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「死」とは何か。なぜ、怖いのか。死ねば、どこへゆくのか。稀代の思想家が挑む究極の謎。

死と生

佐伯啓思/著

821円(税込)

本の仕様

発売日:2018/07/14

読み仮名 シトセイ
シリーズ名 新潮新書
装幀 新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 新潮45から生まれた本
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 223ページ
ISBN 978-4-10-610774-0
C-CODE 0210
整理番号 774
ジャンル 人文・思想・宗教
定価 821円
電子書籍 価格 821円
電子書籍 配信開始日 2018/07/27

「死」。それは古今東西、あらゆる思想家、宗教家が向きあってきた大問題である。「死ぬ」とはどういうことなのか。「あの世」はあるのか。「自分」が死んだら、「世界」はどうなるのか――。先人たちは「死」をどう考えてきたのか、宗教は「死」をどう捉えているのかを踏まえながら、人間にとって最大の謎を、稀代の思想家が柔らかな筆致で徹底的に追究する。超高齢化社会で静かに死ぬための心構えを示す、唯一無二の論考。

著者プロフィール

佐伯啓思 サエキ・ケイシ

1949(昭和24)年、奈良県生まれ。社会思想家。京都大学名誉教授。京都大学こころの未来研究センター特任教授。東京大学経済学部卒。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。2007年正論大賞。『隠された思考』(サントリー学芸賞)『反・幸福論』『日本の宿命』『西田幾多郎』『さらば、資本主義』『反・民主主義論』など著作多数。

目次

まえがき
第一章 超高齢化社会で静かに死ぬために
今日の世界が明日は否定される社会/年寄りが「生きた粗大ゴミ」になる/孤独に老いてゆくこと/成長主義に背を向けた「人生フルーツ」の愉楽/今日における「隠遁」の実験
第二章 「一人では死ねない」という現実を知る
死ぬと、世界はどうなるか/本当に恐ろしいのは「死に方」である/「生と呼べない生」への不安/人は一人では死ねない/死によって励まされる/『自死という生き方』について/きわめて積極的で肯定的な
第三章 われわれは何ひとつわからない
「答え」の出ないやっかいな「問い」/人間を超えた圧倒的な「力」/「絶対的な無意味」の不気味さ/誰も論じられない/「不気味さ」の正体とは/なぜ「死」を恐ろしく感じるか/「死」を考えることをやめてみる/ニヒリズムからの脱出
第四章 死後の世界と生命について
「死んだ後に何が起きるか」/「霊的」なものの正体とは/とてつもない苦からの救済/トルストイの絶望からの「死生観」/「ありのままの生」と「死の戯れ」/私とは何なのだろうか/キリストとトルストイ
第五章 トルストイが到達した「死生観」
「すべて偽物で無意味」という虚無/「個人」を超えた「生命」とは何か/「生命」は死後も続くのか/罪の意識と自我について/人間が背負う「罪深さ」/死ねばすべては「無」になる/無意味だからこそ「何か」がある
第六章 仏教の輪廻に見る地獄
源信『往生要集』での人間の煩悩/仏教には「私」が存在しない/現代で正気を保つために/日本人流の因果応報とは/「無私」「無我」と「無自性」を知る/前世や来世はあるのか/「地獄」とは何か
第七章 「あの世」を信じるということ
「死後の世界」を信じる若者たち/「あの世」を信じられない高齢者/おぞましい「孤独死」の恐怖/「植物的死生観」と「生死連続観」/鎮魂呪術と日本人/生命力の再生とは霊魂の清め/「幽世」と「顕世」という意識
第八章 人間は死ねばどこへゆくのか――浄土と此土
宗教を信じなくても/死ねばどこへゆくのか/すべては有為無常/浄土教は何を説いたか/親鸞の「絶対他力」と「極楽往生」/「死」は絶対的な救済である/浄土とは何なのか
第九章 「死の哲学」と「無の思想」――西部邁の自死について
西部邁さんの人生観/「無」についての「論争」/「死んだら何もない」/「絶対的な無」とは何か/「現世は、空しい」/苦からの解放のために/「はじめに無明ありき」/「ほんまに、死にとうない」
第十章 「死」と日本人――生死を超えた「無」の世界
「生も死も無意味」を問う/「生きる術」と「死ぬ術」/欲望や快楽に縛られている無様/死という敵とつきあうには/「日常のなかにこそ覚りはある」/「不生不滅」「不生不死」の真理/美醜や善悪を超える「無」/日本人にとっての「死」
あとがき

担当編集者のひとこと

人間にとって最大級の謎に挑んだ書

 本書の著者、佐伯啓思氏は、1949(昭和24)年生まれの社会思想家で、京都大学こころの未来研究センター特任教授(京都大学名誉教授)でもあります。
 これまで「人間の幸福」について追究し、日々のニュースや国内外の情勢から、人間の本質を衝いた著作が数多くあります。新潮新書でも『反・幸福論』を筆頭に7冊刊行されています。
 その佐伯氏が本書で迫ったのは、「死」という人間にとって壮大な最大級のテーマです。「『死』とは何か?」「なぜ、怖いのか?」「『私』が死ねば、『世界』はどう自覚されるのか?」という、「幸福」の対極にあるテーマについて、古代ローマ人の考え方から、トルストイや鈴木大拙など先人たちの死生観、仏教やキリスト教の思想、現代の超高齢化社会での孤独死や自死を考え尽くし、柔らかな筆致で、「死の正体」にスリリングに迫っています。
その一部を挙げてみましょう。
==========
○「死ぬ」とはどういうことなのか?
○「自分」が死ねば、「世界」はどう認識されるのか?
○死後、「自分」には何が起きるのか?
○「あの世」は本当にあるのか?
○先人たちや宗教は、「死」をどのように捉えてきたのか?
○「死」から「生」を見た先にあるものとは?
○老いて、生きた「粗大ゴミ」にならないためには?
○「自死」は本当に罪悪なのか?
○超高齢化社会で静かに死ぬためには?
○死ぬための生き方とはどのようなものか?
==========
 現代の知性による思考の経緯を、読者が追体験できる、唯一無二の論考です。
 ぜひ、ご一読ください。

2018/07/25

蘊蓄倉庫

欲望や快楽に縛られている人生の無様さ

 いま、たいていの人たちは、通常の仕事に加え、ネットやSNSなどの情報発信の業務も増え、煩瑣なことで日常に忙殺されています。さらには株や投資で儲けようとし、果たして意味があるのか、よくわからないままに、心身を削られながら、生きています。気が付けば、白髪が増え、顔にはしわができ、体調も悪くなり、人間ドックにいって癌の宣告でも受けて、いきなり「死」に襲われます。
 突然、「生」が遮断されてしまうのです。
 しかし、これは、現代のみならず、古代ローマ帝国でも、哲学者のセネカが似たような言葉を残していると、本書で説かれています。
 ――何かに忙殺されている人間は、忙殺されているうちに、稚拙な精神をもったまま、何の準備もなく、いきなり老年に襲われる。そこであわてて、この老人は、わずか数年の延命を乞い求め、空しい若作りでごまかそうとする。しかし、それでも病気や衰弱が襲ってきて、「死」を思い知らされる。そのときになって、怯えながら末期を迎え、自分の人生はおろかだったと後悔するのだ――
 つまり、日常に忙殺され、「死」について一切考えないままに過ごしていくと悲惨なことになってしまうという警鐘を鳴らしているのです。
 暇なことは犯罪的であると決めつけ、めいっぱい時間を使って、働き、活動し、楽しみ、幸福を追求することが充実した「生」だと思い込み、金を稼ぎ、出世し、社会的な名声を得て、他人から羨ましがられる暮らしをし、世界中を旅して、うまいものをたらふく食べ、快楽を求めるという生き方を目指していても、突然、「老」と「病」が襲い掛かってくるのです。
 そして、なんとか生きながらえようと、延命治療や願掛けやお布施でも何でもやり、みじめな醜態をさらけ出すことになります。これがあまりに無様であると、セネカは示唆しています。
 誰も避けられない「老」「病」「死」を常に想起しながら、「生き方」を組み立てる思考の必要性を強く説いているのです。現代にこそ必要な箴言ではないでしょうか。

掲載:2018年7月25日

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