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悪党たちの中華帝国

岡本隆司/著

1,870円(税込)

発売日:2022/08/25

  • 書籍
  • 電子書籍あり

中国の偉人はなぜ「悪党」ばかりなのか――?

後周の世宗・明の永楽帝ら、虐殺を重ねた支配者たち。安禄山・馮道ら、権力に執着した裏切者たち。王安石・梁啓超ら、独り善がりな改革者たち。李卓吾・康有為ら、過激な教えを説いた思想家たち。12人の生涯をたどり、彼らが「悪の道」に堕ちた背景を解き明かす。現代中国の悪党も射程に入れた、圧巻の1400年史!

目次
はじめに――「中華帝国」と「悪党たち」
「中華帝国」とは何か/「中華帝国」の虚実/「列伝」の国/「悪党」とは何か/「中華帝国」の遍歴
第I章 「中華帝国」のあけぼの――大唐帝国
1 唐の太宗――明君はつくられる
隋という政権/文帝の治世/生い立ち/稀代の暴君?/辯護/時代的な位置/大乱/登場/奪嫡/「貞観の治」/「悪党」とは/終末
2 安禄山――「逆臣」か「聖人」か
帝国のかたち/後を継ぐ者/空前絶後/女傑の挑戦/玄宗の時代/節度使/安禄山の登場とその背景/長安から幽州へ/君寵/決起から敗亡まで/乱の意義/ひろがる展望/帝国のゆくえ
第II章 カオスの帝国――五代
3 馮道――無節操の時代
生い立ちと時代/割拠する節度使/劉守光の即位/最初の蹉跌/張承業/革命/宰相/名君/転変/契丹/「打草穀」/終末/時代と評価/無節操とは
4 後周の世宗(柴栄)――最後の仏敵
養父の郭威/後漢の滅亡/即位と残滓/外患と内憂/粛清の意味/崩御と継承/高平の戦い/軍隊と仏教/廃仏と「法難」/天下統一と「平辺策」/南唐の征討/君臣の早世/唐宋の変革
第III章 最強の最小帝国――宋
5 王安石――「ね者宰相」
宋の太祖/宋の太宗/転換と安定/「せん淵体制」/太平の御代/西夏の興起と危機の到来/「濮議」/王安石の登場/新法の挙行/新法とは何か/党争/分岐
6 朱子――封建主義を招いた「道学者先生」
「風流天子」/「姦臣」蔡京/宋の南渡/政権の安定/「東洋のルネサンス」/宋学の勃興/朱熹という人/政治より学問/朱子学とは何か/教学化/テキスト化/偽学の禁から道学の制覇へ/「びん学」の意義/「人の志を奪う」
第IV章 再生した帝国・変貌する帝国――明
7 永楽帝――甥殺しの簒奪者
「天道は是か非か」/モンゴル帝国の「混一」/クビライと大都・北京/「危機」と破局/群雄割拠から明朝成立へ/初期条件と制度設計/「中華」の回復と「朝貢一元体制」/多元支配と統治機構/中書省の廃止と疑獄事件/天下の私物化/南北の一体化/遷都の挫折と方向転換/靖難の変と簒奪/政権交代の意味/雄武の大才?/構造矛盾
8 万暦帝――亡国の暗君
跋扈する宦官/駆けめぐる銀/銀の使用と海外貿易/貿易から危機へ/「北虜南倭」/安全瓣/張居正とその改革/反動/浪費/「三大征」/「私物化」体制/「面白くない」明朝史
第V章 挫折する近代――明
9 王陽明――「異端」者の風景
朱子学と「挙業」/士大夫の変貌/江南と郷紳/行動様式/前提としての朱子学/出自/前半生/転変/後半生/立場/心学/社会の動向/「読書」から「講学」へ/拡大の果てに
10 李卓吾――「儒教の叛逆者」
陽明学の左派/泰州学派/李卓吾の履歴/著述生活/異端の姿勢/「童心」/権威主義との対決/過激な史論/迫害/「近代思惟」の挫折/顧炎武の漢学/後継
第VI章 甦る近代の変革――清末民国
11 康有為――不易の思想家
明清交代/沈滞/漢学の堕落/公羊学/南海の秀才/変法/「国是の詔」/主従の焦慮/政変/独善の思想家/孔教の創始/終焉
12 梁啓超――「彷徨模索」した知識人
康有為への師事/窮地/日本への亡命/「思想が一変」/「中国」/「新民」の創出/アメリカでの転身/革命派との論戦/祖国への帰還/民国の追求/晩年の自己批判/歿後
おわりに――あらためて「中華帝国」と「悪党たち」
輩出する「悪党たち」/「一国二制度」と「一つの中国」/「帝国」という多元社会/「帝国」と日本
あとがき
参考文献

書誌情報

読み仮名 アクトウタチノチュウカテイコク
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 Foresightから生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 352ページ
ISBN 978-4-10-603888-4
C-CODE 0320
ジャンル 世界史
定価 1,870円
電子書籍 価格 1,870円
電子書籍 配信開始日 2022/08/25

書評

「悪党」たちへのレクイエム

阿南友亮

 二千年以上の歴史を積み重ねた中華帝国に巣くっていた悪党どもを挙げるとすればきりがない。悪事のスケールも桁違いだ。十万を超える兵士を生き埋めにした悪党もいれば、帝国の歳入の数年分に相当する富を汚職で貯め込んだ悪党もいる。「悪党特集を世に出すからには、さぞかし凄まじい猟奇話やおぞましい怪人が披露されるのだろう」と野卑な妄想を膨らませて、本書の「悪党」名簿に目を通した。
 意外にも日本では一角の人物と評されてきた面々が名を連ねている。もうこの時点ですでに著者に一本取られている。なるほど、文中で悪党に「 」が付いているのはそういうことか。
 本書には、正真正銘の悪党も登場するが、経世済民の志に燃え、高い資質を兼ね備えた人物も「悪党」として登場する。本書は、今日の我々の通念に照らせば決して悪事を働いたとはみなされないような人物たちが、なぜ中国の歴史書では「悪党」の烙印を押されたのかを解説し、彼らの行状について再審をおこなっている。無念さを抱えてあの世を彷徨っている「悪党」たちの魂を鎮める書ともいえよう。
 著者がスポットライトをあてている「悪党」の多くは、学者、もっと詳しくいえば、儒教の四書五経に精通し、科挙(官僚の登用試験)に合格した文化・政治エリートだった。学者と官僚という二つの顔を併せ持った彼らは、儒教の解釈あるいは帝国運営の実務に深く関わり、学術や政治に大きな痕跡を残したが、同時代あるいは後代の学者から「悪党」のレッテルを貼られ、死後もそうした歴史的評価に嘖まれ続けた。
 本書は、世界帝国の風格を帯びるようになったと著者が認定する唐代から清末にいたる中華帝国の歴史をひもときつつ、それぞれの時代を象徴する「悪党」たちの波乱に満ちた生涯を描いている。一千年以上の歴史を網羅した三百ページをこえる大著だが、著者の卓越した文章力のおかげで、読者は船で川下りをしながら両岸に連なる見事な景観を眺めるような気分を味わえる。
 その気分を不用意に害さないためにも、ここでその景観を細かく紹介することは避けたい。ただ、一足先に川下りをした者の感想を述べれば、一千年以上にわたって「悪党」が改革、すなわち政治改革や思想改革と結びつけられてきたという著者の議論は、現代の中国を考えるうえでも示唆に富むと感じた。
 中華帝国における政治改革の旗手といえば、まず思い浮かぶのは宋代の王安石だろう。日本の高校の世界史でも言及されるほどのビッグネームである。この王安石も本書では「悪党」とされていることに少なからぬ読者が驚かされるに違いない。
 ところが、中華帝国の歴史書においては、大がかりな改革を推進した人物たちに「悪」のレッテルが貼られてきたのである。このような業績評価には、儒教とその担い手たちの事情が深くかかわっていた。
 そもそも戦乱を克服するために上下関係に重きを置く秩序の構築と維持の必要性を説く儒教の世界においては、既存の秩序こそが至上の「善」であり、その秩序に手を加えようとする動きはアレルギー反応を招きやすい。また、秩序の改革は、往々にして帝国の実務と精神世界を担う文化・政治エリートの地位と既得権益にまで延焼した。自分たちこそが社会的・道徳的秩序の主柱であると自負するエリートたちにとってそれは許されない暴挙であり、擾乱を招いた改革者たちを「悪党」として歴史書に記録するのが通例となった。王安石もこのようにして「悪党」にされてしまったのである。
 本書を読んでいた際に思い浮かんだのが、1970年代末に導入された「改革・開放」政策の旗振り役となった胡耀邦と趙紫陽だった。この二人は相次いで中国共産党の総書記となり、党の権限や党幹部の特権に制限を加えようと奮闘し、民衆から支持・敬慕されたが、既得権益にしがみつく党内の長老たちから嫌悪され、どちらも「悪党」として失脚に追い込まれた。彼らの政治改革の試みは、今なお中華人民共和国の歴史においてタブー視されている。
 要するに、現代中国においても改革を志向する者は「悪党」扱いされてきたのであり、その点で中華帝国と大きな差はないのだ。
 かつて福沢諭吉は、中華帝国を指して「とかく改革の下手なる国」と評した。本書を読めば、なぜ「改革の下手なる国」なのかがよくわかる。今日の中国では、革命をつうじて埋葬されたはずの儒教の亡骸が掘り起こされ、帝国時代の皇帝のごとく一人の人間に権力と権威が集中する仕組みも蘇りつつある。そのようなタイミングで本書が世に出された意義は大きい。

(あなみ・ゆうすけ 東北大学教授)
波 2022年9月号より

著者プロフィール

岡本隆司

オカモト・タカシ

1965年、京都市生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。博士(文学)。宮崎大学助教授を経て、2022年8月現在、京都府立大学教授。専攻は東洋史・近代アジア史。著書に『近代中国と海関』(大平正芳記念賞受賞)、『属国と自主のあいだ』(サントリー学芸賞受賞)、『中国の誕生』(樫山純三賞、アジア・太平洋賞特別賞受賞)、『李鴻章』『袁世凱』『曾国藩』『中国の論理』『明代とは何か』『君主号の世界史』など多数。

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