
家裁調査官は見た―家族のしがらみ―
792円(税込)
発売日:2016/07/15
- 新書
- 電子書籍あり
妄想、暴力、憎悪、支配、母子密着、薬物……。人生最凶の人は肉親だった。家族問題のプロが明かす最前線。
妄想に囚われ、妻の浮気を責める夫マサヨシ。単純な嫉妬と見える振る舞いには、本人も気づかぬ深層心理が絡んでいた――。地道な調査とカウンセリングを武器に、家庭裁判所調査官は家族問題の現場へ踏み込む。誰にも起こる感情転移、知的エリート女性の挫折と暴力、「家族」代わりの薬物使用、「家族神話」のダークサイド……。十八の家庭に巣食った「しがらみ」の正体を明かし、個人の回復法を示す実例集。
参考文献
書誌情報
読み仮名 | カサイチョウサカンハミタカゾクノシガラミ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 208ページ |
ISBN | 978-4-10-610676-7 |
C-CODE | 0211 |
整理番号 | 676 |
ジャンル | 社会学 |
定価 | 792円 |
電子書籍 価格 | 792円 |
電子書籍 配信開始日 | 2016/07/22 |
インタビュー/対談/エッセイ
家族ほど厄介なものはない
本書にはいろいろな問題人物が登場する。突然夫を毛嫌いするようになり、離婚を申し立てたミサコ。当の夫には、心当たりすらない。自分をこよなく可愛がってくれる勤務先の社長夫人を、包丁で刺したタケオ。不思議な幻覚症状を語る薬物乱用少女マキコ。いい母親になりたいのに、気がつくと我が子をぶっているサエコ。
一見異様な人々ばかりだが、その心の奥底は意外にも我々とそれほど変わらない。そう言ったら驚かれるのではないだろうか。
筆者が彼らと出会ったのは、家族問題の「るつぼ」家庭裁判所である。十七年間、家庭裁判所調査官として勤務し、カウンセリングと調査を通じてそれぞれの問題解決を図ってきた。
冒頭に挙げた人々は周囲を苦しめているが、同時に苦しんでもいる。大抵の場合、その原因は「家族のしがらみ」だった。このしがらみは、どんな家庭にも巣食うことのある怪物なのだ。
筆者はその後、大学に転じてからも、個人やカウンセリングに従事し続けている。これまでの経験でつくづく感じるのは「家族が自分を縛る」と訴える人が非常に多いことだ。最近顕著なのは、母親にしがみつかれて悲鳴を上げる娘たち。娘といってもとっくに成人して子どもがいる場合も珍しくない。かつては息子のマザコンが話題になったが、時代は流れ、今では母―娘関係が個人に重くのしかかるようになっている。筆者はこの現象を「母が重たい症候群」と名付けたが、地べたをはうように苦しみを訴える女性のなんと多いことか。一方で、引きこもりに見られるように、声すら上げられない男性も多くいるはずだ。
現代の家族が見せる光景は決して明るく微笑ましいものばかりではない。むしろ、家族は重く息苦しい場所になっている。
本書ではこれまで出会った十八の家族の例を紹介しながら、「家族のしがらみ」の正体を解き明かしていく。筆者が特に力を込めたのは、しがらみからの脱却法だ。脱却するのは簡単ではない。何しろ相手は、切っても切れない家族だからだ。
母親の重圧から逃れようとした女性がいた。母親の連絡にも応えず、敢えて冷たい態度を取り続けているうち、母親はあっけなく死んでしまう。そこからこの女性の新たな苦しみが始まった。母親への罪悪感だ。「あの時、あんな言い方をするのではなかった」「もし自分がこうしていたなら」……。死者から受ける苦しみの呪縛を彼女がいかに乗り越えたかは、ぜひ本書をお読み頂きたい。
家族を論じた本でも、本書は世に言う「毒親もの」とは一線を画したつもりだ。老いた親に言いたいことをぶちまけ、毒づけば、すべて解決するほど人間の心は単純ではない。また本書を一読すれば、フロイト、ユング、家族療法、ナラティヴ・セラピー、臨床心理学の基礎知識も得られるはずだ。ぜひご賞味頂きたい。
(むらお・やすひろ 立正大学社会福祉学部教授)
波 2016年8月号より
蘊蓄倉庫
調査官の“武器”とは?
全国の家庭裁判所に所属し、事件の調査・解決にあたる家裁調査官。家裁は「家族問題のるつぼ」なだけに、じつに多様な事件を担当しています。ですが意外なことに、調査官には捜査権も逮捕権もありません。できるのは事件の当事者、関係者に会ってとことん話を聞くこと。元調査官の村尾泰弘氏がまとめた本書『家裁調査官は見た―家族のしがらみ―』には、氏が関わった様々な“問題人物”が登場します。夫を毛嫌いするようになり離婚を申し立てた妻ミサコ、「浮気してる」と執拗に妻を責める夫マサヨシ、気づくと子どもをぶっている母サエコ、「育ての親」を包丁で刺したシンジ、薬物乱用がやめられない少女マキコ……彼らからいかに問題の真相を聞き出すのか、調査官のワザも本書の読みどころです。
掲載:2016年7月25日
著者プロフィール
村尾泰弘
ムラオ・ヤスヒロ
1956(昭和31)年大阪府生まれ。横浜国立大学大学院修士課程修了。家庭裁判所調査官として離婚や少年非行など多くの家族問題に関わったのち、立正大学社会福祉学部教授。臨床心理士・家族心理士としても活動する。著書に『家族臨床心理学入門』『非行臨床の理論と実践』等。