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覇権なき時代の世界地図

北岡伸一/著

1,925円(税込)

発売日:2024/05/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

「米国一強」崩壊後、日本はどうすべきか?

米中の拮抗、G7主導体制の後退、権威主義や独裁国家の台頭、ウクライナやパレスチナの戦争、影響力を増すグローバルサウス――「自由・民主主義・法の支配」が脅かされる危機の時代に、日本が採るべき道と果たすべき役割は何か? 国連・JICAでの経験を通じて世界の現実を見た国際政治学者が提唱する地政学的思考!

目次
はじめに
第一章 東南アジア・太平洋――日本に近接する地政学的に重要な国々
1 日比関係を強める「ミンダナオ和平」への貢献
「モロ」と呼ばれたムスリム/MNLFとMILF/分裂と激化の連鎖/ベニグノ・アキノ政権下の進展/MILFのリーダーとの対話/過激派とISの接近/日本の支援/これからのバンサモロ/フィリピンのアイデンティティ
2 今だからこそ「日本・パラオ連合」という「夢」
ミクロネシアが持つ地政学的重要性/日米安保の核心となった「グアム防衛」/スペイン、ドイツ、そして日本の委任統治へ/「国防権」を米に委ねて独立/過去の遺産と現在の支援/「是非お願いします」
3 「親日国」台湾とともに生きる
李登輝総統の手腕/総統とのなごやかな会話/短かった大陸の台湾全土統治/「霧社事件」の暗と「嘉義農林」の明/「以徳報怨」ならぬ「以直報怨」/「米空母派遣は中国軍拡につながる」?/台湾の選挙は面白い/「台湾は中国の一部」は自明ではない/「台湾危機」に備えて反撃力の整備を/中国を挑発せずに日米同盟・近隣諸国との関係強化を/大胆なリーダーシップこそ民主主義に必要
4 タイとの関係を再考する――学術交流と有識者の対話を
独立を維持し続けたタイ/『王様と私』のモデルにもなった開明的な君主/ラーマ五世が進めた「上からの近代化」/日本との関係もしたたかな外交感覚で/開発援助後の新たな協力関係/発展とともに囚われた「中進国の罠」/学術交流と有識者対話の枠組みを
5 “キリング・フィールド”を超えて発展する「親日」カンボジアのいま
日本も関与した、大虐殺からの復興/国連大使時代に関わったクメール・ルージュ裁判/インフラ整備、民法典編纂を支援/進出著しい中国/貨幣経済なしに繁栄したアンコール朝/今後も日本は協力を続けるべし
第二章 南アジア・中東・インド洋――自由と繁栄と平和の道を築けるか
6 目が離せない「地域大国」パキスタン
とても長い日本との関係/最大の問題「カシミール」/親米路線とムジャーヒディーン支援と/強力な外交力/中国への急速な傾斜/国内の大きなギャップ/日本人に馴染み深いカラチ/さまざまな協力事業/首相のパキスタン訪問を
7 トランプ大統領の「世紀のディール」とパレスチナの苦悩
分断、圧迫、分裂のパレスチナ/キャンプ・デーヴィッド合意とオスロ合意/演劇『オスロ』の主役たち/イスラエルが建設する分離壁の「効果」/パレスチナが拒否するトランプ「世紀のディール」/日本が行なう支援事業/パレスチナとの融和に舵を
8 インド洋での友好と連携を――マダガスカルとモーリシャス
かつての仏植民地は日本の軍事力の「西の限界」/「信号のない国」へのJICA支援/「みんなの学校」と「給食」/インド洋の拠点化目指す港湾拡張/米作改善事業が成功すれば収量二倍も/官僚に必要なのはフェアな行政とクリーンな身辺/マダガスカルの人を日本へ/アフリカでトップクラスの経済力・モーリシャス/製糖業で移民を受け入れ/「ディエゴ・ガルシア」の米軍基地/絶好のパートナーに
第三章 アフリカ――困難をいかに乗り越えるか
9 「コンゴ民主共和国」――開発協力で平和と安定と発展を
「資源の呪い」をかけられて/国王の「私有地」から国家の「植民地」へ/原爆の材料も産出/「コンゴ」から「ザイール」へ/日本との懸け橋「マタディ橋」/大規模PKOが展開/平和的政権交代のその後
10 大虐殺を乗り越えたルワンダの「奇跡」
日本人もその歴史に貢献/凄惨な大虐殺/「強制された和解」/日本の積極的な協力/難民だった大統領/教育にも力を注ぐ
11 内紛と混乱の中でなし得る協力とは――スーダンと南スーダン
紛争多発の根本的原因/和平合意から南スーダンの独立へ/アラブ系と非アラブ系が対立したダルフール問題/安保理ミッションの一員として現地へ/JICAが主導した南スーダン国民スポーツ大会の成功/一九六〇年代から始まったスーダン支援/強固だったはずのバシール政権の崩壊/陸路を使ったスーダンからの退避/不安定な途上国へも必要な支援を
12 アフリカ四カ国、それぞれの表情――南アフリカ・ボツワナ・エスワティニ・ナイジェリア
「マンデラ後」の社会問題の克服が課題の南アフリカ/安定した社会を基盤に近代化を目指すボツワナ/南アに同調するエスワティニ/不安定だが勢いと自信のあるナイジェリア/日本といい組み合わせになる可能性も
第四章 南米――移民の歴史が結ぶ日本との縁
13 不思議の「親日国」パラグアイ
ヨーロッパ、そしてキリスト教の進出/大国の狭間での苦闘/日本人移住の歴史/日本への親近感/日系人のアイデンティティ/中南米での積極的活動を
14 南米とのさらなる関係深化を目指して――チリ・アルゼンチン・ボリビア
価値を共有する南米のパートナー――チリ/二人の旧知との再会/かつては世界第二の豊かな国――アルゼンチン/日露戦争以来の深い関係/邦字新聞の収集で日系人支援/消化器疾患の研究拠点に支援――ボリビア/遠いけれども重要な中南米との関係
第五章 ヨーロッパ――ロシア・ウクライナの影の下で
15 歴史ある「親日国」への新たな協力の可能性――ポーランド・モルドヴァ・ジョージア
明治以来の「親日」の歴史/早くから注目した柴四朗/留学生招致と日本研究に力を/「史政学」のすすめ/発展したポーランドのウクライナ支援/親西欧派がリードするモルドヴァジョージア――強大すぎる隣国にどう対応するか
16 アイルランドを歩いて日本の連邦制を考える
ラフカディオ・ハーンの関心/動乱に富んだ歴史/近年の発展と新しい問題/アイルランドの独立とその後の困難/アイルランドから世界を見る日本人/豊かな国は小さい国
第六章 覇権なき時代の新たな国際秩序を求めて
17 日本の近代化経験を共有する――開発大学院連携とJICAチェア
JICA事業の中でも重要な国内外の研修/留学生が日本を知り、日本を好きになってもらうために/放送大学と協力して番組作り/力を貸してくれた安倍総理/日本の近代化経験をシェアすることの重要性/開発大学院連携をさらに進めた「JICAチェア」構想/寄付講座「フジタ・ニノミヤチェア」がスタート/外交や安全保障、文化の分野にも拡大/開発学の中心になることを目指して
18 グローバルサウスと日本
GS台頭の背景/途上国と有力国/GS有力国の中の競争/ポスト・ウクライナの国際秩序有力国との協力/国連改革
あとがき

書誌情報

読み仮名 ハケンナキジダイノセカイチズ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 Foresightから生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 288ページ
ISBN 978-4-10-603910-2
C-CODE 0331
ジャンル 政治
定価 1,925円
電子書籍 価格 1,925円
電子書籍 配信開始日 2024/05/22

書評

歴史も世界もワンダーに満ちている!

高原明生

 これは稀有な本である。日本はユーラシア大陸の東端の沖合、太平洋の端っこにある島国だが、世界中を相手に貿易を行い、海外を訪れる日本人も少なくない。しかし、著者ほど多くの国を、しかも普通は行かないような途上国を数多く訪ねている人は世界でも数えるほどしかいないのではないか。前著『世界地図を読み直す―協力と均衡の地政学―』に続き、本書で著者は東南アジア・太平洋、南アジア・中東・インド洋、アフリカ、南米、ヨーロッパの二五の国や地域を訪れる。そしてそこで何が起きているのか、日本は何をしているのか、何ができるのかについて考える。
 その実体験に多くのデータを加えて語られる諸国の紹介は、月並みな表現で恐縮ながら、目から鱗が落ちる思いをさせてくれる。ルワンダは部族間の大虐殺という悲劇が起きた地だが、その西部には平均標高二七〇〇メートルを超える山脈が走り、最高峰は四五〇七メートルだという。アフリカは砂漠とジャングルとサバンナのイメージが強いが、それだけではないのだ。また、マダガスカルに最初に住み着いたのはマレー系の人々で、今も人口はアジア系統とアフリカ系統が半々であり、主食はコメで、国内に交通信号が一つもない!?
 これまで知らなかった世界の実状に目を見開かされるが、本書は私たちの視野を広げてくれるばかりではなく、歴史的な視点を提供することで現状への理解を深めてくれる。著者は言うまでもなく日本政治外交史の泰斗である。その深い学識に、国連大使および国際協力機構(JICA)理事長としての長い経験、世界のリーダーたちとの交流の蓄積が加わることにより、ユニークな視点と洞察が示される。
 例えば日本の中南米支援政策についての視座だ。所得水準がさほど低くなく、距離も遠いため、対中南米協力はやや低減する傾向にあった。だが、せっかく日系人が苦労されて親日の土壌がある中南米に対して協力を減らすのは愚策だと考えた著者は、協力強化、関係強化への転換を進めた。JICAの緒方貞子平和開発研究所でも、日系移民史の研究が行われている。
 ヨーロッパのポーランドを語る上でも、著者の視点は隣の難しい大国、ロシアないしソ連への対応を共にした明治以来の「親日」の歴史に置かれる。義和団事件で活躍した柴五郎は有名だが、四朗という兄がいたという。柴四朗は日本の独立を守らんとする危機感を背景に『佳人之奇遇』という政治小説を書き、そこで大国の圧迫に苦しむ東欧に関心を寄せていたが、その執筆中に谷干城の秘書官として欧州視察に同行し、ポーランドを訪れたのだとか。これも本書で初めて知ったことだ。
 地政学、そして最近は地経学という言葉も人口に膾炙するようになった。だが著者は、それらに並べて「史政学」もあってもいいかもしれない、少なくとも地政学における地理的要素と同じくらい歴史的要素は重要だと思うと述べている。蓋し卓見であろう。管見の限りでも、多くの途上国の人々は独立の際に誰が助けてくれたか、誰が邪魔をしたかをよく覚えているものだ。
 著者が追い求めるのは、日本はこの時代、この世界で何をすればよいかという問いへの答えだ。JICA理事だった加藤宏国際大学教授の言葉に共感し、著者は日本が世界の開発学の中心になるべきだと唱える。先進国が支配する国際社会に入り苦労して発展した日本にこそ、その資格があると考え、日本での開発大学院連携構想や日本の近代化の経験を海外で教える「JICAチェア」を推進してきた。欧米流の上から目線の押し付けではなく、相手の立場に立って一緒に考える。人の命、暮し、尊厳を守る人間の安全保障の原則に通じるJICAの伝統だ。
 もう一点、読み手の心に残ることがある。それは、価値観が混迷し、各国がアイデンティティを模索する時代に、自由、民主主義、法の支配という近代の理想を日本が支えていくべきだという著者の信念だ。かつて途上国として差別されながら、最初に近代化を成し遂げた日本こそ、近代の理想を生き返らせる鍵を握っているというのだ。
『覇権なき時代の世界地図』という書名も、歴史的な視点からつけられているのだろう。国連改革に関連して著者が述べるのは、日本が過度の対米連携をやめることだ。もちろん対米関係は何よりも大事であり、途上国から信頼され、国連でも活躍する日本は、米国のパートナーとしてより大きな役割を果たせるという。
 ぜひ若い人たちに本書を読んでもらい、その面白さにひたってもらいたい。歴史も世界もワンダーに満ちている!

(たかはら・あきお 東京女子大学特別客員教授)

波 2024年6月号より

著者プロフィール

北岡伸一

キタオカ・シンイチ

1948年、奈良県生まれ。東京大学名誉教授。国際協力機構(JICA)特別顧問。東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。立教大学教授、東京大学教授、国連大使(国連代表部次席代表)、国際大学学長、JICA理事長等を歴任。2011年、紫綬褒章受章。著書に『清沢洌―日米関係への洞察』(サントリー学芸賞受賞)、『日米関係のリアリズム』(読売論壇賞受賞)、『自民党―政権党の38年』(吉野作造賞受賞)、『国連の政治力学―日本はどこにいるのか』『外交的思考』『世界地図を読み直す―協力と均衡の地政学』『明治維新の意味』など。

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