
謎とき百人一首―和歌から見える日本文化のふしぎ―
1,980円(税込)
発売日:2024/10/24
- 書籍
- 電子書籍あり
人気翻訳者が読み解く、ミステリアスで豊饒な和歌の世界!
日本人はなぜ「儚さ」に美の本質を見出したのか。なぜ「主語」を明記せずに歌を詠んだのか。なぜ「本歌取り」で新しさを表現しようとしたのか。なぜ「擬音語」や「言葉遊び」を多用したのか。『百人一首』全訳で日米の翻訳賞を受賞した英文学者が、百首の謎を一つ一つ解き明かす。日本文化に出会い直せる「最良の入門書」。
はじめに
1 袖を濡らしたのは「露」か「涙」か? 天智天皇◆秋の田の
2 「干したり」と「干すてふ」は何が違うのか? 持統天皇◆春過ぎて
3 「ひとり寝」の夜はどれだけ長いのか? 柿本人麻呂◆あしびきの
4 富士山は「実景」か「想像」か? 山辺赤人◆田子の浦に
5 踏み分けたのは「人間」か「鹿」か? 猿丸大夫◆奥山に
6 「鵲」とはどんな鳥か? 中納言家持◆鵲の
7 「月」を見て日本人が思い浮かべるのは? 阿倍仲麻呂◆天の原
8 「うぢ山」に掛けられたふたつの言葉とは? 喜撰法師◆我が庵は
9 「掛詞」はいくつ使われているのか? 小野小町◆花の色は
10 「逢坂の関」を越えるとどうなるのか? 蝉丸◆これやこの
11 「漕ぎ出る舟」は何を意味しているのか? 参議篁◆わたの原
12 「乙女」が舞う舞台はどこか? 僧正遍昭◆天つ風
13 「筑波嶺」は何を表す歌枕なのか? 陽成院◆筑波嶺の
14 「しのぶもぢずり」の乱れ模様が暗示しているのは? 河原左大臣◆陸奥の
15 天皇は何のために「若菜」をつむのか? 光孝天皇◆君がため
16 残していく人がいるのは「京都」か「因幡」か? 中納言行平◆立ち別れ
17 正しいのは「くくる」か「くぐる」か? 在原業平朝臣◆ちはやぶる
18 なぜ男性が「女の歌」を詠んだのか? 藤原敏行朝臣◆住の江の
19 作者が「節の間」に見いだしたものは何か? 伊勢◆難波潟
20 「今はた同じ」は何と何が同じなのか? 元良親王◆わびぬれば
21 女が男を待っていたのは「一夜」か「数カ月」か? 素性法師◆今来むと
22 「嵐」には「雨」が含まれていないのか? 文屋康秀◆吹くからに
23 秋はいつから「悲しみの季節」になったのか? 大江千里◆月見れば
24 なぜ日本にはあちこちに「神」がいるのか? 菅家◆このたびは
25 女性に贈る歌になぜ「さねかづら」が添えられるのか? 三条右大臣◆名にし負はば
26 定家が「小倉山」の歌を選んだのはなぜか? 貞信公◆小倉山
27 思い人に「逢っていない」のか「逢えていない」のか? 中納言兼輔◆みかの原
28 「山里の冬」がいっそう寂しいのはなぜか? 源宗于朝臣◆山里は
29 「白菊」を際立たせる「見立て」の技法とは? 凡河内躬恒◆心あてに
30 「無情」なのは「月」か「女性」か? 壬生忠岑◆有明の
31 「吉野」が「雪」と「桜」と組み合わせられるのはなぜか? 坂上是則◆朝ぼらけ
32 「しがらみ」の本来の意味とは? 春道列樹◆山川に
33 「ひさかたの」にどんな意味が込められているのか? 紀友則◆ひさかたの
34 「松」は友人になりうるのか? 藤原興風◆誰をかも
35 詠まれているのは「男女間」か「男性間」か? 紀貫之◆人はいさ
36 夏は「夜が短い」のか「昼が長い」のか? 清原深養父◆夏の夜は
37 正しいのは「白露に」か「白露を」か? 文屋朝康◆白露に
38 女の本心は「ひたむきな恋」か「強烈な皮肉」か? 右近◆忘らるる
39 「浅茅生の小野の篠原」に隠された恋のイメージとは? 参議等◆浅茅生の
40 顔色に出ていたのは「物思い」か「恋」か? 平兼盛◆しのぶれど
41 「歌合」の勝敗の決め手となったこととは? 壬生忠見◆恋ひすてふ
42 「末の松山」は何を象徴していたのか? 清原元輔◆契りきな
43 「後朝」のルールは守られたのか? 権中納言敦忠◆あひみての
44 平安朝の「色好み」が見せた技巧とは? 中納言朝忠◆逢ふことの
45 「あはれ」はいかに訳すべきか? 謙徳公◆あはれとも
46 「梶」を失った恋はどこへ向かうのか? 曾禰好忠◆由良の門を
47 「八重葎」が表す屋敷の変化とは? 恵慶法師◆八重葎
48 「岩」に重ねられているのは誰か? 源重之◆風をいたみ
49 「篝火の炎」に何を見たのか? 大中臣能宣朝臣◆みかきもり
50 「長くもがな」に込められた思いとは? 藤原義孝◆君がため
51 「さしも草」に喩えられた気持ちとは? 藤原実方朝臣◆かくとだに
52 「朝ぼらけ」を恨めしいと思うのはなぜか? 藤原道信朝臣◆明けぬれば
53 「色あせた菊」を歌に添えて贈ったのはなぜか? 右大将道綱母◆嘆きつつ
54 恋の絶頂期になぜ「不信感」を詠んだのか? 儀同三司母◆忘れじの
55 「滝」の流れを感じさせる技巧とは? 大納言公任◆滝の音は
56 「恋多き女」が死を覚悟しながら歌を贈った相手とは? 和泉式部◆あらざらん
57 「月の歌」か、「恋歌」か、それとも……? 紫式部◆めぐりあひて
58 「そよ」に込められた二つの思いとは? 大弐三位◆有馬山
59 穏やかに表現された「悲しみ」とは? 赤染衛門◆安らはで
60 「名高い母」に比べられた娘が見せた機知とは? 小式部内侍◆大江山
61 「九重」はどこを意味するのか? 伊勢大輔◆いにしへの
62 清少納言は歌を贈った相手と「恋仲」だったのか? 清少納言◆夜をこめて
63 三条院を激怒させた「没落貴族」の末路とは? 左京大夫道雅◆今はただ
64 「大山札」は百人一首にいくつあるか? 権中納言定頼◆あさぼらけ
65 朽ちるのは「干さぬ袖」か「名」か? 相模◆恨みわび
66 厳しい修行中に「桜」に呼びかけた思いとは? 大僧正行尊◆もろともに
67 「手枕」はどんな場面で差しだされたのか? 周防内侍◆春の夜の
68 歌に込められた「絶望」の深さとは? 三条院◆心にも
69 「平凡」という評価は妥当なのか? 能因法師◆嵐吹く
70 「三夕の歌」に数えられるべきはどの歌か? 良暹法師◆寂しさに
71 「まろ屋」に吹き込む風の強さは? 大納言経信◆夕されば
72 「あだ波」に喩えられるのはどんな人か? 祐子内親王家紀伊◆音に聞く
73 「大学者」はなぜ内大臣の家で「桜」を詠んだのか? 権中納言匡房◆高砂の
74 「松尾芭蕉」が詠んだ見事なパロディーとは? 源俊頼朝臣◆憂かりける
75 「しめぢの原のさせも草」は当てになるか? 藤原基俊◆契りおきし
76 権力者が詠んだ「わたの原」のスケール感とは? 法性寺入道関白太政大臣◆わたの原
77 この歌を題材にして作られた古典落語とは? 崇徳院◆瀬を早み
78 「須磨」はいつから「もの悲しい場所」になったのか? 源兼昌◆淡路島
79 「柿本人麻呂」を崇拝する父子が始めた儀式とは? 左京大夫顕輔◆秋風に
80 「黒髪の乱れ」は何を表しているのか? 待賢門院堀河◆長からん
81 「ホトトギス」にはどのようなイメージがあるのか? 後徳大寺左大臣◆ほととぎす
82 僧なのに「歌狂い」がいるのはなぜか? 道因法師◆思ひわび
83 俊成が日本文化に残した「巨大な影響」とは? 皇太后宮大夫俊成◆世の中よ
84 父に冷遇された苦労人が詠んだ「辛さ」とは? 藤原清輔朝臣◆長らへば
85 「夜明け」は来てほしいものか、来てほしくないものか? 俊恵法師◆夜もすがら
86 西行はなぜ「花」と「月」を愛したのか? 西行法師◆嘆けとて
87 歌に詠まれているのは「近景」か「遠景」か? 寂蓮法師◆村雨の
88 「身をつくす」姿を北斎はどう描いたか? 皇嘉門院別当◆難波江の
89 「男性」の立場で詠んだのか、「女性」の立場で詠んだのか? 式子内親王◆玉の緒よ
90 「涙の色」は紅くなるのか? 殷富門院大輔◆見せばやな
91 「虫の鳴き声」の違いを聞き分けられるか? 後京極摂政太政大臣◆きりぎりす
92 「沖の石」にはどんな思いが込められているのか? 二条院讃岐◆わが袖は
93 子規はなぜ実朝を「第一流の歌人」と評したのか? 鎌倉右大臣◆世の中は
94 「本歌取り」ではなぜ季節を変えるのか? 参議雅経◆み吉野の
95 「おほけなく」と言いながらも示した決意とは? 前大僧正慈円◆おほけなく
96 「散りゆく桜」と「老いていく我が身」の関係は? 入道前太政大臣◆花さそふ
97 定家が「まつほの浦」を詠んだ狙いとは? 権中納言定家◆来ぬ人を
98 「楢の小川」はどのように訳すべきか? 従二位家隆◆風そよぐ
99 後鳥羽院の歌が『百人一首』に入選したのはなぜか? 後鳥羽院◆人もをし
100 「しのぶ草」に込められた思いとは? 順徳院◆ももしきや
おわりに
書誌情報
| 読み仮名 | ナゾトキヒャクニンイッシュワカカラミエルニホンブンカノフシギ |
|---|---|
| シリーズ名 | 新潮選書 |
| 装幀 | 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀 |
| 発行形態 | 書籍、電子書籍 |
| 判型 | 四六判変型 |
| 頁数 | 320ページ |
| ISBN | 978-4-10-603918-8 |
| C-CODE | 0392 |
| ジャンル | 評論・文学研究、ノンフィクション |
| 定価 | 1,980円 |
| 電子書籍 価格 | 1,980円 |
| 電子書籍 配信開始日 | 2024/10/24 |
書評
自分たちを知るための大切な「気づき」
日本人ならば誰でも教科書やかるたを通して慣れ親しんでいる「百人一首」。アイルランド出身で、大学で教えるために日本に来てそのまま三十年以上住み、教師、翻訳家、詩人としてメディアの中でも活躍されているピーター・J・マクミランさんによる『謎とき百人一首―和歌から見える日本文化のふしぎ―』は、和歌、そして日本文化の語り尽くせぬ奥行きを論じた名著である。
「百人一首」の翻訳で、ドナルド・キーン日本文化センター日本文学翻訳特別賞を受け、日本文化の紹介者として国際的に評価されているマクミランさん。私は個人的にも存じ上げているが、その温厚なお人柄から発せられる日本への愛はほんものだ。ホメロスやイェイツ、ジョイス、ベケットなどに縦横無尽に言及しつつ和歌を論じる本書は、「世界文学」の中の和歌、そして日本の文化のありようを、時代の変化に動揺しがちな私たちの胸のど真ん中に届けてくれる。
「百人一首」には、「恋」を通して人生を味わう歌が多い。平兼盛の歌「しのぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで」や、小野小町の「花の色はうつりにけりないたづらに 我が身よにふるながめせしまに」といった名歌をマクミランさんがどのように受け止めたか。私たち日本人が「言の葉」に託した「もののあはれ」が世界に広がっていく感覚は、感動的だ。
右にも述べたようにすでに定評ある「百人一首」の英訳は、本書の読みどころの一つである。ドナルド・キーンさんに訳文を見せて感想をもらうなどの交流があったマクミランさんは、見事な翻訳で『源氏物語』を世界に知らしめたアーサー・ウェイリー以来の受容史の中にある。
マクミランさんの英訳には、知性と愛がある。日本語における同音異義語を、どのように反映させるか。猿丸大夫の歌「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋はかなしき」に見られるような、主語の曖昧さの持つ可能性をどう扱うか。シリアスな本質論を論じる一方で、柿本人麻呂の歌「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の 長々し夜をひとりかも寝ん」の英訳では、単語を縦長に並べることで、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』のような軽やかな遊びの精神にも到達する。
もっとも、翻訳には困難が伴う。権中納言敦忠の歌「あひみての後の心にくらぶれば 昔は物を思はざりけり」の英訳はすばらしい。しかし、日本語の持つニュアンス、響きがどんなに卓越した英訳でも伝わりきらないことはマクミランさんご自身も繰り返し強調する。
深い理解に基づく、工夫をこらした英訳ですら、もとの和歌の興趣は時に伝わりにくい。そのような和歌を敢えて英語に直そうというマクミランさんの試みは、ドン・キホーテのように美しく、真に創造的な行為であり、読んでいて深い感動があった。同時に、卓越した英訳をいわば「鏡」として、かえって、和歌は第一義的には日本語で味わうべき芸術であると読者に気づかせる点に、一つの「発見」があると思う。
本書は、いろいろな意味で忘れがたい読後感があるが、特に、マクミランさんの日本文化における「月」の持つ意味についての論は考えさせられた。「外国人は日本国旗『日の丸』を見て、日本は太陽の国と思いがちである。極東の日本は、アジアで初めに太陽が出てくる国でもある。ただ、日本文学の翻訳をしてきた私にとって、日本はむしろ月の国であるように感じる」という卓見は、長年古典文学に向き合ってきた著者ならではであろう。
確かに、日本人は月が大好きである。とりわけ、古典文学においては月が中心的な位置を占めている。そのことは日本人にとっては常識だが、世界的に見ればユニークな感性であることに、私はマクミランさんを通して改めて気付かされたように思う。
遣唐使とともに渡った唐に長年滞在して三代の皇帝につかえ、ついには帰郷がかなわなかった阿倍仲麻呂による歌「天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山にいでし月かも」を題材に、月に対する日本人の感性を文学的伝統の中で論じた項は、本書の白眉である。
人工知能やグローバル化といった流れの中、私たちは今、自分たちの居場所を見直すべき時を迎えている。世界をいわば「鏡」として、日本文化を再発見しなければならない。そんな時代に、マクミランさんの本書は大切な「気づき」の数々を与えてくれる。
和歌におけるジェンダーの問題など、本書で論じられた論点がこれからどのように発展して行くのか、ほんとうに楽しみだ。万葉集の英訳などにも取り組み続けるマクミランさんは、ウェイリーやキーンといった先人たちがたどった道を、さらにどこまで遠くに行くのだろうか?
(もぎ・けんいちろう 脳科学者)
インタビュー/対談/エッセイ

対話的な読書のすすめ
──今年のフェアのテーマは、「日本とは何か?」です。高市政権の誕生や参政党の躍進の背景には、保守的な思想やナショナリズムの高まりがあるのでしょうか?
ちょっと違う見方をしています。昨今の選挙結果は、旧態依然としたリベラル勢力が国民から見捨てられたことを示しているだけで、保守思想やナショナリズムが蔓延しているからそうなったわけではないでしょう。現状変更への期待が、高市首相や参政党、チームみらいへの支持へと向かったのだと思います。
しかしそれとは別に、「日本とは何か」について関心が高まっているという印象を、ふだん持っています。ナショナリズムというよりも、もっと日常生活に即した感覚ですね。社会のグローバル化が進んで、ビジネスでも個人的な生活のなかでも、外国人と接する機会が多くなった。そうするとたとえば、外国人から日本の文化や歴史について質問されたときに、うまく答えられないと気づく。そうした実生活上の関心に根ざした意識ではないかと思います。ビジネスパーソンの方から、「日本について関心はあるけれど、よく知らない」という述懐を伺うことは多いです。
そういう声が出るようになる原因の一つは、学校教育のカリキュラムでしょう。いま、高校では「歴史総合」が必修科目なので、日本の近代史は多くの人が学んでいますが、政治史・外交史・経済史が中心ですから、思想や文化については知識が手薄になる。また、それ以前の時代に関しては、選択科目の「日本史探究」や「倫理」を受講していないと、知る機会がない。大半の大人が、日本の思想や歴史に関する知識は中学生レベルのまま、海外の実務家と交流したりしているんですね。
そういう人が「日本とは何か」について学び直そうとするときに、今回のフェアのラインナップは役に立つのではないかと思います。
──苅部さんの『「維新革命」への道―「文明」を求めた十九世紀日本―』も、江戸時代から明治時代にかけての思想を学び直せる内容ですね。

江戸時代の荻生徂徠・本居宣長から、明治時代の福澤諭吉、竹越與三郎まで、多くの思想家の言説をとりあげた本ですが、高校教科書に載っていたり、大河ドラマのあらすじの元になっていたりする歴史のストーリーとは、異なる見かたを提示しようと試みたものです。
世上に流布する歴史の語りではしばしば、日本の近代化の特色について「和魂洋才」と表現されます。思想やモラルは旧来のものを保ったまま、法制度や科学・技術を西洋から摂取したというイメージ。しかし、「和魂洋才」という言葉は明治の末になって登場するものですし、明治初期の知識人はそんなことを言っていません。
これに対して『「維新革命」への道』では、すでに江戸時代に思想面での「文明」化が進んでいたという歴史像を提示しています。
──日本の思想が特殊な発展を遂げていたからこそ、西洋以外で唯一、近代化に成功したわけですね。
特殊な発展というより、西洋と響きあうような普遍的な要素が育っていた。
かつて1980年代、1990年代の日米貿易摩擦の時代には、日本特殊論が大流行していました。エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』、カレル・ヴァン・ウォルフレンの『日本/権力構造の謎』『人間を幸福にしない日本というシステム』など、特殊性を強調する本が出て、『ザ・カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン』なんて物騒な本もあった。そのせいで、日本人自身も自分たちは特殊だと思い込みを強める傾向がありました。
しかしその後、日本のマンガやアニメが当たり前のように海外で流行するようになりました。また日本人も海外のドラマを手軽に鑑賞しています。若い世代にとって、「日本が特殊だ」という指摘はぴんと来ないでしょう。日本が確かに特殊だとしても、それを言うならアメリカも中国もそれぞれ特殊だろうという感覚になっている。
そのような時代の変化の中で、日本だけが特殊だと見なす色眼鏡を取り払った上で、素直に十九世紀の日本の思想史を見直してみると、当時の日本人は、むしろ伝統的な価値観に基づきながら、西洋の文化のなかに普遍的な意味を見いだし、それを「文明」と呼んで享受しようとしたことがわかります。その延長線上に、民主主義や法の支配といった思想・制度の受容があった。
黒船の圧力によって、仕方なく「洋才」を学んだわけではありません。むしろ伝統的な思想に立脚しながら、西洋の「才」と「魂」の両方を高く評価したからこそ、日本は近代化に成功した。
──しかし、「普遍的価値」も近年は急速に勢いを失いつつあるように見えます。
「普遍的価値」が危機に瀕しているとは思わないんですね。欧米諸国でも、完全なリベラル・デモクラシーを実現できた国など存在しない。めざすべき社会の理想としては、その重要性を否定するのは今でも難しいでしょう。
むしろ現代は、近代の「文明」の長所と短所を冷静に見きわめ、その良い部分を、どうやってさまざまな文化圏に定着させるかについて、考え直すチャンスです。十九世紀日本の経験は、そうした思考の材料として重要だと思います。
日本を考える多様な視点
──今回のフェアでは、苅部さんの本の他にも思想史の本が多く入りました。いずれもロングセラーですが、思想史という一見マイナーなジャンルが日本ではなぜよく読まれるのでしょうか?
思想史研究は、学界では専門家の少ない分野ですが、戦後日本の読書界では、結構メジャーなんですね。それは明らかに丸山眞男の影響で、『日本の思想』(岩波新書)は、刊行後六十年以上たっても読まれています。社会学者の竹内洋さんは、中公新書の『丸山眞男の時代』の中で、政治思想史はちょうど人文学系と社会科学系の接点になるので、教養書としては最強のジャンルだと指摘されています。「日本とは何か」という問いに関心が高まっている現在、日本政治思想史の本がよく読まれるのは当然なこととも言えるでしょう。
たとえば先崎彰容さんの『未完の西郷隆盛―日本人はなぜ論じ続けるのか―』は、西郷隆盛という人物を直接論じるのではなく、福澤諭吉から司馬遼太郎まで六人の思想家・作家を並べて、いかなる西郷イメージを世に提供したかを分析している。西郷論の歴史から、近代日本人の精神史を改めてたどり直している試みです。

もちろん、「日本とは何か」という問いについては、思想史以外の視角から検討することも重要です。
川添愛さんの『ふだん使いの言語学―「ことばの基礎力」を鍛えるヒント―』は、日本語という切り口から「日本とは何か」について論じているという読み方もできるでしょう。私たちはどのように「は」と「が」を使い分けているのか。どういう時に「不自然」な日本語だと感じるのか。ふだんは特に意識しないで使っている日本語の中に、じつは複雑な文法構造が隠されていることがわかる。そして、そこから私たちの考え方の癖を知り、意外な側面を発見することもできるでしょう。
あるいは、巽好幸さんの『地震と噴火は必ず起こる―大変動列島に住むということ―』。マグマの研究者の方が書かれた本ですが、専門的な地球科学の本が選書という一般書の形で刊行されているのは、やはり日本人が阪神・淡路大震災と東日本大震災を経験したからこそだと思います。これも災害という切り口から「日本とは何か」を考えさせてくれる本として評価できるのではないでしょうか。


──「日本とは何か」を考える際に、外国人の視点で考える本があった方が良いと思い、ドナルド・キーンさんの『日本文学を読む・日本の面影』と、ピーター・J・マクミランさんの『謎とき百人一首―和歌から見える日本文化のふしぎ―』もフェアに入れました。


たしかにさまざまな視点を並べることは大事だと思いますが、キーンさん、マクミランさんご当人は、自分は外国人だという意識では書いていない、と不本意に感じられるかもしれませんね。
もし日本政治思想史の優れた本が、海外で刊行されたら、日本国内の読者に紹介したいと考えているのですが、最近はなかなかそのような本にめぐりあえないのが現実です。とくに英語圏の人文学・地域研究の学界で顕著な傾向ですが、ポストコロニアリズムやジェンダーといった「リベラル」なテーマにばかり集中していて、オーソドックスな思想史や政治史を専攻する研究者が少なくなっている。英語圏に関しては、もう無理かもしれません。ほかの地域にはまだ可能性があるかもしれませんが。
選書を対話的に読む
──苅部さんは『「維新革命」への道』『小林秀雄の謎を解く―『考へるヒント』の精神史―』と二冊の選書を刊行しています。選書というジャンルの魅力を教えて下さい。
選書という本の形は日本独自のものです。新書も世界では珍しい刊行形態ですが、一応、英国のペリカン・ブックスというモデルがあります。しかし、新書でも専門書でもない、中間的なスタイルとしての選書という存在は、おそらく海外に類例がない。そう考えれば、選書というジャンルがあること自体が、「日本とは何か」を語るための素材になりえます。
新書と選書の違いについてあえて語るなら、新書は、たとえば新幹線で東京と大阪を往復する間にさっと読んで、知識を効率的に吸収するための本です。それに対して選書は、情報を得るということのみにとどまらず、もう少しゆっくり時間をかけて、対話的に読むものではないでしょうか。
本の内容をじっくりと追いながら、なぜこのようなテーマを選んだのか、なぜこのような書き方をしているのだろうかと想像してみる。さらに著者の考えと自分の考えを対比させて、自分だったらどう論じるかを考えてみる。取り上げられている題材を別のものに置き換えてみたり、その理論を現実の事例に当てはめてみたり……情報を得る営みに加えて、時に文章から離れながら、頭の中で新たな対話が始まるようにして読む。そのように接していただけるのが、選書の著者としての願いでもあります。
(かるべ・ただし 東京大学教授)
著者プロフィール
ピーター・J・マクミラン
MacMillan,Peter J.
アイルランド生まれ。翻訳家、日本文学研究者、詩人。英文学博士。アイルランド国立大学を卒業後、米国で英文学の博士号を取得。プリンストン、コロンビア、オックスフォードの各大学の客員研究員を経て来日、2024年10月現在、武蔵野大学客員教授、相模女子大学客員教授、東京大学非常勤講師。2008年に英訳『百人一首』で、日米の翻訳賞を受賞。2016年には英訳『The Tales of Ise』(伊勢物語)、2018年には英訳『One Hundred Poets, One Poem Each』(百人一首)の2冊がPenguin Booksより出版される。『日本の古典を英語で読む』『英語で味わう万葉集』など著書多数。


































