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日本史はいかに物語られてきたか

河野有理/著

1,980円(税込)

発売日:2026/05/21

  • 書籍
  • 電子書籍あり

20人の「歴史物語」から読み解く、知られざる戦後思想史!

網野善彦・山本七平・司馬遼太郎・松本清張・梅原猛・吉本隆明・坂本多加雄……戦後の知識人は自らの理想とする「国のかたち」を歴史に託し、従来の皇国史観やマルクス史観とは異なるユニークな「史論」を展開した。多様な史観が競合する思想空間は、いかに育まれ、なぜ衰退したのか。気鋭の思想史家が描く「歴史観の戦後史」。

目次

はじめに

序章 「日本史」の来歴をたずねて
第一章 百田尚樹『日本国紀』にはなぜ史観がないのか
第二章 渡部昇一『日本の歴史』が注視した皇室と国体
第三章 坂本多加雄『象徴天皇制度と日本の来歴』が説いた護憲の論理
第四章 西尾幹二『国民の歴史』が拘った天皇抜きのナショナリズム
第五章 上野千鶴子『ナショナリズムとジェンダー』の一貫性と揺らぎ
第六章 網野善彦『日本社会の歴史』が持つ二面性
第七章 佐藤誠三郎『文明としてのイエ社会』が示した多系的な近代観
第八章 山口昌男『天皇制の文化人類学』の二つの焦点
第九章 小松左京『日本沈没』と梅原猛『隠された十字架』のコスモポリタニズム
第十章 吉本隆明『共同幻想論』はなぜ天皇制の自然消滅を楽観したか
第十一章 山本七平『現人神の創作者たち』に込めた日本教批判
第十二章 松本清張『象徴の設計』の官と司馬遼太郎『坂の上の雲』の公
第十三章 遠山茂樹『昭和史』と近代化論争
第十四章 家永三郎『くにのあゆみ』後に起きた史観の転回
第十五章 羽仁五郎『都市の論理』が夢見たアゴラ
第十六章 山川菊栄『武家の女性』と高群逸枝『女性二千六百年史』の対決
第十七章 平泉澄『物語日本史』はなぜ正史を批判したか
終章 歴史物語の自由競争は蘇るか

おわりに

書誌情報

読み仮名 ニホンシハイカニモノガタラレテキタカ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 Foresightから生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-603947-8
C-CODE 0321
ジャンル 歴史読み物、歴史・地理・旅行記、日本史
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2026/05/21

書評

豪華キャストでおくる「日本史の青春時代」

與那覇潤

 原始、日本史は実に祝祭であった。ぼくたちの真正の生であった。今、日本史はごみである。屑拾いの手で生き、換金されて輝く、祭りの後に散らかされたごみである。
 そんな読後感が思わず口をつく。本編の「トリ」が『青鞜』の系譜を引いて活躍した、ふたりの女性史家(山川菊栄と高群逸枝)のデュオだったからとは限らない。
 今日から戦前に向かって歴史家の系譜を遡る本書の、オープニング・アクトは百田尚樹だ。ベストセラー小説で知られる彼が、なぜ『日本国紀』ではストーリーのある歴史をまるで語れなかったか。その謎解きが出発点になる。
 ひとことで言えば、自国史の焦点となりえる存在が消えたからだ。描かれる歴史のステージに「これ」を上げれば、読者という名の観客が沸き、フェスのコンセプト一色に会場が染まる。そんなスターを、誰も見いだせない。
 かつては「天皇」がその場所にいた。渡部昇一らの保守派だけじゃない。天皇制の廃止を生涯求めた網野善彦のように、乗り越えるためにこそ天皇信仰の源泉を探るなら、自ずと太古から現在まで筋の通る史観が姿を現わした。
 あるいは「風土」という、人格なき名伴奏者もいた。平成前半に「新しい歴史教科書をつくる会」に集った識者でも、西尾幹二がこだわったのはそちらだ。制度化された国のかたちより、縄文以来続く自覚されざる習俗の系譜の方に、日本文明の悠久さを辿りゆくこともできた。
 そのどちらも、もう、ぼくらには実感がない。
 もちろん皇室はいまも人気だが、それは最大の芸能人一家のようにメディアが扱うからで、戦前のように「忠義」を尽くす対象として仰ぎ見る人はまずいない。憲法の第一条にいう「国民統合の象徴」を、幕末の国体論が説いた君臣一体の境地の顕われと同じ意味だと見なす、坂本多加雄の解釈にはやはり無理がある。
 日本に固有の文明のなかで暮らしている、と感じられる日常はとうに消えている。世界で人気のK―POPを、みんなが格安の中華スマホで聞き流す時代に、中韓と比べて日本の特質を誇っても「逆張り」にしかならない。
 そこまで自国史が空回りする国になったのにも、ゆえんはある。二大スターの天皇と風土が、歴史のなかで嚙みあっているのかいないのか、答えがはっきりしないのだ。
 網野善彦は、後醍醐天皇について「非人を動員し、セックスそのものの力を王権強化に用いることを通して、日本の社会の深部に天皇を突き刺した」と記す(本書一〇四頁)。つまり嚙みあわせたという意味だ。だが著者の見るところ、このテーゼは網野が通史を描く際には、活きてこない。
 むしろ網野との鼎談に挑んだ上野千鶴子は、天皇制は一貫して、日本では社会の基層から浮いた存在にすぎないと喝破する。彼女を論壇に誘った山口昌男も、古事記から日本人の国家像を探る吉本隆明のナイーブさを痛罵した。
 そうなる背景はやはり、敗戦による断絶だろう。戦時下で聖徳太子と親鸞の偉大さを論じた家永三郎は、戦後にはそうした思想史上の太線を引けなくなる。祖国が焦土と化す体験の意味を突きつめて、小松左京や上山春平は「日本人」という自らの意識が溶けて消える未来こそ、その伝統を踏まえた歴史の果てかもしれないとの諦観に至る。
 百田や小松のほかにも、松本清張や司馬遼太郎らの作家が、歴史家として学者と対等に論じられる。豪華キャストを揃えた群像劇として描かれる「日本史の思想史」は、客がはけ空っぽになった屋外フェスの会場を思わせる寂しさを湛えつつ、でもどこか懐かしくて、愉しい。
 かつて日本史は、どんな国や社会を望み、そのために自分がどう生きるかと一体だった。だから、歴史学者でなくてもこれだけ口を挟み、泡を飛ばした。マルクス主義はその極点だが、対抗する側も真剣さは同じだ。
 本編で「大トリ」を務めるのは、平泉澄。戦前の皇国史観のドンとされがちな人だが、著者はむしろ遺書のつもりで書かれた、1970年の『少年日本史』に着目する。
 実は平泉と、治安維持法下で投獄や拷問を生きのびた羽仁五郎とは、実証主義を批判し、読み手の精神を揺さぶる物語を求めた点で共通する。全共闘世代にアツく再評価されて甦った羽仁も、死の前年(1982年)に出した『君の心が戦争を起こす』まで、歴史で青少年をアジり続けた。
 名前に覚えのある歴史家たちの、めくるめく共演に幕が下りるとき、ウッドストックのフィルムを見終えたような感慨が走る。もう日本史に、青春を焦がす人などいない。
 だけどその歓声は、ふしぎと心にいつまでも響く。夜の蒼白い月の姿から、光源の太陽を思い出すときのように。

(よなは・じゅん 評論家)

波 2026年6月号より

著者プロフィール

河野有理

コウノ・ユウリ

1979年、東京都生まれ。東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。首都大学東京(当時)法学部教授などを経て、2026年5月現在、法政大学法学部教授。専攻は政治学・政治思想史。著書に『明六雑誌の政治思想』(東京大学出版会)、『田口卯吉の夢』(慶應義塾大学出版会)、『偽史の政治学』(白水社)、『明六社』(中公新書)、編著に『近代日本政治思想史』(ナカニシヤ出版)、共著に『日本の夜の公共圏』(白水社)、『政治学入門』(有斐閣)など。

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