
さらば、資本主義
814円(税込)
発売日:2015/10/19
- 新書
- 電子書籍あり
不幸の根源は経済成長と民主主義である。
資本主義をもうやめてみたら……。経済成長と物質的豊かさ、世界での地位を追求してきた戦後の日本は、なぜ、こんな奇妙な社会になったのか。「“価格破壊”と“消費者絶対主義”の大罪」「地方創生で失われるもの」「朝日新聞の歪んだ戦後認識」「トマ・ピケティと福沢諭吉が示す禍福」「ITと金融がもたらす人間破壊」……稀代の思想家が、日々のニュースの本質を鋭く衝き、資本主義の限界と醜態を、次々と浮かび上がらせる。
第一章 今こそ、脱原発の意味を問う
書誌情報
読み仮名 | サラバシホンシュギ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
雑誌から生まれた本 | 新潮45から生まれた本 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-610641-5 |
C-CODE | 0210 |
整理番号 | 641 |
ジャンル | 社会学、ノンフィクション |
定価 | 814円 |
電子書籍 価格 | 660円 |
電子書籍 配信開始日 | 2016/04/08 |
インタビュー/対談/エッセイ
戦後日本の不幸な資本主義
『さらば、資本主義』という新書である。といっても別に社会主義の復権を説いた本ではないし、マルクス主義を見直そうというわけでもない。今日の経済中心主義、成長主義、そして即効性ある成果主義といった風潮を論じている。
「資本主義」とは、字の如く「資本」を中心に物事を動かしてゆく「主義」、つまり「やりかた」である。そして「資本」とは「頭金」だ。だから、資本主義とは、「カネ」を動かすことでさらに「カネ」を増やす運動である。こういう運動が社会の中心に居座り、われわれの心理が、あたかも電灯に吸い寄せられる虫のごとく、この運動にひき寄せられてゆく。ひとたびこういう社会に落ち込んでしまうと、電灯の周りをグルグルまわる虫のように、容易にそこから抜け出すことができなくなる。
別に日本だけのことではなく、グローバル資本主義という言葉が示すように、世界中が、この「カネ」が「カネ」を生む「やりかた」にとりつかれている。しかも、それを「主義」にしてしまった。それこそが、人々にいっそう大きな富と幸福をもたらすはずだ、という信念ができた。
特に日本の場合、戦後の価値は、民主主義や平和主義のもとでの経済成長の達成であった。平和主義の方は、日米安保体制によってアメリカが保障を与えてくれたので、中心になるのは、民主主義と経済成長主義であった。社会の真ん中より左に位置する人たちが民主主義を唱え、右に位置する人たちが経済成長を唱え、両者があい携えて戦後日本の「繁栄」をうみだしてきたわけである。
しかし、この二十年、冷戦が終わった1990年代あたりから、話はそう簡単ではなくなっている。成長率はほぼゼロにちかい状態が続き、民主的な政治はますます混迷の度を深めてゆく。戦後の「繁栄」の仕組みはうまくいかない。
そこで、アメリカ発のIT革命や金融工学を持込み、ますます「カネ」が「カネ」を生み出す仕組みを巨大化させた。「カネ」をまわすことで経済を活性化し、競争をかきたてて富をうみだそうというのである。まさに「資本主義」である。
しかし、このやりかたが、今日、われわれを幸福にするかといえば、そうではない。物的な富という意味では、相当に豊かな段階に達した日本のような国では、「カネ」をバラ撒いても、金融市場のなかをグルグルと回るだけで、消費には結びつかない。競争とイノベーションも、ただ、われわれの生活をさらに多忙にし、潤いを奪ってゆく。そして民主主義が人々の不満を政治に向けることで政治がますます不安定になる。
どうやら戦後日本人を支えてきた民主主義と経済成長が、逆に、われわれを窮屈な社会においやっているようにみえる。だとすれば、民主主義と経済成長という戦後日本の価値をわれわれは見直す必要に迫られるだろう。低成長社会を受け入れ、政治を安定させるという課題へ向けた価値の転換が求められるのであって、本書がその一助になれば、と思う。
(さえき・けいし 京都大学名誉教授)
波 2015年11月号より
蘊蓄倉庫
資本主義とは、「生産手段が私有化された生産体制」と定義されてきたそうです。これは生産手段が公有や国有である社会主義との対比です。しかし、社会主義崩壊後には、「資本主義とは成長を目指すシステム」だと変質していきました。
資本主義は、「資本」の無限増殖の運動なのだそうです。「資本」は、英訳すれば「キャピタル」で、「元金」であり「首都」のことです。その語源は「キャぺット」で、「頭」や「長」の意味があるそうです。
これからもわかるように、資本主義(キャピタリズム)とは、「資本」=「頭」=「長」が先頭をきって新しい世界を開拓し、「資本」を増殖する運動のことです。
これに対して、企業家が技術や製品のイノベーションを起こして、労働生産性を上昇させ、より効率的な生産を実現し、消費の市場を拡大し、経済を成長させていくのは、「市場経済」(市場競争)という経済学の概念で、「資本主義」という思想とは異なったものであるそうです。
現代は、この「資本主義」における「経済成長」が変質し、過剰な利潤の追求と人びとの内なる欲望を大量の消費や過度の便利さに転嫁していることを、佐伯啓思さんは鋭く衝き、警鐘を鳴らしています。
担当編集者のひとこと
この社会の限界と醜態を衝く、警世の書
社会思想家の佐伯啓思さんは1949(昭和24)年生まれ。いわば、戦後日本とともに育ってこられた方です。
その佐伯さんが長く追究されているのが、「日本人の幸福」というテーマです。
“戦後日本は、民主主義にもとづく高度な経済成長を成し遂げ、物質的な豊かさと便利さを実現したのですが、果たして日本人は本当に幸せになったのか”
この壮大な問いを、思想、経済、社会現象を辿りながら、論究されています。
本書では、“特に冷戦が終結した頃から、この経済成長と民主主義こそが、日本社会を窮屈にし、日本人をますます不幸せにするのである”と佐伯さんは論じています。
以下が、本書で挙げられている証左の一部です。
・「アベノミクス」成否の真相
・過剰生産と大量消費の際限なき弊害
・欲望だらけの“衝動社会”をもたらすSNSという病巣
・“脱原発”から見えてくる“平和”の意味
・「地方創生」と「東京五輪」で“ふるさと”は失われる
・トマ・ピケティ『21世紀の資本』が伝える資本主義の本質
・アメリカ経済学の傲慢をただす
・金融とITの革新が、「がまん」できない社会を生み、人間を破壊する
最近のニュースとして表出する出来事の本質を、佐伯さんが読み解き、柔らかな筆致で、次々と浮かび上がる、この社会の限界と醜態。
資本主義はどこへ行き着くのか。私たちは何をなすべきか。
佐伯さんからの箴言が詰まった、今こそ、読んでいただきたい最新の論考です。
なお、佐伯さんは、今年(2015年)に、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を定年退職され、京大名誉教授に就かれましたが、朝日新聞、産経新聞、「新潮45」(『反・幸福論』)などで、ますます旺盛な執筆活動を展開されています。
2015/10/23
著者プロフィール
佐伯啓思
サエキ・ケイシ
1949(昭和24)年、奈良県生まれ。社会思想家。京都大学名誉教授。京都大学こころの未来研究センター特任教授。東京大学経済学部卒。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。2007年正論大賞。『隠された思考』(サントリー学芸賞)『反・幸福論』『さらば、資本主義』『反・民主主義論』『経済成長主義への訣別』『死と生』『近代の虚妄』など著作多数。雑誌「ひらく」を監修。