大権」/新政府内部の刷新/理ある公論の体現者であるために/政治指導体制の合理化と強化/西郷と木戸のツートップ制
III 政体調査としての欧米回覧の旅
木戸の勢い/雨降って地固まる/岩倉使節団/井上馨の懸念/西洋文明の衝撃/ビスマルクとの邂逅
第三章 断つ人
I 征韓論政変
外遊で見出した日本の課題/留守政府異変/太政官制潤飾の真意/緊縮財政の理/征韓論の消せない火種/内閣という闘技場へ/岩倉、大久保の「一ノ秘策」
II 立憲政体の構想と内務省の設立
西郷との別れ/立憲政体に関する意見書/君民共治の思想/内務省の目的/オール・ジャパンの布陣/民力活性化のために/衆善と衆智の国家構想
III 佐賀の乱
不平士族の蠢動/実ニ一箇之男子たる者なし
IV 台湾出兵と北京談判
一大事の困難/北京へ発った大久保/西郷からのエール/戦争回避の戦い/我が使命の本分/大久保の外交理念
第四章 結ぶ人
I 立憲政体の漸次樹立
凱旋で見た国民の姿/琉球処分/立憲政体への第一歩/板垣退助の暴走
II 衆智としての殖産興業――東北への勧業の旅
自立国家プロジェクト/プロデューサー大久保/牧羊と養蚕/明治九年の慶事と大事/富強の礎は東北にあり/衆智に突き動かされて
III 西南戦争
断たれた人/生きるための政策/大久保とリンカンの「国民/国家ネーション
IV 勧業の夢――第一回内国勧業博覧会
夢の現場/博物館ノ議/学び合うための博覧会/知のリフレイン/扇形の聖地
終章
大久保の思想/大久保が蒔いた種/二つの政治指導/見果てぬ夢
あとがき
大久保利通 関連略年表
出典・注釈
人物索引

書誌情報

読み仮名 オオクボトシミチチヲムスブシドウシャ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 528ページ
ISBN 978-4-10-603885-3
C-CODE 0323
ジャンル 歴史・地理
定価 2,420円
電子書籍 価格 2,420円
電子書籍 配信開始日 2022/07/27

書評

現実と切り結ぶ「円の中心」を見つめて

待鳥聡史

 維新の三傑といわれるが、木戸孝允や西郷隆盛と比べて、大久保利通の印象は鮮烈ではない。木戸は俊英にして激情家という二面性を持ち、それによって長州藩出身者などの後進たちにも多大な影響を与え、また没後には顕彰された。西郷は人望厚き軍事的天才として、また西南戦争における潔き敗軍の将として名を残した。
 これに対して、大久保には冷徹といった形容がついてまわり、彼が不平士族を弾圧した後の明治政府には、有司専制という批判も浴びせられてきた。そして、専制的な大久保自身は政策論に乏しく、内務省などでは十分な成果を挙げられなかったとも指摘される。
 しかし、本書の著者である瀧井一博氏は、大久保を魅力なく描く見解はその才気や人望に注目しすぎており、とくに内務省を率いて勧業を重視した時期の彼は過小評価されているのではないかという。このような立場から、本書は大久保を伊藤博文に先立つ「知の政治家」として描き出す。
 大久保は、幕末維新期という秩序の大変革期の政治指導者であった。錯綜し複雑を極める対立構図の中で、政局判断が優先され、時には権謀術数を駆使して政敵を打倒する必要もあった。だが、そのことは彼に理念や思想がなかったことを全く意味しない。むしろ、理念的な一貫性があったがゆえに、現実には相矛盾するような行動をとる場面が生じたというべきなのである。
 瀧井氏は膨大な史料や先行研究を渉猟し、具体的な行動や発言を跡づけながら、大久保の思想を析出する。その中核には、「公論」が支える君民共治の国民国家像があった。「公論」は義や理にかなった物事の考え方であり、「衆議」「大勢」「因循」などと対比される。義も理もなく、激情や扇情によって形成された一時的な多数を恃む立場、陋習を墨守するだけで新しい環境や考え方を拒絶する立場を、大久保は一貫して忌み嫌った。
 大久保のみならず、重要な維新指導者において「公論」が重視されていたことは、伊藤之雄氏などによる最近の研究でも注目されている()。しかし「公論」の内実は指導者それぞれに異なっており、瀧井氏が注目するのは、そこでの大久保の独自性である。
「公論」に依拠した統治のあり方を重視する立場は、ルネサンス期以降の西洋思想史において共和主義と呼ばれる理念と重なる。五代友厚らによってもたらされた薩摩藩の豊富な外国政治知識に言及しつつ、元々は列藩諸侯による会盟政治を指す「共和」に「義と理の政体」を読み込み、明治維新を「共和革命」だとする瀧井氏の見解は、もちろんこの点を踏まえているのだろう。
 では、そのような「公論」はいかにすれば形成されるのか。それは身分や地位ではなく、義や理を追求しようとする姿勢、すなわち「知」を持つ人々の相互作用によってである。このような相互作用を可能にするつながり、言い換えれば「知のネットワーク」の構築こそ、薩摩藩内で、長州藩などと連携した倒幕の過程で、王政復古後の新政権で、そして内務省で、大久保が目指してきたものであった。
 内務卿としての大久保が重視した勧業も、しばしば急進的過ぎる西洋技術の導入の試みと否定的に捉えられてきたが、実際には「知のネットワーク」を社会経済に実装する企てであった。瀧井氏はそれを、西南戦争中に開催された第一回内国勧業博覧会に見出す。大久保が「内国」「博覧会」にこだわった理由を解明する本書の叙述は、通説的見解への鮮やかな反論であり、著者の真骨頂だといえる。
 大久保のこのような立場は、「公論」に背を向け「衆議」や「因循」に逃げ込む人々への苛烈な批判や排除にもつながる。共和主義者は、人数のみに依存した民主主義にも、血統のみに依存した君主主義にも批判的である。近代国家の建設初期という困難な局面にあって、大久保は本書にいう「断つ人」にならざるを得なかったのだが、それは冷徹な有司専制の権化という負のイメージにもつながった。
 国家としての近代日本は、大久保暗殺後に彼の理念を実現していった。伊藤博文による明治憲法体制の構築、渡邉洪基による国家学会を通じた「知のネットワーク」形成などは、その制度的表現であった。それぞれの具体的なありようは、瀧井氏のこれまでの著作に詳述されている。
 理念が実現されたとき、大久保が起点であったことは見えなくなる。彼は「円の中心」であるという著者の言は、明治国家を考え続けた研究者の結論のように聞こえる。

* 伊藤之雄「「公論」と近代天皇制の形成――木戸・大久保・岩倉の挑戦――」伊藤之雄(編著)『維新の政治変革と思想 一八六二~一八九五』ミネルヴァ書房、2022年

(まちどり・さとし 京都大学教授)
波 2022年8月号より

関連コンテンツ

著者プロフィール

瀧井一博

タキイ・カズヒロ

1967年福岡県生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程を単位取得のうえ退学。博士(法学)。神戸商科大学商経学部助教授、兵庫県立大学経営学部教授などを経て、2022年7月現在、国際日本文化研究センター教授。専門は国制史、比較法史。角川財団学芸賞、大佛次郎論壇賞(ともに2004)、サントリー学芸賞(2010)、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト賞(2015)受賞。主な著書に『伊藤博文』(中公新書)、『明治国家をつくった人びと』(講談社現代新書)、『渡邉洪基』(ミネルヴァ書房)他多数。

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

瀧井一博
登録

書籍の分類