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【知的興奮に満ちた特別講義】激動の五十年をわしづかみ。

教養としての歴史 日本の近代(上)

福田和也/著

770円(税込)

本の仕様

発売日:2008/04/16

読み仮名 キョウヨウトシテノレキシニホンノキンダイ1
シリーズ名 新潮新書
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 223ページ
ISBN 978-4-10-610261-5
C-CODE 0221
整理番号 261
ジャンル 日本史
定価 770円
電子書籍 価格 660円
電子書籍 配信開始日 2012/06/29

近代化の原動力となった江戸の実力、アジア初の立憲国家として憲法を守り通した意義、韓国から近代化という「青春」を奪った日清・日露の二度の対外戦争――。アジアの小国から世界標準の国家を作りあげた苦闘の道程をたどりながら、著者の卓越した歴史観を通して、「日本にとっての近代とは何であったのか」を大胆に整理する。単なる知識ではない教養としての日本近代史入門。〔全二冊〕

著者プロフィール

福田和也 フクダ・カズヤ

1960(昭和35)年東京生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒。同大学院修士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部教授。『日本の家郷』『教養としての歴史 日本の近代(上・下)』『人間の器量』『死ぬことを学ぶ』『昭和天皇』『〈新版〉総理の値打ち』等、著書多数。

目次

まえがき
第一章 近代を前に、江戸は運動神経を研ぎ澄ましていた
大名とイギリスのジェントリ
江戸の経済は米を中心に発展した
儒学はとても柔軟で、日本人の教育熱を煽った
天皇のゆるやかな復活
幕府が硬直するなか台頭する雄藩
徳川の負けっぷりのよさ
第二章 近代国家へのスタートダッシュが成功したわけ
明治新政府のスタートは、てんやわんやだった
土地が所有できるようになったということ
おそるおそる国民皆兵を実現
資本主義の基礎を作った殖産興業
富国強兵の基本は教育だった
西郷隆盛のなかの近代
第三章 なぜ、憲法は必要だったのか
自由民権運動は、近代日本最大の「お祭り」
スキャンダルと政変から国会開設へ
士族から国民に広がった自由民権運動の激化
名ばかりでない真の欽定憲法が出来た
激しく対立しながらも憲法を守り通した初期議会
近代文学も自由民権からはじまった
第四章 独立を維持するための戦争だった日清・日露
実は怖かった日清戦争
勝利を呼びこんだエネルギーと危機感
近代化した小国に待ったをかけた列強の干渉
ユーラシア両端の島国を結びつけたロシアの膨張癖
イギリスの観戦武官は日露戦争をどう見たか
近代化という「青春」を奪ってしまった日本の韓国支配
第五章 「義」の時代から「利」の時代へ
農民と士族から労働力と資本が生まれた
出自も方法もさまざまな明治の資本家たち
産業革命を支えた軍需、阻んだ不平等条約
三億円の賠償金がもたらした経済政策
女工たちはなぜ働かなければならなかったのか
第六章 第一次世界大戦は天佑だったのか
日露戦争後の挫折と桂園内閣
「メイジ・ザ・グレート」の崩御
大正政変と護憲運動の盛り上がり
これまでの戦争の常識を根底から変えた戦争
世界大戦の好況が日本にもたらしたもの
もしも第一次世界大戦がなかったなら
終章 日本にとっての近代とは
主要参考文献  年表

インタビュー/対談/エッセイ

波 2008年5月号より 特集[新潮新書創刊5周年記念] 【対談】政治と教養をめぐって

与謝野馨福田和也

政治と教養をめぐって
政治の目的とは/日本人と近代
政治家の嘘/教養と活字


   政治の目的とは

福田 今回の御著書『堂々たる政治』の中で、フランス帝政時代の政治家フーシェにふれていますね。人間性については評価の低い人物ですが、ナポレオンからブルボン朝への橋渡しを混乱なく進めたという側面においては、非常に特異な政治家でした。
与謝野 彼は死ぬまで政敵の間をうまく立ち回った人です。
福田 バルザックの『暗黒事件』にも登場しますね。神学校教師からナポレオン政権下では大臣、ブルボン朝では公爵に――と思想には一貫性がなかったが、世の中を安寧に保った立役者でした。
与謝野 フーシェは非常に「政治的」な人間とされています。それで思い出すのが、三島由紀夫さんに中曽根康弘氏と財界人の会合で講演してもらったときのことです。昭和四十五年、亡くなる半年前でした。その時の三島さんの話は、「自分と楯の会は、政治の原則ではなく、精神の原則で行動している」ということ。その行動が人に影響を与えるなら、たとえ無効でも立ち上がることが重要で、最後は自分が腹を切ればいいと、いわば「行為責任」について話されたのを覚えています。
福田 なるほど。三島ならではの革命哲学として純化された陽明学ですね。
与謝野 では政治の原則とは何か。それは、現実に飢えた民を救えるかどうかが重要であって、精神が純粋か不純かの問題ではない。政治において問われるのは「結果」であり、政治の究極の目的は、「世の中が治まっていること」なのです。

日本人と近代

与謝野 『教養としての歴史 日本の近代』では、日本の近代化の素地は江戸時代に十分に培われていたと書かれていますね。先日、上野の東京国立博物館でふと門柱を見たら、明治五年竣工とあって驚きました。明治維新で急に近代化したのではこうはいきません。
福田 織田信長とエリザベスI世はほぼ同時代の人間です。梅棹忠夫氏が述べているように、その後徳川幕府は国内を発展の軸に、イギリスは国外進出を軸にした。方向は違いますが、近代国家の構造としては相似している。
結局、軍備つまり国防面の立ち遅れが開国につながったわけですが、当時の日本人の資質は西欧に劣らなかった。
与謝野 独自に発達した和算の関孝和などはニュートン、ライプニッツと並び称されるべき数学者です。法制度も諸外国を範としてしっかり整備された。難しい法理論を、自分たちなりにこなしてよく書けている。大したものです。
福田 大隈重信などは政治家としては毀誉褒貶がありますが、官僚としては経済政策から法制度の構築まであらゆることをやった。まさにスーパー官僚です。
与謝野 それなのに、大正末から昭和初期にかけて国の羅針盤が狂い、昭和十年代は後世から見れば狂気の如しで、その原因は一体どこにあったのでしょう。
福田 やはり第一次世界大戦ですね。
この間、欧州諸国は長い戦争を戦うため、国内では労働、住宅、教育などあらゆる福祉制度を構築していた。
日本は急速に十九世紀型の近代国家を作り、普通選挙も始まりましたが、デモクラシーへの期待値が高過ぎたぶん、政治への失望が広がり、軍部が台頭した。
与謝野 なるほど。それと私が思うに、大正十二年の関東大震災が大きかった。関東大震災は当時の国富の三分の一を吹き飛ばした。そのあと金融恐慌が重なり、不況と絶望感の裏返しが財閥攻撃に向かい、他方では海外進出としての満洲国建国につながっていく……。
福田 当時の経済を建て直したのが高橋是清です。国会で消費の効用を唱えた「芸者演説」は有名で、「待合で金を使えば芸者が着物に、料亭は皿や小鉢に金を使う」と、さしずめケインズの思想と経済学を置屋をたとえにして唱えたわけです。
与謝野 自宅に正妻とお妾さんが住み、互いにきちんと挨拶する生活だったとか。今じゃ考えられない話ですね(笑)。もちろん、それ以外のことも現代とは状況が違いますが、誰かがお金をドンと使わないと、経済が停滞するというのは今も通用する話です。最近の日本は将来への不安から消費が停滞気味です。実際、無駄遣いは控えるべきですが、普通の消費活動がないと経済は立ちゆかなくなる。
福田 日本の株式市場で、外国人投資家の日本売りが進んでいるといわれますね。
与謝野 彼らはサブプライムローン問題の資金繰りのために売りに出ている。日本売り、というより自分たちの都合です。
リクルート事件以降、政治家、特に閣僚は株売買が厳しくなって、私も全くやりません。でも、本来、経済に関心を持つのは悪いことではない。普通の主婦が株を持った途端に日経新聞を読み始めるんだから。
最近は大臣が「もはや日本経済は一流じゃない」なんて平気で言う。何が狙いか知りませんが、これじゃ皆元気がなくなるだけ。私に言わせれば、日本経済は一流。ただ経済学者が一流という保証がないだけ(笑)。

政治家の嘘

福田 御著書では、政治家は嘘をついてはいけない、そう繰り返しておられるのが印象的です。
与謝野 私は東京大空襲を体験しました。高射砲にサーチライトが飛び交い、子供心には一大スペクタクルでしたが、十万人が犠牲になった。あそこまで戦争を引き伸ばし、多くの血を流した責任は、軍部だけでなく政治家にあります。
福田 東京裁判で東条英機がミッドウェイの実情を知って衝撃を受けたという話もありますが、当時は海軍の戦果報告もでたらめで、それが天皇陛下を喜ばせ、圧倒的にアメリカ優位のレイテへさらに派兵するようなことにもなった。
与謝野 ボクシングの中継だけ聞いていると日本人選手が優勢と思うのに、気がつくとKO負けってよくあるでしょう。あれと同じですね。
福田 政治家の嘘の罪深さは現代にも通じます。昨今、経済の面では国庫に「埋蔵金」があるとかないとか、言われていますよね。
与謝野 かつての“神風が吹く”に近い話です。政治家の大半は「逃げ切り世代」です。あの世へグッド・バイしたら、この世の借金はどうでもよくなる。しかし、借金だらけの国を、残される人たちに背負わせよ、とだけは言ってはならない。
増税には誰だっていい顔はしません。ただ国民と国とは税でつながれ、「国」なくして「国民」は存在せず、その逆もない。いわば同義であって、私たちはそれを割り勘で支えていくしかないのです。
福田 「上げ潮」路線、市場原理主義との戦いを宣言しておられますが。
与謝野 「上げ潮」派は、実質成長にインフレ率を加えて名目四~五パーセント成長し続けると言う。インフレを当てにするのは、真面目に働く人たちからの富の収奪にすぎません。市場原理を唱える人たちの話に耳を澄ますと、要は、自助努力の社会を作って福祉は切れ、ということ。もちろん市場で決めるべきこともあるが、人間の欲望がぶつかりあう場所で決まったこと全てが善ではないのです。
福田 アメリカはサブプライム問題への処方を見ても分かるようにダブル、トリプルスタンダードで、状況次第で徳政令みたいなことさえやっている。
与謝野 彼らは現実主義、徹底してプラグマティックです。日本がその社会を本当に真似られるはずがないし、教科書で読むのと現実の人間社会は違います。
福田 今や地方は特色がないだけでなく、すっかり疲弊しています。都市と地方の格差に特効薬はないのでしょうか。
与謝野 短期的に決定的な政策はないとしても、長期的に見ると食糧価格は今後上がる一方です。地方の持つ安全な食材の生産力が日の目を見る時代がくるだろうと思います。

教養と活字

福田 最近は慶応で教えていても、若い先生も学生も、何かにつけ「役に立つか否か」で判断しようとする。福沢諭吉は実学を唱えましたが、それは何も実利という意味ではなかったはずです。
与謝野 私も、ハーバード・ビジネススクールで得られる類の知識に汎用性があるとは思いません。
福田 ゲーテに倣えば、教養とは自分を自分自身として目的化していくこと。次々と教養課程を排し、実利一辺倒の教育がまともだとは思えません。
与謝野 教養は、他人に知識をひけらかすためのものではなく、人間という知的生命体の好奇心を満足させ、それとともに人生の様々な局面で、幅広い知識と経験から判断していくために必要なのです。
若いときアテもなく勉強したことが、その素地になる。知識と経験によって培われた人間の第一感に比べたら、コンピュータの演算能力など知れたもの。IT時代が進んでも人間は機械じゃないから、最終的にマニュアルは役に立たない。
映像も、瞬間の風景としては捉えやすいがすぐに忘れてしまう。手元にも記憶にも残る、教養を高めるという面では活字には遠く及びません。
福田 同感です。活字から得るイメージは人によって千差万別、人生そのものに寄り添うことができる。そこが大きな違いです。
与謝野 私も学生時代は岩波文庫を何百冊も積み上げ、片っ端から読みました。
最近は斜め読みばかりですが、それでも政治は人間という生き物が相手である以上、一見重宝に見える断片的な裏情報や秘密情報なんかより、新聞、雑誌、本など活字できちんと集約されたものを丹念に読めばそれで充分なのです。

(よさの・かおる 政治家)
(ふくだ・かずや 文芸評論家)

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