
アメリカの新右翼─トランプを生み出した思想家たち─
1,705円(税込)
発売日:2025/06/26
- 書籍
- 電子書籍あり
アメリカを乗っ取った「危険な思想」の正体を明かす!
トランプ政権による国家改造の成否に関わらず、リベラル・デモクラシーへの不信感は決定的なものとなっている。左右両極の間で起きた思想戦争の内幕を追いながら、テック右派から宗教保守、ネオナチなどの思想家たちが、なぜリベラルな価値観を批判し、社会をどのように作り変えようとしているのか、冷静な筆致で読み解く。
まえがき――アメリカは体制変革(レジーム・チェンジ)の只中か?
第一章 左右からの急進主義に揺れるアメリカ
二〇〇〇年代からアメリカでは何が起きてきたのか/主流政治に反旗を翻すオルトライトの登場/リチャード・スペンサーの履歴書/「警察の横暴」と人種をめぐる緊張関係/ネット空間の外に出たオルトライト/トランプの勝利とオルトライトの終焉/「ユナイト・ザ・ライト・ラリー」という頂点/パンドラの箱は開いたまま
第二章 一六一九年か一七七六年か、それとも
左派からのリベラリズム批判/デリック・ベルの批判的人種理論/ブラウン判決と白人の利益/一六一九プロジェクトと一七七六委員会の対立/一六一九年という欺瞞の始まり?/リンカン評価をめぐる溝とアイロニカルな一致/一六一九プロジェクトへの各方面からの批判/競合は可能か
第三章 ポストリベラル右派の躍進
権力に近づいたポストリベラル右派/戦後第三のニューライトの台頭/ポストリベラル右派の旗手、パトリック・J・デニーン/インディアナでの信教の自由回復法をめぐる衝突/デニーンのパワーエリート批判/フレンチとアーマリの論争
第四章 テクノロジーと反中主義の背後にあるもの
異彩を放つニューライト、ピーター・ティール/グーグルの中国接近を激しく非難したティール/『ゼロ・トゥ・ワン』の副題の意味/政治とテクノロジーの関係/ティールと共和党/停滞を恐れよ/ティールのリバタリアニズム/ティールの信仰/エデン主義に抗して/反キリストにもカテコーンにもなりうるアメリカ
第五章 大いなる置き換えとグローバル化する文化戦争
ルノー・カミュの「大いなる置き換え」/カミュの出自と極右への転向/「大いなる置き換え」「大いなる文化の剥奪」「小さな置き換え」/「アフリカ人によるヨーロッパの植民地化」という世界観/ポストリベラルたちに見出されるカミュ/アメリカの保守知識人と文化的亡命
第六章 右派進歩主義の台頭?
火星開拓という二一世紀のマニフェスト・デスティニー/テクノ=オプティミスト宣言とニューライト/進歩をめぐって戸惑う右派たち/ニューライトに合流したヴァンス/「ディープ・ステイト」とビッグテックのあいだで/変容を遂げつつあるアメリカと向き合って
あとがき
註
事項索引
人名索引
図版出典一覧
書誌情報
読み仮名 | アメリカノシンウヨクトランプヲウミダシタシソウカタチ |
---|---|
シリーズ名 | 新潮選書 |
装幀 | 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 208ページ |
ISBN | 978-4-10-603932-4 |
C-CODE | 0331 |
ジャンル | 政治 |
定価 | 1,705円 |
電子書籍 価格 | 1,705円 |
電子書籍 配信開始日 | 2025/06/26 |
書評
「トランプ劇場」を理解するための必読書
トランプが二度目の大統領に就任して以来、経済学のすべての常識に反する関税政策、開発援助を行なう政府機関の強引な解体、ウクライナのゼレンスキー大統領との全世界に中継された口論など、次々と繰り広げられる「劇場政治」に啞然としているのは私だけではないだろう。本稿の執筆時点でも、ハーバード大学を標的に助成金の打ち切りや留学生の受け入れ停止など、従来の「自由なアメリカ」では考えられないことが起きている。
『アメリカの新右翼─トランプを生み出した思想家たち─』は、アメリカの政治思想史を専門とする著者が、この「異型の政権」を支える新しいイデオロギーを紹介しつつ、混乱するアメリカ社会の背景を解明していく。
アメリカでは1960年代のカウンターカルチャーの時代から、右派(保守派)と左派(リベラル)のあいだで「文化戦争」が闘われている2000年代になると、左派から派生したウォーク(Woke:社会問題に意識高い系)と、右派が“進化”したオルトライト(Alt-right:オルタナ右翼)が価値観とアイデンティティをめぐってサイバー空間で衝突し、それが現実空間(政治や社会)にも影響を与えるようになった。その最大の事件が2016年のトランプ当選で、現在起きているのは文化戦争がさらに過激化した第二幕(あるいは最終局面)ということになる。
第二次世界大戦以降、世界は「リベラル化」「知識社会化」「グローバル化」という巨大な潮流に飲み込まれた。これは全体としては好ましいことだが、その一方で白人労働者階級をはじめとして、社会や経済の大きな変化に適応できず脱落する者たちを大量に生み出した。
彼ら/彼女たちは、「アメリカ人としてのプライドがもてるふつうの幸福」を奪われたのは、リベラルのエリートが世界を支配しているからだと思っている。これが「ディープステイト」で、稀代のポピュリストであるトランプは、この「支配」から解放してくれる救世主なのだ。
この世界観では、ハーバード大学はリベラル(すなわちディープステイト)の牙城で、だからこそトランプはそれを“破壊”しようとしている。このように考えれば、いま起きている事態が理解できるだろう。
フランシス・フクヤマは冷戦の終焉を受けて、政治制度の最終形態はリベラル・デモクラシーであり、「歴史は終わる」と論じた。ところがいまや、社会は大きく動揺し、新たな「歴史」が始まろうとしているように見える。
リベラル・デモクラシーが機能不全になったとすれば、問題は「リベラリズム」か「民主政(デモクラシー)」、あるいはその両方にあるはずだ。
アメリカの保守派は、建国の英雄たちが起草した憲法の条文を神聖視し、その理論的礎であるジョン・ロックなどの古典的自由主義を信奉してきた。だがパトリック・J・デニーンのような「ポストリベラル右派」は、それもまた「リベラロクラシー(リベラルの支配)」を生み出した元凶だとして、民主党だけでなく共和党主流派(保守本流)も否定する。そして、コミュニティや友愛に重きを置く「保守的なキリスト教徒」の伝統の復活を求めるのだ。
それに対してテクノ・リバタリアンであるピーター・ティールは、「自由」と「デモクラシー」は両立しないとして、人類を未来へと「加速」させるために、既存の世界から隔離された「自由な空間(たとえば海上自治都市)」をつくろうとしたり、新たな統治制度への移行を試みようとする。国家をスタートアップの会社と見なし、カリスマ的なCEOが「経営」するアイデアもそのひとつで、大富豪のイーロン・マスクはトランプ政権でそれを実践しようとした(そしてどうやら失敗したらしい)。
興味深いのは、過去へと「退行」しようとするデニーンだけでなく、未来へと「加速」させようとするティールもキリスト教への信仰を基礎にしていることだ。なぜなら、「新しいテクノロジーを創造することは、神の御業が人間をつうじてあらわれること」だから。――副大統領のJ・D・ヴァンスは、ティールの影響を受けてプロテスタントからカトリックに改宗したとされる。
それ以外にも本書には、批判的人種理論など左派(レフト)からのリベラリズム批判や、白人至上主義者の陰謀論の定番である「大いなる置き換え(ヨーロッパ文明が非白人に乗っ取られる)」の源流となったフランスの「極右思想家」など、複雑化・過激化する文化戦争を理解するうえでの必須の知識がコンパクトにまとめられている(私が知らないこともたくさんあった)。
トランプはなにをしようとしているのか、アメリカでいったいなにが起きているかを知りたいひとのための必読書であることは間違いない。
(たちばな・あきら 作家)
著者プロフィール
井上弘貴
イノウエ・ヒロタカ
1973年、東京都生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程満期退学。博士(政治学)。早稲田大学政治経済学術院助教、テネシー大学歴史学部訪問研究員などを経て、神戸大学大学院国際文化学研究科教授。専門は政治理論、公共政策論、アメリカ政治思想史。著書に『ジョン・デューイとアメリカの責任』(木鐸社)、『アメリカ保守主義の思想史』(青土社)、訳書に『市民的不服従』(共訳、人文書院)など。