
天気のからくり
1,815円(税込)
発売日:2025/06/26
- 書籍
- 電子書籍あり
地球大気という薄い膜の中で繰り広げられる美しいドラマ。
「線状降水帯」はなぜできる? 台風はどこまで大きくなる? 空にある世界最大の川とは? 日本書紀から古代日本の台風被害を予想し、歌川広重の版画から雨粒の形に思いを馳せ、台風の謎を解明するためジェット機で突入する気鋭の気象学者が見れば、世界はこんなに美しい。明日から空を見る目が変わる気象エッセイ。
用語解説
はじめに
第1章 台風と豪雨のからくり
二百十日――稲と台風の不思議な関係
空に浮かぶCD
日本書紀の「あからしまかぜ」
台風の暴風域はどこにある?
洞爺丸台風――危険な「温低化」
台風の特異日
集中豪雨は大気の破壊現象
豪雨をもたらす「空の種まき」
世界最大の川は空にある?
台風と大気の河
第2章 四季のからくり
「三寒四温」と低気圧の理論
暖かくて危険な強風「春一番」
温度がたまると桜が咲く?
春に降る暖かい雨
夏の雷はなぜ三日続くのか
猛暑は上からやってくる
霧の彫刻
竜巻とトルネード
真冬の渦巻き「北海道西岸小低気圧」
大雪をもたらす「日本海寒帯気団収束帯」
ドカ雪
第3章 地球のからくり
おにぎりと地球
イカロスはなぜ海に落ちたのか
成層圏の「ベルリン現象」
なぜ台風は赤道を越えられないか
自由なようでじつは不自由な風
もしも地球が茶筒型だったら
曲がった飛行機雲
地球の傾きと季節の変化
第4章 雲のからくり
雨粒はどんな形をしているか
広重が描いた多様な雨
「雨冠の気象学」
雲はなぜ落ちてこないのか
動かない雲
積乱雲は細胞でできている
スーパーセル積乱雲
「ゆらぎ」が生み出す金平糖と雪結晶
第5章 気象への旅
夜明けと夕暮れが一緒に来る町
霜柱と北極圏のピンゴ
パラオの雨と虹
顕微鏡で雲を見る
ひと月に35日、雨の降る島
地球温暖化で台風は増えるか
「白い龍」肱川あらし
台風を予知する宮古島のクモ
第6章 未来の天気に挑む
スーパー台風に突入せよ
台風観測は神頼み
スーパー台風が日本に上陸する未来
台風減勢は可能か
新幹線は4次元の世界
悪魔と超水滴
気象学を支える観測
地震と大雨
「それしか ないわけ ないでしょう」
夢
おわりに
書誌情報
読み仮名 | テンキノカラクリ |
---|---|
シリーズ名 | 新潮選書 |
装幀 | 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 波から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 256ページ |
ISBN | 978-4-10-603931-7 |
C-CODE | 0344 |
ジャンル | 地球科学・エコロジー |
定価 | 1,815円 |
電子書籍 価格 | 1,815円 |
電子書籍 配信開始日 | 2025/06/26 |
書評
気象学者はどのように空を見ているのか
台風や大雨による水害のニュースを、私たちは毎年のように目にしている。「最近、異常気象が増えているのでは?」――そんな風に感じている人も多いだろう。
空では雲が育ち、そのなかで雨が成長して降ってくる。積乱雲と呼ばれる雲が集まることで低気圧として発達し、やがて風が強まると台風になる。こうした現象はすべて空の上で起きている。しかし、私たちは日々の生活のなかで、空や雲を目にしながらも、じっくり向き合うことは少ないかもしれない。だからこそ、空と上手に付き合うために、その仕組みを知ることが大切だと、筆者は考える。美しい空を楽しむだけでなく、突然の雨に困ったり、大きな災害に巻き込まれたりするリスクも減らせるはずだ。
相手を知るには、一つの側面だけでなく、さまざまな角度から眺めることが大事だ。「天気」に関する本は、子ども向けの図鑑から専門的な教科書まで、数え切れないほどある。そんな中で、ちょっと違った視点から天気を知りたい人にぜひおすすめしたいのが、『天気のからくり』である。
著者の坪木和久先生は、名古屋大学宇宙地球環境研究所の教授で、台風や大雨を専門とする気象学者だ。日本人として初めて、航空機によるスーパー台風の直接観測に成功したことでも知られている。本書は、そんな坪木先生の目を通して見た「天気」の世界を、軽快なエッセイの形で描き出している。
「気象学」と聞くと、ちょっと難しそうな印象を受けるかもしれない。だが、本書は日常の何気ない事柄をきっかけに、天気の謎を解き明かしていく。坪木先生のユーモアあふれるエピソードや体験談が織り込まれていて、まるで物語を読んでいるような感覚になる。さらに、「地球の自転軸が傾いていなかったら、清少納言は季節の話を書かなかっただろう」とか、「大気の河にはアマゾン川2~3本分の水が流れている」といった、思わず「へぇ!」と声が出るような話が随所にちりばめられており、ページをめくる手が止まらなくなる。
なかでも筆者が特に心惹かれたのは、「スーパー台風に突入せよ」という節だ。スーパー台風とは、地上での最大風速が毎秒67メートル以上の非常に強力な台風のこと。坪木先生が日本人として初めてスーパー台風の航空機観測に挑戦した当時の緊迫した状況や、胸の高鳴りまでが生き生きと描かれている。あくまで本の中の話なので、実際に飛行機に同乗しているわけではないのだが、まるで機内にいて興奮している坪木先生から直接話を聞いているような臨場感がある。
ちなみに、2024年春に放送された、気象災害をテーマにしたテレビドラマ「ブルーモーメント」は、筆者が気象監修を務めた作品だ。このドラマでも、関東に上陸しようとするスーパー台風の周囲をヘリで観測するシーンがあるが、これはまさに坪木先生の航空機観測からヒントを得たものだ。坪木先生にはドロップゾンデ(観測機器)の監修もお願いし、快く引き受けていただいたのは、良い思い出である。
そして、本書の魅力は、最新の研究成果もふんだんに紹介されている点にある。たとえば、地球温暖化が進むと、今世紀後半にはスーパー台風が日本本土に達する可能性があるというシミュレーション結果や、計算コストを抑えて現実的な雲や雨粒を再現できる「超水滴法」と呼ばれる手法、さらにAIを活用した天気予報の最前線まで幅広く解説されている。気象の専門家にとっても新鮮な発見があり、読みごたえは十分だ。
冒頭には「私はクルクルと回転するコンパクトディスク(CD)を見ていると、だんだんそれが台風に見えてきます(何かの病気ではありません)」という坪木先生の一文がある。こういう“何かに魅せられてしまった人”の視点は、きっと私たちの日常とは少し違った風景を見せてくれる。台風に取り憑かれた(?)気象学者が、どんな風に空を見つめているのか。『天気のからくり』は、その熱量とユーモアに満ちた人間ドラマを、存分に味わわせてくれる一冊だ。
(あらき・けんたろう 気象学者/雲研究者)
著者プロフィール
坪木和久
ツボキ・カズヒサ
1962年兵庫県生まれ。気象学者。北海道大学理学部卒。日本学術振興会特別研究員(北海道大学低温科学研究所)、東京大学海洋研究所助手、名古屋大学大気水圏科学研究所助教授などを経て、2025年6月現在は名古屋大学宇宙地球環境研究所教授。2021年より横浜国立大学台風科学技術研究センター副センター長も務める。2017年、日本人として初めて、航空機によるスーパー台風の直接観測に成功した。著書に『激甚気象はなぜ起こる』(新潮選書)がある。