法然親鸞一遍
836円(税込)
発売日:2011/10/17
- 新書
- 電子書籍あり
悟りから救いへ――。日本浄土仏教の真髄に迫る!
“悟り”ではなく“救い”の道を――。仏教のベクトルに大転換をもたらし、多くの支持を得た日本浄土仏教は、いかにして生まれたのか。念仏を選択し、凡人が救われる道を切り拓いた法然。「その念仏は本物か」と問い続け、「悪人」のための仏道を説いた親鸞。「捨てる・任せる」を徹底し、遊行の境地に達した一遍。浄土宗・真宗・時宗の三祖を比較し、それぞれの「信心」に迫る。法然と親鸞が一遍でわかる、究極の一冊!
書誌情報
読み仮名 | ホウネンシンランイッペン |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-610439-8 |
C-CODE | 0215 |
整理番号 | 439 |
ジャンル | 宗教 |
定価 | 836円 |
電子書籍 価格 | 660円 |
電子書籍 配信開始日 | 2012/04/20 |
担当編集者のひとこと
日本浄土仏教の「第三の男」
本年は、日本浄土仏教にとって、特別な年です。なぜなら、浄土宗の宗祖・法然が没後800年、浄土真宗の宗祖・親鸞が750年と、いわば50年に一度の「大遠忌イヤー」にあたる年だからです。それに合わせて、宗派あげての法要や「法然と親鸞」展(10/25~東京国立博物館)のような大規模な展覧会が企画、開催されています。
当然のことながら、法然や親鸞に関する書籍も今年は特に多く刊行され、書店を賑わしています。まさに「“大遠忌イヤー”というお祭り」にふさわしい状況です。
しかし、日本浄土仏教全体を概観したとき、法然と親鸞を知るだけでは満足のいくものにはなりません。他にもう一人、大変重要な人物がいることを忘れてはいませんでしょうか?
時宗の開祖・一遍が、その人です。法然の往生から27年後、親鸞67歳のときに生まれた一遍は、出家→還俗→再出家の後、遊行の生活に入ります。根拠地をもたず、善光寺や高野山、熊野などといった日本の「聖地」を歴訪し、「賦算(念仏札を賦る)」や「踊躍念仏(踊り念仏)」などを行いながら、徐々に信奉者を増やしていきました。その一遍を中心とした集団「時衆」のあり方は、日本浄土仏教の中でも独自の位置を占めています。
しかし、これまで一遍についての評価は、それを高く評価するものと低くするものの2通りに分かれてしまっているようです。「『法然・親鸞を超えて浄土仏教を完成させた』と高く評価するものもあれば、『密教・神道・禅などと融合し、ただの土俗化してしまった浄土仏教』(中略)などと酷評される場合もあります。どちらかと言えば、近代以降、一遍は必要以上に低く扱われてきたように見受けられます」(第三章「一遍 すべては南無阿弥陀仏に」)
本書は、そのシンプルなタイトルにあるように、この一遍を含めた、日本浄土仏教の三祖を比較し、それぞれの特性や信心のあり方を見ていくのが、眼目です。比較して初めて見えてくることがあります。これまでもさまざまに語られてきた法然と親鸞にしても、一遍という関数を入れ込み、比較することで、それぞれの新しい側面が見えてきます。そのようにして、それぞれに浮かぶ新しい「顔」とは、はたしてどのようなものなのでしょうか?
「三祖を比較する」というと、少し難しく聞こえるかもしれませんが、本書は、仏教に革命をもたらした、浄土仏教の入門書としても読むことができます。「浄土とはどのような場所か?」「阿弥陀仏とは、念仏とは何か?」「自力と他力の違いは?」など、これまで「何となく知っていたつもり」のこのような概念についても確かな知識を与えてくれる、まことに贅沢な一書であります。
2011/10/25
著者プロフィール
釈徹宗
シャク・テッシュウ
1961(昭和36)年大阪府生まれ。僧侶。宗教学。相愛大学副学長・人文学部教授。論文「不干斎ハビアン論」で涙骨賞優秀賞(第五回)、『落語に花咲く仏教』で河合隼雄学芸賞(第五回)、また仏教伝道文化賞・沼田奨励賞(第五十一回)を受賞している。著書に『法然親鸞一遍』など。