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天皇から性まで。「日本の根源」に迫る、白熱講義! この国の究極の支配者はだれか――。

知の訓練―日本にとって政治とは何か―

原武史/著

814円(税込)

本の仕様

発売日:2014/07/17

読み仮名 チノクンレンニホンニトッテセイジトハナニカ
シリーズ名 新潮新書
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 222ページ
ISBN 978-4-10-610578-4
C-CODE 0231
整理番号 578
ジャンル 政治
定価 814円
電子書籍 価格 660円
電子書籍 配信開始日 2015/01/23

“知”を鍛えれば、「この国のかたち」がはっきりと見えてくる――。西洋から輸入した国会中心の「政治(ポリティックス)」と、天皇中心の「政事(まつりごと)」。両者がせめぎ合い、日本という国は形作られてきた。「なぜ皇居前で暴動が起きないのか」「伊勢神宮vs.出雲大社」「アメリカ化する地方」等、都市や宗教、時間、性といった私たちの日常に隠れた「政治」の重要性を説き明かす。長年の研究成果を惜しみなく盛り込んだ、“学び”の喜び溢れる白熱講義!

著者プロフィール

原武史 ハラ・タケシ

1962(昭和37)年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。東京大学大学院博士課程中退。放送大学教授、明治学院大学名誉教授。専攻は日本政治思想史。著書に『〈出雲〉という思想』、『「民都」大阪対「帝都」東京』(サントリー学芸賞)、『大正天皇』(毎日出版文化賞)、『可視化された帝国』(のち『増補版』)、『皇居前広場』(のち『増補』および『完本』)、『滝山コミューン一九七四』、『昭和天皇』(司馬遼太郎賞)、『団地の時代』(共著)、『団地の空間政治学』、『皇后考』、『平成の終焉』など多数。

目次

はじめに――二つの「まつりごと」
第一章 だれが日本の時間を支配しているのか――時間と政治
政治はすべてに関係する/政府が時間を管理する/人々はなぜ玉音放送を聞くことができたのか/なぜ日本人は太陽暦的時間に適応できたのか/日本の究極的な支配者はだれか
第二章 なぜ日本では「広場の政治」が根付かないのか――広場と政治
世界一広い広場/デモと軍事パレード――戦後の皇居前広場/明治神宮外苑と国会議事堂前/新宿西口地下広場/「広場の政治」が根付かない国
第三章 日本でもっとも政治的な神社――神社と政治
あなたは神社をいくつ知っていますか?/もっとも政治的な神社/神社には何がまつられているか/「死ねばみな平等」という思想/死にまつわる「ある逆転」/靖国神社の特異な歴史解釈/現代的な課題としての「神社と政治」
第四章 なぜ「神道は宗教に非ず」とされたのか――宗教と政治1
神としてまつられる天皇/神道は“宗教”ではない/戦後の「神社と政治」/日本最大の宗教政党
第五章 二つの神〈伊勢神宮vs.出雲大社〉――宗教と政治2
ふしぎな宗教/『日本書紀』をよむ/“顕”と“幽”――神道の宗教化/幽冥界の逆襲/伊勢神宮vs.出雲大社/靖国神社の「宗教性」/キリスト教と政治
第六章 なぜ東京には政治の“中核”がないのか――都市と政治1[東京編]
抜き打ちテスト「皇居はどこにあるか」/「空虚な中心」/都心の歴史的変遷/敗戦とオリンピック
第七章 いかにして民都・大阪は生まれたのか――都市と政治2[大阪編]
大阪城はどこにあるか/「私鉄大国」大阪/民都・大阪の心意気/阪急の革命
第八章 アメリカ化する地方と親心の政治――地方と政治
団地の出現と革新都政/石原慎太郎と三島由紀夫/アメリカ化する地方/田中角栄の「改造」/理念より大事なもの/田中角栄の罪/行幸啓の政治的意味
第九章 元始、日本の女性は政治的存在だった――女性と政治
女性はいつ参政権が認められたのか/セックスと国土/女性神アマテラス/神功皇后と光明皇后/聞得大君とナカツスメラミコト/近代の皇后/最高の政治家としての現皇后
主要参考文献一覧

インタビュー/対談/エッセイ

波 2014年8月号より いかにして政治的思考を鍛えるか

原武史

書店に行けば、大学教授が書いた政治学入門と銘打った書物があふれている。しかしひとたびページをめくるや、一般の大学生にはなじみのない(多くはカタカナの)政治学者や思想家の名前が次々と出てきたりして、読み進める気力を失ってしまう。他方では、現役の政治家やジャーナリストが書いた政治の本も少なくはないが、これだと逆に政治との距離があまりにも近すぎて、政治というよりはむしろ政局を論じているだけということが往々にしてある。
どちらでもないもの、つまり、なるべく「誰々はこう言った」式の学界の権威に頼らず、誰もが知っている身の回りの日常的な話題から説き起こし、「日本にとって政治とは何か」という深遠なテーマにまで到達するような講義、あるいは狭義の政治にとどまるのではなく、その奥にある政治的思考そのものを鍛えるような講義はできないだろうか――こうした動機から、二〇一二年度の講義では毎回、「○○と政治」という課題を掲げて、日本の政治に対する私なりのパースペクティブを提示してみる試みを行った。そのうちの九回分の講義録を整理した上、大幅に加筆修正したのが本書である。
私の専門が日本政治思想史ということもあり、本書では西洋由来の政治学を適用するだけでは決して見えてこない「まつりごと」が、とりわけ近代以降の日本の政治の底流に絶えず存在していることに注目した。「政」や「政事」という漢字で表記される政治と、「祭事」という漢字で表記される祭祀と――「まつりごと」には、この二つの意味がある。従来の政治学で十分注目されてこなかったのは、後者の「まつりごと」が日本の政治に占める比重の大きさである。
この「まつりごと」は、主に天皇や皇后など皇族によって行われる。具体的にいえば、宮中祭祀や行幸啓がそれに当たる。いずれも、日本国憲法には規定されていないが、天皇や皇后は宮中で日常的に国民の平安などを祈る一方、第二次世界大戦の激戦地や、地震や台風などの被災地に赴き、生者に声をかけるとともに死者に対して黙祷する。こうした「まつりごと」は、平成になって明らかに比重を増しつつある。もはやそれは、憲法に規定されている象徴という枠組みを超えているといっても過言ではあるまい。
政治学は古代ギリシアで成立してからというもの、その中核には常にロゴス=言語があった。しかし「まつりごと」は、必ずしも言語を媒介としない。つまり、日本の政治について考察するためには、従来の政治学と同じように言説を追ってゆくだけでは限界があるのだ。だからこそ、「まつりごと」が行われる場や空間という建築学的な視点が重要になる。
このような視点に立ちながら、本書ではこれまでの私自身の研究成果を随所に取り入れた。時々話が脱線する講義ならではのライブ感も含めて、楽しんでいただければ幸いである。

(はら・たけし 明治学院大学教授)

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