
日本人はなぜ家で靴を脱ぐのか─土足禁止の精神史─
1,815円(税込)
発売日:2026/07/23
- 書籍
- 電子書籍あり
ベッドで靴を脱いだら叱られた! 異文化体験の深奥に迫る。
ブラジルの病院での意外な出来事をきっかけに、南蛮屏風や江戸・明治期の絵画、昭和の生活写真などを分析し、西洋では珍しい「室内で靴を脱ぐ」という習慣の文化的意味を掘り下げる。霊柩車、桂離宮、美人、京都など独自のテーマと視点に定評のある著者が、「われわれのこだわり」の隠された側面を明らかにする知的冒険の書!
まえがき──ベッドで靴をぬがないで
1 階層や地域をのりこえて
2 住まいの近代
3 南蛮時代のミサ聖祭
4 日本の風俗とむきあって
5 スリッパの使い道
6 スリッパをはいて庭へでる
7 オランダか中国か
8 ロシアの影
9 ブーツ、そして靴袋
10 ロシアから英米へ
11 万延元年、未知との遭遇
12 旅館へあがる時
13 家のなか、店のなか
14 伊勢神宮への不敬とは
15 占領期の床と靴
16 戦後のアメリカで
17 世界は靴を脱ぎだした
18 公共の場でも抵抗は
19 鉄道史から見えること
20 野外でも履き物をぬぐ場合
21 草履かスリッパか
22 階層社会の諸問題
23 舞踏会の住宅史
24 架空世界の靴生活
25 官憲にはゆるされて
26 ロイヤル・ファミリーの立場
27 補論・裸の場合は
あとがき
参考文献
書誌情報
| 読み仮名 | ニホンジンハナゼイエデクツヲヌグノカドソクキンシノセイシンシ |
|---|---|
| シリーズ名 | 新潮選書 |
| 装幀 | 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀 |
| 雑誌から生まれた本 | 考える人から生まれた本 |
| 発行形態 | 書籍、電子書籍 |
| 判型 | 四六判変型 |
| 頁数 | 256ページ |
| ISBN | 978-4-10-603948-5 |
| C-CODE | 0339 |
| ジャンル | 人文・思想・宗教、歴史読み物、歴史・地理・旅行記 |
| 定価 | 1,815円 |
| 電子書籍 価格 | 1,815円 |
| 電子書籍 配信開始日 | 2026/07/23 |
書評
ヨーロッパではなぜ赤ん坊が靴を履くのか
著者の井上氏はブラジルのリオデジャネイロで転倒、顎に裂傷を負って、日系人の医師のいる病院で治療を受ける。その病院で治療用のベッドに横たわるとき、「思いもかけない事件」が起きた。
著者が横になろうと、靴を脱ごうとしたときだ。医師から「どうして、そんなところで靴を脱ぐのか」とたしなめられたのだ。
靴をぬいで床に置きとどめた者は、この病院では、いまだかつておらず、そんなことをされたら目障りだし、じゃまだという。異国の地で、しかも、これから治療を受けようという医者の言うことには逆らいづらい。郷に入っては郷に従え。著者は仕方なく「靴をはき直して」ベッドに横になっている。
ではあったが、「日本人である著者」には違和感が生じ、治療を受けている際、シーツを汚すまいと、靴のかかとをうかし、腹筋によるふんばりでがんばったが、体力の限界で、途中であきらめた。ドリフターズのコントにありそうだが、この出来事が、この書の発端になっている。
著者は治療中、欧米の映画で、出演者が靴をはいたままベッドでくつろぐシーンをおぼろげに思い起こしている。同様に、私は、「ダーティハリー」で、主演のクリント・イーストウッドが怪我をして、「靴をはいたまま」診療台の上で治療をうけていたことが頭の片隅で「あちらでは、そんなものか」と流していたことに、改めて気づかされた。
実際、日本のホテルでは、欧米人の宿泊者により、ベッドが土足で汚されてしまうことに頭を悩まされてきたという。なるほど、西洋人は土足でベッドを汚しても、誰かが洗濯すれば済むと考えてか、それほど気にしないらしい。
この書では、そのような、「西洋人はベッドを土足で汚しても気にならない」ということが気になる日本人のために、「日本ではベッドは土足禁止」に対する「ベッドに土足でも平気な西洋人」との攻防、そもそもの文化の違い、その精神史を、歴史をからめて、嚙んで含めるように教えてくれる。
まず、ベッドにいたる以前、「日本人はなぜ家で靴を脱ぐか」を解き明かす必要がある。その入口、日本の玄関は「靴を脱ぐか脱がないか」の最初の関門である。その「脱ぐ脱がない」の攻防は、本書の「日本人妻と日本で暮らすニュージーランド人の夫」の話が分かりやすい。
夫は家を出てすぐ、忘れものに気がついて、家に帰り、あわてていたので、靴を脱がずに玄関から上がったが、妻にきびしくとがめられる。夫は長い間、日本で暮らしてきたので、それぐらいのことはわかっていたのに、それ以前、生まれて以来、靴で生活をしてきて、寝室のベッドで寝るまで靴を履いたままだったという身についた習性が思わず出てしまったのだ。
そこで思い出した。私がヨーロッパに行って驚いたのは、生まれたばかりの赤ん坊が、ベビーカーに乗せられ、その小さい足に、可愛い靴が履かされていたことだ。聞けば、赤ん坊が生まれると「靴」をプレゼントする習慣があるのだという。靴を履いて初めて一人前になるという意味があるらしい。つまり、西洋人は、物心がつく前から、靴を履いて育っているのだ。
それでは、過去の歴史はどうだろう。日本にやってきた西洋人たちは、日本人の生活における「土足厳禁」の意識を考慮し、「相手の気持ちを汲む」ことで理解することに努めている。
ここで登場するのが「スリッパ」である。
ジーボルトは江戸城で将軍への挨拶を終え、老中からの招待の際、「用意しておいた金糸の縫いとりをしたスリッパをはいて徒歩で出かけ」、「畳を敷いた部屋にはいる時に日本流にすぐ履物をぬぎ、きれいなビロードの靴下」を使用している。つまり、靴を脱ぐことに譲歩を示し、着脱のわずらわしい手間をはぶけるスリッパを外履きとして利用したのである。
ロシアのゴンチャロフの記述には、「薄手の麻やキャラコで短靴を縫って、日本室に入る際これを靴の上にかぶせることを考えついた」とあって、これは「オーバー・シューズ」というアイデアである。頑固に室内に土足で入ることを禁じた日本側に対して、西洋人はいろいろと「外交努力」をしてくれたことが分かる。
明治に入り、西洋から多くの知識や見識を得た日本人は、西洋人にならって「靴を履く」ようになる。それは、世界の目を意識して、世界で対等に生きて行くには、そうした方が軋轢もないし、だいいち「便利」だからということもあったろう。
世界から目の届かない室内では遠慮はいらない。「外では西洋人」、「内では日本人」。このまま、漠然と生活しながら、いつまで、どこまで自分が日本人でいられるのか、と自問自答をし始めたところで、外国で病院に行ったとき、どうしたらいいのか、心の準備はしておいた方がよさそうだ。
(はやし・じょうじ 路上観察家、明治文化研究家、イラストレーター、エッセイスト)
著者プロフィール
井上章一
イノウエ・ショウイチ
1955(昭和30)年、京都市生れ。京都大学大学院修士課程修了。国際日本文化研究センター所長。『つくられた桂離宮神話』でサントリー学芸賞、『南蛮幻想─ユリシーズ伝説と安土城』で芸術選奨文部大臣賞を受賞。専門の建築史・意匠論のほか、美人論、関西文化論など、幅広いジャンルにわたって、ユニークな視点で日本文化について執筆している。著書に『京都ぎらい』(2016年、新書大賞)『ふんどしニッポン』『関西人の正体』『ヤマトタケルの日本史』『阪神ファンとダイビング』などがある。

































