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ごまかさないクラシック音楽

岡田暁生/著 、片山杜秀/著

2,090円(税込)

発売日:2023/05/25

  • 書籍
  • 電子書籍あり

美しい旋律に隠された「危険な本音」とは――?

バッハ以前はなぜ「クラシック」ではないのか? ハイドンが学んだ「イギリス趣味」とは何か? モーツァルトが20世紀を先取りできた理由とは? ベートーヴェンは「株式会社の創業社長」? ショパンの「3分間」もワーグナーの「3時間」も根は同じ? 古楽から現代音楽まで、「名曲の魔力」を学び直せる最強の入門書。

目次
はじめに――岡田暁生
序章 バッハ以前の一千年はどこに行ったのか
「クラシック音楽」とは何なのか/冷めた目で音楽史を眺める/世界市民化プロジェクト/クラシックと帝国主義/「バッハ以前」のほうがいい?/環境化する音楽/「ECM」レーベルが象徴するもの
第一章 バッハは「音楽の父」か
「神に奉納される音楽」/「表現する音楽」の始まり/音楽の自由と検閲/なぜバッハは「音楽の父」になった?/バッハと靖國神社?/バッハと占星術?/バッハとプロテスタント/《マタイ受難曲》の異様さ/恐るべし、音楽布教/バッハの本質は「コンポジション」/バッハは「おもしろい」vsショパンは「好き」/グールドと《ゴルトベルク変奏曲》/グールドとランダム再生/ポスト・モダンを先取りしていたバッハ?/『惑星ソラリス』におけるバッハ/バッハが辿り着いた「超近代」
第二章 ウィーン古典派と音楽の近代 ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン
1.ハイドン
エステルハージ時代のハイドン/ハイドンのロンドン旅行/クラシック音楽における「イギリス趣味」/イギリスとロシアの共通分母/イギリス人の合唱好き/《God Save the King/Queen》と《ラ・マルセイエーズ》/音楽と金づる/イギリス人の作曲家たち
2.モーツァルト
モーツァルトの浮遊感と根無し草/「核家族」で育ったモーツァルト/小林秀雄の『モオツァルト』
3.ベートーヴェン
天才とバカのあいだ?/ガサツな田舎者?/「ベートーヴェン株式会社」の創業社長/ベートーヴェンと世界平和を祈る音楽/中国で《第九》が禁止?/ベートーヴェンと右肩上がりの時代の音楽/それでもやっぱりベートーヴェンはすごい……/「坂の上の雲」とベートーヴェン/ベートーヴェンと人類の終わり/映画におけるベートーヴェン/『時計じかけのオレンジ』のベートーヴェン/ポスト・ベートーヴェン/年末に《第九》の代わりに何を聴くか
第三章 ロマン派というブラックホール
1.ロマン派とは何か
ロマン派は一括りにできるのか/ロマン派の世代整理/ベートーヴェンはロマン派の開祖なのか/ベルリオーズと吹奏楽/ロマン派と軍隊音楽/観光音楽としてのロマン派/コンサートホールの登場/インテリのための室内楽?/音楽批評の誕生
2.ロマン派と「近代」
ロマン派と「愛」/ロマンチック・ラブは資本主義が生んだ/「女・子ども」で成功したショパン/「人間は三分間しか音楽を聴けない」/ロマン派と制限選挙の時代/哀しき「民族派」の宿命/ロシア五人組のエキゾチシズム/帝国主義と民族派/フランスの民族派?
3.ワーグナーのどこがすごいのか
ワーグナーの「三時間文化」/ワーグナーとエクスタシー/ワーグナーとマイアベーアの違い/SPからLPへ/ワーグナーのアンチグローバリズム/ワーグナーのすごさ/《指環》と『資本論』/ワーグナーとYouTube/ポスト・ワーグナーの戦略/「壊れて」いくロマン派/マーラーとサブカル?/遅ればせながらブルックナーについて
第四章 クラシック音楽の終焉?
1.第二次世界大戦までのクラシック音楽
「西洋音楽史」の見直し/「ユーラシア」の視点から考える/ユダヤ系アメリカ移民の「芸」/ネフスキーとプーチン/「西欧的価値」へのルサンチマン?/第一次世界大戦と「クラシックの時代」の終焉/《春の祭典》とともに第一次世界大戦は始まっていた?/民族派のチャンスとバルトーク/交響曲の終わり/ショスタコーヴィチと全体主義/ロシア音楽とミリタリー/ロシアとアメリカ/東欧ユダヤ系移民がつくったアメリカ音楽?/一九二〇年代とジャズ・エイジ
2.第二次世界大戦後のクラシック音楽
アヴァンギャルドの時代/前衛芸術家がスターだった頃/シンセサイザーの登場/「砂の器」の前衛音楽批判/前衛音楽家たちの戦争体験/自由主義vs社会主義/体制側で生き抜いたフレンニコフ/これがソ連全体主義的名曲だ!?/社会主義的リアリズムは「無葛藤」/ショスタコーヴィチの「殲滅と死」の音楽/前衛の斜陽とミニマル・ミュージック/不毛の三〇年?/ビッグネームの消滅とゾンビ化/アヴァンギャルドは「現実のカタストロフへの前座」?/ミニマル・ミュージックと古楽の先はあるのか/ストリーミング配信で変わったこと/これからのクラシック音楽をどう聴くか/ ベートーヴェン《第九》vsショスタコーヴィチ《第五》
おわりに――片山杜秀
人名索引

書誌情報

読み仮名 ゴマカサナイクラシックオンガク
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 352ページ
ISBN 978-4-10-603896-9
C-CODE 0373
ジャンル 音楽
定価 2,090円
電子書籍 価格 2,090円
電子書籍 配信開始日 2023/05/25

インタビュー/対談/エッセイ

名曲の聴き方がガラリと変わる!

岡田暁生片山杜秀

バッハは「怖い」

岡田 片山さんとは、これまでもクラシック音楽について様々な機会で話してきたけど、今回ほどじっくり話したのは初めてだよね。

片山 なにしろ1回3時間以上の対談を6回もやりましたからね。合計では優に20時間を超えているでしょう。1冊の本を作るだけなら、その半分もあれば十分なのに(笑)。しかも、初っ端から岡田さんが「バッハ以前の一千年はどこに行ったのか」なんて言い出したものだから、バッハの話に入る前に20ページ以上も費やしてしまって……。

岡田 だって「ごまかさないクラシック音楽」と銘打つ以上、そもそもバッハ以前がなぜ「クラシック音楽」ではなく「古楽」というジャンルで扱われるのかという謎は、避けては通れないものでしょう。

片山 たしかに、かつての古楽が現代のミニマル・ミュージックとして再び聴かれるようになっていると考えれば、「クラシック音楽とは何だったのか」を考える上で非常に重要なポイントなので、最初に話せて良かったです。
 ただ、その分バッハの話を短く切り上げなくてはいけなかったのに、これがまた盛り上がってしまって……。

岡田 バッハと言えば「音楽の父」と呼ばれ、敬虔とか調和とか荘重の極致といったイメージがあります。しかし、私は昔から彼ほど「本当は怖い」作曲家はいないと考えていて、その点をぜひ読者の方々に知ってほしいと思ったのです。

片山 バッハの曲にはプロテスタントの過剰な宗教的戦闘性が込められているという話ですよね。その最たる例である《マタイ受難曲》が、なぜか非キリスト教国の日本でしょっちゅう演奏され、聴いている方もそれを疑問に思わない。これはちょっと怖い話です。

岡田 それに加えて、グールドがモスクワで《ゴルトベルク変奏曲》を「ランダム再生」で弾いた意味、タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」でのバッハの曲の使われ方についても、ぜひ議論したいと思っていたので、話せて良かったです。バッハこそは「超近代」の作曲家だという結論は、読者も納得してくれるのではないかと思います。

ワーグナーは「危ない」

片山 続くウィーン古典派の章では、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの3人について話しました。でも、ハイドンのところで、いきなり「イギリス趣味」の話に脱線して……(笑)。

岡田 なぜイギリス人はプロムス(ロンドンで毎夏開催されるクラシック・コンサート)でエルガーの《威風堂々》にあんなに熱狂するのか。「イギリス趣味」を解き明かすことで、その後のクラシック音楽史はかなり理解できるので、あそこで話をしておきたかった。

片山 たしかにハイドンがイギリスで成功したことは、ベートーヴェンを経由して、続くロマン派にも大きな影響を与えていますね。大衆化、資本主義、ナショナリズム……いずれもロマン派を読み解くキーワードでした。
 ロマン派についても、シューベルトやベルリオーズから、シューマンやショパンを経由して、マーラーやブルックナーまで話をしましたが、私が一番驚いたのは、岡田さんがコロナ禍の巣ごもり中に「ワグネリアン」に“転向”してしまったことです(笑)。

岡田 いや、ちょっとだけですよ(笑)。毎日15分、イタリアの名指揮者サバタが振るワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》を、歌詞とスコアを手元に置いてYouTubeで鑑賞するという試みを始めたら、すっかりハマってしまって……。

片山 バッハと同様、ワーグナーもプロテスタント牧師の説教のような“洗脳効果”がある。コロナ禍のような厳しい時期に「愛は地球を救います」なんて大音量で延々と聴かされると、ついコロリと転向してしまう。非常に危険ですね(笑)。

ショスタコは「ミリオタ」

岡田 最後の章では、20世紀から21世紀にかけてのクラシック音楽について話しました。ロシアによるウクライナ侵攻が起きたことを受けて、これまでのような西欧目線ではなく、いわゆる「ユーラシア主義」の視点から音楽史を語り直すとどうなるかという試みもできたことで、類書にはない新たな議論をたくさん盛り込むことができたと思います。
 それにしても片山さんは、ロシアをはじめとする非西欧の音楽にただならぬ共感がありますよね。私のような西欧の価値観を内面化させてしまっている人間からすると、片山さんの“反西欧主義者”ぶりに、あらためて驚かされました。

片山 誤解を招く言い方はやめて下さい(笑)。私は決して“プーチン支持”ではありませんので。
 ただ、音楽的には、どうしてもショスタコーヴィチのような全体主義的な響きのある曲に惹かれてしまうのは事実です。

岡田 実生活では人とつるむのが苦手な片山さんが、音楽になると集団主義的になってしまうというのが面白い。

片山 本で述べたように、私の中にあるミリタリー・オタク(軍事オタク)的な部分が反応してしまうんだと思います。それこそ幼稚園の頃から「日本海大海戦」とか「トラ・トラ・トラ!」とかの戦争映画に熱中していましたから。ショスタコでも代表作の《五番》よりも、レニングラード攻防戦をテーマにした《七番》の方に強く惹かれます。

岡田 片山さんの話を聞いて、これまでショスタコーヴィチを西側の理想に引き付けて理解しようとし過ぎていたのではないかと反省しました。今回の対談のおかげで、私のクラシック音楽史観も大きく更新されたように思います。ぜひ多くの方に読んで欲しいですね。

(おかだ・あけお 京都大学教授)
(かたやま・もりひで 慶應義塾大学教授)
波 2023年6月号より

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著者プロフィール

岡田暁生

オカダ・アケオ

1960年、京都市生まれ。音楽学者。大阪大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。京都大学人文科学研究所教授。『オペラの運命』でサントリー学芸賞、『ピアニストになりたい!』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、『音楽の聴き方』で吉田秀和賞、『音楽の危機』で小林秀雄賞受賞。著書に『オペラの終焉』、『西洋音楽史』、『モーツァルトのオペラ 「愛」の発見』など多数。  

片山杜秀

カタヤマ・モリヒデ

1963年宮城県仙台市生まれ。政治思想史研究者、音楽評論家。慶應義塾大学法学部教授。慶應義塾大学法学部政治学科卒業、同大大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。大学院時代からライター生活に入り、『週刊SPA!』で1994年から2003年まで続いたコラム「ヤブを睨む」は『ゴジラと日の丸――片山杜秀の「ヤブを睨む」コラム大全』(文藝春秋)として単行本化。主な著書に『音盤考現学』『音盤博物誌』(アルテスパブリッシング 吉田秀和賞・サントリー学芸賞)、『未完のファシズム――「持たざる国」日本の運命』(新潮社 司馬遼太郎賞)、『近代日本の右翼思想』(講談社選書メチエ)、『見果てぬ日本――司馬遼太郎・小津安二郎・小松左京の挑戦』(新潮社)、『鬼子の歌――偏愛音楽的日本近現代史』(講談社)、『尊皇攘夷――水戸学の四百年』(新潮選書)など。

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