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危機の三十年─冷戦後秩序はなぜ崩壊したか─

細谷雄一/著

1,925円(税込)

発売日:2026/02/18

  • 書籍
  • 電子書籍あり

私たちはどこで道を踏み間違えたのか──慟哭の国際政治史!

冷戦終結で平和が訪れるはずだったのに、なぜ再び戦争の時代となってしまったのか。国際政治学の古典『危機の二十年』を下敷きに、ユートピア主義とリアリズムの相克という視座から、ソ連の解体、アメリカの傲り、NATOの東方拡大、そしてロシアによるウクライナ侵攻へ至る三十年を検証する。戦争回避のための必読書。

目次

はじめに──ウクライナ侵攻はなぜ起きたのか
迫り来る戦争の危機/ソ連崩壊の三十周年/「危機の三十年」を回顧する/冷戦後世界の「光」と「影」

序章 逆回転する世界史
「ポスト冷戦時代の終わり」/「世界史の転換点」の到来/リベラルな国際秩序の危機/国際秩序を破壊する大国/国際経済秩序の崩壊/アメリカの覇権的地位の終焉/孤立主義への回帰/「米国第一主義」の系譜/「危機の三十年」という視座

第一章 「危機の三十年」とは何か
ユートピアニズムとリアリズム/国際政治学の最も重要な古典/啓蒙思想と反啓蒙思想/「レッセフェールの終焉」/「危機の二十年」におけるユートピアニズム/リアリズムの時代としての冷戦/ポスト冷戦期の到来/「新・危機の二十年」の時代/「危機の三十年」時代のリアリズム

第二章 ユートピアニズムの再来
台頭するユートピア思想/ユートピアの復権/グレイの新自由主義批判/「歴史の終わり」のイデオロギー/冷戦後の民主的平和/グローバリズムの奔流/コスモポリタニズムの思潮/資本主義が勝利した世界

第三章 冷戦終結からポスト冷戦へ
冷戦終結期の歴史/「魔法の杖」で消えた帝国/ポスト冷戦時代の到来へ/「冷戦後秩序の産物」/ウィルソンの夢/「自決権」をめぐる政治力学/自決権を擁護するゴルバチョフ/歴史家サロッティの警告/「1インチの攻防」をめぐる真相/「自決権」か「勢力圏」か/キッシンジャーの予言/潰えたユートピアニズム

第四章 西側世界のおご
勝利主義と怨恨/民主主義拡大への批判/「最後の巨大な帝国」の崩壊/冷戦の終わり方/協調を摸索するNATO/「新しいNATO」の誕生/NATOとロシアとの協調/「平和のためのパートナーシップ」の誕生/「民主主義の拡大」戦略/NATO加盟への道/NATO東方拡大論争/苦悩する大国ロシア/ウクライナの自決権と安全の保証/ウクライナ非核化への日本の関与/NATO拡大へ向けた交渉

第五章 リアリズムの復権
米ロの協力関係/ブレアとプーチン/九・一一テロ後の協力/ラムズフェルドの警戒感/「フリーダム・アジェンダ」の促進/オレンジ革命の衝撃/オレンジ革命以後/西側と敵対するプーチン/ゲーツ国防長官とバーンズ大使の懸念/ブカレストNATO首脳会議/すれ違うブッシュとプーチン/「リセット」の限界/勢力圏を追求するプーチン/マイダン革命へ/バイデンからの圧力/プーチン大統領の決断/クリミアの強制併合/キャメロンとプーチン/戸惑うメルケル/米英両国の宥和的姿勢/抑止力の強化への動き/ボリス・ジョンソンの矜持/ユートピア主義の蹉跌

終章 「第三次世界大戦」を防ぐために
「旧い秩序の終焉」/「新しい戦前」という時代/「危機の三十年」とは何だったのか

おわりに──ユートピア主義とリアリズムの狭間で

書誌情報

読み仮名 キキノサンジュウネンレイセンゴチツジョハナゼホウカイシタカ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 288ページ
ISBN 978-4-10-603942-3
C-CODE 0331
ジャンル 政治
定価 1,925円
電子書籍 価格 1,925円
電子書籍 配信開始日 2026/02/18

書評

普遍的な正しさを疑わなかった「西側世界の傲り」

板橋拓己

 1989年の東欧の民主化とベルリンの壁崩壊、そして1990年の東西ドイツ統一は、冷戦の終焉を告げる歴史的転換点であった。1990年11月に欧州安保協力会議(CSCE)のサミットで採択されたパリ憲章は「民主主義・平和・統一の新たな時代」の到来を謳い、同年にブッシュ米大統領は「新世界秩序」を唱え、「法の支配がジャングルの掟に取って代わり(…)強者が弱者の権利を尊重する」世界を予告した。
 しかし、いまやこうした希望は消え失せた。世界各国で自由民主主義は後退し、権威主義が台頭するとともに、国際法や国際協調は踏みにじられ、大国間の競争が国際政治の基調となり、軍事的な衝突が各地で繰り広げられている。アメリカ優位の時代は終わり、いまやアメリカも自国第一を掲げ、世界の不安定要因となっている。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を目のあたりにして、ドイツのショルツ首相は「時代の転換」を語り、日本の岸田首相も「世界史の転換点」と表現した。
 いかにして冷戦終焉時の希望と期待は裏切られ、現在の状況にいたったのか。本書は、冷戦終焉後からロシアによるウクライナ侵攻までを「危機の三十年」と位置づけ、その間の国際政治の大きな流れを描く試みである。
 冷戦終焉から現在までの国際政治を書くには、冷戦終焉期に関する最先端の歴史学的研究をふまえる必要がある一方、同時代の国際政治への透徹した理解も求められる。著者はその難しい仕事をやってのけた。本書は、優れた外交史家であると同時に、現状分析と政策提言を続けてきた著者だからこそ書くことができた、貴重な国際政治の同時代史である。
 本書のタイトルは、言うまでもなく国際政治学の古典中の古典であるE・H・カーの『危機の二十年』に由来する。カーはその著書で、第一次世界大戦後のヨーロッパにおいて多くの人びとがユートピアニズムに浸かり、国際政治におけるパワーの重要性を軽視していた点を批判し、リアリズムの視座から国際政治を捉える重要性を説いた。
 このカーの著書にならい、本書は「危機の三十年」を、ユートピアニズムや楽観主義が浸透した最初の十五年から、大国間対立と民主主義の後退が露わとなる次の十五年へと転落していった時代と捉える。
 冷戦終焉後の西側諸国では、民主主義、新自由主義、グローバリズムが世界中に浸透し、平和で協調的な新しい国際秩序が成立するというユートピアニズムが広がっていた。しかし、こうしたリベラルな価値を拡大しようという試みが、中国やロシアのような権威主義的な大国の反発や不満を招いて、現在の危機を醸成したと本書は指摘する。
 著者は、1990年代の西側世界における多幸感とユートピアニズムの横溢を、思想と行動の両面から描き出す。F・フクヤマは自由民主主義こそが「人類のイデオロギー上の進歩の終点」だと説き、アメリカの国際政治学者たちは民主主義を世界に拡げることが世界平和をもたらすと主張した。そうした思想に則って、アメリカをはじめとする西側諸国は、冷戦後の新しいヨーロッパ秩序を「自決権」というリベラルな規範を基礎として創り出そうとした。中・東欧へのNATO拡大も「自決権」の行使だとされた。しかし、かかる振る舞いは、自らの「勢力圏」にこだわるロシアの世界観と対立した。そうした双方の異なる国際秩序観が衝突する場所がウクライナに他ならない。
 本書は、2004年のオレンジ革命、2014年のマイダン革命やクリミア併合といった、ロシア・ウクライナ戦争にいたる過程も追跡するが、その際の本書の特徴は、さまざまな政策決定者の回顧録を駆使して、外交交渉をビビッドに描いた点にある。とりわけ、プーチンと信頼関係を築いたブレア、及び腰のキャメロン、ウクライナの安全に強く関与したジョンソンなど、イギリス外交の役割を軸に西側とロシアとの関係を分析していくくだりは、イギリス外交史家としての著者の面目躍如である。
 自らの普遍的な正しさを疑わなかった「西側世界の傲り」に対する著者の評価は厳しく、「片方における「道義」は、他方における「脅威」と映ることに対して、われわれはより敏感で、繊細であるべきであった」と述べている。注意すべきは、こうした歴史学に基づく説明が、ロシアの国際法違反や非人道的行為を何ら免責しないとも著者が論じている点である。歴史学的な説明と、眼前の国際問題に関する規範的判断は区別されるべきなのである。
 著者の姿勢は、カーに加え、I・バーリン、J・M・ケインズ、あるいはJ・グレイといった、普遍主義に懐疑的で、価値多元的なリベラリズムの系譜に連なるものと言えよう(著者には『大英帝国の外交官』というカーやバーリンを論じた著作もある)。
 カーは『危機の二十年』のなかで「政治学が対象とする事実は、これを変えたいと思えば変えることのできる事実なのである」と述べた。ただし、変えたいと思うならば、まず事実を知る必要がある。そのために本書は必読である。

(いたばし・たくみ 東京大学教授)

波 2026年3月号より

著者プロフィール

細谷雄一

ホソヤ・ユウイチ

1971年、千葉県生まれ。慶應義塾大学法学部教授。立教大学法学部卒業。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。博士(法学)。主な著書に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(サントリー学芸賞)、『倫理的な戦争』(読売・吉野作造賞)、『外交』、『国際秩序』、『安保論争』、『国際連合の誕生』、『戦後史の解放I 歴史認識とは何か』、『戦後史の解放II 自主独立とは何か』など。

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