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貴族とは何か―ノブレス・オブリージュの光と影―

君塚直隆/著

1,925円(税込)

発売日:2023/01/25

  • 書籍
  • 電子書籍あり

貴族の世界史から「高貴なるものの責務」を問い直す。

不当な特権と財産を有し、豪奢で享楽的な生活を送る怠け者たち――このような負のイメージは貴族の一面を切り取ったものに過ぎない。古代ギリシャから現代イギリスまで、古今東西の貴族の歴史を丁寧に辿り、いかに貴族階級が形成され、彼らがどのような社会的役割を担い、なぜ多くの国で衰退していったのかを解き明かす。

目次
はじめに
第一章 「貴族」の形成――「徳」を備えた貴族たち
1 古代ギリシャの貴族たち
貴族とは何か/プラトンの「貴族政治」/アリストテレスの「貴族政治」/現実の古代ギリシャ世界/アテナイの貴族政治/直接民主政治の弊害/古代ギリシャ貴族の限界
2 古代ローマの貴族たち
ギリシャとローマの違い/キケロが見た「貴族政治」/パトリキとプレブスの対決/ノビレスの登場/帝政ローマの貴族たち/帝政末期の変革/ローマ帝国崩壊後の諸侯たち
3 古代中国の貴族たち
古代中国における「貴族」の登場/五等爵の定着と「徳」の重視/九品官人法の成立/「科挙」の登場――貴族制度への葬送曲/六朝貴族の特質とは/貴族政治から君主独裁政治へ
第二章 ヨーロッパにおける貴族の興亡――中世から近代まで
1 中世貴族の確立
貴族なくして君主なし/カール大帝と帝国貴族層の創設/五等爵の登場
2 ヨーロッパ貴族の責務――戦士貴族、領主貴族、官僚貴族
軍役こそ最高の責務――戦士貴族の登場/領域的支配圏の確立――領主貴族へ/新たなる貴族層の登場――官僚貴族
3 ヨーロッパ貴族の特権
貴族特権の背景/身分による特権/領主権/責務の少ない貴族たち?
4 「徳」による統治の系譜――貴族の理想像とは
アウグスティヌスと「神の国」/ソールズベリのジョン――「君主の鑑」の系譜/トマス・アクィナスとキリスト教的な徳の極致/マキャヴェッリの登場――「徳」による統治の否定/エラスムスによる「徳」の重視――キリスト者の君主の教育/トマス・モアの『ユートピア』
5 貴族が築いた文化の数々
芸術とスポーツの発展/雇用創出者としての貴族たち/礼儀作法の確立/外交――貴族文化の集大成
6 貴族たちのたそがれ――革命のはてに
フランス貴族層の衰退/啓蒙思想の普及――「徳」から離れていく貴族たち/フランス貴族の没落――革命への道/滅びゆくヨーロッパの貴族たち
第三章 イギリス貴族の源流と伝統――現代に生き残った貴族たち
1 地主貴族階級の形成
特権より権力の担い手に/王の遠征と「議会」の成長/爵位貴族の登場/ジェントリの形成/イギリス貴族の財政基盤/産業革命を活用した貴族たち/「徳」を備えた貴族たち
2 議会政貴族の柔軟な姿勢
議会政治の担い手として/理想としての議会政貴族/一九世紀の諸改革――グレイ伯爵の真意/国家の利益を重視したピール/ソールズベリ侯爵の貴族論
3 イギリス貴族のたそがれ――大衆民主政治の時代へ
地主貴族階級の没落/第一次世界大戦の衝撃/新たなる貴族たちの参入/さらなる大戦と貴族世界の溶解
4 イギリス貴族院の現代的意義
貴族院のあゆみ/バジョットの貴族院論/貴族院衰亡の予兆――二つの議会法/一代貴族の登場/さらなる刷新――一九六三年の議会法/世襲貴族排除の動き――ブレアによる改革/新たなる「貴族像」の模索――二一世紀の貴族とは
第四章 日本の「貴族」たち
1 華族の誕生
日本版の「英国貴族」をめざして?/日本における「貴族」とは?/「平安貴族」の栄枯盛衰/明治維新と華族制の導入/華族令の制定――岩倉と伊藤の対立/五等爵の選定と華族内の不協和音/華族の特権と義務/華族たちの財政基盤/軍務からの解放と軍功華族の参入/吉野作造の華族批判
2 貴族院の光と影
創設までの道程/貴族院議員の構成/貴族院議員の本分とは/貴族院の現実――会派政治のなかで/貴族院改革の声/近衛文麿の「貴族院論」/大戦下の貴族院と廃止への道/日本的な「貴族」の衰亡?
3 現代日本に必要な「貴族」とは?
参議院の形成/参議院は強いのか、弱いのか?/「ねじれ」国会の弊害/「理の府」としての第二院/参議院改革の可能性/武士道から平民道へ/ひとりひとりが「貴族」となる時代へ
おわりに

書誌情報

読み仮名 キゾクトハナニカノブレスオブリージュノヒカリトカゲ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 296ページ
ISBN 978-4-10-603894-5
C-CODE 0320
ジャンル 歴史読み物、歴史・地理・旅行記
定価 1,925円
電子書籍 価格 1,760円
電子書籍 配信開始日 2023/01/25

書評

「貴族」への偏見を揺さぶる一冊

宇野重規

 2022年9月に行われた英国のエリザベス女王の国葬は、あらためて「君主」や「貴族」の存在について考える機会になったのではないか。もちろん、21世紀の今日、それらはさすがに時代遅れの存在であり、民主主義社会の根本原則にそぐわないという意見もあるだろう。とはいえ、葬儀の極めて厳粛な雰囲気には英国の歴史的伝統の厚みを感じたし、国王としての責務に捧げた女王の生涯に独特な感動を覚えたという人も少なくないはずだ。
 英国という現代国家が、どう考えても時代にそぐわないように見える制度を後生大事に維持していることには、何か深いわけがあるのではないか。ひょっとしたら、それは遠い日本にとっても示唆するものを持つのではないか。そう思った人はぜひ本書を手に取ってほしい。
 特に重要なのは、英国君主制の研究者として知られる著者が、本書ではさらに「貴族とは何か」という問題に挑戦していることである。当然、「貴族」という言葉に反発を覚える人もいるかもしれない。「(立憲)君主」はともかく、いくら何でも「貴族」には現代的意味はないだろう。仮に歴史学的な意味はあるとしても、それ以上に私たちにとって関心を呼ぶものではないはずだ。しかしながら、そのような偏見は、この本を最後まで読めば、大きく揺さぶられることになるかもしれない。
 本書は「貴族」について古代ギリシア・ローマ、古代中国、中世ヨーロッパと歴史的に展望していくが、やはり読みどころは、18世紀以降の英国貴族である。フランス革命をはじめ他のヨーロッパ諸国の貴族制が次々と倒れていったのに対し、不思議なことに、英国貴族だけは単に生き延びただけでなく、むしろ政治的・社会的に大きな役割を果たしたのである。
 本書で描かれるように、英国議会政治の担い手は、グレイ、ピール、ソールズベリなど貴族の出身者が目立った。彼ら英国貴族は民主主義の敵として革命に葬られるのではなく、むしろ議会制や政党政治に適応し、さらにはそのリーダーシップすら握った。
 フランスの貴族であり、『アメリカのデモクラシー』や『旧体制と革命』の著者であるトクヴィルは興味深い証言をしている。彼によれば、フランス貴族と違い、英国の貴族は民主的階級の敵として憎まれるのではなく、むしろ民主的階級を代表して議会を拠点に国王に対抗した。絶対王権によって政治的機能を奪われる一方、特権者階級としては存続して人々の憎しみを買ったフランス貴族に対し、英国貴族は地域では治安判事などの公職を担い、さらに貴族院議員として国政でも活躍したのである。
 ある意味で、英国の貴族階級は、自らの独立性を維持することで、国王やその政府と民衆を媒介しつつ、英国政治の安定と改革に寄与したと言えるかもしれない。「貴族」という民主主義と相容れない存在が、むしろ近代国家の民主化を促進し、円滑化したという逆説を、フランス革命で打撃を受けた貴族階級の出身であるトクヴィルだけに強く感じたに違いない。
 ちなみに、英国貴族がその子弟の教育の場として、パブリック・スクールを重視したこともよく知られている。そこではギリシア・ローマの古典教育に力点が置かれる一方、ラグビーやサッカーなどの集団的スポーツが重視された。そのねらいは、大英帝国の発展に貢献する公共的精神を持つ人材の養成にあった。英国において貴族とは、単に爵位や財産を世襲するだけの寄食的存在ではなく、むしろその高貴なる地位ゆえの責務(ノブレス・オブリージュ)を担う存在であることを期待された。
 実際、第一次世界大戦において、貴族出身の将校の死亡率は一般の兵士と比べて著しく高かったという。貴族とその子弟は実に五人に一人が命を失った。このことが相続税と相まって英国における貴族の没落をもたらしたのである。
 日本の貴族についての章も重要である。伊藤博文らは、ヨーロッパ、特に英国の貴族制を念頭に、同様な役割を果たす貴族制度を導入した(興味深いことに福沢諭吉もまた、同様の構想を抱いた)。しかしながら、公家や旧藩主、さらに明治維新の功労者から成る日本の「貴族」たちは自立した財産を持たず、むしろその内部での対立により、「皇室の藩屏」として期待された役割を果たすことはなかった。そのような貴族院に代わった戦後の参議院についての考察も、本書の注目すべき寄与である。
 民主的社会において、通常の利益政治から独立し、「徳」と公共精神を持った社会的集団を持つことは不可能なのか。このことを考えるためにも有益な一冊である。

(うの・しげき 東京大学教授)
波 2023年2月号より

著者プロフィール

君塚直隆

キミヅカ・ナオタカ

1967(昭和42)年東京都生まれ。関東学院大学国際文化学部教授。専攻はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。著書に『立憲君主制の現在』(サントリー学芸賞受賞)、『悪党たちの大英帝国』『ヴィクトリア女王』『物語 イギリスの歴史』『貴族とは何か』他多数。

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