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世界地図を読み直す―協力と均衡の地政学―

北岡伸一/著

1,430円(税込)

発売日:2019/05/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

見慣れたはずの「地図」が一変する!

大国の周辺国から国際秩序を見直せば、まったく新しい「世界地図」が立ち上がる。フィンランド、ウクライナ、アルメニアを歩けば、「ロシア」の勢力圏構想が浮き彫りになる。ミャンマー、東ティモール、ザンビアを歩けば、「中国」の世界戦略が見えてくる。国際協力と勢力均衡の最前線で考えた「21世紀の地政学」。

目次
はじめに――日本の立脚点を定める
序章 自由で開かれたインド太平洋構想――日本の生命線
「戦略」というよりも「構想」/インドの台頭/中国の脅威/「一帯一路」の登場/日中のインフラ受注合戦/JICAの「インフラ四原則」/対決色を強めるアメリカ/信頼関係、自由、法の支配を
第一章 ロシアとその隣国たち――独立心と思慮深さを学ぶ
1 「アイデンティティ」の大切さ――ジョージアとアルメニア
古い歴史を持つジョージア/南オセチア問題でロシアと衝突/国土の一八%を失う/ジョージアの優れたリーダーたち/地震国アルメニア/アイデンティティの核は「宗教」と「言語」/日本人のアイデンティティ
2 キエフで聴くオペラ『ナブッコ』――ウクライナ
肥沃な文化大国/困難な歴史/ロシアとの緊張関係/依然として続く紛争/命懸けの経済改革/元ヘビー級チャンピオン市長/ウクライナのたくましさ/キエフ市のオペラ・ハウス
(コラム1)日本との歴史経験の共有――トルコ
3 日本に「マンネルヘイム」はいないのか――フィンランド
ロシアの影響下から独立へ/第二次世界大戦期の苦境/「大国を頼りにするのは危険」/敗戦国の五輪開催/安全保障感覚の強さ/思慮深い外交はあるのか
(コラム2)ロシア情報を知る窓ロ――バルト三国
4 「過敏な大国」とのつきあい方――ロシア
シベリア南部そして日本への関心/「礼儀正しい」「乱暴な国」というイメージ/榎本武揚の活躍/不幸だったニコライ二世/勢力南下から日露戦争へ/三つの欧州行きルート/ロシア革命以降は関係が悪化/焦らずに距離を置いた関係を
第二章 フロンティアとしてのアフリカ――中国の影と向き合う
5 米作支援で難民の自立を――ウガンダ
繰り返されたクーデタ/拡大されるべきではない「奴隷」の観念/流入する難民に職業訓練を/米作支援の成果/北部難民支援現場での米作研修
(コラム3)植民地統治の清算――アルジェリア
6 国民スポーツ大会と積極的平和主義――南スーダン
独立、対立の南スーダンで活動/スポーツを通じた平和を/自衛隊の「撤退」/国民スポーツ大会の開催/「積極的平和主義」の前面に立って
7 「日本式小学校」の伝統を世界へ――エジプト
「校長も日本人を」/初等教育の土台となった武士の文化/スフィンクスの前のサムライたち
8 貧しい国を支援するのはなぜか――ザンビアとマラウイ
セシル・ローズが遺したもの/「資源の呪い」から抜け出すために/ユニークなプロジェクトを展開/本当の「貧しいアフリカ」/多くの犠牲の先に/「日本人はいい人」
第三章 遠くて近い中南米――絆を強化するために
9 「日系人」を超えた協力関係を築く――ブラジル
二人の日系ブラジル人/日本人移民の歴史/日系人が活躍するアマゾンの学校、病院、農園/絆を強化していくために
10 インフラ整備で大国の統合を支援する――コロンビア
長く続いたゲリラ活動と犯罪/国土にも阻まれた「和平」への遠い道/「地雷除去」と「一村一品」/知日派も多く親近感
第四章 「海洋の自由」と南太平洋――親密な関係を維持できるか
11 ラバウルで信頼を得た今村均――パプアニューギニア
南太平洋の激戦地/「餓島」と呼ばれたガダルカナル/今村司令官の活躍/敗戦後の今村の生き方/日本軍の失敗の本質
12 南太平洋と海洋国家日本――フィジーとサモア
良好だった太平洋島嶼国との関係/フィジーへの進出著しい中国/文化人類学上の論争もあったサモア/海洋の自由の維持を
第五章 揺れるアジア――独裁と民主主義の狭間で
13 日本の国際援助はどうあるべきか――ミャンマー
「軍人」留学生を受け入れ/二人の独立指導者/インパール作戦の無謀/ミャンマー発展に必要なこと/スー・チー女史に伝えたこと/ビルマで戦死した伯父/国際援助における心構え
14 途上国の法整備を支援する――ベトナム
近代法典が不可欠/ボアソナードの刑事法整備/紆余曲折の末の民法整備/ベトナムでの成功をきっかけに/経済だけでなく社会的政治的発展を
(コラム4)もう一つの安全保障――国際大学
15 ジャングルから生まれた民主国家――東ティモール
東西分離、武力併合、そして独立へ/独立の英雄が担ってきた政権/平静な民主的選挙/「維新の元勲」がデモクラシーを語る/現地のニーズにマッチした支援/日本のパートナーとする努力を
16 パミール高原からアフガニスタンへ――タジキスタン
中央アジアの五カ国/大統領をはじめ手厚い歓待/中央アジアから中東に広がるタジク人/高地と山脈の国/統合のための「強権政治」/民生安定のための支援/外交、そして人材育成/さらなるプレゼンスの強化を
終章 世界地図の中を生きる日本人
17 「ソフト・パワー」の作り方――UHCフォーラムの一日から
国連事務総長と会談/巨大財団資金の有効な活用/日本が推したWHO事務局長/汗をかき、資金を出す
18 国際会議におけるプレゼンス――ダボス会議で考えたこと
IGWELという非公式な意見交換の場/ミャンマー問題で日本の立場を説明/資金は集め方も使い方も重要/各国の要人と会談/韓国への注文/日本の積極的な参加を
19 一九五〇年の「世界」と「日本」――中曽根康弘の欧米旅行
第二の「岩倉使節団」/「朝鮮戦争」「金閣寺焼失」の衝撃/印象深いアデナウアーとの出会い/冷戦の最前線で自主防衛を痛感/フランス、イギリス、そしてアメリカへ/日本の将来を語り合う/日本は進歩を遂げたのか
20 日本にあるフロンティア――隠岐・海士町で教わったこと
支出を切り詰め「攻勢」へ/危機を乗り越えた「高校」/「ないものはない」けれど
おわりに――東西文明の架け橋として

書誌情報

読み仮名 セカイチズヲヨミナオスキョウリョクトキンコウノチセイガク
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 Foresightから生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-603840-2
C-CODE 0331
ジャンル 地理・地域研究
定価 1,430円
電子書籍 価格 1,430円
電子書籍 配信開始日 2019/11/15

インタビュー/対談/エッセイ

「大国の周縁」から見た地政学

北岡伸一池内恵

池内 北岡先生の本で面白いと思ったのは、中国やロシアなど大陸国(ランドパワー)の周縁を丹念に回り、現地の視点から地政学を捉え直している点です。
 第一章に出てくる極東ロシアのウラジオストクには、じつは私も同行しました。

北岡 そうそう、ウラジオで池内さんが迷子になって……(笑)。

池内 私がトイレに行っている間に、みんながさっさと車に乗って会議場に出発してしまった(笑)。でも、会議の相手のロシア科学アカデミーが若いロシア人の研究者を迎えに来させて、オンボロの自家用車で来てくれて、おかげで車内で率直な意見交換ができました。このような予想外のハプニングから、意外な情報やアイディアが得られたりするので、実際に自分の足で世界を回ることは、研究者にとって大切なことだと思います。

北岡 近代史の研究者として、ウラジオの駅舎を見た時は、やはり感慨深いものがありましたね。いろいろなことを思い出しました。たとえば幕末の頃は、ロシアより英米を脅威と感じる日本人も多かった。それが明治になってシベリア鉄道がウラジオまで来ることが分かると、一気にロシアに対する警戒感が高まった。たしかにウラジオから函館までは意外に近いんです。緯度もほとんど変わらないけど、ウラジオの港は冬は凍結して使えない。だからロシアにとって函館の開港は非常に重要でした。彼らからすれば函館は「冬場の港」だったわけです。

池内 ウラジオ駅からモスクワ行きの電車が出発するのを見学していたら、恋人を見送りに来ていた若い女性が泣いていました。モスクワまでは九千キロ以上あり、鉄道で一週間ぐらいかかる。広大な国土が持つ圧力を感じました。

北岡 「距離の暴虐」ですね。元来はオーストラリアについて使った言葉ですが、ロシアにも当てはまる。国際政治学者のモーゲンソーが言うように、広大な国土はそれだけで国力の一要素です。
 地政学は基本的にドイツやロシアなど大陸国を中心に発展した学問で、特に軍事力を中心に語られることが多い。しかし日本のような海洋国家から見ると、考え方が少し異なる面もあります。今回の本では、軍事力や経済力だけではなく、あえて民族・宗教・伝統といった要素に注目してみました。大国の周辺に位置する小さな国がどうやってアイデンティティーを失わず生き残っているのか――そのような問題意識を持って各国を歩いてみたつもりです。

海洋国家の地政学

池内 序章ではまず海洋国家的な「自由で開かれたインド太平洋構想」について書かれていますね。私のような中東研究者ですと、地政学はもっぱら海上権力(シーパワー)を中心に考えます。スエズ運河、バーブ・エル・マンデブ海峡、ホルムズ海峡といったチョークポイント(海上水路の要衝)をどう押さえるか、海上権力の大国が最重要視したことによって「地域」と認識されるようになったのが近代の中東です。

北岡 スエズ運河と、それを管理するエジプトは、日本にとって非常に大切です。本でも書いたように、私もJICA理事長としてエジプト大統領と二度会談し、初等教育への協力を実施しています。
 紅海の入口であるバーブ・エル・マンデブ海峡について言えば、エリトリア情勢に注目する必要があります。エチオピアとの紛争が沈静化すれば、いま各国が拠点を置いている隣国ジブチよりも、エリトリアの方が重要になるかも知れない。
 ホルムズ海峡も、日本が石油を確保するための生命線です。ただシェールオイルやその他のエネルギー革命によって、その状況が変わる可能性もあります。

池内 日本ではお役所でも大学でも「主流派」と目される人々は、どうしても経験や視野が欧米に偏りがちです。それだけに、北岡先生が中東やアフリカの国々をご自身で回って、その重要性を本に書いて下さるのは、とてもありがたいです。これらの地域に注目するようになったのは、やはり国連大使を経験されたことが大きいのでしょうか。

北岡 国連の選挙では一国一票ですからね。ただ、そのような打算を抜きにして、真剣に課題に取り組んでいる国には、国力の大小に関係なく、きちんと目配りする義務があると感じてきました。
 国連総会では、大国の首脳がスピーチすると、各国の大使が舞台裏にずらっと並んで、「いや、素晴らしい挨拶でした」とかやるわけです。これが小国の首脳の場合だとほんの数人しか待っていない。私は小国の時でもできる限り行くようにしていました。日本は十九世紀以降、西洋中心の国際社会の中に入っていき、世界有数の先進国になった。そのような経験を積んだ日本には、同じ道を目指そうという小国の話にしっかり耳を傾ける義務があるような気がするんです。

民主化支援の考え方

池内 中東では紛争が相次いでいます。JICAの活動は、ある程度情勢が安定している国に限られますが、それ以外の紛争地域への関与については、どのように考えているのでしょうか。

北岡 イラクについて言えば、昨年も、シーア派、スンニ派、クルド人の各勢力の議員を日本に招いて、東京、京都、広島を旅しながら、戦後復興と和解について考えてもらう「知見共有セミナー」を開催しました。三派の議員たちが、数日間にわたり一緒にご飯を食べて、寝泊まりする機会などは基本的にないわけで、日本ならではの国際協力だと思います。

池内 パレスチナ紛争についてはどうでしょうか。

北岡 かつてノルウェーがオスロ合意に貢献したように、日本も何かできればいいとは思います。ただ、私は地域の揉め事は当事者同士が主体的に話し合って解決しないとダメだと考えています。外部から圧力をかけて無理やり決めても上手く行かない。日本が出来るのは「知見共有セミナー」のようなささやかなきっかけ作り。もちろん爆弾テロの一発で成果がふっ飛ぶような話ですが、それでも機が熟せば芽が出るかも知れない。

池内 これまでアメリカは一方で軍事力を使い、もう一方で普遍的価値、つまり人権と民主主義を強く主張することによって、中東に関与して来ました。しかしここに来て「中東疲れ」というか、どうも世界には必ずしも民主主義がそのままでは適用可能ではない地域があるらしいと気づき始めたように思います。

北岡 本書で南スーダン問題について書きましたが、アフリカでは、アメリカ流の大統領制民主主義を押し付けて失敗することが多いのです。アフリカは基本的に部族社会ですから、選挙で大統領を決めたら、常に多数派が勝ち、少数部族が不利益を被る。すると少数派はゲリラ戦に走る。部族社会では議会制民主主義にして、議会で部族間による「妥協の政治」が行われるようにした方がいい。

池内 アメリカは、イランに対してもバランスを欠いているように思います。

北岡 その通りで、北朝鮮とイランを同列に置くなんておかしな話です。アメリカとの関係で言えば、イラン、ミャンマー、キューバの三ヵ国が難しい。日本からすれば、いずれも「まあまあの国」で、そんなに悪い国ではない。あまり性急に民主化を求めても、「アラブの春」と同様、逆効果になる危険性もある。
 今はミャンマーに対する国際社会の批判は厳しいけれど、かつて日本がインドネシアのスカルノ体制の経済開発を支えて結果的に民主化が進んだように、辛抱強く見守っていく必要があると思います。

中国にどう向き合うか

池内 今回の本では、中国を訪問した話は入っていません。しかし序章では「一帯一路」について詳しく書かれていますし、またアジアやアフリカの国々を論じる中でも、常に影のように中国の存在が感じられるような内容になっています。中国にどう向き合うかが、本書の隠れたテーマではないかと思いました。

北岡 地政学と言うなら、本来は真っ先にアメリカ、中国、朝鮮半島を書かなければなりません。しかし、これは非常に大きな問題で、すぐに片付く話ではない。せいぜい引き分け狙い、四勝六敗でも仕方がないというぐらいです。
 一方で、外交の世界は大きな問題だけで成り立っているわけではありません。「遠交近攻」ではないですが、アジアやアフリカの国々と日常の問題について協力していくことが、じつは中国と向き合う国際秩序を作っていく上でも意外に有効なのではないかと考えています。

池内 もちろんJICAには中国に挑戦する気などないでしょうが、本を読むと、結果的に何となく中国を取り巻くように事業を展開しているように見えますね。

北岡 中国に対する警戒は必要ですが、だからと言って、何でも対抗する必要はないと考えています。本でも書いたように、「一帯一路」についても条件付きで協力して、むしろ中国と一緒になって開かれた国際秩序を作っていく方がいい。
 アフリカ諸国への協力についても、どうしても「中国との援助競争」と思われてしまいがちです。しかし、お金を出せば、それで相手国の信頼と尊敬が得られるというわけではありません。先ほどの紛争解決の話と同じで、やはり現地の人が主役となって取り組まなければ発展などできません。日本がやるべきことは、現地の人の要望をしっかり聞いて、彼ら自身で問題を解決できるように側面からサポートすることです。

池内 中東でも、中国のプレゼンスは拡大していますが、そのおかげで日本が得している面もあります。これまで日本に無関心だった人々が振り向いてくれるようになりました。世界の重心が東アジアに移るに伴って、中国に依存しすぎないようにバランスをとる対象としての日本の影響力も増しているように感じます。

北岡 私は改憲論者ですが、日本国憲法前文の「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」という点は大いに賛成しています。青年海外協力隊の活動は、そのことに貢献してきたと思います。一方、日本は未だに対米依存が強く、大国としての責任を十分に果たしていません。世界が抱えている問題の解決に向けて、PKOをはじめ、もっと積極的に取り組まなければならない。JICA理事長になって、小さい国でも頑張っているところが多いことを知り、勇気づけられました。日本ももっと頑張ろうというのが本書で一番伝えたいメッセージです。

(きたおか・しんいち 国際協力機構(JICA)理事長 東京大学名誉教授)
(いけうち・さとし 東京大学教授)
波 2019年6月号より

著者プロフィール

北岡伸一

キタオカ・シンイチ

1948年、奈良県生まれ。東京大学名誉教授。2015年より国際協力機構(JICA)理事長。東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。立教大学教授、東京大学教授、在ニューヨーク国連代表部大使、国際大学学長などを歴任。2011年、紫綬褒章受章。著書に『清沢洌―日米関係への洞察』(サントリー学芸賞受賞)、『日米関係のリアリズム』(読売論壇賞受賞)、『自民党―政権党の38年』(吉野作造賞受賞)、『国連の政治力学―日本はどこにいるのか』、『外交的思考』、『世界地図を読み直す―協力と均衡の地政学』など。

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