
プーチンの歴史認識─隠された意図を読み解く─
1,815円(税込)
発売日:2026/02/18
- 書籍
- 電子書籍あり
権力者にとって歴史は「政治の道具」そのものだ──!
決して頭の中を覗かせない男の本音は、彼が発表してきた論文やスピーチの中にある。ロシアの成り立ち、正教の役割、統治の基本概念──難解とされる論文の数々に、何が省かれ、歪曲されているのか。プーチンの「洗礼の十字架」とは何か。なぜ「大動乱の時代」を嫌悪するのか。前ロシア大使が権力者の「内なる思考」を浮き彫りにする。
はじめに
第一章 ロシアの成り立ち
プーチン大統領にとって歴史の意味は何か
1.ロシア人はどこからきたのか
「ヴァイキング招致説」と「反ヴァイキング招致説」
プーチン大統領は「ヴァイキング招致説」を支持
2.キエフ・ルーシの興亡
キエフ・ルーシの建設
キエフ・ルーシはなぜ分裂したか
3.タタールのくびき
モンゴルによる間接支配
「タタールのくびき」からの解放
「タタールのくびき」の影響を過小評価するプーチン大統領
4.キエフ・ルーシの継承者は誰か
ロシア帝国の基となったモスクワ公国の台頭
ガーリチ=ヴォルイニ大公国の形成
キエフ・ルーシの継承国はどちらか
5.フメリニツキーの反乱とペレヤスラフ協定
フメリニツキーの率いるウクライナ・コサックの反乱
解釈の分かれるペレヤスラフ協定
プーチン大統領の「隠されたアジェンダ」
ペレヤスラフ協定後のウクライナ
第二章 正教の受け入れと歴史上の役割
プーチンの「洗礼の十字架」/キリル総主教との出会い
1.ルーシへのキリスト教の布教活動
スラヴ民族への布教はどのように始まったのか
大公妃オリガの洗礼/大公妃オリガの落胆
2.ギリシャ正教の受け入れと国教化
ウラジーミル大公はなぜ正教を選んだか
ウラジーミルは何をきっかけに、どこで洗礼を受けたか
聖地となったケルソネソス
ウラジーミル大公像を建立
正教を受け入れたことの歴史的意義
3.ヤロスラフ賢公の下での正教の発展
ヤロスラフ賢公の貢献
数奇な運命に翻弄されたヤロスラフ賢公の遺骨
4.モンゴルの侵略と「北の十字軍」に直面した東西ルーシの分裂
キエフ・ルーシから派生した「分領公国」
モンゴル軍の侵攻(東からのチャレンジ)と「北の十字軍」(西からのチャレンジ)
東西からのチャレンジに「北東ルーシ」と「南西ルーシ」はいかに対応したか
時代を超えた英雄、アレクサンドル・ネフスキー
5.モスクワ大公国による統一において正教はどの様な役割を果たしたか
総主教、府主教、大主教、主教の序列、府主教座の場所の変遷
荒野修道院創設運動とセルギエフ・ポサード
クリコヴォの戦いに先立つセルギイの祝福
ガーリチ=ヴォルイニ大公国の興亡
6.イワン三世と「第三のローマ」
ロシア正教会の自立と強化
イワン三世と最後のビザンティン皇帝の姪ソフィアとの結婚
修道士フィロフェイによる「第三のローマ」という考え方
7.ロマノフ王朝初期におけるロシア正教の変質
初代ツァーリのミハイルの父、総主教フィラレートの役割
「ニーコンの改革」がもたらした社会の分裂
「儀礼改革派」と「古儀式派」の分裂とロシア史上の波紋
8.ピョートル大帝による国家の教会支配の確立
ピョートル大帝による教会改革
9.ニコライ一世の治世の「正教、専制、国民性」という定式化
反革命の旗の下に生まれたニコライ一世
ウヴァーロフ教育大臣による反動的な教育の推進
プーチン時代の「ウヴァーロフ三原則」
10.ソ連邦の時代のロシア正教
ボリシェヴィキはなぜロシア正教を弾圧したか
ボリシェヴィキ政権による反宗教政策
ソヴィエト国家への迎合
戦時下で形成されたスターリン政権とロシア正教の関係
フルシチョフ政権下でのロシア正教への弾圧
11.ペレストロイカ以降のロシア正教
宗教の分野でのゴルバチョフ改革
ゴルバチョフ書記長ヴァチカン訪問、ウニヤ教会の合法化
ウクライナ正教会の分離独立
プーチン大統領の登場
第三章 ロシアの領土の拡大
1.領土拡大の論理
2.イワン雷帝による東への拡張
カザン攻撃
タタルスタン共和国初代大統領シャイミーエフとの昼食会
シベリア進出と専制政治
エイゼンシュタイン監督『イワン雷帝』
3.ピョートル大帝
ピョートル大帝の軍事政策
アゾフ要塞攻撃
北方戦争の開始、ナルヴァの敗戦と軍改革
ポルタヴァの戦い
プルト川の戦い、南進の中断
ニスタット条約とピョートル大帝の功績
4.エカテリーナ二世
即位までの経緯、「夫殺し」
エカテリーナ二世の下でのロシアの領土拡大の論理
黒海の歴史
ピョートル大帝から残された宿題
第一次露土戦争と1774年キュチュク・カイナルジ条約
エカテリーナ大帝の夢、ギリシャ計画
クリミア半島の併合
2014年のクリミア併合との類似性
エカテリーナ二世のクリミア視察
第二次露土戦争
ポーランド分割
ポーランド分割後のウクライナ
エカテリーナ二世の外交の成果と聖ゲオルギーリボン
5.西方面への領土拡大に終止符をうったクリミア戦争
黒海の戦略的地位
ニコライ一世の誤算
ニコライ一世の死とロシアの敗北
プーチン大統領とニコライ一世
第四章 ロシアの動乱の歴史から導かれた統治の基本理念
1.東ドイツの崩壊から得た三つの教訓
プーチン大統領はなぜ大衆のデモを強く嫌悪するのか?
祖国を再建せねばならない
ロシアの影響力の確保
2.「バラ革命」「オレンジ革命」への反発
「バラ革命」と「オレンジ革命」の内実
次はモスクワか
3.大動乱(スムータ)の時代を想起
「大動乱(スムータ)の時代」の訪れ
ミーニンとポジャルスキーの活躍
モスクワ解放の歴史的意義
4.国民統一の祝日の制定
「革命記念日」から「国民統一の祝日」への移行
なぜ「国民統一の日」は2005年に設定されたのか?
プーチン大統領はロシア国民に何を伝えたいか
あとがき
謝辞
関連年表
注
主な参考文献
書誌情報
| 読み仮名 | プーチンノレキシニンシキカクサレタイトヲヨミトク |
|---|---|
| シリーズ名 | 新潮選書 |
| 装幀 | 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀 |
| 発行形態 | 書籍、電子書籍 |
| 判型 | 四六判変型 |
| 頁数 | 240ページ |
| ISBN | 978-4-10-603941-6 |
| C-CODE | 0331 |
| ジャンル | 政治 |
| 定価 | 1,815円 |
| 電子書籍 価格 | 1,815円 |
| 電子書籍 配信開始日 | 2026/02/18 |
書評
ロシア大使が目撃した「歴史の転換点」
2005年の年次教書演説で、ロシアのプーチン大統領は「ソ連崩壊は二〇世紀の最も大きな地政学的な惨事である」と述べた。
冷戦敗北によって、ソ連邦は15の共和国に分裂した。ロシアはソ連邦に比べて人口で3分の2、面積で4分の3に縮んだ。プーチンの戦争は、すべてこの「惨事」のトラウマとイレデンティズム(領土回復主義)を背景にしているように見える。
2019年1月、安倍晋三首相がモスクワを訪問、プーチン・ロシア大統領と会談したとき、プーチンは首脳会談に先立って安倍を執務室に招き入れた。日本の指導者がクレムリンの大統領執務室に入ったのは「この時が最初で最後である」と当時、ロシア大使だった著者は記している。執務室から出てきた安倍は、「ピョートル大帝の胸像が置いてあった」と語った。
プーチンが尊敬するロシアの歴史上の人物は「ピョートル大帝とエカテリーナ大帝」である。
ピョートル大帝の領土の拡大の方向は「北」であり、その成果はバルト海の支配の確立であったのに対し、エカテリーナ二世の主たる拡大の方向は「南」であり、その成果は黒海を覇権の拠点として確保したことである。この二人はロシア帝国の版図の拡大を実現させた皇帝であり、ロシアの歴史上「大帝」の称号を得ている。
プーチンの歴史的情念は、ソ連邦の復活ではなく、帝政ロシアの版図拡大の歴史に向けられる。
例えば、1768年のエカテリーナ二世時代のオスマン帝国との戦争(第一次露土戦争)に勝利した結果、結ばれた講和条約(キュチュク・カイナルジ条約)である。
ここでロシアは(1)黒海北岸の一部地域を獲得(2)オスマン帝国内の正教徒の保護権を獲得(3)ボスポラス海峡とダーダネルス海峡の自由航行権を取得(4)クリミア半島入手に布石、を実現した。今、プーチンがゼレンスキーに突きつける要求──黒海に面するヘルソン州他3州の併合、ロシア正教会の優位の確保、黒海の航行の自由、クリミアの併合──はいずれもエカテリーナ二世の目指した戦略的課題の目標と「符合」している。
だが、その「符合」はロシアの勝利と長期的な安全保障を必ずしも保証しない。むしろ、ウクライナ戦争は、1853年~1855年のニコライ一世時代のクリミア戦争におけるロシアの大誤算と大敗北と韻を踏んでいるのかもしれない。すなわち、(1)いずれの戦争も黒海を戦場とした(2)ニコライ一世は、英国とフランスが軍事介入してくるとは思わなかったがプーチン大統領も、西側諸国のここまで強いウクライナ支援を予想していなかった(3)いずれも戦争が長期化した。
ウクライナ戦争が起こった時、在ロシア日本大使館は本省にこの大事件を報告した。
著者は、その末尾にブレジネフ書記長はアフガニスタンに侵攻しソ連邦を崩壊に導いた指導者として記憶されていることに触れつつ、次のような大使の見方を書き添えた。
「プーチン大統領はウクライナへの侵攻によりロシアを『孤立と衰退』に導いた大統領として記憶されることになる可能性がある」
ウクライナ戦争からすでに4年が過ぎた。ロシアにとってウクライナ戦争は、第一次世界大戦よりも第二次世界大戦よりも長い戦争となった。
ロシアはこの間、ウクライナにおける占領面積を7%から18%に増やした。
しかし、失ったものははるかに大きい。
フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟した。フィンランドとロシアの国境は1340キロメートルに及ぶ。スウェーデンの加盟により、バルト海はNATOに囲まれた。NATO、日本、オーストラリアなどの国防費が飛躍的に増大し、かつ、結束を強めた。何よりも全ウクライナが反ロシアで統一した。
どのような和平が成立するにせよ、この戦略的環境の大幅な悪化はおおむね変わらないだろう、と著者は見る。
著者は、大学時代、外交官を目指していると指導教官に伝えたところ、「外交官は歴史の転換点の目撃者」となる機会がある、と言われ、励まされたという。
「プーチン大統領の歴史解釈を精査することを通じて、プーチン大統領の政策の隠された意図を知る『よすが』を見出すことができる」と期して、著者は本書を書き始めたと綴っている。
これは、21世紀に入って最大の「歴史の転換点の目撃者」の証言である。その奥行きの深い、確かな証言は、この「歴史解釈の精査」を濾した歴史的パースペクティブを踏まえてこそ可能になった。
(ふなばし・よういち 国際文化会館グローバル・カウンシル・チェアマン)
著者プロフィール
上月豊久
コウヅキ・トヨヒサ
1956年生まれ。東京都出身。1981年、東京大学教養学部教養学科卒業、外務省入省。北米局日米安全保障条約課長、外務大臣秘書官、欧州局ロシア課長、欧州局長、大臣官房長などを経て、2023年まで8年にわたり駐ロシア特命全権大使を務める。2026年2月現在、千葉工業大学特別教授、東海大学国際学部教授兼平和戦略国際研究所所長として国際政治・ロシア史研究に従事している。『プーチンの歴史認識─隠された意図を読み解く─』が初の著作となる。



































