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「反・東大」の思想史

尾原宏之/著

1,980円(税込)

発売日:2024/05/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

「東大こそは諸悪の根源!」――批判者たちの大義名分とは?

国家のエリート養成機関として設立された「東大」。最高学府の一極集中に対し、昂然と反旗を翻した教育者・思想家がいた。慶應義塾、早稲田、京大、一橋、同志社、法律学校や大正自由教育を源流とする私立大学、さらには労働運動家、右翼まで……彼らが掲げた「反・東大」の論理とは? 「学力」とは何かを問う異形の思想史。

目次
はじめに
最後に残された「偏見」/「東大出」の酒の味/「東大は日本そのもの」?/「反・東大」の系譜
第一章 「官尊民卑」の打破――慶應義塾・福澤諭吉の戦い
「学生界」を揺るがした投書/「官学崇拝」のゆがみ/「私学の国」の夢/井上哲次郎の「勝利宣言」/慶應義塾の経営難/認められなかった「特別扱い」/福澤の奇妙な祝詞/親心にあらわれた本音/教育は「私」なり/『学問之独立』の主張/徴兵令改正と私学衰退/冷遇される慶應義塾/帝大特権と官学全廃論/「貧生は下等に安んぜざるを得ず」/「反・学問のすゝめ」/「官尊民卑」の打破/「多情の老婆政府」/「拝金宗」の真意/「八百屋学校」を誇る/「実業」のすすめ/ドイツ語より英語/幻のハーバード大学日本校プラン/先進学院との合併構想/反官学の先にある「文明化」
第二章 「民衆」の中へ――レジャーとモラトリアムの早稲田大学
早稲田の中の東京大学/「東大の分家、慶応の弟分」/帝大から見た早稲田/『百年史』の自慢と自虐/丸山幹治と眞男の場合/私学生と官吏への道/「セカンドクラス」の拒否/民間企業の学歴差別/早大差別に憤る石橋湛山/「国家の人材」の進路とは/「改進党気取」/メディアでの優位/記者へ、代議士へ/「民衆の早稲田」/政党政治家モデル/大衆文化とデモクラシーの時代/「劣等生と落第生の掃溜め」/難関校化を拒否する卒業生/高田早苗の入試有害論/自由と放埒の学園/好きなことをやる/レジャーランドとモラトリアム
第三章 「帝大特権」を剥奪せよ――私立法律学校の試験制度改正運動
「帝大特権」への不満/「特権」と反帝大戦線/「平等」の追求/「学力」という問題/「下士官」の反逆/「学力」の再定義/明治三〇年代の暗闘/語学という鬼門/議会闘争の開始/歯切れの悪い政府委員/京大法科の不振/帝大信任問題/一発試験は有用か?/私学の「変則勉強」/「普通学」「普通教育」の力/「学力」は同じ?/なんのための「学力」か?/私学による「門戸開放」要求/「私立学校大刷新」論/「森厳なる訓練、秩序ある教養」/大正デモクラシーと「特権」廃止運動/平等化は進む?/「学閥」のまぼろし/「普通教育」の呪い
第四章 「学問」で東大を凌駕する――一橋大学の自負と倒錯
「官」からの挑戦/軽侮される商業教育/慶應・一高への対抗意識/「ベルリン宣言」の狙い/待遇格差は「智能」の差/福田徳三の不満/申酉事件/一橋は「パラ大学」/ビジネスライクを求めて/独自の予科/「商業教育」と「学問」の相克/倒錯した自己像
第五章 「詰め込み教育」からの転換――同志社と私立七年制高校
東大生・池田留吉の生活/「点取主義」と「惰気」/新島襄の同志社大学設立運動/「キリスト教の敵」としての東大/「唯物論の盛んなりし帝国大学」/社会進化論への警戒/キリスト教大学の使命/山路愛山の東大批判/「心の食餌」を供給する東大/「大正デモクラシー」と教養主義/「自由教育」の挑戦/私立七年制高校の誕生――武蔵・甲南・成蹊・成城/成城ボーイの非行遍歴/私立高校への不信/武蔵のスパルタ式教育/変わりゆく私立高校と帝大
第六章 「ライバル東大」への対抗心――京都大学の空回り
大正の「仮面浪人」事件/吉野作造の「急変」/「真の大学」京大の変質/京大生・瀧川幸辰の不満/「正系」と「傍系」/東北大学の「門戸開放」/東大と京大の対抗戦/合同演説会中止事件/激怒の理由/糾弾された「変態的快感」/京大にとっての「一大恨事」
第七章 「知識階級」を排斥せよ――労働運動における反・東大
堺利彦の堕落/三文文士の後悔/「学閥」への対抗意識/二度目の挫折から社会主義へ/「学力」も運のうち/階級闘争への招待/「学士様」への反感/サンディカリズムの嵐/なぜ「インテリ」は嫌われるか/「指導者心理」と「野心」/「インテリ」の弱点/大杉栄の東大批判/「知識階級排斥」思想のゆくえ
第八章 「凶逆思想」の元凶――右翼に狙われた東大法学部
狙われた東大法学部/「凶逆思想」のトリクル・ダウン/津田左右吉事件の真相/「聖喩記」という錦の御旗/右翼学生による批判/槍玉に挙げられた有名教授/「法学部」を「政治学部」に改称せよ/英語教育廃止論/揺るがぬ東大至上主義/自重する東大生たち/「学校新体制」と運動の終わり/「思想の戦士」の学徒動員/二人の「東大出の兵卒」
終章 「反・東大」のゆくえ――東大の「解体」と「自己変革」
「消えた特権」と「強まる信仰」/新制大学の発足/戦後も維持された東大覇権/四つの東大コンプレックス解消法/三木清が説いた一極集中の論理/ 関東大震災と東大の危機/田中角栄の東大移転論/全共闘における東大/民青と全共闘の対立点/「ゲバルト・ローザ」と日大全共闘/再強化される東大/東大出とは何か/入試における数学の復権/「倒幕運動」を凌駕した東大の自己変革
おわりに
参考文献

書誌情報

読み仮名 ハントウダイノシソウシ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-603909-6
C-CODE 0336
ジャンル 教育学、語学・教育
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2024/05/22

書評

東大卒への「もやもや」の淵源

竹内洋

 少し前のことだが、関西ローカルのテレビで、お笑い芸人ロザン(宇治原・菅)が街歩きするコーナー番組があった。若者集団と出会うと、京大法学部卒の宇治原が「大学生? どこ(の大学)?」と尋ねる。学生たちが「大阪大学」と答えると、「まあまあやな」と言うが、その他は「たいしたことない(大学だ)な」と言って笑いにしていた。宇治原は京大卒だから関西では向かうところ敵なしである。こんな赤裸々な学歴マウンティングが放映されたのは、なんでも笑いにしてしまう関西ならではのことかもしれない。
 といっても、宇治原が東大法学部卒だったら、どうだろう。場所が大阪であっても、そうはスムーズにいかなかったのではないか。いまどき「東大がなんぼのもんじゃい」と言い返す若者はいないだろうが、東大出身者から「たいしたことないな」と言われれば心穏やかではすまないだろう。私をふくめて非東大人は、相手が東大卒とわかると、頭がいい人だと思うが、同時に「もやもや」も抱きがち。
 本書はこのもやもやの淵源であり、顕現である「反・東大」思想の古層を辿っていく。東大の前身である帝大(京都帝大が創立された明治三〇年から東京帝大)が高級官僚はいうまでもなく、政財界や文化界のエリートを多く輩出してきたことはよく知られている。昭和初期までは民間企業の初任給も東大卒がダントツに高かった。
 東大への国家の依怙贔屓は相当なもので、膨大な公費が投入された。ある時期までの帝大法科大学(法学部)卒業生は、高級官僚や判検事・弁護士などに無試験任用された。それが出来なくなると私学出身者に課せられた予備試験が免除されていた。そもそも私学には政府からの経費支援はほとんどなく、政府は兵役猶予や中等学校教員資格などの与奪をちらつかせてきびしく統制した。設計主義を旨とした国家にとって東大こそ嫡子で、私学は庶子で攪乱者にさえ映った。東京専門学校(早稲田大)には政府の「密偵」が入り込んでいた。そうまでなったのは民権派の牙城への警戒とともに、西南戦争の拠点となった「私学校」(西郷隆盛が設立)のトラウマが大きかったこともあるだろう。
 しかし、覇権が強引に行使されれば、押し戻しが生じる。私学側は、政府による冷遇を「私学撲滅策」と反撥した。私学派の議員は高級官僚や判検事・弁護士試験をめぐる帝大特権廃止をスローガンに議会活動を展開した。記者は新聞で、論客は雑誌で論陣を張る。卒業生の弁護士は院外団として政府筋に圧をかける。在学生は私大連合などで「反帝大戦線」をくみ、議会や司法省に押しかけた。このあたり、当時の新聞や雑誌記事、自伝、学校評判記などの記述を克明に拾い上げ生き生きと再現して、活劇のようにおもしろい。
 政府も手を拱いてはいない。私学と在野法曹の抵抗で実現にはいたらなかったが、判検事・弁護士試験において私学出身者に外国語の予備試験を課すことを決める。外国法の知識を自力で得る語学力が必要という正論による。私学側は弱点のど真ん中を突かれた。私学(専門部)は「邦語」による教育を売りにし、外国語教育に力をいれていなかったからである。東大側(大学派)も黙ってはいない。東大生がいかに優秀かを論じ立てる。難関といわれる旧制高校入試を突破し、普通教育をみっちり受けていると言うのである。私学生は国家試験の模範解答の暗記勉強だけで教養がない、というわけである。そう言えばと、腑に落ちることも出てくる。東大人の優秀さのよすがとされた旧制高等学校は昭和二五年に閉校になったが、東大をはじめとする国立総合大学は戦後の入試で長らく国数英社理の五教科七科目試験を文系・理系に関係なく課してきた。あれは普通教育=教養という東大を筆頭とする帝大の歴史的な差異化戦略のしからしめるところだったのだ。
 反東大は私学だけのものではない。東京高等商業学校(一橋大)や京大などの官学内部からの東大への対抗運動もあった。さらには労働運動においても仕切りたがり屋の東大知識人活動家への労働者階級からの反感が生じた。それがアナルコ・サンディカリズム(無政府組合主義)の普及につながったことにも踏み込んでいる。
「反・東大」の圧巻は、右翼の論客蓑田胸喜などの東大卒業生が貴族院議員と結託しておこなった帝大粛正運動。身内から反東大の火の手が上がったのである。それは蓑田の衣鉢を継ぐ右翼東大生による東大(教授)批判にいたる。この系譜を知ると「東大解体」をとなえた東大全共闘が強度を増して出るべくして出た運動体と、はっとする。驚きは、まだ続く。東大は今日的課題であるマイノリティ問題をいち早く研究してきたが、それは、東大全共闘が提起した「自己否定」の論理が契機となり、下地となったからではないか、という指摘である。出来事を長い歴史の中でみることで浮かびあがらせる解釈や知見が実に見事、である。

(たけうち・よう 京都大学名誉教授)

波 2024年6月号より

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著者プロフィール

尾原宏之

オハラ・ヒロユキ

1973年、山形県生まれ。甲南大学法学部教授。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。日本放送協会(NHK)勤務を経て、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。専門は日本政治思想史。首都大学東京都市教養学部法学系助教などを経て現職。著書に『大正大震災―忘却された断層』、『軍事と公論―明治元老院の政治思想』、『娯楽番組を創った男―丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生』など。

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