
文明の災禍
748円(税込)
発売日:2011/09/16
- 新書
- 電子書籍あり
破壊された未来の時間を取り戻すために――哲学者による「ポスト3.11」の決定的論考!
産業革命以来、「発展」のため進歩させてきた末の技術が、いま暴走している。その意味で、原発災害を原発だけの問題としてとらえてはいけない。これは「文明の災禍」なのである。私たちが暮らしたかったのは、システムをコントロールできない恐ろしい社会ではない。「新しい時代」は、二百年余り続いた歴史の敗北を認めるところから始めることができるのである。時代の転換点を哲学者が大きな視点でとらえた、渾身の論考。
文明の災禍
静かな敗北
敗北のなかの光
情報の壁
バーチャルな時空
情報と身体
現代における「ウチ」と「ソト」
力の求心力
虚無のなかから
地域の復興
イメージのズレ
存在の諒解
コミュニティの意味
復興の意味
基層的文明
破綻と転回
自利と利他
社会的使命
書誌情報
読み仮名 | ブンメイノサイカ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-610437-4 |
C-CODE | 0210 |
整理番号 | 437 |
ジャンル | 哲学・思想、思想・社会 |
定価 | 748円 |
電子書籍 価格 | 660円 |
電子書籍 配信開始日 | 2012/03/23 |
担当編集者のひとこと
私たちに求められていること。
東日本大震災が起きてから数度、福島県の浜通りに行った。南相馬市では、ある人のインタビュー取材に同行した。夏の暑さのためだけでもなく、真昼間の商店街には、人の姿、車をほとんど見かけなかった。「特に子供を目にしなくなりましたね。まるで、ゴーストタウンです」。話をするその人の言葉通り、町は不自然に静かだった。
原発から3キロ圏内を訪れ、「死の町のようだった」と発言した鉢呂前経産相は大臣を辞めた。が、原発周辺の町をそう表現しても仕方ないと正直、思った。南相馬では原発から30キロ離れた地域を訪れたが、それでも私の頭に浮かんだ言葉は、「人の姿を見かけない町」だった。
著者の内山さんはこの本の中で、そうした町をこう表現している。
「生きている人の未来の時間をも破壊し、原発周辺の地域の未来の時間を丸ごと破壊してしまった。もしもこんなことが許されるなら、私たちは恐ろしい社会をつくることになってしまうだろう。未来の時間を破壊することが平気な社会、それは恐怖に満ちた社会である」(P101)
大切なことは、無人に近い町がこの国に出来てしまった事実、だ。あの日から、私たちに求められているのは、「起きていることの解釈」だと、本書を読んで何度思ったか知れない。
2011/09/22
著者プロフィール
内山節
ウチヤマ・タカシ
哲学者。1950年、東京生まれ。群馬県上野村と東京を往復しながら暮らしている。著書に『「里」という思想』(新潮選書)、『文明の災禍』(新潮新書)、『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(講談社現代新書)、『いのちの場所』(岩波書店)など。