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京都―未完の産業都市のゆくえ―

有賀健/著

1,925円(税込)

発売日:2023/09/19

  • 書籍
  • 電子書籍あり

なぜ日本の中心都市から脱落したのか――異色の京都論!

「空襲がなかったから古い町並みが残る」「京料理は伝統的和食の代表」「職住一致が空洞化を防いだ」「魅力的景観は厳しい保護策のおかげ」――これらの印象論は本当に正しいのか? 地元の「洛中」礼賛一辺倒に疑問を持つ京大出身の経済学者が、「千年の都」が辿った特異な近現代の軌跡を、統計データを駆使して分析する。

目次
まえがき
序章
第一章 京都の経済地理
1 明治以前の京都
2 経済地理からみた近代京都の歴史
3 京都の経済地理:現況
4 京都の産業集積と町の姿
5 まとめ
第二章 京都の町と社会
1 町衆と山鉾巡行
2 元学区って何?
3 町の形成:上京と下京
4 町衆
5 希少レントの優越
6 室町商人の帰趨
7 南西回廊に点在する異業種
8 まとめ:空虚な都心
第三章 京都の町の変容と人口移動
1 「在日」の歩んだ道
2 地域社会の変容:隣接町村の編入
3 京の内と外
4 近世の町から近代の街へ
5 戦間期から高度成長期までの変化
6 京都の人口変動と人口移動:戦後から現在まで
7 まとめ:新しい住民の流入を阻むもの
第四章 ゆりかご都市京都
1 ゆりかご都市
2 京都の上場企業
3 京都で育ち京都から巣立つ企業
4 京都の優位
5 ボストンのカムバック
6 京都に欠けるもの
7 京都のスタートアップ企業
8 まとめ
第五章 住む町京都
1 郊外のない大都市
2 郊外の形成
3 郊外形成の地理的要因
4 京都の都心と郊外
5 交通網の整備
6 住む町京都の今
7 まとめ:住む町の変容
第六章 観る町京都
1 インバウンドのサプライズ
2 観光は他の産業とどう違うのか?
3 オランダ病
4 レストランに見る観光関連業の集積効果
5 揺れ動く景観保護と土地利用政策
6 バブル崩壊後のマンション建設
7 ホテル建設ラッシュと都心機能の衰退
8 観光と景観保護
9 まとめ
終章
1 京都の練習問題:答え合わせ
2 幾つかの政策提言
3 国が京都に出来ること
4 京都を超えて:城下町の近代化
あとがき
参考文献
索引
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書誌情報

読み仮名 キョウトミカンノサンギョウトシノユクエ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 288ページ
ISBN 978-4-10-603901-0
C-CODE 0330
ジャンル ビジネス・経済、産業研究
定価 1,925円
電子書籍 価格 1,925円
電子書籍 配信開始日 2023/09/19

書評

京都の変則的な都市発達史

井上章一

 京都は日本文化をつたえる都市だと、よく言われる。くらしぶりのすみずみに日本の伝統がいきづくと、ごくふつうに語られる。
 だが、近現代の京都は、他の大都市とことなる途をたどってきた。東京や大阪をはじめとする諸都市が、一九、二〇世紀に変容をとげていく。その一般的な推移が、なかなか京都にはおよばない。日本としては例外的なコースを、歩んできた。
 日本文化の代表格めいた都市になったのは、こういう変則的な都市発達史のせいである。著者の言わんとするところを、ごくかんたんにまとめれば、そうなる。そして、その指摘は、図星をついていると思う。
 著者は統計的なデータを、縦横に駆使している。いわゆるエビデンスも、可能なかぎりあつめきった。京都の近現代史は、これこれの点で、他都市とくらべゆがんでいる。そんな叙述にも、有無を言わさぬ説得力がある。こんなデータが、こういうところに活用できるのかと、あちこちでうならされた。
 京都については、いろいろなことが、さしたる検証もなく語られやすい。たとえば、古い街だが、新しいベンチャー・ビジネスも数多くはぐくまれてきた。伝統をとうとぶ精神と新奇をおもしろがるそれが、京都では同居している、と。
 しかし、著者は両者の分断を特筆する。尖端企業は、京都の市中をはなれた南西部で開花した。老舗がつどう中心街との間には溝がある。共存は、していない。ベンチャーのはばたく南西部は、京都より阪神間との連携に活路を見いだしてきた、と。
 京都では、いわゆる郊外が、なかなか発展しなかった。その理由を、かつて私は、京都の文化的な凝集力で語ってしまったことがある。祇園祭や大文字の送り火をむかえる市中から、町衆ははなれがたいのだ、と。
 著者が、この見方をまっこうからしりぞけているわけではない。しかし、まずは経済的な諸指標から、事態をとらえようとする。企業規模、交通流通事情など、数字で把握できそうな部分の読み解きからはいっていく。京都を論じる人が、あまりふれようとはしてこなかった。しかし、じっさいにはとても大事な実態の認定から、この郊外論へもせまっている。
 文化論の出番は、それらが論じつくされたあとに用意されるべきだということか。はじめから文化的な凝集力をうんぬんする私などは、はじいるしかない。
 いわゆる京料理は、二〇世紀末から飛躍的に成長した。小規模な対面型の料理店が、長足の技術革新をなしとげている。その説明も、店舗群の集積をしめす指標、数字でほどこされる。なるほどと思う。私がいちばん感心したのは、この外食業を語るくだりである。
 京都の大学でまなぶ若い人は多い。しかし、大半の人たちは、卒業と就職で京都をさる。そのまま、この街にとどまる人は、あまりいない。京都には、彼らをうけいれる勤め先が、ほとんどないからである。
 この現象も、近現代京都のゆがんだ都市史に起因すると、著者は言う。おっしゃるとおりであろう。だが、事態を改善するための提案には、違和感をいだく。
 著者は言う。京都でも、市の北部にまでハイウェイをとおせ。市中の経済活動をしばる建築規制は、あらためよ。東京や大阪と同じようにすれば、京都はもっと活性化しうる。ふつうの都市になれば、ふつうの発展が見こめるはずだというのである。
 これには、どうしてもなじめない。私は若いころに、フィレンツェやベネツィアを見て感激した。ルネサンス期の街並みをたもっている都市の姿に、うちのめされている。京都の洛中にも、ベネツィアなどの爪の垢をせんじてのませたいものだと思ってきた。
 祇園祭は、市中のケガレをはらう祭礼でもある。そこではらわれたケガレは、洛外にとびちる。私はそんな洛外地のひとつである嵯峨にそだった。洛中の清浄をのぞむ町衆には、敵愾心をいだく。それだけケガレがいやなら美観の保存にもつとめろよと、言いたくなる。
 著者は京都の発達史を変態的であるという。しかし、イタリアの古都は京都をはるかに凌駕する水準で、都市の旧観をたもってきた。こういう都市のことを、著者はどううけとめるのだろう。病的な変態だと思うのか。
 機会があれば、お話をうかがってみたいものである。

(いのうえ・しょういち 国際日本文化研究センター所長)
波 2023年10月号より

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著者プロフィール

有賀健

アリガ・ケン

1950年、兵庫県尼崎市生まれ。京都大学経済学部卒。イェール大学経済学博士(Ph.D.)、京都大学名誉教授。専門は労働経済学を中心とした応用経済学。主著Internal Labour Markets in Japan(共著、Cambridge University Press, 2000)。甲子園でソロムコのサヨナラ安打を見て以来のタイガースファン。愛読書はル・カレ、C.カミング、L.オスボーンやF.ブローデルの作品。

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