ロベスピエール―民主主義を信じた「独裁者」―
1,925円(税込)
発売日:2024/11/20
- 書籍
- 電子書籍あり
「恐怖政治」という理解だけでは見えない政治家の真実とは?
フランス革命で政敵を次々と粛清、最後は自らも断頭台で葬られたロベスピエール。「私は人民の一員である」と言い続けた元祖〈ポピュリスト〉は、なぜ冷酷な暴君に堕したのか。誰よりも民主主義を信じ、それを実現しようとした政治家の矛盾に満ちた姿から、現代の代議制民主主義が抱える問題の核心を鋭く問う画期的評伝。
プロローグ 「独裁者」からのメッセージ
民主主義への高まる不信/フランス革命と《透明》の信仰/「ヴェール」に包まれて
第I部 青春
第一章 美徳と悪徳
「きまじめで勤勉な」少年時代/「ローマ人」と呼ばれて/法曹の道へ
第二章 「名誉」を超えて
「抑圧された人びと」のために/「科学」の勝利/デビュー演説と「名誉」
第三章 心の「師」との出会い
グレッセへの讃歌/「師」との邂逅/女性の「権利」
第四章 「幸福の革命」に向けた三つの矢
「世論」の法廷/ある裁判官への弔辞/二つのパンフレット
第II部 革命の幕開け
第五章 ヴェルサイユの華
全国三部会の開催/民衆=人民の登場/立法権あるいは「代表者」という核心
第六章 能動市民と受動市民
「一〇月事件」という衝撃/「人権宣言」の擁護者として/ジャコバン・クラブ
第七章 堕ちた〈象徴〉
国王の逃亡/シャン=ド=マルスの虐殺/「清廉の人」
第八章 帰郷
最後の帰郷/聖職者の「公務員」化/対外戦争の恐怖とブリソの登場
第九章 「陰謀」への強迫
宣戦布告/『憲法の擁護者』の発刊/「美しい革命」と九月虐殺
第III部 共和国の誕生
第一〇章 〈民の声〉は「神の声」か?
共和国の誕生/「世論」の専制?/「ルイは裁かれえない」
第一一章 恐怖時代の幕開け
死刑執行人の使命/「どこもかしこも陰謀だらけなんだ」/長期欠勤と「五・三一蜂起」
第一二章 「生存権」の優位
ブリソ派の追放と「引退」宣言/「飢えない権利」/新憲法と「蜂起」の理由
第一三章 革命政府の成立
マラ暗殺/革命政府の宣言/「悲しみの王妃」
第IV部 恐怖政治の時代
第一四章 恐怖政治の由来
〈恐怖を日常に〉/暗黒事件/民主主義とは何か?
第一五章 ジェルミナルのドラマ
旧友の批判/エベール派の逮捕/ダントンの処刑と「恐ろしい存在」
第一六章 革命の祭典
革命の再編とサン=ジュスト/革命下に音楽が流れる/最高存在の祭典
第一七章 大恐怖政治
それはプレリアル二二日法から始まった/フルーリュスの勝利/「孤独な愛国者」
第V部 最期
第一八章 失脚
最後の演説/運命の日/「テルミドールの聖母」と呼ばれて
第一九章 「独裁者」の最期
署名の謎/陰謀の歴史/「恐怖のシステム」
第二〇章 マクシミリアンの影
「ルサンチマンの政治」/言葉とモノ/〈システム〉の支配
エピローグ 《透明》を求めて
「革命は凍結される」/請願権という経路/知られざる〈立法者〉
あとがき
註
書誌情報
読み仮名 | ロベスピエールミンシュシュギヲシンジタドクサイシャ |
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シリーズ名 | 新潮選書 |
装幀 | 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 考える人から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 296ページ |
ISBN | 978-4-10-603915-7 |
C-CODE | 0323 |
ジャンル | ノンフィクション |
定価 | 1,925円 |
電子書籍 価格 | 1,925円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/11/20 |
書評
ロベスピエール、あるいは美徳の不幸
希望に満ちて始まったフランス革命をジャコバン独裁の恐怖政治に導き、「独裁者」と呼ばれたマクシミリアン・ロベスピエールの新しいこの評伝に私なりにタイトルを与えるとすれば、それは『ロベスピエール あるいは美徳の不幸』となるのではないだろうか?
実際、美徳こそはロベスピエールが拠り所とした第一原理であった。若き日に故郷アラスのアカデミーにおける入会演説でロベスピエールは政治・社会の基礎には《美徳》がなければならないとして、モンテスキューのいう「名誉」を論難する。というのも、名誉とは他人からの評価を基準とする外面的なものであるのに対し、「『真の共和政』は哲学的名誉(=美徳)と呼ばれる内面から湧き上がる感情、良心にもとづく政治であり、またそうでなければならない」からだという。
ロベスピエールはたしかにこの信念を断頭台にいたるまで貫いた。だからこそ「清廉の人」と呼ばれ、過激なだけのエベールなどとは峻別すべきなのだが、問題はこのロベスピエールが第一原理とした美徳が国民公会と民衆に強い影響を及ぼし、恐怖政治という不幸を招きよせ、ついにはロベスピエールその人の死を招来したのではないかという仮説が成り立つことである。つまり、ロベスピエール自身が美徳の不幸そのものではなかったかということだ。
では、この仮説に対し、本書はどう答えているのだろうか? 伝記的検証の後に設けられた第二〇章「マクシミリアンの影」が示唆的だ。というのもこの章ではロベスピエールと恐怖政治との関係が次のような観点から分析されているからである。
(1)ルサンチマン説 大革命の主体となったマラのような人物を駆り立てたのは「旧体制や特権階級への憎悪と嫉妬」つまりルサンチマンであり、それが復讐的・懲罰的な処刑・暴力を呼び起こし、革命を救うための独裁を肯定した。清廉の人であるロベスピエールはルサンチマンとは無縁であったが、ルサンチマンから恐怖政治へと向かう動きを阻止できず、渦中の人となってしまった。
(2)陰謀論 革命初期に王侯貴族や僧侶を断罪するためにつくりだされた「敵」のイメージが、次には「味方の中に潜む敵」すなわち、旧来の敵と結託して反革命の陰謀を企てる内部の敵へと向けられるようになるが、ロベスピエールもブリソ派(ジロンド派)を敵と認定して以後はこの陰謀論を免れなかった。
(3)システムの支配説 国民公会にしろ公安委員会にしろ独裁できないような集権的なシステムであったがゆえにむしろ恐怖政治が招来された。国民公会ではジャコバン派は三分の一程度で、多数派は平原派と呼ばれる穏健派だった。「この穏健な多数派が、結果的に〈システム〉を下支えした」。つまり、多数派は初期にはナショナリズムに押されてブリソ派を、ついで戦況不利になるとジャコバン派を、そしてジャコバン派が分裂するとロベスピエール派を、そして最後は自分たちが狙われていると感じてアンチ・ロベスピエール派をそれぞれの段階で支持したが、ではいったい多数派がそれぞれの選択において依拠したのは何だったのか?
それは多数派の自己利得であった。「清廉の人とは、〈腐敗していない人〉を意味する。彼がそう呼ばれたことは、逆にそれ以外の多くの政治家が腐敗し、利得のために妥協したことを示している」。
たしかにそうだろう。だが私が理解できないのは自己利得に敏感な多数派がブリソ派やダントン派との対決において、同じく利に聡いブリソ派やダントン派ではなく、清廉なロベスピエール派に加担したのはなぜかということである。
思うに、多数派は、ロベスピエールが拠っていた美徳が自分たち以外(ブリソ派、ダントン派、さらにはエベール派)に向けられている限りは、美徳という刃の鋭さにルサンチマンの充足を感じ、同時に善悪二元論的な陰謀論に拠ってロベスピエール派を支持したが、ロベスピエール派がいよいよ美徳という刃を自分たちに向けようとしていると察知したとたん命と自己利益を脅かされたと感じて反撃に出たということではなかろうか? 自己利得に聡い人ほど、美徳が自分たちを侵犯しない限りにおいて美徳を支持するものなのである。
ルソーは共同体の一般意志が「おまえは死ななければならない」と命じたら共同体の成員は死ぬほかないようなものが一般意志だとしたが、革命の全過程を支配したのは結局のところ多数派の自己保存本能に基づく一般意志であり、ロベスピエールといえどもこの一般意志には従うほかなかったのだ。
「美徳」の二面性という観点から大革命を見直すことで、「独裁者ロベスピエール」という紋切型を打破するのに成功した優れた評伝である。
(かしま・しげる フランス文学者)
著者プロフィール
高山裕二
タカヤマ・ユウジ
1979年、岐阜県生まれ。明治大学政治経済学部准教授。2009年、早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。博士(政治学)。専門は政治学・政治思想史。主な著作に『トクヴィルの憂鬱 フランス・ロマン主義と〈世代〉の誕生』(白水社、サントリー学芸賞受賞)、『憲法からよむ政治思想史〔新版〕』(有斐閣)、共著に『社会統合と宗教的なもの 十九世紀フランスの経験』、『共和国か宗教か、それとも 十九世紀フランスの光と闇』、『フランス知と戦後日本 対比思想史の試み』(いずれも白水社)。