ホーム > 書籍詳細:沖縄県知事―その人生と思想―

沖縄県知事―その人生と思想―

野添文彬/著

1,760円(税込)

発売日:2022/09/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

生身の知事から、まったく新しい沖縄現代史が見えてくる!

「基地か経済か」「政府との対立か協調か」――沖縄は常にこの二分法で語られてきた。しかし歴代の県知事たちは、保守であっても時に首相を鋭く批判し、革新であってもしばしば官邸と協力した。屋良朝苗、西銘順治から翁長雄志、玉城デニーまで8人の肉声から、単純化された保革対立では見えない沖縄問題の深層を読み解く。

目次
はじめに
「仕事の七割以上が基地問題」?/なぜ沖縄県知事に注目するのか/知事の人生から見えてくる新たな沖縄現代史
第一章 屋良朝苗――眉間の縦ジワが示したもの
復帰当日の三つのイベント
1.屋良天皇と呼ばれた男
「外地から引き揚げて何がわかる」/教員から復帰運動の指導者へ/保革対立の始まり
2.「即時無条件全面返還」の衝撃
初の公選による行政主席/佐藤栄作首相との関係構築/二・四ゼネスト回避の波紋
3.「復帰は迎えねばならぬ」
二つの「核抜き・本土並み」/「基地問題とそれ以外」の縦割り/革新と政府の狭間で修正した建議書
4.琉球政府から沖縄県へ
「米軍には去ってもらい度いものだ」/「母乳論」と沖縄振興開発計画/軽視のきざし/復帰は「解決」だったのか
第二章 平良幸市――「土着の人」はなぜ倒れたか
沖縄の「交通革命」の渦中で
1.「己のみ生きながらえて」
さまよった南部戦線/荒れ果てた郷里の再建
2.沖縄社会大衆党
戦前からの沖縄エリートたち/繰り返される分裂/キャラウェイが最も印象に残った政治家
3.「日米安保、空白」の四日間
旧友・安里積千代との対決/日本政府による「不法占拠」/倒れた土着の人/革新の「最後の切り札」
第三章 西銘順治――沖縄の「保守」とは何か
「ヤマトンチューになり切れない心」
1.ディズレーリに憧れて
与那国からパラオ、那覇、東京へ/沖縄ヘラルド社/階級政党から国民政党に
2.沖縄保守のドン
沖縄自由民主党結成/日米琉協調路線/「イモ・ハダシ」論の敗北
3.交渉のカード
自民党田中派/三者協議機関設置と自衛官募集/「へたに動くな」
4.国際秩序の変化
訪米して基地問題を訴える/首里城再建/冷戦終結で沖縄は/「防衛庁長官になりたい」
第四章 大田昌秀――「学者知事」の理想と躓き
戦後五〇年目の県民大会
1.鉄血勤皇隊からの米国留学
「生き延びたら英語を」/密航船で運ばれた憲法/沖縄を代表する論客に
2.変化への期待
湾岸危機下の県知事選/三次振計での「撤去」攻防/「平和の礎」と沖縄県公文書館
3.「もうやるしかない」
ナイ・レポート/少女暴行事件の衝撃/普天間飛行場返還合意の食い違い/経済振興は何とセットか/迷走の始まり/沖縄と日本の「自己変革」とは
第五章 稲嶺惠一――「魚より釣り具」を求めた経済人
「沖縄ブーム」とその陰で
1.「財界人・稲嶺一郎の子」として
魚雷攻撃で沈んだ客船/沖縄経済界の次世代リーダーたち/稲盛和夫らとの交流
2.小渕政権との「あうんの呼吸」
「県政不況」を批判しつつ/本土政治家の沖縄サミットへの思い/辺野古移設の条件付き受け入れ/沖縄振興計画という「代償」
3.変質する自民党
ヘリ墜落事件時、小泉首相は/水泡に帰した閣議決定/日本本土―沖縄関係の変容
第六章 仲井眞弘多――元官僚が目指した沖縄の「自立」
「いい正月になる」発言の真意
1.標準語しか話さない通産官僚
必死で覚えたウチナーグチ/本土企業との合併ではなく/依存型経済からの脱却
2.基地問題の「別のやり方」
普天間「三年で閉鎖」の公約/守屋事務次官と小池百合子
3.「最低でも県外」発言以後
「沖縄を弄んだ」鳩山政権/沖縄が自ら振興計画を立案する/軍事的には沖縄でなくてもよいが/菅官房長官との密談/告発か、交渉か
第七章 翁長雄志――なぜ保守が「オール沖縄」を作ったのか
最期の記者会見
1.保守政治家の一家
米軍に立ち向かった父/「県民投票は踏み絵」/本土より早い自公体制
2.日本への思いと歴史認識
保革対立を乗り越える/幻の硫黄島移設案/全市町村長が署名した建白書
3.基地問題の「原点」は
「オール沖縄」の鍵は経済界/「歴史を持ち出されたら困りますよ」/アジア経済戦略構想/翁長の死/沖縄を一つにした知事
第八章 玉城デニー――「戦後沖縄の象徴」となった異色の知事
翁長雄志の「遺言」テープ
1.基地の街で育った少年
二人の母/「デニス」から「康裕」に
2.デニーショック
ライブの打ち上げ司会から/沖縄市議選での圧勝/小沢一郎とともに
3.弔い合戦、その後
「勝てる」候補者/裁判では解決しませんよ/揺らぐ辺野古、揺らぐ「オール沖縄」/復帰五〇年目の宿痾
おわりに
「割り切っても割り切れない」沖縄政治/沖縄県知事たちの葛藤/日本政府と沖縄県の対立の背景とは/今後の展望
謝辞

書誌情報

読み仮名 オキナワケンチジソノジンセイトシソウ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 Foresightから生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-603889-1
C-CODE 0331
ジャンル 政治
定価 1,760円
電子書籍 価格 1,760円
電子書籍 配信開始日 2022/09/22

書評

沖縄の知事にしかわからない重く複雑な思い

松原耕二

 五年前の夏、大田昌秀元知事の通夜にかけつけた翁長雄志知事は、冷たくなった額に手をあてて語りかけたという。
 ふたりは1990年代を通して、激しく敵対した。当時の大田知事は革新陣営に支えられ、相対する翁長氏は保守のど真ん中である自民党沖縄県連の幹事長だった。翁長氏の追及ぶりは、今も議会関係者の語り草になっているほどだ。
「大田さんの額に触れて、どんな言葉をかけたんですか」
 私が尋ねると、翁長氏は少し考えてから口を開いた。
「心の中で言わせてもらったのは、大田さんの思いを私もしっかり持っていますと。うちなーんちゅのそういった気持ちをいかにして政治の場で実現できるか、がんばっていきたいと思います」
 そして、こう語りかけたという。
「見守ってください」
 かつて普天間基地の辺野古移設を推進していた翁長氏は後にその立場を変え、大田氏と同じように政府と対立していた。そのことが大田氏への理解を深めたのかもしれない。
 いや、それだけではない。そう思わせたのは、さらなる翁長氏の言葉だった。自分が発する言葉が、かつて敵対していた大田氏とよく似ていることに気づくというのだ。
 1995年に起きた米兵による少女暴行事件のあとの県民大会で、当時の大田知事は「少女の尊厳が守れなかったことを心から詫びたい」と語りかけた。そして後に知事になった翁長氏は、2016年にうるま市で起きた、やはり元海兵隊員で米軍属の男による暴行殺人事件のあと献花に訪れ、「守れなくてごめんなさい」と頭を下げている。
 保守であれ、革新であれ、沖縄県知事をやった人間でなければわからない重く複雑な思いがあるのだろう。だからこそ翁長氏はかつての立場を超えて、亡くなった大田氏に「見守ってほしい」と声をかけたのだ。翁長知事はその翌年、政府との対立を深めたまますい臓ガンで後を追う。

 野添文彬氏の『沖縄県知事―その人生と思想―』は、沖縄県知事がどんな存在であるか、その輪郭をくっきりと描き出す。戦後の八人の知事は保守であれ、革新であれ、宿命的に沖縄ならではのふたつの重い荷物を背負う。ひとつは「基地問題」、もうひとつは「経済振興」だ。
 沖縄からすれば、望んでもいないのに過重な米軍基地が置かれ、望んでもいないのに戦後、日本から切り離され、高度成長から取り残されたのだ。ふたつの問題を解決するために中央政府が全力を尽くすのは当然、と考えるだろう。
 ところが現実にはそうはならない。基地問題で政府の呑めない要求を突きつければ、経済振興の補助金の額を減らされ、より多くの補助金を求めれば、基地問題で我慢を強いられる。時に政府側はあからさまにそのふたつをリンクさせて脅しに使い、沖縄側も背に腹は代えられず、基地をカードとして使っていく。
 八人の知事たちがそのバランスをどう取るか、もがき、悩み苦しむ様を、野添氏は共感を持って描いていく。知事とてひとりの県民、沖縄戦やアメリカ支配の苦悩と無縁の人などいない。だからこそ苦しみ抜くのだ。県民のひとりひとりが持つべき人権を守るのか、それとも目の前の生活を守るのか。
 そしてそのバランスが崩れると、容赦なく振り子が振れる。革新が続くと保守に知事を任せ、その県政が揺らぐと再び革新の知事に未来を託す。でも結局は、保守も革新も登り方が違うだけで、目指している山頂は同じなのではないか。野添氏の描く、ひとりひとりの知事の生い立ちや葛藤を読んでいるうち、そう思えてくる。
 さらに戦前戦後、本土に振り回され続けてきた結果の「基地問題」と「経済振興」なのに、なぜ沖縄の知事たちが、そのバランスの中でもがき苦しまなければならないのか。沖縄への思いが薄れている、中央の政治家たちの言動に触れるたび、その思いを強くする。

 八人のうち私は四人の知事にインタビューする機会を得たが、亡くなった翁長氏のこの言葉が、沖縄県知事の本質を射抜いているように思える。
「知事というのは県民のお父さんですから」
 歴史の記憶が織りなす複雑な感情を持つ県民を束ねるには、父性や母性のような、包み込むような大きさこそ求められるのかもしれない。そしてだからこそ、沖縄県知事は行政の長という言葉では括りきれない、特別な存在なのだ。今後、若い世代の意識の変化、さらには台頭する中国の脅威の中で、県民たちはどんな知事像を求めるのだろうか。
 読み終えて思う。この本は戦後の沖縄の映し鏡だ。しかしそれだけではない。同時に、日本とはどんな国かを、残酷なまでに映し出していると。

(まつばら・こうじ ジャーナリスト)
波 2022年10月号より

著者プロフィール

野添文彬

ノゾエ・フミアキ

1984年生まれ、滋賀県出身。沖縄国際大学法学部地域行政学科准教授。一橋大学経済学部卒業後、同大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門は国際政治学、日本外交史、沖縄基地問題。主な著書に『沖縄返還後の日米安保 米軍基地をめぐる相克』(吉川弘文館、2016年/沖縄協会沖縄研究奨励賞、日本防衛学会猪木正道賞奨励賞受賞)、『沖縄米軍基地全史』(同、2020年)がある。

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

野添文彬
登録
政治
登録

書籍の分類